ダンバーは、アルタミラで見つかった先史時代の洞窟壁画に描かれている壁面を埋め尽くす子どもの手形に魅せられます。管理人の許しを得て、そこに自分の手を置いてみると、何千年もの時を飛び越えて、子どもたちの温かい手を感じるだろうと言います。そして、こんな思いを馳せています。

出典 www.rbbtoday.com
「これが神秘でなくて何なのか。この手の持ち主はどんな子で、みんなからどう呼ばれていただろう?彼らは大きくなって自分の子をもうけ、白髪の長老となってみんなから尊敬を受けながら、霧がかかったような記憶のなかから、遠い日のことを思い出すのだ。それはきっと春だったろう。獣脂のたいまつを頼りに曲がりくねったトンネルを進み、奥まった洞窟で冷たい岸壁に手を押しつけたら、おとなの誰かが上から塗料を吹き付けたのだ。いや、ひょっとすると子どもたちは病気や事故、あるいは猛獣の餌食となって短い生涯を終えたのかもしれない。子ども時代の最初の輝きを放ったところで、未来が断ちきられたのだ。だが母親の人生はそんな小さな悲劇の繰り返しだったに違いない。母親はわが子を失うたびに悲嘆に暮れ、手放しで泣き叫んでいただろう。」
卒園式のときに、将来なりたい職業を発表した中で「考古学者になりたい」と言った子がいました。彼は、このダンバーのようなわくわくするような体験をしたいのでしょう。しかし、真実は知りようがありません。ただ、こうした洞窟壁画に関わった人々の暮らしぶりは、現代の私たちにも共感できるところがたくさんあるとダンバーは言います。洞窟壁画は、驚異的な進化を遂げてきた人類の能力がついに見事な形で開花したものであり、それを後期旧石器革命と呼ぶ考古学者もいるそうです。そのはじまりは約5万年前で、石や骨や木を材料にした高度な道具である、釘、石錐、釣り針、矢じり、槍などが、突如として大量に出現したのです。
続いて、3万年前には、文字通り芸術の爆発が起こりました。今日1日を生き延びるのには役に立たない装飾だけが目的の人工物が作られるようになったのです。ブローチ、彫刻をほどこしたボタン、人形、動物をかたどったおもちゃなどで、なかでも目を見張るものが小さな彫像だそうです。ヨーロッパ中部から南部にかけて出土しているそうです。「ヴィーナス」像は、その代表例であると言われています。乳房も尻もたっぷりした体型は、ミシュランタイヤのキャラクターを思わせるとダンバーは言います。当時はこういう女性がもてはやされたのだろうかと彼は言います。髪はきれいに編まれていることが多いそうです。素材は象牙と石、稀に素焼きもあるそうですが、ヴィーナス像は、後期旧石器時代でもっとも注目すべき人工遺物であろうとダンバーは言うのです。
そして、2万年ほど前になると、埋葬形式や音楽、来世の概念が生まれてきます。アルタミラ、ラスコー、ショーヴェなど、ヨーロッパ南部を中心に見つかっている洞窟壁画は、芸術という偉大な進歩に添えられた美しい花です。人類の進化の歴史の中で、こんな変化はかつてなかったそうです。文学から宗教、さらには科学に至る現代人類の文化は、ここで芽生えてたのだと彼は言うのです。