背後にある意図

先週の土曜日に行なわれた日本保育学会で、私は自主シンポに参加しました。テーマは、「冷ます力を育む」でしたが、その力のキーワードには、「実行機能」と「心の理論」があるということの話をしました。自分の欲望、感情を抑制するためには、これらの機能が働かなければならないのです。また、一方、抑制機能が発達することによって、ヒトは、他者に対する認知や、他者とのコミュニケーションを熟成化させていきます。つまり、抑制機能を発達させることにより、社会的知性を獲得し、ヒトが進化のなかで確立してきた社会的世界に適応することが可能になると考えられています。すなわち、社会的世界における抑制機能の発達的意義とは、子どもが社会的知性を発達させることで、より社会的世界に適応した存在になることではないでしょうか。

ということで、林創は、人間のコミュニケーションは、「心の理論」「実行機能」「メタ認知」の3つが重要な役割を担うと考えているのです。繰り返しになりますが、ここでもう一度、林による「心の理論」の説明を読んでみたいと思います。

心の理論という概念は、霊長類学者のプレマックらの研究に始まったそうです。プレマックらは、次のような理由から「理論」という言葉を用いたと言われています。それは、意図や知識を信念といった心の状態は、直接には見えないものですが、そのような心の状態を想定して理解すれば、他者の行動の予測が「ある程度」可能になるというのです。もっとわかりやすく考えると、身近な理論としては、「物体」の動きを説明する物理の理論が挙げられます。たとえば、手に持っている物体を空中で離したら落下します。このとき、私たちに見えるのは、物体の落下という「現象」であって、その背後にある重力という「物理的な力」は見えません。しかし、私たちは重力の働き、すなわち物理の理論を知っているため、物体が落下しかけたら、すぐに手に出して落下を食い止めるはずです。つまり、理論を持つことで先を予測できるわけだというのです。

「心」についても同様だと言います。人の行動は目に見えます。しかし、その背後にある意図という「心の状態」は見えません。しかし、この意図を読み取ることで、私たちは次の行動を予測することができます。このような類似性から、心の状態を想定して推論する体系に「理論」ということばが使われていると考えると、心の理論ということばの意味がわかりやすくなると林は考えています。

日常を考えれば、私たちは常に「もし自分がこのようなことをしたら、相手はこう感じてくれるはず」とか、「相手がそのように言うということは、こうしたいのだろう」といったことを考えながら、他者と関わっています。私たちは、心の働きについて、さまざまな知識を持っていて、意識的にも無意識的にも、それらを使って相手の行動を絶えず考えているのだと林は言います。

私たちは、それを対人知性として、子どもはそのような行動を取るのだろうかということを課題にしてきました。では、研究では、幼児は他者の行動からその意図を想定して、行動すると考えているのでしょうか?心の理論は、どのように発達していくのでしょうか?

背後にある意図” への13件のコメント

  1. 私たちは、幼い頃からの経験によって、他者が今何を思っているのか、どんなことを望んでいるのか、自分がどのように見られているのかといったことを理解していくのだと思います。しかし、それはこれまでに出会った人の中の統計であって、その考えや思考は必ずしも他者に当てはまるものではありません。そこで、『心の状態を想定して理解すれば、他者の行動の予測が「ある程度」可能になる』という「理論」、すなわち多くの統計から捻出されたデータを理解することによって、より多くの人の気持ちを理解することができるということでしょうか。人と人のコミュニケーションにおいて「背後にある意図」を読み取るというのは、長い付き合いだからこそ獲得できるというものでもあるのかもしれません。「相手の行動を絶えず考えている」という行為が、重要であることを感じました。

  2. これまでぼんやりとしか理解していなかった「心の理論」の話をわかった気がします。相手のことを考え、どう思っているのか、どう考えているのか、どんな状態にいるのかなどなど、他者を理解する、推定することが「心の理論」の始まりなのですね。先日コミュニケーションの話があり、他者とイメージ共有するという話でした。他者を思いやることが大切という感想を持ちました。まさしく今回の話とも繋がるなと感じています。他者を理解することで「心の理論」を獲得していく。他者を理解するためにはコミュニケーションととっていかなければならない。上手にコミュニケーションをとるには他者を理解(心の理論)していなければならないです。他者と関係を持つことはこれの繰り返しだなと思いました。子供通しの関係を意識させるために丸い形の絨毯や、写真を使った保育環境の意味を理論から少しだけ知れた気がします。面白いです。

  3. 心の理論についての解説がはじまりました。どういった内容になっていくのかとても楽しみです。抑制機能が発達することで、他者とのコミュニケーションを深めるということにつながっていくのですね。自制心を発達させることで幸せに生きることができるということにもつながっていきますね。他者とのコミュニケーションをうまくすることができればそれだけ人との関係性を深めることができます。最近、実感としてすごく感じるのは幸せというのは人との関係性の中にあるのだなということです。誰かの役に立つとか、誰かと関係を深める、一緒に楽しく過ごすということにすごく幸福感を感じます。そして、そんな関係性を深めるためにも自分の思いを相手にぶつけるのではない、抑制機能が大切になってくるのですね。また、理論と現象の話も興味深かったです。理論だけではなく、現象も、現象だけではなく、理論もというようにどちらも重要になってきますね。それは保育でも同じかもしれません。

  4. 物体の例と心の例が同様であるという考え方はとても理解しやすく、「理論を持つことで先を予測できる」という意味がとてもよくわかりました。物体における「物理的な力」や心のおける「心の状態」は見えないものであるため、捉え方に個人差があるようにも思えます。特に「心の状態」は捉え方に個人差がどうしても出てしまうものであり、子どものころからの対人知性の発達が重要であると改めて感じました。そのためにも幼児期から子ども集団や子ども大人間の集団に属する必要性を感じたと同時に、核家族化や少子化によって兄弟がいない一人っ子家庭が増えている現状があることからも、幼児期からより多くのお友だちや大人との集団内交流が必要であるとも感じました。また、最後には「幼児は他者の行動からその意図を想定して、行動すると考えているのか?」「心の理論は、どのように発達していくのか?」とありました。どちらも集団からは切り離しては考えられないものであると思うので、やはり幼児期の集団生活がキーになるのでしょうか。

  5. 〝他者の行動の予測が「ある程度」可能になる〟という心の理論、物体の落下という例えはとても分かりやすく自分に入ってきました。
    他者の行動の予測というのは、自分たちが今までの人生の中で人と関わり、感じながら作り上げてきた予測ということであると思います。ということは、多くの人と関わりを持つことで、その「予測」は正確さを増していくということになるのでしょう。初めて会う人よりも長く付き合いがある人の方が接しやすいというのは、先の行動がお互い読みやすいからであるということなんでしょうかね。
    〝相手の行動を絶えず考えている〟ということが重要になるということが分かります。

  6. 林創氏の話にある゛理論を持つことで先を予測できるわけだという゛とあることからわたしたちは普段の生活の中で、確かに常に理論だてをして物事を考えているように思えます。文章にあるように重力というものは目に見えませんが、物体を話すと落ちるというのは理論的に理解しています。このように物体が落ちたりすることを理論で理解することを自然にするように心の状態も゛意図を読み取ることで、私たちは次の行動を予測すること゛とあるように相手の~な行動に対して私自身どう動くことがよいのか、関係をうまく築くためには、抑制機能を働かせ、自分の気持ちだけを尊重するだけでなく、相手を尊重する必要なあります。そのようなものは、常に考えているのではなく、ごく自然にでてくるものである必要性が見えます。相手の行動を予測するまさに対人知性であり、相手のことを考える力は、社会を支えるため抑制機能が発達し、社会的ちせいを手にいれるために重要な鍵となっているのですね。集団生活での我慢するときであったりするのは、社会的知性、幸せに生きるための手段を見つけるために必要なものだと思えました。

  7. 物体の動きを説明する理論はとても理解しやすいですね。確かに、私たちは物体が落ちる瞬間に手を出すのは「落ちる」という現象を理解しているからです。それと同様の「心」も同じというのは、本当にその通りかもしれません。人間関係において、相手の気持ちを察することや、行動を先読みすることは、人間社会で生きていく為、集団で生活していく為には必要な能力です。その対人知性は具体的にいつ頃から子ども達は身につけていくのか気になります。長男が3歳ですが、まだ先を読んで行動している風には思えませんが、先日お迎えの際に「お菓子が食べたい」と言ったので「今、お菓子を持っているから食べてもいいけど、今食べたら家でご飯まで何も食べたらダメだよ、でも我慢したら今より多く食べていいよ」と言うと我慢しました。これは自制心の分類かもしれませんが、少し先を見通す力かもしれません。そんな身近な事から子ども達は対人知性を身につけているのかもしれません。

  8. 「心の理論」の説明がありましたが、とても分かりやすかったです。私自身、普段の生活の中で「心の理論」を使って行動していると思います。これは、幼いころからの経験の積み重ねによって確立されていくような気もします。となると、これまで出会ってきた人たちに偏りがあったりすると「心の理論」の個人差も大きいかもしれませんね。子どもと関わっていると、大人の考えや気持ちを読み取り、こうしたら褒められるだろう、喜んでくれるだろう、もしかしたら怒られるかもしれないと、先読みをして行動しているような感じがします。その中で、先生によっても返ってくる答えが違い学んでいるのでしょうね。子ども同士でも同じだと思いますが、そうして「社会性」が身についていくのでしょうか。今回のブログから、「心の理論」と「社会性」はつながりがあるような気がしました。

  9. 子どもたちの他者理解はいつごろ、どのようにして始まるのだろうか。こうした疑問を抱いています。そして、その他者理解の程度とは、私たちが「社会的存在」としてこの世界で生きていく上でどの程度必要なことか、そうした疑問も頭を擡げます。「心」については、私自身若い頃から関心があり、そのために、学習してきた、そんな思いもあります。現象の背後にある「心の理論」。これは洋の東西を問わず、哲学的課題として2000年以上、あーでもない、こーでもない、と考え続けられてきた課題です。「心の理論」は時代の影響を受けてきたと思います。今の時代に「心の理論」がクローズアップされるのはなぜか。また「幼児は他者の行動からその意図を想定」し得るのか。極めて興味深い問いですね。心には常に自他の二元世界とその一元化への歩みがついてきます。他者の心と自己の心。私たちはその統一のために考え思い続けるのでしょう、生存をかけて。

  10.  「『心』についても同様だと言います。人の行動は目に見えます。しかし、その背後にある意図という『心の状態』は見えません。しかし、この意図を読み取ることで、私たちは次の行動を予測することができます。」プレマック氏の心の理論についての解釈はとても興味深いですね。宮城谷昌光氏著『晏子』を読んでいますが、言葉の裏にある心の読み合い、意図なしで吐かれることのない言葉の崇高さというものに触れ、その度に大きな感動を受けます。まさに相手の心の状態、機微を推し量ることがどれだけできるか、そしてそれが忠誠心や道徳と照らし合わせた際に活き得る道なのか、それが幾重にも織り成されながら成功を収めていく晏弱の姿に、はるか遠い存在とはいえやはり憧れを抱いてしまいます。心の理論と同時並行で心について学べているような気がして、とても有り難い思いが湧いてきます。

  11. 背後にある意図というのまさに人間ならではですね。物が落ちそうになったら手を出して止めるという理論と心の理論の説明が頭の悪い私にはわかりやすく感じます。そうして自然と人は人の考えを想定して行動していることがわかります。しかし必ずしもこうだろうと思ってしていることが相手にとっては不快になる可能性もあり、より多くの人と接することでより多くの他者の理解へと繋がるのでしょうね。子どもたち保育園という社会の中で育ち様々な人と出会います。先生もその1人でチーム保育をしているとこの先生はこれをすると怒るだとかこの先生はこのときに受け止めてくれるだとかいうのを社会の中で学んでいることはわかることですが、それが自然と出来る環境を作ることがより他者理解へと繋がり、「人の気持ちがわかる子」へと育っていくのですかね。

  12. 心の理論を物体の動きとして例えられたのが理解しやすかったです。現象が起こったという物体が目の前で落ちたとしても理論という手がなければ、掴み取れない、ただ流してしまうことになりますね。普段起こっている事象をどこまで理解しているのかは、全て理論を理解していなければ掴めるチャンスも逃してしまいますね。それは、様々な分野でも言えるのではと思いました。

  13. 「心の状態を推論する体系に「理論」という言葉が使われている。」とあります。重力のたとえはとても分かり易いですね。確かに「心」というものがあることを知っているのと知らないのとでは大きな違いです。むかしから「自分がされて嫌なことは人にはしてはいけない」ということを聞いて育ってきましたが、それは相手の心があるということが前提で話をされています。そこには前提として他者を意識されているからわかる言葉です。人は無意識の中で心の理論を知っているのですね。そして、その理論がどのように発達していくのかというのは確かに不思議なところです。最近ではとても相手のことを思って行っているとは思えないような事件がたくさんあります。「心の理論」が育っていないのではないだろうかということも多々あります。そして、その原因として成長の段階でのコミュニケーションや道徳心がどうできたかということが取り上げられます。心の理論とコミュニケーションは決して無関係ではないのはこれまでもありましたが、どのように発達するのか、気になりますし、保育ととても密接に関係する話題になりそうですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です