バソプレシン

ヒトも含めて、結構な大きさの能を持つ動物が、なぜ立派な能を持っているかというと、今自分が置かれている状況で最大限有利になるよう行動を微調整するためだというのです。それは言い換えれば、行動戦略を方向転換できるような選択肢があるかということだとダンバーは言います。つがいになる相手を誰にするか、その関係をいつまで続けるかは、動物自身の選択だというのです。その背景には、今のパートナーと一緒のほうが、利益が大きいか、相手を変えたり、いろいろな異性と微妙な駆け引きをするほうが得なのかといった判断が働いていると言うのです。もちろん、ヒトだって例外ではなさそうです。

人も単婚種のほかの動物と何ら変わりはないとダンバーは言います。オスは、メスがこれから産むすべての子どもの父親でありたいわけですが、それには慎重を要します。子作りは押しつけるものではなく、協力し合うものだからだと彼は言います。無理矢理ですと、メスは逃げていくだろうと言います。カリフォルニアに生息するイグアナの仲間であるチャクワラの場合、オスが縄張りを守ることに必死で攻撃ばかりしていると、メスが縄張りに入ってこられないため、交尾の回数が減るというのです。ミシガン大学のバーバラ・スマッツの観察によると、ヒヒ社会でも攻撃性が強すぎるオスは、メスに敬遠されたそうです。優しく接してくれるオスのほうが好まれたそうです。

単婚動物の特徴でもあるオキシトシン、別名「愛着のホルモン」をめぐっては、これまでもマスコミが盛んに取り上げてきました。しかし、オキシトシンがそういう効果を発揮するのは、メスだけのようです。オスに働きかけるのは、オキシトシンの仲間であるバソプレシンの方だそうです。バソプレシンは、単婚種のオスの行動を制御するうえで重要な役割を果たしているそうです。オスのラットの脳にバソプレシンを注入すると、攻撃性が和らいでメスや子どもに対して優しくなり、身体を密着させたがるそうです。では、ヒトではどうなのでしょう?ただしヒトは単婚か多婚かの判定が容易ではないと言います。ですから、ヒトのオスはみんなバソプレシン濃度が高い、それはつまり単婚であるというわけではなく、多婚的な行動に関して個人差があると言った方がいいだろうとダンバーは言います。

ストックホルムにあるカロリンスカ研究所のハッセ・ワルムらは、スウェーデン人の双子552人を対象に、バソプレシン受容体遺伝子と結婚生活の関係を探ってみたそうです。ここでバソプレシン受容体に関わる領域の遺伝子を詳しく調べてみたところ、RS3という部位が、パートナーへの愛着度と密接に関係していることがわかったそうです。さらに、この部位で見つかった11種類の遺伝子変異のうち、いちばん関係の深いのが対立遺伝子334と呼ばれるものだったそうです、

それは、どういうことなのでしょうか?対立遺伝子334のコピーを1つかふたつ持っている男性、それはすなわち父母のどちらか、あるいは両親から受け継いだということだそうですが、このような男性は、残り10種類の対立遺伝子のコピーをふたつ持っている男性よりも、パートナー愛着度が低かったそうです。また、パートナーと同棲しているものの、正式に結婚していない人が多かったそうです。それは、責任を引きうけていない証拠だというのです。

離婚理由

 単婚のオスが外で遊ぶことには遺伝子を子孫に残すために必要な部分があるにしても、世界各国の犯罪データを集めて分析したところ、人間の配偶者殺しの大多数は不貞、もしくは不貞疑惑が引き金になっていたそうです。それは、パートナーに捨てられまいとして攻撃的になるからです。ということで、オスとメスの1対1関係を維持するためには、「嫉妬」が重要な防衛策になるようです。南アメリカに生息するティティという単婚のサルは、メスが自分の知らないメスの接近に神経をとがらせ、追い払ったりするそうです。ダンバーがクリップスプリンガーというアフリカ産のレイヨウの仲間を観察したときにも同様の行動を目の当たりにしたそうです。

 スウェーデンにあるルンド大学のマリア・サンデルは、ホシムクドリである実験を行なったそうです。産卵期、野生のつがいが使っている巣箱の近くに、知らないメスを入れた鳥かごを置いてみました。新たなメスの出現にオスは色めき立ったそうですが、パートナーのメスはライバルに対して攻撃的だったのです。さらに、重要なことに、ライバルへの攻撃性が強いメスほど、繁殖期を通じて決まったオスとの関係を維持できる傾向にあったそうです。

 ただ進化論的に言えば、生殖のチャンスが訪れたらすぐものにできるほうが有利なはずです。となると、新しくてより良い相手が現われることで、それまでの関係が崩壊しても不思議ではありません。生涯決まった相手と添い遂げるとされる白鳥でさえ、「離婚」はよくあることだそうです。しかし、離婚率は種によって幅がありますし、同じ種でも集団によってばらつきがあるそうです。現在コーネル大学に所属するアンドレ・ドントがベルギーのシジュウカラを調べたら、実につがいの半数以上が別れていたそうです。関係解消を持ちかけるのは多くの場合メスで、しかも別れたあとのほうがたくさんヒナをかえしていたそうです。オスのほうは、これほどいい目にはあっていないようではあるそうですが。

 鳥類の離婚原因として一番多いのは、子育ての失敗だそうです。人間でも不妊は離婚の大きな要因のひとつであり、それは、子どもを産めない妻は離婚され、実家に返されても仕方ないことになっているイスラム教徒だけに限らないようです。

 しかし、人間の場合もそうですが、鳥たちの離婚理由も不妊のほかにもいろいろとあるようです。ネヴァダ大学リノ校のルイス・オリンが、北アメリカに生息するフタオビチドリを観察したところ、よそのつがいに割り込んで片方を追い出し、後釜に座る例が見られたそうです。グラスゴー大学のボブ・ファーネスは、海鳥のオオトウゾクカモメで同様の行動を観察しているそうです。こちらは、「盗賊」の名にふさわしく、よそのつがいの片割れを激しく攻撃し、ときに死なせることもあるそうです。

 これらのから何か教訓を得るとしたら、すべての種に必ず当てはまる単純な規則はないということだろうとダンバーは言います。生物学の世界にも普遍的な原則は存在します。しかし、単婚や多婚、離婚のパターンは種によって、また種のなかでもさまざまで、環境や集団の状況によって変わってくるそうです。結構な大きさの能を持つ動物が、もちろんヒトもそうですが、なぜ立派な能を持っているかというと、今自分が置かれている状況で最大限有利になるよう行動を微調整するためだというのです。

不貞の芽

不貞の芽を摘むために妻をハーレムに隔離したり、宗教的な理由で女性に画一的な服装をさせる地域もあるようです。いずれもパートナーを監視する手段なわけですが、動物の世界にも似たような行動はたくさんあるようです。自由な関係が好まれる社会にあっても、父親が誰かという話が問題になることは、男女ともに少なくとも潜在意識では了解されているようです。ですから、生まれたばかりの赤ん坊が父親に似ていると周囲は言いたがるというのです。赤ん坊は間違いなくおまえの子だから、がんばって育てろと説得しているようにも聞こえるとダンバーは言います。

しかし、他人の子を育てる損得を進化面から細かく分析すると、妻の浮気疑惑に対して激怒するだけが能ではないことがわかると言います。血のつながらない子どもを育てるリスクはついて回りますが、パートナーとのあいだにできた子どもをみんなわが子として育てれば、パートナーと円満な関係が維持できて、将来の生殖機会も保障されるというのです。あまり詮索が過ぎると、猜疑心のかたまりになってしまいますし、うんざりしたパートナーがもっと寛大な相手に乗り換えるかもしれないと言うのです。よその子も受け入れて育てることは、オスが生殖するうえで背負わなければならないリスクなのだとダンバーは言います。そういった点から見ると、彼は、フロイトは、抑圧の効用を軽く見過ぎていたかもしれないと言うのです。

単婚のオスが外で遊ぶとどんな特があるかは容易に想像がつくと言います。では、相手のメスは婚外関係から何が得られるのだろうか?と考えてみると、進化論を踏まえた最新の説明では、二つの可能性が考えられています。まず、リスクの軽減です。メスが理想とするのは、わが子に気前よく投資してくれるオスです。望ましいのは財布が膨らんでいる男であり、繁殖縄張りが広いヨーロッパコマドリだというのです。しかしメスは同時に、優秀な遺伝子も欲しがります。それは、クジャクなら尾羽、男なら顔つきの左右対称性、で判断できると言います。左右対称の顔つきの男はもてるそうですし、実際に優秀な遺伝子の持ち主とされているからです。

しかし、残念ながらこの世界は不完全ですから、すべての分野で高得点のオスなどめったにいませんし、いたとしてももうライバルが多すぎると言います。そこで、メスたちは両方からなるべくおいしいところを取るため、子育てに投資してくれるオスとふつうはつがいになると言います。生まれる子どものほとんどは彼が父親ですが、それですべてではなく、優秀な遺伝子を持つオスが入り込む余地も少しだけ残しておくというのです。

メスが婚外関係に走りたがるもうひとつの説明は、オスの気を惹くためというものだそうです。ストックホルム大学のマグヌス・エンクイストを中心とする研究チームは、メスが婚外関係をちらつかせて、オスどうしを競わせていることを、簡単な数学モデルを使って示したそうです。そうすることで、パートナーがよそのメスに走るのを防いでいるのだというのです。しかし、やり過ぎは禁物だとも言います。マーティン・ダリー、マーゴ・ウィルソンが世界各国の犯罪データを集めて分析したところ、人間の配偶者殺しの大多数は不貞、もしくは不貞疑惑が引き金になっていたそうです。パートナーに捨てられまいとして攻撃的になるのは男女ともに見られる傾向だそうですが、暴走するのは男の方が多いそうです。

行動環境学

これまで行動環境学の世界では、単婚を成立させているのは協力関係だということになっていました。しかし、研究者は従来の交尾戦略を見直し、コインの裏側に目を向ける必要に迫られているというのです。つまり、協力関係には、搾取されるリスクは必ずつきものなのです。単婚のオスは、パートナーが産んだ子の父親が本当に自分なのか、確信が持てません。協力を前提とするシステムには、ただ乗り戦略がつきものだとダンバーは言います。育児のコストは別の誰かにまんまと背負わせ、自分は利益だけいただく。決まったパートナーとの関係を続けるかぎり、ただ乗りされるリスクは常に背中合わせだというのです。かといって新しいメスに走ると、母親だけではわが子を育てられないかもしれないのです。それが、単婚のジレンマだとダンバーは言うのです。

しかし、あれもこれも手に入れたいのがオスというものであると彼は言います。ですから、進化の過程で、新しいメスとも交尾できますし、なおかつよそのオスの子を育てずにすむというずるい戦略を発達させたというのです。DNA解析によって、婚外交尾の実態が明らかになった今、研究者は従来の生殖活動の中に、「反寝取られ」戦略の側面があることに注目し始めているそうです。なかでも、ヨーロッパカヤクグリという地味な小鳥の例が有名だそうです。ケンブリッジ大学のニック・デイヴィスらは、ヨーロッパカヤクグリのオスが単に食べ物を運ぶ回数が、自分の血を引いたヒナの数に比例することを突き止めたそうです。そんな離れ業をオスはいかにやってのけるのか?種明かしは簡単で、産卵期にメスがオスの視界からいなくなる時間で判断していると言います。巣を留守にしているあいだ、隣家の旦那と草むらでよろしくやっているかもしれないということだろうとダンバーは推測しています。

婚外交渉に神経をとがらせるのは人間も同じだと言います。離婚した男性が、DNA鑑定で子どもとの血縁関係を確認したがるのはその表われであると言います。自分と血のつながらない子どもに養育費を払いたくないからだと言います。男たちの不安も無理はないとダンバーは考えています。マンチェスター大学のロビン・ベイカーとマーク・ベリスは、イギリス人の妊娠の1013%は、パートナー以外の男性との性交渉によるものだという推計を発表したそうです。計算のもとになったのは、重婚性交渉の頻度に関する自己申告だそうです。重婚性交渉とは、排卵期の5日以内に、本来のパートナー及びそれ以外の男性とセックスすることを言うそうです。

私はこの数字を聞かされるとびっくりしてしまいます。果たして、日本でも同じようなことが起きているのだろうか?それとも、今後そのような状況になっていくのであろうかと考えてしまいます。しかし、子どもと関わる仕事をしている者として、このような状況はきちんと認識している必要があるかもしれません。それは、その状況の中の子どもたちは、それを知ったら、さぞかし傷つくであろうと思うからです。また、家庭という集団、家族のあり方も違ってくるかもしれないからです。

単婚

いままで貞節の鑑とされていた動物も、状況が許せばよそ見をすることがわかってきたそうです。たとえば、南アメリカに生息するマーモセットやタマリンがそうだそうです。どちらも野生では単婚で、オスも子育てに参加します。ところが、オスがつがいの相手から離れて、いろいろなメスをとっかえひっかえすることがあるそうです。「離婚率」はけっこう高く、ひとつの集団で成立したつがい全体の四分の一~三分の一がパートナーとの関係を解消するそうです。こうした行動の変化は、メスがたくさん死んで、オスがあぶれたときに起こりやすいそうです。つがいになれなかったオスは、よその赤ん坊の育児を積極的に手伝ってやるそうです。すると、本当の父親であるオスは、母子から離れて新しい相手を探し始めるのだそうです。今のメスが、再び妊娠可能になるまでしばらく時間がかかりますが、別のメスであれば、すぐに次の生殖に励めるというのです。子育てを手伝うオスにも見返りがあって、母親が次に発情したときに交尾させてもらえるそうです。メスの方も、子どもの父親がよそのメスに走っても無関心な様子だそうです。子育てに参加してくれるオスがいさえすれば、血のつながりは関係ないのだというのです。

この動物の生態を知ると、なんだか人間の世界でも身の周りに思い当たるケースがありますね。しかし、これらの行動は、遺伝子を子孫に残すための手段の一つかもしれませんが、いかにも動物的な気がします。たしかに、メス乗り換え戦略を実行できるオスは、特定のメスとつがいになるオスと比べて、子どもの数が最高で二倍になるのです。メスの方は、相手がどちらのタイプのオスでも損得の違いは出ません。育児の協力さえ得られればそれでいいのです。オスはこうした柔軟な行動パターンをとることで、メス不足に乗じて生殖の成功率を高めていると言えるとダンバーは言うのです。これは状況の変化に対応した結果ですが、そうした変化がなくても、単婚の動物が臨機応変に行動すればそれなりの利益があると思われると言います。本来は、単婚の動物でも、メスがよそのオスに走ったり、こっそり隠れて浮気したり、「離婚」したりする例はたくさんあると言うのです。それは、いわゆる「単婚のジレンマ」を克服しようという試みなのだと言うのです。

ほ乳類の中で単婚の動物はかなりの少数派だそうです。霊長類やイヌ科であるオオカミとかジャッカル、キツネなど全体の5%を占めるにすぎないそうです。その一方、単婚が基本となっているのが鳥類で、すべての種のおよそ90%が、少なくとも繁殖期だけは単婚になるそうです。一見すると、まことに喜ばしいかぎりだとダンバーは言うのですが、その幻想は、10年ほど前の研究で吹き飛んだそうです。DNAフィンガープリンティングという新しい技術で分析したところ、単婚とされる鳥が産んだ卵の五分の一は、パートナー以外のオスが父親であることが判明したというのです。父親は血のつながらないヒナにもせっせと食べ物を運んでいるということだそうです。

これはいったいどういうことなのでしょうか?これまで行動環境学の世界では、単婚を成立させているのは協力関係だということになっていたのですから。

単婚と多婚

 19世紀後半の記録を見ると、平和の酋長を輩出する一族は、社会の上層に位置していて、この一族出身の男が戦いの酋長に就任することはまずないそうです。戦いの酋長になるのは、孤児や下層の生まれの者だそうです。彼らは、もともと結婚相手が見つかる可能性がとても低いのです。しかし、戦いの酋長として成功すれば、つまり生命を長らえて名誉とともに引退し、社会に復帰した暁には、とても魅力的な存在になるのだとダンバーは言います。戦いの酋長は、結婚生活がかなり短いにもかかわらず、平均すると子どもの数は平和の酋長より多いそうです。

 リスクを恐れない者が、生殖で成功するのは、平和な現代イギリスでも通用する事実だと言います。リヴァプール大学でダンバーの学生だったジゼル・パートリッジは、男性のリスク意識と、生涯に持った子どもの数を比較する調査を行なったそうです。リスク意識は、職業、たとえば消防士と事務職とアンケート結果の両面から評価しました。アンケートは、たとえば、スピードに対する考え方とか、危険なレジャーをするかなどです。その結果、リスクを取る意識が高い男性は、そうでない男性より明らかに子どもの数が多かったそうです。その理由は、たとえば女性から見て魅力的なのか、それとも避妊しないからかなど、はっきりしないようですが、事実は事実です。リスクを恐れない男ほど、次の世代に貢献しているとダンバーは言うのです。

 なお、ダンバーのかつての同僚で、現在はカリフォルニア大学デーヴィス校にいるサンディ・ハーコートは、霊長類に関する興味深い事実を発見したそうです。単婚の種は、多婚の種に比べて、睾丸の体重比が小さいということを発見したというのです。進化生物学の観点からすれば、その理由は明白だとダンバーは言います。不特定のメスと生殖するシステムでは、自分が交尾するときにメスが排卵しているとは限らないのです。自分の子を残すチャンスを最大にするためには、精子をできるだけたくさん放出して、自分より前に交尾したオスの精子を押し流すか、メスの排卵期を見定めて交尾するしかありません。大量の精子をつくるためには、大きい睾丸が必要だということになります。ハーコートが作成した霊長類の比較グラフでは、ヒトはちょうど真ん中に位置しているそうです。つまり、完全に単婚でもありませんし、かといって多婚にもなりきれないという中途半端な立場だというのです。私たちの本能は、いったいどちらなのだろうか?とダンバーは問います。

 キリスト教は結婚のときに誓いを立てさせることで、人間は一夫一婦だという概念を植え付けてきたと言います。それなのに、なぜイギリスでは結婚したカップルの三分の一以上、アメリカでは半数が別れてしまうのでしょうか?それだけではないと言います。生まれてくる子どもの15%は、戸籍上の父親と血がつながっていないというデータもあるそうです。これを時代による変化であるとか、家族的な価値観とか、伝統的な社会が崩壊しつつあるとか、人間関係にさえ「新しくて良いもの」を欲しがる現代社会の病理だとか、さまざまに見る向きもあるかもしれないとダンバーは言います。しかし、最近の生物学では、別の解釈も行なわれつつあるそうです。単婚は、脳にしっかりと根を下ろした絶対不変の本能ではないという見方です。というのは、いままで貞節の鑑とされていた動物も、状況が許せばよそ見をすることがわかってきたというのです。

勇敢な行動

伴侶としてどのくらい魅力的かを女性たちに評価してもらったところ、高評価を獲得したのはリスクを恐れないタイプでしたが、なかでもヒーロー・タイプのほうが、圧倒的に人気があったそうです。しかも、好まれるのは中程度のリスクをとる男性だったそうです。ところで男性は女性よりリスクを恐れないだろうか?という疑問がわきます。一般的にはイエスであるとダンバーは言います。交通量の多い交差点での横断行動を観察した調査からそのことがわかったそうです。男性はおおむね女性より高リスクをとる、つまり、歩行者用信号が赤になっていて、車が近づいてきても横断歩道を渡ろうとするそうです。これまでの話と総合すると、周りに女性がいるときの方が、渡る可能性が高いことになると言います。

このような行動の変化は、子どもにも見られるような気がします。ただし、子どもの場合は、周りにいる人を女性に限定はしないようですが、ひとりでいるときと、周りに他人がいるときでは、周りに他人がいるときの方が、大胆な、また、リスクを恐れない行動を取るようです。このようなことに関する研究はされているのでしょうか?

話を元に戻して、では、女はチャレンジ精神旺盛な男が好きだということを、男も分かっているだろうか?という疑問をダンバーは持ちます。どうやら男は、女のハートを射止めるにはどのボタンを押せばいいか認識できているようだと彼はみています。それを確かめるため、スー・ケリーは実験に使用した紹介文を男性被験者に読ませて、女性にもてるのは誰か当てさせてみたのです。男性陣は、女性の好みを強調しすぎる傾向があったとはいえ、なかなかの好成績をあげたそうです。

実生活での勇敢な行動を、進化論的の視点から探る研究も行なわれているそうです。そのひとつが、アメリカのカーネギー・メダルの過去の受賞記録を調べてみたものです。カーネギー・メダルとは、緊急事態に際して勇敢な振る舞いを見せた民間人に贈られるものですが、記録を分析すると興味深いパターンが浮かび上がってきたそうです。男性受賞者が救出した、あるいは救出しようとしたのは、若い女性が多く、女性受賞者が救ったのは、血縁関係にある子どもだったそうです。

言い換えれば、女性はわが子を生かすため、男性は子作りのチャンスを増やすために我が身を危険にさらしたということになるのではないかとダンバーはみています。やはり彼の学生だったミナ・ライオンズは、さまざまな救出劇を演じたイギリスの新聞記事を分析したそうです。すると、救出者はほぼ全員が男性でしたが、社会的地位には偏りがあったそうです。ヒーローになるのは裕福な男性ではなく、社会経済的に下層に属する男性だったのです。ライオンズはその理由として、ヒーローになることで市場価値が高まり、伴侶を見つけやすくなるからではないかと推測しているそうです。

北アメリカのネイティブ・アメリカン、シャイアン族の歴史を振り返ると、これとよく似たことが起こっているそうです。シャイアン族を率いる酋長は二人いたそうです。「平和の酋長」は世襲制で若いうちに結婚し、戦いには決して加わりません。そして、「戦いの酋長」は独身を貫き、いざ戦いとなると先頭に立って敵陣に乗り込み、敗北するより死を選びます。戦いの酋長が妻をめとることもあるそうですが、それは、幾度もの戦闘を生き延びて、戦士としての名誉の誓いを撤回した後の話だそうです。

もてるタイプ

男性ホルモンの副産物としてできるステロイドの一種であるアンドロステノンという体液があります。リヴァプール大学のタムシン・サクストンの研究グループは、これもステロイドの一種であるアンドロスタジエノンを塗布した女性をお見合いパーティに出席させてみました。お見合いパーティとは、超多忙でお相手探しもままならない人のためのイベントで、女性たちが着席しているテーブルを男性が次々と回っていきます。ただし、一人の女性と話せるのは5分だけで、時間が来ると、次の女性に移らなくてはなりません。最後に各自が気に入った男性を書き出して主催者に提出し、相思相愛のカップルが成立したらその先に進んでもらう趣向になっています。このような形式のバラエティが、日本でもテレビで放映されていたことがありました。イギリスでは、このようなパーティが開かれているのですね。まさに、一晩に十数人の異性と会い、好みかどうかを短時間で評価する状況は、タムシン・サクストンらの実験にぴったりでした。

サクストンの実験では、ほかの匂いの影響とも比較するために、アンドロスタジエノンをクローブオイルに混ぜて使用しました。被験者の女性は、3つのグループに分けられ、それぞれクローブオイルとアンドロスタジエノン、クローブオイルのみ、水を上唇に塗布したのです。こうすることで、クローブオイルの影響をはっきり分離させることが可能になります。

結果は驚くべきものだったそうです。アンドロスタジエノンをつけたグループは、ほかのグループよりも高い評価を男性につけ、もう一度会いたいと積極的に働きかけたそうです。アンドロスタジエノンが脳の奥深くに潜むメカニズムに働きかけ、目の前にいるのっそりした男を実物以上にかっこよく見せたのだろうと言います。現代にロマンは成立しないなんて、いったい誰が言ったのか?とダンバーは言うのです。

万策尽きた男たちにも、可能性を広げる方法が1つあると彼は言います。それは、ヒーローになることだと言います。少し前の話だそうですが、スー・ケリーという彼の研究室の学生が、ある実験を行なったそうです。被験者の女性たちにさまざまな男性の簡単な紹介文を読ませ、友だち、長期的なパートナー、一夜限りの遊び相手の三通りで評価させます。紹介の内容は、退屈なぐらいまじめな性格で単調な仕事に就いているとか、福祉関係の仕事をしている、リスクを恐れないチャレンジャーといったことです。女性たちは、他者のために奉仕できる人が長期的なパートナーにふさわしいと評価したそうですが、一夜限りで遊ぶなら、チャレンジャーが一番人気だったのです。

メイン大学のウィリアム・ファージングが行なった実験でも、同様の結果が出ているそうです。ここでは、異なるタイプの男性について、伴侶としてどのくらい魅力的かを女性たちに評価してもらいました。すると、高評価を獲得したのはリスクを恐れないタイプでしたが、なかでもヒーロー・タイプのほうが、圧倒的に人気があったそうです。しかも、好まれるのは中程度のリスクをとる男性だったそうです。

ここからわかるのは、男ならリスクを恐れない態度は、売りになると言うことです。しかし、やり過ぎてはいけないとダンバーは忠告しています。それは、無謀な行動はすべてを台無しにする事があるからと彼は言うのです。

匂いの影響

 唾液には、体内で生成されたさまざまな化学物質が含まれていると言われています。主要尿たんぱく質(MUP)もそのひとつです。ダンバーは、この物質について、たぶん尿と聞いて顔をしかめた人のために説明しています。この名称は、MUPが最初に見つかったのがマウスの尿だったことに由来しているそうです。そこでわかったのは、MUPは、個体認識と縄張り行動に深くかかわっているということだったそうです。リヴァプール大学のジェーン・ハーストを中心とする研究グループは、メスのマウスはMUPだけでオスを区別していることを最初に突き止めたそうです。尿にMUPが含まれているのは、ある程度のひろさのところに自分の存在を示すうえで、尿を活用するのが便利だからだそうです。ですから、尿に限らず体液を排出するところには、かならずMUPがあると言っていいだろうとダンバーは言います。

 もし異性と激しく盛り上がったときは、一瞬立ちとどまって、これは自分と異なる免疫反応の持ち主を探す試みであり、成功のカギはMUPが握っているのだと思い出して欲しいと彼は言います。とはいえ、実際には、自然の欲求に身を任せるのが得策だろうと言います。邪念に惑わされて肝心のところで失敗しては、進化が何百万年もかけてつくりあげてきた選択のメカニズムが泣くというものだとダンバーは言うのです。

 挨拶に仕方は、地域、民族によって違っています。エスキモーと言えば、握手の代わりに鼻をこすり合わせる挨拶で知られていますが、もっともそれは、エスキモーを初めて見たヨーロッパ人探検家が作り上げた神話のようなもので、正確にはお互いの顔のそばに鼻を寄せて、息を深く吸い込むのだとダンバーは言います。彼は、こうした挨拶はエスキモーに限ったことではないとも言うのです。ニュージーランドのマオリ人にもホンギと呼ばれる挨拶があるそうです。ただし、こちらも鼻と鼻をこするのではなく、軽くくっつけ合うだけで、主人とお客の結びつきを象徴していると言われています。

 エスキモーやマオリ人がこの挨拶で何をしているかというと、私たちが生きる世界は視覚ありきですから、匂いの重要性が忘れられがちなのです。けれども匂いは私たちが思っている以上に活躍していますし、とくに伴侶選びではなくてはならない役割を果たしているというのです。

 1960年代のこと、公衆トイレの個室にアンドロステノンをまくという茶目っ気のある実験が行なわれたことがあったそうです。アンドロステノンはステロイドの一種で、テストステロン、いわゆる男性ホルモンの副産物としてできます。ひげそり直後の男性から発散されるちょっとかび臭いような匂いがそれだそうです。このトイレの利用者を観察したところ、男性は「アンドロステノン入り」の個室を避けることがわかったそうです。一度入っても、そそくさと出てきて別の個室を探したのです。しかし、女性は、アンドロステノン入りの個室に行列をつくったそうです。

 リヴァプール大学のタムシン・サクストンの研究グループは、この実験のアップデート版として、上唇に、これもステロイドの一種であるアンドロスタジエノンを塗布した女性をお見合いパーティに出席させてみました。

キスの効用

フロイトと仲間達は、キスは、母親のおっぱいを吸っていた至福の記憶を、深いところから呼び起こすというもので、一種の赤ちゃん返りだと主張しました。しかしダンバーは、だいたい赤ちゃん返りしたいのなら、本当におっぱいを吸えばいいのではないか?昆虫や一部の鳥に見られる求愛行動で、口移しで食べ物を与えるのがキスの起源だという説もあるそうです。これを実行するのはもっぱらオスで、気を惹きたいメスに食べ物、あるいは自分の胃の内容物を与え、メスがその量でオスの資質を判断します。好きな女にダイヤの指輪やミンクのコートをプレゼントするのと似ているから、これはこれで納得できる説かもしれないとダンバーは言います。けれども、食べ物がからまない状況では適用しませんし、チョコレートや花束など代わりの手段がいくらでもあります。それに求愛行動での口移しは、一方通行ですが、キスは男女ともに熱心に行なうので、何か別の要素があるはずだとダンバーは考えます。

では、人間はキスで何をしているのかというと、どうやら相手の遺伝子構成を吟味しているのではないかと考えられています。人間の免疫システムは一人一人異なっていて、それを決定するのは主要組織適合遺伝子複合体、略してMHCと呼ばれる遺伝子の集まりだそうです。花粉、ウイルス、バクテリアといった異物をどこまで認識し、体内に侵入してきたときに対峙するかはMHC遺伝子が決めるそうです。しかし、MHC遺伝子は変異を起こしやすいと言われています。私たちの身体は、隙あらば寄生したり、生命を狙ったりする顕微鏡レベルの敵に囲まれていますが、そんな脅威に対抗できるのもMHC遺伝子のおかげだそうです。また、MHC遺伝子は体臭のコントロールもしているそうです。その人が生まれつき持っている体臭は、免疫反応との関係が深いのだとダンバーは言います。

日本人が、あまりキスをしないのは、生まれつき体臭が強くないので、それほど免疫反応をする必要がないのかもしれません。数多くの研究では、人は自分にないMHC遺伝子を持つ相手を伴侶に選ぶ傾向があることが示されているそうです。その理由は、説明するまでもなく、自分と同じ遺伝子型ですと、生まれた子どもの免疫力は幅が狭くなるからです。しかし、両親の遺伝子型が異なっていれば、子どもは療法を受けついで病気に対する抵抗力の範囲が広がるのです。

つまり、自分にない免疫反応の持ち主が伴侶としてふさわしいわけですが、ではどうやってそれを見分けるのか?というと、ひとつの手がかりが“匂い”だと言います。匂いというのは接近してはじめてわかるだけに、とても個人的なものです。香水の好みが人それぞれなのも、体臭との兼ね合いがあるからだろうとダンバーは言います。基本的には、その人本来の匂いを強調してくれる香水がよしとされるのです。ですから、よく知らない人に香水をプレゼントするときには慎重にするようにと助言します。とはいえ、匂いはごまかすことも可能です。ジヴァンシーの新作を浴びるほどつけるのもひとつの手ですが、わたしたちがしんかの歴史の大半を過ごしてきた自然界でも、分泌物やバクテリアの働きで匂いが変わることがあります。そんな偽装に惑わされないためには、相手との距離を徹底的に縮めて、自分の五感で直接確かめる必要があるのです。