特別な血縁関係

 人は、その人の姓を聞くことである程度出身地を知ることができます。共通の祖先であるかどうかもわかる場合があります。日本では、ほとんどの場合無理ですが、地域によっては、姓だけではなく、名のほうでもある程度の関係性を匂わせることができる場合があるそうです。たとえば、誰かにちなんだ名前を子どもに付けることはよく行なわれます。自分の名前が付いたと思えば、当然その子への関心が高くなりますし、。その後もずっと気に掛けてくれるかもしれないとダンバーは言います。ドイツでは、赤ん坊が生まれると代父や代母を立てる伝統があって、代父母一人につき一つの洗礼名が赤ん坊につくそうです。代父母の役目は、子どもを教会の日曜学校にきちんと通わせることだけではなく、子どもが成人してからも、社会のなかで後ろ盾になることが求められるそうです。ギーセン大学の歴史人口学者エッカート・ヴォラントが、ドイツ北西部クルムホルン地方の教区登録簿を調べた研究があるそうです。それによると、生後1年を無事に生き延びた赤ん坊は、そうでない赤ん坊より多くの洗礼名を持つ傾向があったそうです。洗礼名が与えられるのは生後8日目だそうで、両親はその時点でわが子の行く末をある程度わかっていたと思われるをうです。長く生きられそうにない子どもには、代父母を立てる手間をかけなかったと言うのです。

 こうした間接的な親族関係は、いまだに健在だと言います。そのことを具体的に確かめるために、カナダのマクマスター大学で進化心理学者達が最近ある研究を行なったそうです。彼らは、アメリカ合衆国の人口を調査記録からイギリス風のよくある姓名と珍しい姓名を選び出しました。そして、ホットメール・アカウントをもとに、それらの姓名を持つ3000人に、地元スポーツチームのマスコットに関する電子メールを送り、返信の有無を調べたそうです。返信率がいちばん低かったのは、返信者と受信者が姓も名も異なるパターンで、わずか2%だったそうです。反対に差出人を同姓同名にして送ると、メールの返信率は12%に跳ね上がったそうです。姓が同じ場合は6%、名が同じ場合は4%だったそうです。

 ただしこれはありふれた姓名の時で、珍しい姓名になると結果が大きく変わったそうです。同姓同名の発信者から届いたメールに27%が返信し、同姓だけでも返信率は13%になったそうです。返信メールの三分の一は偶然の一致について触れていて、家族のルーツについて尋ねる人も多かったそうです。ダンバー自身も、この研究結果のまんまの行動をとると言っています。自分と同じダンバー姓の人がいたら、たちまち興味をかきたてられますが、スコットランドにはよくあるマクドナルド姓だと、それほどでもないと言います。曾祖母がマクドナルト姓だった関係で、彼の一族のミドルネームではおなじみではあるにもかかわらずです。

 共通の祖先から枝分かれした血縁関係は、人間のみならず動物でも大きな意味を持つようです。進化生物学の世界では、早くからそのことは知られていたそうですが、それを明確に定式化したのが「ハミルトンの法則」と呼ばれているもので、ハミルトンがまだ博士課程にいた1960年代に発見したそうです。共通の祖先に由来する遺伝子をたくさん共有する個体どうしは、遺伝的な利害関係が強いということです。ですから、ほかの条件がすべて同じであるならば、血縁が近いどうしは利他的な行動をとる可能性が高いということのようです。まさに、「地は水よりも濃い」ということです。この法則はヒトからオタマジャクシまで幅広い動物の観察や実験で裏付けられているそうです。

特別な血縁関係” への13件のコメント

  1. おもしろい実験があるのですね。確かに、同じ名前の人には親近感を感じます。名字が同じだけでも感じますし、名前が同じでも感じますし、同姓同名であればさらに親近感を感じます。親近感というのが正しいのか分かりませんが、他人なのに、他人には思えないような感覚でしょうか。返信メールの実験がありましたが、急に見ず知らずの人から連絡があってもなかなか返そうとは思いません。しかし、同姓同名であった場合、姓が同じだった場合、名が同じだった場合の返信率がそうではなかった場合に比べて高いということは、完全に他人であるということではなく、どこか血縁的なのつながりを感じでいたからなのかもしれませんね。それくらい血縁関係というのは特別なつながり、信頼感のようなものを生んでいるのですね。徳川家の将軍の名前も受け継いでいるようなスタイルですが、そこから先祖を感じ、人とのつながりを感じていたのかもしれませんね。人とのつながりを大事に思うことがそういった部分にも表れていたのかもしれませんね。

  2. 間接的な親族関係があるんですね。日本にはない考えで全く想像ができないものなのでびっくりしました。同姓同名でのメールの返信に自分はどうかなと考えると、自分の名字もあまり少ないようなので気にはなり興味を持つかもしれないです。日本のベスト3と言われる名字の佐藤、鈴木、高橋などよく聞く名字は確かに興味はなかなか持たないように思います。ただ、名前の一致だけでもここまで興味を抱くということは名前が一緒であれば血縁関係のある人間にとってはかなり大事な存在となり、大切にしたい存在になりそうです。

  3. 姓名によって、興味や関心をもつ確率が高くなるというのは、おもしろい実験ですね。代々伝わる姓名というのは、歴史の人物を見れば多く存在しており、そこでの繋がりというものは絶対的であったと感じます。また、同じ名前というだけで、親近感がわくといった心理状態になるのは、
    それだけ名前といい枠組みがある意味での信頼関係だったり、親密さを表すものだったように思いました。
    私自身もそうなのですが、姓名以外にも誕生日や出身地などを聞き、相手とどこか同じところを探すのは、血縁関係はないにしても、繋がりがあることが生きる術ということを本能的に感じているのでしょうね。

  4.  〝たとえば、誰かにちなんだ名前を子どもに付けることはよく行なわれます。〟学生時代にメキシコ人の友人を持つ友人がいました。生まれてくる息子の名前に自分の名前がつくことを嬉しそうに報告してくれたことを思い出します。自分の親友や尊敬する人の名前を子どもの名前にする習慣がある国があるということをその時初めて知ったのですが、ドイツの伝統はまた一つ違った重みを感じさせます。生まれてから幾度となく繰り返され、耳に何よりも心地よい響きとなって印象を残し続ける自分の名前。〝特別な血縁関係〟を作り出すその源泉のようです。そういえば弟は、父方の祖父、母方の祖父の一字づつをとって、その名前になっています。父方の祖父がつけた名前ですが、何となく、祖父がその名前をつけた理由がわかったような気がしました。

  5. 人と人が出会い、そこからコミュニケーションのきっかけとしてまず挙げられるのが「名前」と「出身地」であると思います。ということは、人はそれが一致すると不思議な親近感を得て、関係性において他よりも深いものとなるということですね。それが「間接的な親族関係」というものということでしょうか。また、それは直接会わない「メールの返信」としても影響するというのは、よほど関心が高いことが理解できます。そして、「共通の祖先に由来する遺伝子をたくさん共有する個体どうしは、遺伝的な利害関係が強い」というように、自分を犠牲にしてまでも対象を守ろうとしたり助けたりする力が自然と湧いてくるのは、遺伝子がそもそもそうであると同時に、共通の祖先という大きな枠組みの中にいる自分たちというものを深く感じることができる機会も多くて、その可能性も多いということのですね。

  6. 確かに同じ姓や同じ名前の人がいると、私も興味が出ると思います。そして、その姓や名が珍しければ尚一層のことですね。またしても面白い実験が紹介されていました。これは同じ姓や名を持つ人により興味を持つ特性を裏付ける内容ですね。しかし、スコットランドにおけるマクドナルド姓と同様に、日本にも圧倒的に多い姓がありますね。姓によっては、どこの出身かがわかる姓もあるとありましたが、多い姓だとわからないことが少し残念に思えてしまいます。また、なぜ姓の数にここまで大きな差が出たのかというルーツが気になります。結論としてあった「血は水よりも濃い」ということが、血縁が近いどうしは利他的な行動をとる可能性が高いことを示しているのですね。血縁関係という絆がとても強い種だからというのも生存戦略の1つの大きな要因としてあり、人類は生存し続け、繁栄していったことがわかりました。

  7. メールの返信率の結果が物語っていますが、同姓同名の人がいると、「どんな人なんだろう?」というような興味が湧いてくるような気がします。同じ名前の方が同じ苗字よりも親近感が湧くというのは、分かる気がします。小学校の頃に同じ名前の子がいて、その子と名前が同じというのを聞くと、興味をもち、すぐに仲良くなろうとしたことがあります。その子とは部活も一緒になり、今でもたまに会う程度の付き合いをしています。名前が一緒であったことでそのように今でも仲良くしている関係が築けています。
    ほんの少しのきっかけで、この場合は名前が同じというので仲良くなるということもあると考えると、何か共通の部分があるというのが「つながる」ということの方法の一つであるように感じました。

  8. 同じ名前とそうでない名前でメール送るという実験があるのですね。それに対して同姓同名には返す確率が高いというのは納得がいきますね。やはり、人は出会ったときになにかしらの共通点があることで距離がグッと縮まることを実感します。ただ、同じ名字でも親近感のようなものがわきます。だとすると名前という枠でも人間は非常に相手に対しての信頼感のようなものの重さがあるのですね。こうした間接的な血縁関係というのはコミュケーションを取る上で非常に重要なのではないでしょうか。初対面の人には自然と間接的な血縁関係の糸口を探してから仲良くなるような印象がありますね。

  9. 私と妻は遠い親戚同士、すなわち遠い過去においてのことですが、血縁関係にあるようです。私の家と妻の本家との間には過去婚姻が繰り返されてきたような形跡があるのです。もっとも今から何年前まで遡ればその事実を解明できるのか定かではありません。私が調べた限りでは江戸時代前半まで遡ることがわかっています。私の叔母は妻の本家に嫁入りしました。そして、甥の私は叔母の嫁ぎ先の分家から妻を嫁にもらいました。そして、息子が生まれました。我が子は両家の歴史を背負って生まれてきていると私は思っています。血縁関係者を辿る旅?もありかなと思いつつ、結構大変なのだろうなと躊躇します。でも、惹かれる。名字帯刀は江戸時代においては武士やその階級に準じる家に与えられていたようです。江戸時代以降の我が家は武士ではありませんでしたが、名字はありましたから何らかの家だったのでしょう。先祖は何者だったのか。そういった興味関心が湧いてきますね。

  10. 自分自身の名前が珍しい方なので、同じ名前の人がいると自然と親近感も湧きますし、名前の由来など聞きたくなります。おそらくメールも返信するでしょう。話がそれてしまいますが、小学校の時にサッカーの試合中に急に「○○○!!ちゃんとやれ!!」と私の名前が呼ばれました。よく見ると相手チームにも同じ名前の選手がいたらしく、その後もずっと怒られ続けて、なんだかやりづらかったのを思い出しました(笑)去年、母方の父が亡くなりお葬式に行きました。葬式後に続けて七日の法要を行うので、親族が集まりましたが、初めてお会いする方が多く、更に名字も違うので母に「あれはどういう繋がり?」と一人一人聞きました。最初は知らなかったので、何の感情も湧きませんでしたが、自分の血縁関係にあり、どういう繋がりかを聞くと、やはり特別な感情が湧いたのを思い出します。

  11. 海外におけるミドルネームの扱いはこういったところに意味があったのですね。私の場合、難しい感じですので、親族、親類以外、漢字が同じで同姓はいまだあったことはありません。あるサイトで調べると全国順位72,120位 で全国人数およそ10人とほぼ親戚しか該当しないくらい珍しいようなので出会うことはほぼほぼないでしょうね(笑)読みが同じの人もまだ会ったことはないのですが、きっと同じ姓の人がいると親近感を持つことはあるだろうなと感じます。不思議と人は人とのつながりを探すように思います。「親近感」という言葉がありますが、「親」という文字が入るのはやはりつながりの中で一番強固なのがまず血縁だからなのでしょうね。そこから出身地や人種、趣味や成育歴などにまで、自分に共通するものを知ることで親近感を持ったりするのだと思います。人はどこかでつながりを持とうとして、探し、見つけることで、コミュニティを作り、生存戦略を進めてきたのでしょうね。

  12. 苗字が同じという所に反応してしまうのは、誰しもが考えることだったのですね。これまで、同じ苗字を見つけると不思議な感じがありましたが、そう考えると、血縁というものは意識するつもりがなくとも自然としてしまっているということも言えるのですね。少し前に父からAP〇ホテルの社長が実は遠い親戚であるということを聞きました。何が好きというわけでもないのですが、なんとなく遠出をする際は思わずそのホテルに泊まれないか探してしまいます。

  13. 誰もが少なからず同じ名や姓に惹かれるようですね。私の姓は一般的ではないので、地元以外の場所で同じ姓の人に会うとぐっと親近感が湧きますし、好意的になるというのも確かです。昔、同じ姓を持つ人が東北の方からそのルーツを辿って私の家まで訪ねてきたことがあるそうです。そして、同じ姓を持つほとんどの家系が、同じような姓の由来についての伝承を持っていたそうです。それを思うと、遠い先祖の代ではやはり何かしらの繋がりがあったということを感じますし、それ故に同じ姓を持つ人に対しては、意識をしなくとも利他的に振舞っているのかもしれませんね。

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