どんな人が

これはたわいのない話のようですが、実はけっこう重要な意味があるとダンバーは言うのです。エディンバラ大学の心理学者ティム・ベイツが250人以上を対象に調べたところ、指、手、耳の長さで比較したところ、IQと身体の対称性には、小さいが無視できない関係があることがわかったそうです。対称性は私たちが美しさを感じる要素の1つです。つまり、美しい人は、概して知能が高いといえるといいます。もちろん現実には他に様々な要因も働くわけでそうとは言えないことも多いのでしょうが。

さらにここから派生的な結論も導き出されるようです。身長が高い人ほど社会的、経済的に成功するというのはまぎれもない事実だそうです。ウォール街でもイギリスの金融市場でも、背が高い人ほど、同じ仕事でも金を多く稼いでいるそうです。ただ、私はこのような身体的な特徴には少し疑問に思っています。なぜなら、身体的特徴は、その地の気候、風土に適した身体が重要なので、国によって違ってくるような気がしています。この研究は、あくまでもアメリカやイギリスでの研究の結果のような気がしています。

しかし、このような身体的特徴が人生に置いて優位であるかということと同様のことがIQでも当てはまりそうだというのです。実際、IQと社会的成功の相関関係を示す研究がいくつか発表されているそうです。ある研究では、アメリカのベビーブーム世代、正確には1957年~64年生まれの人を長期的に追跡したそうです。この年代は、日本でも同様なことが起きましたが、第二次世界大戦後にやってきた出産ラッシュの末期に相当します。ただ、時期としては、日本ではベビーブームは普通、昭和22年(1947)から昭和24年(1949)ごろでしたので少し日本より遅いようです。

アメリカのベビーブーム世代に対するIQと社会的成功の相関関係を示す研究では、IQが1ポイント高くなるごとに、年収は234~616ドル増えるという結果が出たそうです。ただし、それがかならずしも生活の豊かさを反映しているわけではありませんが。別の研究でも同様でしたが、ここでは両親の社会的・経済的地位の影響もあることがわかったようです。親は、慎重に選んだ方がいいということですが、もしそこで失敗しても、頭のできさえ良ければ自力で這い上がることは可能であるとダンバーは言います。

ダンバーはこの結果に対して、傷口に塩を塗り込むような話で申し訳ないと断わりながら、美しい人は裕福になれるだけでなく、子宝にも恵まれるという研究もあると言います。彼がヴロツワフ大学のボグスロフ・バウウォフスキーと共同で、ポーランドの医療データベースを分析したところ、背の高い男性ほど既婚率が高く、子どもを持っている割合も多かったそうです。これは進化的に適応度が高い、つまり種の遺伝子プールへの貢献度が高いことになると言います。ダンバーらのあとにも、ニューカッスル大学のダニエル・ネトルがイギリスでの長期調査のデータから、同じ結論を導き出したそうです。この調査の対象者は、ネトルの分岐時点で50代に入っていたので、生殖活動はほぼ終了したと見なしていいのではないかとダンバーは言っています。

なぜ、背の高い男は既婚率が高いかというと、魅力的だからパートナーを見つけやすいからです。となると当然子どもを儲ける可能性が高くなるというのが、これまでの解釈でした。しかし、最近はちがう解釈が行なわれています。

どんな人が” への13件のコメント

  1. 全てが当てはまるわけではないですし、必ずしもそうであるとは言えないと思うので、あまり気にはしていないのですが、これだけ背の高い人が有利であるというような研究があると、背の低い私にとっては「おぉ〜なるほど〜」と分かってはいてもチクチクくる感じにはなりますね。しかし、藤森先生も「 ただ、私はこのような身体的な特徴には少し疑問に思っています」と言っているように、私も気にはしていません笑
    また「美しい人は裕福になれるだけでなく、子宝にも恵まれるという研究もあると言います」ということや「背の高い男性ほど既婚率が高く、子どもを持っている割合も多かったそうです」というのはもしかすると多くの人がまあそうだよねとある意味では納得するというか、一般的なことと受け入れることができるのではないかと思います。同性であってもそういう体格に憧れを持つというのはそういうことなのかもしれません。しかし、最後に「しかし、最近はちがう解釈が行なわれています」とありました。これは気になるところですね!

  2.  「美しい人は、概して知能が高い」「身長が高い人ほど社会的、経済的に成功するというのはまぎれもない事実」「美しい人は裕福になれるだけでなく、子宝にも恵まれる」顔からくる自信というのは少なからずあると思う、というフレーズを何かの本で読んだことを思い出します。毎日接する自分の顔、身体に対して、誰から見ても素晴らしいものを手にしている感覚というのは、何よりの自信になるのでしょう。芸能人や有名人の方々も結婚というと、会社の社長だったり、業界の著名な人を相手に選ばれるように、両親から授かった恩恵を存分に受け止められているようです。常人では考えられないような自己肯定感や幸福感の中で生きていると推測します。利己的になることなく、その幸せを他者にも分けられるような太陽のような存在は、共生と貢献の社会においてとても重要な位置を占めるかもわかりませんね。

  3. 研究の話で、両親の社会的・経済的地位が子供のIQに影響しており、親は慎重に選んだ方がいいとあります。自分が子供のためにできることは、よきパートナーとめぐり合うことなのでしょうね。あと、自分自身の成長が子供のためにもなるという解釈をしました。それを考えると、今自分が置いている環境が、いかに恵まれているか改めて感じます。日々学びしかありません。ありがとうございます。
    さて、身長の高い男性は離婚率が高いという話があります。自分はそうなのかな?と少し疑問を持ちます。身長の高低なんて自分との比較でしかありませんし、そもそも、日本人からアメリカ系など外国のかたを見ればほぼほぼ高身長です。また、身長が高い=パートナーを見つけやすいにつながるのでしょうか。高身長が好まれるのはどこの国もそうなのかなと思いました。最近は違う解釈が行われているとあり、とても気になります。次の話が楽しみです。

  4. ここまでくると、どうやったらIQを高めることができるのか、優位な身体的特徴を得るためにはどうすれば良いのかといったことを、今後は科学的な技術によってそれらを得ようとする動きが出てくるようにも感じました。遺伝子操作を筆頭に、それが可能になる時代というのも到来するのでしょうかね。また、バブルの一時期、結婚相手の男性の必須条件にも挙げられていた「三高」ですが、世の中を生きる上で優位な選択という理にかなっていたということでもあるのでしょうかね。背の高い男性を魅力的であると感じるのは、どういったところでしょう。なんとなく、高身長であれば「頼りになりそう」とか「強そう」などの意見が出てきそうですが、「背の高い男は既婚率が高い」という理由が別にあるというのは、非常に気になりますね。

  5. 生まれつきの問題がこのように影響していて、美しい人や背の高い人が有利だということだということはまぎれもない事実であるようですね。
    最近ではどうなのか分かりませんが、昔では絶対にNGであった「整形」が少しずつクローズアップされてきていることも、このような研究の結果が影響しているのでしょうか。
    美しい、カッコいいなど外見が素晴らしいことは他人からも自分からも分かりやすいものさしであり、自信につながりやすいものなのかもしれません。
    自分に自信を持てることが今回のブログの内容のような結果を導き出しているとするなら、かっこよくなりたい、美しくなりたいと思い「整形」をすることもその目的なら…、と考えてしまいます。

  6. 「傷口に塩を塗り込むような話」とありましたが、正にその通りですね。「身体的特徴が人生に置いて優位であるかということと同様のことがIQでも当てはまりそうだ」ともあり、この結果は世の中の多くの人が悲観的になってしまう気さえしてきます。高身長や容姿端麗といった身体的特徴の良さが既婚率や子どもを持っている割合を高くするのは、相手が遺伝子レベルでパートナーを選別していることがわかりますし、ごく自然なことなように思えます。しかし最後に「最近はちがう解釈が行なわれています」とあり、その別の解釈が気になります。最近とありましたが、現代の次第背景的に、高身長や容姿端麗の人ほど仕事ができるイメージがありますし、実際にIQとも関係していることから、女性の社会進出問題同様に、結婚を選ばず、仕事を選ぶような人生を歩む男性が増えてきていたりしたら、解釈が変わってくるのかなと想像したりました。

  7. 「IQと身体の対称性」には関係性がある。これは全くもって新しい知見です、私にとって。しかも、身長が高いと成功する確率も高くなる?何をもって「成功」とするかはわかりませんが、現代日本人の背の高さということでいえば、ちびに属する私は、一体、どのように判断すればよいのか?「美しい人は裕福になれるだけでなく、子宝にも恵まれるという」ことは何となくわかるような気がします。この部分を読んでふと橘玲氏の『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)を思い出しました。たとえば、「見た目で人生は決まるー容貌のタブー」という章もあります。そのことはさておいて、「IQが1ポイント高くなるごとに、年収は234~616ドル増えるという結果が出たそうです」とあると、IQ力は多少気にしないといけないなと思ったところです。EQは大切ですが、IQも無視はできない。そんな気がしてきました。それにしても、IQは先天的か後天的か。環境の影響を受けるのか受けないのか。

  8. 背が小さい人ほど劣等感を感じ、負けたくないという気持ちから大物になるということを少し耳にしたことがあります。それが本当かはわかりませんが、確かにありそうだなぁと思いました。アメリカやイギリスでは背が高いことで成功もし、子宝にも恵まれる確率が高いのですね。「進化的に適応度が高い、つまり種の遺伝子プールへの貢献度が高いことになる」ということでしたが納得です。遺伝子への貢献度となるとそうですね、そういった人の遺伝子を残したいと人は自然と思うのでしょうね。しかし、これが最近ではそうでないのですね。となるとやはりそこにはIQなのでしょうか。続きが気になるところです。

  9. ゛身体的特徴が人生に置いて優位であるかということと同様のことがIQでも当てはまりそうだ゛ということは、現実に確実だとは思えなくとも、可能性は高いと考えればそのような見解ができそうですね。背が高いからや外見がよいというようなことは、第一印象は見た目で八割は決まるという言葉を聞いたことがありますが、やはり、外見がいいと言われる人ほどそのようなことにあまり苦労はないのかなと思います。しかし、やはり、住む環境によってことなるというのは、わたしたちが子どもたちのよりよい育ちができる環境を考えるのと同じで、どこか幸福で、経済的に何が不自由ではないのかはそれぞれの感じかたのように思えました。

  10. 今回のブログに書かれている内容を読むと自分の身長の低さが気になってしまいます(笑)「IQと身体の対称性」とあるように、背の高さが、既婚率にもIQの高さにも関係してくるのですね。読んでいると、私も「たしかに」と思いました。藤森先生のブログでは、様々な研究の話が紹介されていますが、今回の話では、こんなことまで研究結果として出ているのかとびっくりしました。また、研究というのはとても面白いと感じました。最後の文章に「しかし、最近はちがう解釈が行なわれています」という言葉がありましたが、続きがとても気になります。

  11. 対照的であると美しいとなり、それが人にも当てはまる。身体的に身長が高いなどで社会的、経済的に成功するとありますが、どこまでの成功かは分かりませんがスポーツ界では身長が低くても活躍して報酬もその分もらっている人もいれば、政治家や芸能界でも日本で見てもみんながみんな身長が高いわけではありません。全ての人が、というわけではなさそうに思います。
    ただ、事実としてIQや成功したものを見ると身体的特徴や美しさがあることで全体的に優位性が保たれることは、生まれながらにして成功しているように感じてしまいます。ただ、生まれる環境は子どもは選べません。なにが幸せかな基準は第三者からは決められませんね。

  12. 私は背が高い方でなく、むしろ男性の中では低い方かもしれません。小学校の時に背が高い友人が羨ましかったです。まぁ単純にバスケなどの体育で有利だからですが(笑)しかし、背が高い人はどうやら社会でも成功しやすいようですね。そして結婚の確率も高いとなると・・・背が高くない人にとっては悲しくなりますね。確かに日本でも背が高く、スタイルのいいモデル体型の人は異性からモテるかもしれません。結婚し、子どもを授かる確率も高いかもしれません。しかし、ブログに書いてあるように、これらのデータはアメリカ、イギリスであって日本には全てあてはまるとは思いません。私の考えとしては、好みがバラバラというか、背が高い人が好みの人もいれば、そうでない人もいます。気のせいかもしれませんが、背が高い人は、自然と背が高い人を好むと思います。特に女性で背が高い人の場合、男性は自分より背が高い方がいいと思うと、自然と背が高い人を好むようになる気がします。なんだかんだ、バランスがとれているように私は思うのですが・・・。それよりも最近の違う解釈が気になりますね。

  13. IQや高身長、美人であることが社会的や経済的に成功するのですね。実に身も蓋もない内容ですが、実際、統計をとってみるとそういったものなのかもしれません。しかし、全部が全部当てはまるわけではないでしょうし、「最近は違う解釈が行われている」というようにまた違って見方も出てくるのかもしれません。ただ、こうなってくると「どうIQを高めるか」「美人になるか」「身長を高い子にするには」といったことが追及され始めそうです。人の貪欲さというのはなかなか恐ろしいもので、どこで歯止めがかかるのか疑問です。「整形」「学習塾」といったものが流行るのも自然と人はそうやっていくことで成功するということをかぎ取っているからなのでしょう。今の社会は技術の進化であり、そこには根底にある人間の心理が働いていたということがわかります。しかし、その中で「それが必ずしも生活の豊かさを反映しているわけではありません」といったように「裕福」なのと「豊か」なのとは同義語ではないということは心にとめておかなければいけないように思います。

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