単婚と多婚

 19世紀後半の記録を見ると、平和の酋長を輩出する一族は、社会の上層に位置していて、この一族出身の男が戦いの酋長に就任することはまずないそうです。戦いの酋長になるのは、孤児や下層の生まれの者だそうです。彼らは、もともと結婚相手が見つかる可能性がとても低いのです。しかし、戦いの酋長として成功すれば、つまり生命を長らえて名誉とともに引退し、社会に復帰した暁には、とても魅力的な存在になるのだとダンバーは言います。戦いの酋長は、結婚生活がかなり短いにもかかわらず、平均すると子どもの数は平和の酋長より多いそうです。

 リスクを恐れない者が、生殖で成功するのは、平和な現代イギリスでも通用する事実だと言います。リヴァプール大学でダンバーの学生だったジゼル・パートリッジは、男性のリスク意識と、生涯に持った子どもの数を比較する調査を行なったそうです。リスク意識は、職業、たとえば消防士と事務職とアンケート結果の両面から評価しました。アンケートは、たとえば、スピードに対する考え方とか、危険なレジャーをするかなどです。その結果、リスクを取る意識が高い男性は、そうでない男性より明らかに子どもの数が多かったそうです。その理由は、たとえば女性から見て魅力的なのか、それとも避妊しないからかなど、はっきりしないようですが、事実は事実です。リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献しているとダンバーは言うのです。

 なお、ダンバーのかつての同僚で、現在はカリフォルニア大学デーヴィス校にいるサンディ・ハーコートは、霊長類に関する興味深い事実を発見したそうです。単婚の種は、多婚の種に比べて、睾丸の体重比が小さいということを発見したというのです。進化生物学の観点からすれば、その理由は明白だとダンバーは言います。不特定のメスと生殖するシステムでは、自分が交尾するときにメスが排卵しているとは限らないのです。自分の子を残すチャンスを最大にするためには、精子をできるだけたくさん放出して、自分より前に交尾したオスの精子を押し流すか、メスの排卵期を見定めて交尾するしかありません。大量の精子をつくるためには、大きい睾丸が必要だということになります。ハーコートが作成した霊長類の比較グラフでは、ヒトはちょうど真ん中に位置しているそうです。つまり、完全に単婚でもありませんし、かといって多婚にもなりきれないという中途半端な立場だというのです。私たちの本能は、いったいどちらなのだろうか?とダンバーは問います。

 キリスト教は結婚のときに誓いを立てさせることで、人間は一夫一婦だという概念を植え付けてきたと言います。それなのに、なぜイギリスでは結婚したカップルの三分の一以上、アメリカでは半数が別れてしまうのでしょうか?それだけではないと言います。生まれてくる子どもの15%は、戸籍上の父親と血がつながっていないというデータもあるそうです。これを時代による変化であるとか、家族的な価値観とか、伝統的な社会が崩壊しつつあるとか、人間関係にさえ「新しくて良いもの」を欲しがる現代社会の病理だとか、さまざまに見る向きもあるかもしれないとダンバーは言います。しかし、最近の生物学では、別の解釈も行なわれつつあるそうです。単婚は、脳にしっかりと根を下ろした絶対不変の本能ではないという見方です。というのは、いままで貞節の鑑とされていた動物も、状況が許せばよそ見をすることがわかってきたというのです。

単婚と多婚” への13件のコメント

  1. 「リスクを取る意識が高い男性は、そうでない男性より明らかに子どもの数が多かったそうです」ということ、そして、「リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献している」という言葉はとても印象的でした。多少のリスクを背負う姿勢というのは人生でも大切なことなのかもしれませんね。無謀なリスクは確かに無茶なことで、それをしてしまうことで、自分にも周りにも影響してしまうかもしれませんが、そうではなく、藤森先生もよく自分ができることの120%先に発達や、成長があるというようなお話をされますが、ある程度のリスクを背負うというのはそういった成長に向かう姿勢にも繋がる部分でもあるのかなと感じました。私たちの本能は必ずしも単婚に向いている訳ではないのですね。それは「そうであるべき」だという道徳的なというのか、秩序を保つためのルールのようなものだったりするのでしょうか。

  2. アンケートの結果からリスクを負ったほうが子どもの数が多いという事実が出ているんですね。なにか男の強さのようなものを見せているからなのかなと感じました。
    単婚、多婚かで睾丸の大きさまで差が出るんですね。理由も納得できましたが、何故人間は中間くらいなのか。現実的に別れがあるからでしょうか。単純に目的が生殖のためとしてではなく、快楽のためと根本からズレてきたからなのかなと考えました。

  3. 性のリスク意識と、生涯に持った子どもの数を比較したときにリスクを恐れないものが多くの生殖に成功しているとあること、そして、”次の世代に貢献している”とあることからリスクを恐れぬものが多くの生殖に成功していると考えたときに大家族でありながらそのなかで、経済面に厳しくとも生活するなかでの幸せを見つけていると番組であることを考えたときに、リスクをおかすことが案外、幸せのきっかけになっているのかと思いました。リスクある仕事を夫婦のなかでどちらかがしていれば相手はいつ一人になってもおかしくないというリスクを抱えながら生きていると思います。そういったなかで、遺伝子を次の世代へとつなげていくといった思考が働くのかなとも考えられました。

  4.  〈リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献している〉リスクに対して恐れをもたないというのは、その男性が向こう見ずで無思慮であるという見解だけに止めるには少しもったいないような気がしています。むしろその逆の、楽観さ、ポジティブな姿勢、屈強な精神というその人の人生哲学の上に成り立ったものがあるが故に、リスクというものに恐れずに立ち向かえるのではないか、という見方もあるように思えます。例えば世間では〈お金がかかるから交際・結婚はしない〉という考え方もあるようですが、この場合何をリスクと思うかでその人の生き方というのは全く違ったものになるように思います。おばあちゃんの知恵袋のように、まさに祖母から「一本のネギを一人で食べれば余るところを二人で食べると丁度いいものなんだよ」と結婚前に教わりました。その言葉も安心材料の一つとなって結婚し、その後、一人でいた時よりも経済的に豊かな現在を実感しています。恐れとは嘘なのだということを改めて感じています。

  5. 結婚相手が見つかる可能性がとても低いといった状況下でも、戦いを生業とする部族の酋長を目指そうとする事で、相手を見つける道を進むことができるように、女性が感じる魅力的な視点を知る事でそれに沿った行動が取れますが、それを人間は自然と行っているという事でしょうか。それとも、男性のそのような姿を見続けてきた事による影響が、女性の遺伝子に組み込まれていったのかはきになります。かつての狩猟民族であった経験が、女性をそうさせたという事もあるのかもしれないとも感じました。また、リスクを取る意識が高い男性と子どもの数との関連についてもありました。個人的には、リスクをとる人というのは、なんとなく太っ腹なイメージがあります。物事に動じず、起きたこと・目の前のことにその都度対応していくといった感じです。それとは逆に、物事に慎重に、より先を見通そうとする人が、多婚ではない単婚や未婚というようになっていくのかなとも感じました。

  6. リスクを取る意識が高い男性は、そうでない男性より明らかに子どもの数が多かったという結果は、「そんなにもはっきりとした差が出るんだ」と不思議に思ってしまいましたが、リスクという観点で言えば、女性へのアプローチにも差が出るのではないかと感じました。子作りにおいても、リスクを取る意識が低いと相手を気にし過ぎて行動や言動に反映させることができず、リスクを取る意識が高い人はとりあえず行動に移してからという印象があるので、この子どもの数の差が出たのかなと考えてみました。
    人は睾丸のサイズ的に単婚とも多婚ともはっきりとは言えないのですね。中途半端な位置だからこそ、睾丸の体重比の個人差が大きくなったりするのでしょうか。また同じ人類でも人種間の差もあるのかなとイギリスとアメリカの離婚事情から感じ、その差の詳細が気になってしまいました。

  7. 今回もおもしろい実験というか、比較研究を紹介してもらっております。「男性のリスク意識と、生涯に持った子どもの数を比較する調査・・・たとえば消防士と事務職とアンケート結果の両面から評価」。リスク側面から想像すると、消防士は事務職に比較して生命のリスクという観点からすると、「リスク意識」が高いような気がします。すると、「生涯に持った子どもの数」もより多くなる、ということでしょう。リスク意識の高い職業、他には、警察官や自衛官、などがあるのでしょうが、果たして子沢山か?「事実は事実です。リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献している」と言われると、ああそうなんだ、と納得せざるを得ません。次に「睾丸の体重比」。これもまた考えたこともない実験です。よくこんなことを思いつき、しかも調査研究しているな、と甚だ感心させられます。睾丸が重いということは「大量の精子」が作られている証拠か。男性の一人として、そうしたことに思いを馳せたことはありませんでした。「ハーコートが作成した霊長類の比較グラフでは、ヒトはちょうど真ん中に位置」。単婚と多婚の中間地点。多婚の方に振れると、お妾さんや二号さんの世界が登場するわけですね。浮気や不倫も振れすぎた結果。何事も中庸が肝心ですな。

  8. 〝リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献している〟という言葉から、以前の藤森先生のブログであった「オプティミスト」のことを思い出しました。リスクを恐れないということは、リスクに対しての考え方が「どうにかなるさ」のような感じだということなんでしょうかね。
    そのようなおおらかで寛容な男性の方が女性から見て魅力的だということなんでしょう。また、余裕がある男性の方がしっかりと女性のことを想って行動をするような気がします。
    それは男女間のことだけでなく、全てのことに同じようなことが言える気がします。

  9. 「リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献している」という言葉印象に残ります。リスクを恐れないということは勢いであったりポジティブな考えであったり冒険心であったりというのが思い浮かびます。物事を前向きに捉えるからリスクを恐れないのでしょうか。そこで慎重であればあるほど前に進めず未婚に終わるということにもなるのでしょうか。人間の本質は単婚でもなく多婚でもないのですね。人間の印象は「単婚は、脳にしっかりと根を下ろした絶対不変の本能ではない」というのことの逆なのかと解釈していましたが、「貞節の鑑とされていた動物も、状況が許せばよそ見をすることがわかってきた」とあるようにまたなにかの見方の発見がありそうですね。それがまた気になるところです。

  10. 時代や環境によってリスクというのはそれぞれだと思います。今の日本で見ると人間同士の争いはないですし、狩猟民族のように狩りを行うわけでもないので、命をかけるくらいのリスクはないのかもしれません。しかし、自分の夢に向かってひたむきに頑張っている姿は誰でも感動をしますし、魅力があります。それは仕事でもスポーツでも関係ないですね。私からすると藤森先生がリスクを背負っているというか、自分に課せられた使命を果たそうとしている姿が人として魅力を感じます。人、それぞれどこかでリスクを背負って頑張らないといけない時があるように思います。その時に向き合うか、背を向けるかで人生も違ってきますし、もしかしたら結婚にも繋がっているのかもしれません。

  11. 「平和の酋長」より「戦いの酋長」が当然リスクが高いですし、それだけ子どもを産むという行為に関しても子どもの数は多いでしょうね。これを見ると最近の日本の少子化は国が平和だからなのかもしれませんね。そして、生まれたあとも長生きできたりと生きることに不安やリスクは戦いの中にいる一族よりもかなり少ない社会です。こういったことがいったんあるのでしょうね。また、単婚ということは昔からあるのでしょうが、日本の場合、将軍には側室がいたり、庶民の中でも夜這いという文化があったと聞きます。そう考えると正室や妻がいながらも、決して一人だけということではなかったのかもしれませんね。それはキリスト教にも言えるというのは驚きました。生まれてくる子どもの15%は戸籍上の父親と血がつながっていないというのはかなり衝撃的です。しかし、これらのことからしても「単婚は脳にしっかりと根を下ろした絶対の本能ではない」ということの裏付けでもあるのでしょうね。

  12. 「平和の酋長」と「戦いの酋長」では、リスクの高い「戦いの酋長」の方が子どもの数が多いというのは、わかる気がします。命の危険があるからこそ、子どもをたくさん残そうとする本能でしょうね。文中に挙げられている消防士も現代においては、リスクを恐れない職種ですね。よく消防士との合コンというのを聞くのもこうしたことが理由にあるのかもしれないですね。本能レベルで多婚というものを求めつつも、単婚に文化的に落ち着いたのは争いという所を考えてしまいますが、キリスト教という誓いの中においても、本能には逆らえないということでしょうか。

  13. 「リスクを取る意識が高い男性は、そうでない男性より明らかに子どもの数が多かった」とあり、男性が死に瀕した際、最後に選ぶのは性欲だという話を思い出しました。人には色々な欲がありますが、死に直面した際、最後に選ぶのは性欲であり、それは子孫を残そうとする人の本能によるものだということでした。それを踏まえると、リスクを恐れないということは、それだけ死へのリスクを負うことでもあり、いつどうなるか分からない状況であれば、生きている内にできるだけ子孫を残そうという本能が働くのではないでしょうか。このようなことからも、人は何よりも種の存続を一番に優先するということを伺い知ることができますね。

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