社会をまとめる接着剤

ダンバーは、進化における適応度という意味で、宗教には少なくとも四つの利点があると考えています。第1に、霊的世界を仲介させつつも、私たちが理解してコントロールできるような形で宇宙を体系的に説明してくれることです。第2に、宗教は人生を過ごしやすくしてくれます。第3に、宗教はある種の道徳規範を提供し、執行することで、社会秩序を保ってくれるという点です。そして第4に、宗教は共同体への参加意識を持たせてくれます。

この第3,第4の説は、まとまりがあって強力的な集団に所属することで、個人がどんな恩恵を受けられるかという話です。集団の構成員が同じ行動する上で、道徳規範が果たす役割は明確だとダンバーは言います。しかし、今日の代表的な宗教は、官僚的な巨大組織による世界宗教運動とか、教会と国家の癒着といったことが絡んでいると彼は言います。そうした宗教が熱心に説き、推進している道徳規範からは、宗教の原初の姿を想像することが難しいと言うのです。宗教研究者のだれもが認めることだそうですが、いちばん最初の宗教は、伝統的な小さな社会に見られるシャーマニズムに近かったはずだというのです。シャーマンや呪医や巫女は特別な能力があるとされていましたが、基本的に信仰は個人単位で行なわれていたというのです。シャーマニズムは、知の宗教というよりは情の宗教であり、行動規範を押しつけることよりも、個人の霊的体験を重視します。

ダンバー自身は、宗教のほんとうの利点、それはなぜ宗教が人を幸福・健康にするのかという理由でもあるのですが、第4の説にあると考えているようです。宗教は、社会をひとつにまとめる接着剤のようなものだと最初に提唱したのは、現代社会学の父とも呼ばれるエミール・デュルケームだそうです。ただし彼は、なぜ、どのようにということまでは言及していないそうです。それから1世紀以上たったいま、そのあたりの仕組みが少しだけわかってきたそうです。

宗教が社会のまとまりを良くするのは、一連の儀式を通じてエンドルフィンの分泌を促しているからだと言います。脳内鎮痛剤であるエンドルフィンが分泌されるのは、そこそこの痛みが慢性的に続いているときです。そして、脳内にエンドルフィンが行き渡ると、いわゆる「ハイ」な状態になるのです。

ですから、宗教儀式には、身体にある程度のストレスを強いるものが多いのだと言います。歌ったり、踊ったり、延々と身体を揺らしたり飛び跳ねたり、数珠を操るのも、ひざまずいたり蓮華座を組んだりするのもそうだとダンバーは言います。ときには自分をむち打つなどして、本当に痛めつけることもあります。それでも信者たちは幸福感に酔いしれているのです。彼らは、毎週お祈りをすることで、ヤクを打っているようなものなのだと彼は言います。そしてここが肝心だと彼は言うのですが、エンドルフィンには、免疫システムが万全に機能するよう「チューンナップ」する働きがあるというのです。つまり、信仰心が篤い人ほど健康になれるということだというのです。