宗教の起源

サルや類人猿における毛づくろいは一対一で行なうため、時間がものすごくかかります。ヒトの場合、進化の過程のどこかで、毛づくろいでは追いつかない大きな集団で生活する必要が出てきました。しかも集団の規模が大きくなると、ただ乗りをもくろむやつが必ず出てきます。構成員の結束を強める別の方法を考え出さなくてはなりません。小さい集団であれば、うわさ話がその役目を果たすのではないかということは、ダンバーがこれまで指摘してきたことです。ただし、うわさ話では、毛づくろいのような身体的接触はないので、エンドルフィン分泌の引き金にはならないのです。

では、大規模集団で構成員にエンドルフィンを分泌させ、団結心を掻き立てるにはどうすればいいのでしょうか?ダンバーは、こう考えています。笑いや音楽も一定の役割を果たしたはずですが、人類進化の歴史の後半でとりわけ重要な貢献をしたのは、宗教だろうと考えているのです。毛づくろいを補う三大メカニズムのひとつが、宗教ということになると言うのです。笑い、音楽、宗教、この三つがあったからこそ、人類社会はここまで発展することができたと考えているようです。

ただこれだけは指摘しています。宗教の起源に関するこの説明が正しいとすれば、最初の宗教はとてもささやかな現象だったはずだというのです。シャーマニズムで行なわれているような、トランス状態になる踊り程度だったかもしれないと言うのです。アフリカ南部の

クン・サン族は、コミュニティ内の人間関係にほころびが生じると、音楽を鳴らし、単調な踊りをひたすら反復してトランス状態を作り出します。多くの宗教が実践しているように、詠唱や断食でも似たような精神状態になります。頭の中に目もくらむ閃光が走り、魂が神とひとつになって、精神が肉体から抜け出て、別の霊的世界に入るというのです。集団でこうした体験をすれば、善意と愛がとめどもなくあふれでて、ただ乗りをやろうと思う者はいなくなり、人々の結束はさぞや強くなったに違いないとダンバーは言います。その結果、個人が生存し、生殖が成功する可能性も高くなったはずだと彼は言うのです。

私たちの祖先が当初から宗教を持っていたわけではないでしょうが、宗教的な性質を帯びた慣行は、遠い昔からあったはずだとダンバーは言います。では、それが宗教へと進化したのはいつ頃なのでしょうか?考古学者は長い間このテーマに熱心に取り組んできたそうです。しかし、土器のかけらぐらいしか証拠がない状態で、宗教と宗教的慣行をどうやって区別すればよいのでしょうか?考古学者は慎重な性格の人が多いですし、適当な憶測をして痛い目に遭った経験も数知れないようです。ですから、宗教が存在したと彼らが断定できるのは、副葬品といった明白な証拠がある場合にかぎられるそうです。副葬品は、死後の世界が存在するという信念の現れだからです。

意図的な埋葬が行なわれた最古の例は、20万年前のネアンデルタール人によるものだそうです。ただし、なぜそんな形で遺体を埋めたのかははっきりしないそうです。副葬品こそが埋葬の証拠だとすれば、ぐっと時代が下がって、2万5000年前になるそうです。埋葬されたのは子どもで、場所は現在のポルトガルだそうです。ロシアのウラディーミル郊外、スンギールでは、約2万2000年前に手厚く二重埋葬された二人の子どもの骨が見つかっているそうです。埋葬の手法からは洗練された宗教観がうかがえるそうですから、原始的な習慣から長い時間をかけてそこまで発達していったとダンバーは考えもいいだろうと言うのです。とはいえ、具体的な証拠がない以上、この時代より前にさかのぼるのは難しいと言っています。