人間の限界

ダンバーは、ひそかに、ジョゼフ・プリーストリーによるフロギストン説をよみがえらせる化学者が現われないかと心待ちにしていると言っています。それは、どういうことなのでしょうか?アントワーヌ・ラヴォアジェは、プリーストリーの宿敵でした。彼は、物質の燃焼は、空気中の酸素との反応だと考えました。彼は、ルイ16世の徴税請負人だったために断頭台の露と消えたそうです。ところが、プリーストリーは、同時代のほとんどの人がそうであったのですが、物質の燃焼は、物質中のフロギストンが放出されることだと主張したのです。

数字に強かったラヴォアジェは、燃焼後の物質は重量が増えていることを示して、何かを放出するのではなく、取り込んでいるはずだと証明したのです。これが原子論への道を開くことになったそうです。もちろん、ラヴォアジェの酸素説がひっくり返ることは絶対にないそうです。けれども、プリーストリーほどの偉大な化学者が、完全に間違っていたとはどうしても思えないのだとダンバーは考えているようです。

ダンバーは、さらにこんな人間の特性の例を出しています。それは、物事を正しく考えられない残念な例だと言います。まだ、電子メールがなかった頃のこと、月曜朝のポストに茶色の大きな封筒が入っていました。なんとそれは不幸の手紙だったそうです。手紙には「お金は送らないで!」と書かれていたそうです。そのかわり四日以内に手紙のコピーを友人や同僚5人に送ること。「さもないとあなたは不幸になります。」それだけの内容でした。このような手紙は、日本でも一時はやりましたね。そんな手紙が来たら、どうするでしょうか?

昔ながらの経験主義を引きずるダンバーは、当然のことながら速攻でゴミ箱に捨てるつもりだったそうです。そうしなかった理由はただ1つ。アメリカから始まったこの不幸の手紙には、これまでの送り手の手紙も同封されていたからだそうです。彼は、好奇心からそれらの手紙に目を通したそうです。

おもしろいのは、送り主、ちなみに全員が本職の科学者だったそうですが、彼らが迷信深いと思われたくなくて、必死なことだったそうです。「ジム、こんなくだらない話をぼくが信じていないことは君も承知だろう。それでもこれを送るのは……」とか、「私は子どもの頃から、この種のチェーンレターが大嫌いで、全部自分の所で止めていました。でも今回は

……」とかだったそうです。

どうして今回は送ったのか?ダンバーは、その答えは簡単で、不幸への恐怖だと言います。どの手紙も、理解を求める言葉で締めくくられていました。「いま補助金申請の結果待ちだから、何があったらと思うと……」「来週、就職の面接を控えているんです。ご存じの通りこのご時世なので……」

それらの手紙を読み終わったダンバーは、どうしたかというと、少々不遜な笑いを浮かべながら手紙の束を封筒にしまい、古紙リサイクルの回収箱にドサリと落としたそうです。その週は、出かける用事が入っていたそうですし、翌日から自分がまとめ役の会議が予定されていたそうです。むろん、原稿の締め切りも次々と容赦なく押し寄せていたときだったそうです。