四つの利点

社会性を持つ霊長類、とりわけ人間にとって、目的達成のために協力するなど社会とのかかわりを抜きにして解決できないものが多く、しかもそうした社会的な解決策を実行するには、コミュニティをしっかりまとめるといった前段階の作業が不可欠だとダンバーは言います。ですから、淘汰プロセスも多層的であることがとても重要になります。ただし、これを群淘汰とごっちゃにしてはいけないと彼は言います。集団の利益がすべてという群淘汰説は進化生物学者に忌み嫌われていて、触れてはならない話題になっているそうです。そうではなく、個体の利益の一部は、集団レベルの機能を通じてもたらされると見るべきなのだというのです。これは、群淘汰とはまったく異なる発想ですが、広く認知されるようになったのはつい最近のことのようです。

宗教には、進化論的に重要な意味があり、利益があるとダンバーは考えています。彼を含む進化生物学者は、ようやくそのことに気がつきはじめたと言います。ダンバーは、それを具体的に探るために、まず宗教の起源から出発して、ふたつの根本的な疑問を考えることにしています。それは、「なぜ信仰は普遍的なのか?」「それはいつ始まったのか?」です。

進化における適応度という意味で、宗教には少なくとも四つの利点があると考えています。第1に、霊的世界を仲介させつつも、私たちが理解してコントロールできるような形で宇宙を体系的に説明してくれることだと言います。未来をより正確に予測するためという意味では、原始的で欠陥だらけではありますが、一種の科学と呼ぶこともできるだろうと言うのです。

第2に、宗教は人生を過ごしやすくしてくれるということを挙げています。少なくとも、運命に翻弄されてもあきらめがつきます。マルクスが「人民のアヘン」と呼んだゆえんもここにあります。第3に、宗教はある種の道徳規範を提供し、執行することで、社会秩序を保ってくれるという点です。そして最後に、宗教は共同体への参加意識を持たせてくれます。

この利点は、私たち日本人が持っている宗教観でも言えることかもしれません。ダンバーは、これをもう少し説明しています。宗教が宇宙をつかさどる体系になっていると言うのは、もっともらしい説明で、フロイトも支持していたそうです。たしかに多くの宗教が目指すのは、不治の病を治したり、未来を予言します。あるいは未来を変えることだったりします。しかし世界をコントロールできると信じることと、実際にコントロールできることは別だと言います。人間ほど賢い生き物なら、それぐらいのことは容易にわかるはずです。となると、宗教が展開するとんでもない主張を喜んで信じたがる理由にはなりません。むしろ宇宙体系云々は、別の理由で宗教が誕生した後に出てきた副産物ではないだろうかとダンバーは考えます。宗教から形而上的な宇宙観を構築できるぐらい、人間の脳は大きかったということだと彼は言うのです。

第2の「人民のアヘン」説はことさらに説得力があります。実際のところ、宗教があるおかげで私たちは快適に生きることができます。社会学者による最近の調査でも、積極的に宗教を信じている人は、無宗教の人よりも満足度が高く、長生きで、心身の病気にかかりにくく、手術を受けても回復が早いことがわかっているそうです。信仰心のない者には悲しい調査結果ですが、宗教のいったい何が幸福をもたらすのかという疑問は残るとダンバーは言います。