不幸の確立

ダンバーは、もっと早い段階で気づくべきだったと振り返ります。不幸の手紙を捨てた翌日、火曜日の会議はのっけからつまずいたそうです。プロジェクターの延長ケーブルが用意されておらず、ようやく一本見つけてきたとき、遅れに遅れた最初のセッションは、とっくに始まっていたそうです。水曜と木曜は、2つの講義がダブルブッキングしていたことが判明したそうです。木曜日は後ろ髪を引かれる思いでミーティングを切り上げ、ランチタイムの出版記念パーティに出席するためにロンドンの反対側まで出かけたら、パーティは一週間先だったそうです。夜帰宅したら、妻がインフルエンザで寝込んでいたそうです。それから週末にかけて家族がひとり、またひとりと倒れ、最後に彼の番が来たそうです。病気で仕事を休んだのは25年ぶりだったそうです。二人の息子は39度の熱を出し、娘は学校にあがって11年目にして初の病欠になったそうです。

これが偶然の重なりであることは、だれもが、そして他ならぬ彼自身もよくわかっていると言います。けれども5つ、もしくは9つの不運が同じ週に起こったとなると、ちょっと考え込んでしまうと言います。確率的には100万分の1ぐらいか?迷信や星占いを信じたくなる気持ちもわからないでもないとダンバーは言います。

けれども落ち着いて分析してみれば、確率は思ったほど低くないことが判明したそうです。家族がドミノ倒しのようにインフルエンザにかかったことは、1つ屋根の下に暮らしていれば大いにある話だろうと言います。しかも、その冬のインフルエンザは例年になく悪性だったのです。子どもたちがそれぞれ通う学校では、生徒の半分が欠席というクラスもあったのです。家族が全員寝込んだところも少なくなかったのです。

講義のダブルブッキングも、新学期最初の週は混乱しているので、まま起こることだったのです。技術的な問題で会議のセッションが遅れることもよくあります。しかし、1週間も先の予定のために、ロンドンをわざわざ半周して時間を無駄にしたのは……これは、さすがに、よくあることでは片付けられません。がしかし、不幸の手紙を受け取るとは誰も予想していませんでした。あの手紙自体、まだ始まっていなかったかもしれないのです。そんな前のことまで計算に入れるのは、いかさまというもので、せいぜい運命の女神が判断材料にするぐらいだろうとダンバーは言うのです。

そもそも不幸の手紙には四日間の猶予が与えられていました。何かあるなら金曜日以降です。ですから、あのとき彼を襲ったできごとは、「不幸」に勘定してはいけないのだ!と言います。実際のところ、金曜日からの一週間は、インフルエンザにかかったばかりということを除いて、悪いことは何も起こらなかったそうです。

不幸の手紙を捨てたこと、彼がひどい目に遭ったことに因果関係は存在しないと彼は言い切ります。そもそも、悪いことが起こる確率はけっこう高いのに、私たちが気づいていないだけかもしれないと言います。たまたま不幸の手紙を受け取って意識がそっちに向くと、後片付けで証拠を探してしまうようです。それは、明らかに非科学的な振る舞いだとダンバーは言います。

彼は、「まあ不幸の手紙をあまり悪者にしてはいけないだろう。おかげで記事のネタがひとつできて、そこそこの原稿料がもらえたわけだから……かたじけない」と言います。ずいぶんと、ポジティブですね。