独特の行動

サルや類人猿を、ありふれたほ乳類や鳥類と同列に扱えないのは、ちゃんと理由があるとダンバーは言います。彼らは、複雑な社会的関係に対処できる能力が抜きんでているからだというのです。それを可能にしているのは、「社会的認知」だと言います。彼らができてほかの動物にできない行動がある、ということではなく、重要なのは行動の仕方だと言います。

霊長類には、ほかの動物に見られない独特の行動があるとも言います。ディック・バーンとアンディ・ホワイテンが分析した「戦術的欺き」もそのひとつだそうです。これは、自分の振るまいが他者にどう誤解されるか、しかもそれで自分がいかに得をするかわかっているからできる芸当だとダンバーは言うのです。

しかし、サルと類人猿が、ただ行動するのではなく、人間のように相手の心を読むという考え方は次第に下火になっていったそうです。ヒト以外の霊長類にそうした能力があると一般化できる証拠はないからだそうです。他者の心を読めると確認されたのは、かろうじて大型類人猿のみだったそうです。それも直接的な証拠ではないとダンバーは言います。チンパンジーが他者の立場を理解したという実験結果はたくさんあるようですが、では彼らが心の理論を完全に身につけているかというと、根拠が曖昧になるのです。ある研究では、「誤信念課題」と呼ばれるテストを人間の子どもなら苦もなくこなしますが、チンパンジーにはできなかったそうです。

そうかと思うと、別の研究では、チンパンジーは自閉症患者よりは課題をこなせたものの、正常な4歳児より上にはいけなかったそうです。4歳というと、相手の心を読み取る能力がまだ発展途上の段階です。カートミルとバーンがオランウータンを使った斬新な実験を試みたのもこのように過去の結果がまちまちだったからだと言うのです。

とはいうものの、サルや類人猿の社会的関係はとても濃密かつ個人的で、ほかの動物に見られる関係とは明らかに中身が異なります。ダンバーは、その例外の例としてイヌを挙げています。イヌは長い時間をかけて、密度の濃い社会的関係を持つように品種改良されてきたとも言えます。ただ、イヌが見せるそうした振る舞いが、サルや類人猿と同じ心理メカニズムに支えられているものなのか、それとも表面をなぞっただけなのかは、まだわからないと言います。

それでも相手の心を読む能力は、ほんとうのところ人間と動物の決定的な違いは何か?という疑問を解く足がかりになると言います。相手の心の中身を推察する能力は、志向意識水準とよばれています。「~だと思う」「~と考える」といった言い回しができるのは、自分の心の内を了解しているからであり、それはいわば一次志向意識水準です。ほ乳類及び鳥類のほとんどは、一次志向意識水準を持つと言ってもいいだろうとダンバーは言います。この一次志向意識水準とは、ある意味で「心内知性」と呼ばれる自分を見つめる知性です。そして、その知性があるからこそ次の志向意識と呼ばれる、相手の心の中身を、推察能力を持つことができると言っているのでしょう。

これを考えるのは、何も他の動物との区別だけでなく、人工知能との差かもしれません。そういう意味でも、これらの考察することは重要なことだと思えます。では、2次志向意識水準とはどのようなレベルなのでしょうか?