笑い

ダンバーが、ロンドンで行なわれた、ビジネスや政府関係のさまざまな分野から60名ほどが出席していた経営コンサルタントのイベントに参加したときのことを報告しています。朝食後、別室で円形に配置された椅子に全員が着席し、五分間は沈黙が続きました。参加者がイライラし始めた頃、ようやくまとめ役の一人が立ち上がって「私が強く思うのは……」と、ぐだぐだと話し始めたそうです。一人がしゃべりおえると、また数分間の沈黙の後、罰のまとめ役が話し出します。出席者たちの神経はいらだつばかりでした。とりわけ、居心地が悪そうだったのが、すぐ近くの官庁街から来たと思われる、高級スーツ姿の二人の初老の男性でした。国家行政の仕事を差し置いて、何だってこんな催しに参加してしまったんだ……二人の表情からそんな本心が見て取れたそうです。

やがて参加者もぼつぼつと口を開いて、おのれの信念のようなものを語り始めました。そしてある人が立ち上がって言いました。「私が確信するのは、いったいどうなってるんだと全員が思っているということです。」部屋は大爆笑になり、雰囲気ががらりと変わったそうです。固い氷に亀裂が入ったのです。その瞬間から赤の他人に集まりは兄弟どうしになったのです。

笑い、とりわけ共有された笑いには、連帯感を生み出す驚異的な力があるとダンバーは言います。笑うことで緊張はほぐれるのですが、それだけではないと彼は言います。お笑いのライブに行ってみればよくわかると言います。涙が出るほど大笑いするうちに、心が軽くなり、気分が高揚し、居心地がよくなってくると言います。ぜんぜん知らない隣の人とも会話がはずみ、思い切りプライベートなことをちらりと打ち明けたりもするのです。劇場に着いた直後には想像もできなかっただろうと彼は言います。

そんなときは他人に寛容になれると言います。ケント大学のマルク・ファン・ヴェットのチームは、被験者にあらかじめ金を持たせておき、それを別の人に分けさせるという実験を行なったそうです。ふつうなら赤の他人よりも、自分の友人に多くの金を提供するのですが、コメディのビデオを一緒に見て大笑いしたあとは、違いがなくなったそうです。笑いには他人を友人に代える魔力があるのだろうか?とダンバーは問いかけます。

答えは、ノーです。それは魔力ではないと言います。エンドルフィンの分泌を促すのにいちばん効果的なのは、笑うことなのです。ただし、それは腹の底から湧き上がる大笑いであって、T・S・エリオットの詩に出てくるような、紅茶茶碗を涼やかに響かせる控えめで礼儀正しい笑いではないと言います。なぜ、エンドルフィンが放出されるかというと、大笑いするときは筋肉をたくさん使って胸郭を膨らませるからだろうと考えられます。それを証明するために、ダンバーと同僚は痛覚閾値(つうかくいきち)をエンドルフィン放出の物差しにして実験を行なったそうです。

被験者に退屈な観光ビデオと、爆笑コメディのビデオを見せて、その前後の痛覚閾値を測定したのです。エンドルフィンは、胎内の痛覚制御システムに一枚噛んでいるので、もし笑いがエンドルフィン放出の引き金になるのであれば、笑ったあとは痛覚閾値が大幅に上がるはずだと考えたのです。はたして結果はその通りになったそうです。爆笑コメディを見た被験者は、痛覚閾値が高くなって痛みが楽になったそうです。観光案内を見た被験者は変化なしだったそうです。

信用とオキシトシン

最近行なった実験で、オキシトシンを鼻から嗅ぐことで、他者を信じて報酬を分けあうという意欲が高まることがわかり、それが信用におけるひとつの軸であるということが論じられるようになっているそうです。この実験は、投資ゲームの形で行なわれたそうです。一定金額のお金を受け取った「投資家」は、その全額ないし一部を「受託者」に預けることができます。もちろん、一銭も預けなくても構いません。その金が2倍に増えたら、今度は受託者が投資家に全額ないし一部を戻してもいいのですが、すべて自分のものにすることもできます。投資家は丸損するリスクがあります。全額投資して増えた金を山分けすれば、投資家・受託者双方がいちばん儲かるやり方ですが、ほとんどの投資家は全額を注ぎ込むことはしません。それは、もちろんリスク回避のためです。

この実験でオキシトシンを投与されたグループは、偽薬のグループより投資額が17%も多くなったそうです。なぜこれが「信用問題」かというと、受託者を人間ではなくコンピューターに代えて(それでも受託者が全額ふところに入れるリスクは同じです)実験してみると、投資家はオキシトシンと偽薬のグループで差が出なかったからです。投資家の判断には、ただリスクだけでなく、人間の行動をどう捉えるかも関係してくるようです。

この実験結果が興味深いのは、オキシトシンが社会的なさまざまな場面で重要な役割を果たしているからだとダンバーは言います。たとえば、セックスの最中と終わったあと、脳内ではオキシトシンが大量に分泌され、深い充足感と愛着を生み出すそうです。ハタネズミは種類によって単婚型と乱婚型に分けられますが、単婚型のほうがオキシトシン感受性が高いそうです。ラットの巣作りや母性行動、ヒツジの母子の結びつきなども、背後でオキシトシンが働いているようです。

こうした化学物質は、動物の行動を直接コントロールするというより、周囲に何らかの変化が起きたとき、神経ネットワークが反応できる環境を整えるのが役目だそうです。その例としてよく知られているのが「逃走/闘争」反応で、こちらはエピネフリンというホルモンが関わっているそうです。このホルモンが分泌されると、身体は行動を起こす準備態勢に入るそうです。しかし、実際にどういう行動をとるか、逃げるか戦うかは、本人が状況を見て判断するのです。

チューリッヒ大学の実験でも、オキシトシン投与を受けた投資家でも、投資額が極端に低い人たちがいたそうです。これには、二つの補足的な要素が働いていると思われています。ひとつは、オキシトシン感受性の個人差だそうです。たとえば、女性が男性より感受性が強いですし、同じ女性でもばらつきがあるそうです。もうひとつは、受託者の誠実さに対する感受性の個人差だというのです。

ダンバーが、ロンドンで行なわれた、ビジネスや政府関係のさまざまな分野から60名ほどが出席していた経営コンサルタントのイベントに参加したときのことです。クロワッサンとコーヒーの朝食を済ませたあと、別室に案内されたそうです。円形に配置された椅子に全員が着席しました。それから五分間は沈黙が続きました。これから何が起きるのか?当惑を隠せない出席者達は、次第にイライラを募らせていきました。

信用

触れ合いは昔も今も、私たちが思っている以上に社会生活で大きな役割を果たしています。それは、言葉で意識的かつ能動的に考えるのと違って、もっと深い感情レベルで受け止めるからだと考えられますが、それは、本能というか直感というか、遠い祖先から受け継いで精神の深い底部に潜む原始的な何かであり、進化面では後発組の言語中枢とは関係が薄く、むしろ、情動的な右脳と強く結びついていると考えられています。そのために、触れ合うことの重要さが普段か過小評価されていると言います。ですが、それは無理からぬことだとダンバーは言います。情動的な右脳が前面に出てしまうと、ちょっと身体が触れただけで刺激を受けてしまい、セックスになだれ込むということになりかねないからだというのです。特別興味のない相手と一度キスをしただけでも、情動の全システムが全開になって次の段階に突入してしまうのです。そのつもりがなくてもです。

それもあるから、私たちは見ず知らずの人とか、あまり親しくない人との密着を避けようとするのだろうと考えられています。身体的な接触がきっかけで、冷静なときなら絶対敬遠するような事態に陥らないとも限らないのです。とつぜんの感情に翻弄される危険をわかっているので、あえて一歩下がって距離を取るのだというのです。

社会は暗黙の了解のもと、あるルールに沿って動いています。というより、沿って動いていると信じています。ですから、その中で自分の動くことができるのです。きっと車は赤信号で止まると信じているから、青になると安心して道を渡るのです。ダンバーも、このように言っています。「あなたは毎朝車で職場に向かうとき、ほかの車も交通規則を遵守するはずだと信じている。左側通行を守るし、後ろからあおってきたりはしないと。」彼は、わたしたちは、日常生活が信用で成り立っていることを当たり前だと思っていると言います。日常生活どころか、社会そのものの中で、信用はとても大きな位置を占めます。

たとえば、アムステルダムにある世界最大規模のダイヤモンド市場では、すべてがいわゆる「紳士協定」で動いていると言います。何百万ポンドというダイヤモンドの品質保証も支払いも、握手ひとつで決まるそうです。もちろん、裏をかくようなやつは、脚を折られたり、頭に袋をかぶせられた紳士になったりするそうですが、数十人規模のきわめて小さい閉鎖的なコミュニティでは信用第一なのです。取り引きはこのコミュニティに属する者同士でのみ行なわれるそうです。そうでない者は、商品を見せてもらうことすらできないと言います。

私たちの生活のあらゆる場面に、信用は深く根を下ろしているとダンバーは言います。その根底にあるのは、ある種の互恵主義だというのがこれまで暗黙の前提でした。彼は、それは、「僕の背中をかいてくれたら、君の背中をかいてあげる」ということだと言います。しかし、最近では、信用がひとつの化学物質を軸に論じられるようになっているそうです。その化学物質とは、以前のブログでも何回か登場しているオキシトシンだそうです。スイス、チューリッヒ大学の経済学者のグループが最近行なっていた実験では、オキシトシンを鼻から嗅ぐことで、他者を信じて報酬を分けあうという意欲が高まったそうです。オキシトシンは、こんな効果もあったのですね。

 

触れ合い

 ダンバーは、コミュニケーションについて、面白い考察をしています。まず、人間というのは、神経質な生き物で、触れられるのを好まないと言います。言い方を変えると、私たちがいやなのは、誰かれかまわず触られることだと言うのです。なぜかというと、触覚ほど親密な感覚は他にないからだというのです。たった一度の触れ合いは千の言葉より雄弁だと言います。どんなに言葉を尽くすよりも、相手の意図や本心が伝わってくると言います。言葉は気まぐれですし、乱用に走る恐れもありますし、裏の意味が込められていることもあれば、真っ赤な嘘もあります。思ってもみないことを口走ることも多いです。それに比べると、親密な接触は、二人のコミュニカーションを新しい次元へといざなってくれると言います。「そこは言葉など入り込めない感覚と感情の世界だ。」と彼は言います。

 寄り添う、なでる、よしよしする、とんとんするなど、親密な触れ合いもいろいろとあるとダンバーは例を挙げます。イギリスにも、このような、日本と同じような親密な触れ合いがあるのですね。こうした行為は、サルの類人猿が多くの時間を割く毛づくろいと共通点が多いと言います。毛づくろいはノミをとるためと世間では思われていますが、実はそうではありません。たしかに一日中歩き回って毛に付いたゴミや葉っぱ、虫をとってはいるそうですが、仲良しどうしのマッサージというのが真相であるとダンバーは言います。

皮膚を指先で刺激すると、脳内のエンドルフィンが放出されるそうです。エンドルフィンは、内因性オピオイドの一種で、モルヒネやアヘンと化学的な構造がとてもよく似ているそうです。いわば、脳が自前でつくる鎮静剤であり、さほど強くはないそうですが、慢性的な痛みのときに作用するそうです。鋭く強い痛みは、高速と低速の二つの神経回路で対処するそうですが、鈍い痛み、一般的にジョギングなどの習慣的な運動や、精神的なストレスから来る痛みは、エンドルフィンが関与しているそうです。朝起きて、ジョギングをしたとき、首の後ろに熱いシャワーを当てたときにリラックスして幸せな気分になるのはそのためだそうです。毎日ジョギングを続けていると、走っても何となくすっきりせず、なぜか怒りっぽくなる日があると思います。それは、脳がエンドルフィン切れを起こしているのだそうです。

サルや類人猿もそうですが、触れ合いは人間にとっても大切だとダンバーは言います。親しく感じる相手には、手で触れたい、なでたいという強い欲求がわき上がって留めることはできません。親しくなれた相手に最初にしたくなることが触れ合いだと彼は言います。手を握る、腕を身体に回すといったしぐさには、特別な親密さがこもっています。その一方で、暖かな思いやりや親しさが入っていないときは、露骨にそれとわかります。

触れ合いは昔も今も、私たちが思っている以上に社会生活で大きな役割を果たしていると言います。言葉で意識的かつ能動的に考えるのと違って、もっと深い感情レベルで受け止めるからだろうと彼は考えています。今触られたことが何を意味するのか、私たちは言葉には出来なくても正確に了解していると言います。それは、本能というか直感というか、遠い祖先から受け継いで精神の深い底部に潜む原始的な何かだと言います。それ故、進化面では後発組の言語中枢とは関係が薄いそうです。むしろ、情動的な右脳と強く結びついていると言います。

遺伝子

 私の本を韓国語で出版してくれた烏山大学大学院教授である孔さんは、孔子の末裔だそうです。ダンバーは、もしあなたの姓がハーンだとすれば、すべてのハーンの中で最も偉大な人物の末裔である可能性が高いと言います。チンギス・ハーンの末裔だというのです。しかし、だからと言って、姓がハーンでないあなたも気を落とさなくていいと言います。それは、姓がハーンでなくとも、現代遺伝子では、チンギス・ハーンの子孫である可能性が少なくないことがわかっているそうです。Y染色体遺伝子を詳しく調べたところ、いま生きている男性の内実に0.5%は、モンゴル帝国の偉大な将軍かその兄弟の血筋を受け継いでいることがわかったというのです。もし祖先が中央アジアの出身ならば、子孫である確率は8.5%も上昇するそうです。

 これは、日本か黒海沿岸まで、中央アジア全域で2000人以上の男性のDNAを解析してわかったことだそうです。対象者の大多数は、Y染色体のDNA配列(ハプロタイプというそうですが)に大きなばらつきがあったそうですが、200人だけは配列の特徴がとてもよく似ていて、なかには完全に一致する者もいたそうです。その200人のハプロタイプは全部で18種類ほど、60種類前後のほかのハプロタイプとは明らかに一線を画していて、特異な集団を形成していたそうです。

 さらに興味深い事実が明らかになりました。これらのハプロタイプの持ち主の分布を調べると、断然多いのは今のモンゴルだったのです。さらに集中度が高い場所が中央アジア全域に飛び地のように点在していたそうです。ほかのハプロタイプは、それぞれ本拠地が一つに定まっていたのです。

 なぜ、このように特定の系統が共有され、しかも地理的に広く分布したのでしょうか?進化論的には、3通りの説明が考えられるとダンバーは言っています。第1の説明は、ただの偶然というものです。偶然ですから、当事者には特に利益も不利益もありません。そして、遺伝子的浮動と呼ばれるプロセスで、徐々に広い範囲に散らばっていったのだろうと考えられます。第2の説明は、遺伝子に圧倒的に有利な強みがあったため、淘汰を勝ち抜いたというものです。そして、第3の説明は性淘汰です。これらのハプロタイプを持つ男性たちは、とりわけ優秀な子孫を数多く残したというものです。

 第1の説明があり得ないことは、ちょっと考えればすぐわかるとダンダーは言います。どんなに控えめに見積もったとしても、これだけの分布の偏りが偶然だけでできる確率は1億分の一にも満たないと彼は言います。第2の説明も説得力に欠けると言います。Y染色体はとても小さくて、受精卵の性別を男に決めるうえで必要な遺伝子ぐらいしか入っていないからだと言うのです。では、第3の説明はどうでしょうか?ダンバーは、ここで歴史を裏付けに、チンギス・ハーンが打ち立てたモンゴル帝国について説明をしています。その内容は、少し難しいのと、直接関係ないので割愛しますが、モンゴル帝国という人類史上最大の版図を獲得したハーンとその兄弟たちは、現代遺伝学の視点から見ると、誠に優秀な遺伝子の持ち主だったようです。

 

先祖

「ほかの条件がすべて同じであるならば、血縁が近いどうしは利他的な行動をとる可能性が高い」という「ハミルトンの法則」にのっとって、私たちの名付けのパターンがあるというより、血縁に対する敏感さは尋常ならざるものがあり、名前が同じというだけで、実際は赤の他人なのにご縁があるような気がしてくるほどだとダンバーは言うのです。

一族のつながりを示すのは名前だけではないと彼は言います。方言のそうであると言います。あらためてダンバーは方言とは奇妙なものだと言います。そもそもなぜ言語が発達したかというと、意思疎通を図り、共同作業を円滑に進めるためです。ところが、言語というのは、あっというまに細分化が進行して、部外者には理解できない方言が次々に生まれたのです。それが1000年単位ではなく、ほんの数世代のうちに起こるのです。というより「世代とは言葉遣いが同じ集団である」と定義してもいいくらいだと彼は言います。コミュニケーションを可能にするために誕生したはずの言語に、相互理解を妨げる性質が備わっているとは、いったいどういうことなのでしょうか?ダンバーも、私の口癖である「そもそも」というところに戻って考察しようとしています。

その答えはこうではないかと言います。方言は生まれた土地を証明する確かな印なのだというのです。イギリスでは、1970年代に入っても、話す言葉だけで出身地を半径50キロの制度で特定できたそうです。方言は幼いときに身につくもので、大きくなってからはおいそれと習得できません。だからこそ生まれ育った共同体と、そこに属する血縁者を知る強力な手がかりとなると言うのです。方言はいわば共同体の会員証のようなものなのです。それをもとに、いざというときに誰に頼れるか、誰に義理があるかを判断します。

ダンバーの研究室にいたジェイミー・ギルディは、無作為に電話をかけて、相手に電話で済むような作業への協力を依頼する実験を行なったそうです。ジェイミーはラナータ出身だそうですが、電話を受けた相手が同じラナータなまりの場合、あきらかに異なるなまりの時より協力的だったそうです。やはりダンバーの学生だったダニエル・ネトルは、方言の変化が速い共同体ほど、社会的な責務を無視して、いいとこ取りをするのが難しいことを確認したそうです。日本国内にも、なまりは存在しますね。ダンバーの祖国の話であっても、それは日本でも当てはまるというのが不思議ですね。

現在の地球上の人類が、皆同じホモサピエンスであるということが関係しているのでしょうか?最近、現代遺伝学の研究によって、私たちの過去が明らかになりつつあるようです。染色体のDNAは、いわば個人の歴史そのもので、家系をどこまでもさかのぼることができるのです。遺伝子は、両親から半分ずつもらいますが、なかには父親、もしくは母親からしか受け継がない遺伝子があるそうです。Y染色体は父親から息子にしか渡されないので、男系の流れで途切れることなく続いてきているそうです。反対にミトコンドリア遺伝子は、母親からしか受け継ぎません。ミトコンドリアは細胞内の活動にエネルギーを供給する発電機のような役割を果たしているそうです。もとは自由に動き回る細菌だと考えられていたそうですが、動物の細胞、しかも染色体が中にある細胞核ではなく、それを含む細胞質に住み着くようになったと言われています。こうして、ミトコンドリアは、卵子内にあるものだけが引き継がれることになったそうです。ですから、ミトコンドリアを手がかりに、母系をさかのぼることができるようになったそうです。

特別な血縁関係

 人は、その人の姓を聞くことである程度出身地を知ることができます。共通の祖先であるかどうかもわかる場合があります。日本では、ほとんどの場合無理ですが、地域によっては、姓だけではなく、名のほうでもある程度の関係性を匂わせることができる場合があるそうです。たとえば、誰かにちなんだ名前を子どもに付けることはよく行なわれます。自分の名前が付いたと思えば、当然その子への関心が高くなりますし、。その後もずっと気に掛けてくれるかもしれないとダンバーは言います。ドイツでは、赤ん坊が生まれると代父や代母を立てる伝統があって、代父母一人につき一つの洗礼名が赤ん坊につくそうです。代父母の役目は、子どもを教会の日曜学校にきちんと通わせることだけではなく、子どもが成人してからも、社会のなかで後ろ盾になることが求められるそうです。ギーセン大学の歴史人口学者エッカート・ヴォラントが、ドイツ北西部クルムホルン地方の教区登録簿を調べた研究があるそうです。それによると、生後1年を無事に生き延びた赤ん坊は、そうでない赤ん坊より多くの洗礼名を持つ傾向があったそうです。洗礼名が与えられるのは生後8日目だそうで、両親はその時点でわが子の行く末をある程度わかっていたと思われるをうです。長く生きられそうにない子どもには、代父母を立てる手間をかけなかったと言うのです。

 こうした間接的な親族関係は、いまだに健在だと言います。そのことを具体的に確かめるために、カナダのマクマスター大学で進化心理学者達が最近ある研究を行なったそうです。彼らは、アメリカ合衆国の人口を調査記録からイギリス風のよくある姓名と珍しい姓名を選び出しました。そして、ホットメール・アカウントをもとに、それらの姓名を持つ3000人に、地元スポーツチームのマスコットに関する電子メールを送り、返信の有無を調べたそうです。返信率がいちばん低かったのは、返信者と受信者が姓も名も異なるパターンで、わずか2%だったそうです。反対に差出人を同姓同名にして送ると、メールの返信率は12%に跳ね上がったそうです。姓が同じ場合は6%、名が同じ場合は4%だったそうです。

 ただしこれはありふれた姓名の時で、珍しい姓名になると結果が大きく変わったそうです。同姓同名の発信者から届いたメールに27%が返信し、同姓だけでも返信率は13%になったそうです。返信メールの三分の一は偶然の一致について触れていて、家族のルーツについて尋ねる人も多かったそうです。ダンバー自身も、この研究結果のまんまの行動をとると言っています。自分と同じダンバー姓の人がいたら、たちまち興味をかきたてられますが、スコットランドにはよくあるマクドナルド姓だと、それほどでもないと言います。曾祖母がマクドナルト姓だった関係で、彼の一族のミドルネームではおなじみではあるにもかかわらずです。

 共通の祖先から枝分かれした血縁関係は、人間のみならず動物でも大きな意味を持つようです。進化生物学の世界では、早くからそのことは知られていたそうですが、それを明確に定式化したのが「ハミルトンの法則」と呼ばれているもので、ハミルトンがまだ博士課程にいた1960年代に発見したそうです。共通の祖先に由来する遺伝子をたくさん共有する個体どうしは、遺伝的な利害関係が強いということです。ですから、ほかの条件がすべて同じであるならば、血縁が近いどうしは利他的な行動をとる可能性が高いということのようです。まさに、「地は水よりも濃い」ということです。この法則はヒトからオタマジャクシまで幅広い動物の観察や実験で裏付けられているそうです。

血縁による結びつき

 ドナー隊と呼ばれる開拓移民団が、新天地カリフォルニアをめざしていく途中、シエラネヴィダ山脈で雪嵐に巻き込まれて立ち往生してしまいます。多くの死者が出る中、カリフォルニアからの救助隊が次々と到着する頃には、87名中41名が死亡していました。ダンバーが興味深く感じたのは、死者と生存者の色分けです。生き残ったのは家族連れがほとんどで、死んだのは単独での参加者ばかりだったそうです。家族と一緒だったよぼよぼのおばあちゃんは無事だったのに、一人旅だった頑強な若者は生き延びることが出来なかったのです。「旅は道ずれ」だとダンバーは言うのです。

 こんな話もアメリカでは伝わっているそうです。1620年、マイフラワー号でアメリカに到着したビルグリム・ファーザーズですが、ニューイングランドの冬は予想以上に厳しいものでした。栄養失調、病気、物資不足にたたられ、最初の冬で103名のうち53名が死んでしまいました。寛大なネイティブ・アメリカンたちが手を差し伸べなかったら、全滅していたに違いありません。そしてここでも生命を落としたのは独り者で、家族連れは死亡率が低かったそうです。

たしかに家族ならばお互い助け合えますが、それだけの話ではないとダンバーは考えています。血縁どうしには、もっと心強い何かがあるようだと考えます。家族が一緒ならば、元気が沸いてくるような気になる。それは、どんなにいがみ合っていてもだと言うのです。そばにいるのがただの友人では、こういうことは起こらないでしょう。それを裏付けるのが、幼少期の罹患率と死亡率を調べた二つの研究だそうです。

ひとつは、1950年代にイギリスのニューカッスルで、もうひとつは80年代にカリブ海のドミニカで行なわれたそうです。どちらの調査でも、子どもが病気にかかったり、死亡した数は、血縁ネットワークの規模とぴったり比例していたそうです。つまり、大家族の子どもほど病気にかかりにくく、死ぬことも少なかったのです。家族がたくさんいればあれこれ面倒を見てもらえるのはたしかですが、それだけではないとダンバーは考えています。血縁による相互の結びつきの中にいると、強い安心感と満足感が得られるので、運命の波にさらされても乗り越えていけるのだと言うのです。

さらに、ダンバーは血縁感覚がいかに強いかということは、名前の付け方からもわかると言います。スコットランドでは、つい一世紀ほど前まで、ゲール人伝統の命名ルールが採用されていたそうです。それは、長男は父方祖父の名前をもらい、次男は父親の名前を、三男は父親の兄弟の名前をもらうそうです。娘の場合は上から母方の祖母、母親、母親の姉妹の名前をもらいます。

なぜ名付けにこんなルールがあるのでしょうか?同じ名前にすることが同族のあかし、というのはすぐに思いつきます。しかし、名前よりも姓が同じである方が血縁関係は明白になるはずです。名前が同じでも、必ずしも親戚ではないことが多いはずです。ゲール人の姓は変化形が多いこともあって、共通の祖先かどうかははっきりわかります。それぞれの氏族は出身地と深く結びついていて、規模はそれほど大きくないそうです。日本でも、姓は地域によって同じ姓が固まって存在していることが多いですね。姓を聞くだけで、どの地の出身かわかることも多いです。では、姓の方ではなく、名の方にルールがあるのは、どうしてなのでしょう。

血縁関係の力

1819世紀にかけて、イギリス諸島から海外に出た移民集団の中でスコットランド人が飛び抜けて成功しました。それは、イングランド人、ウェールズ人、アイルランド人より、スコットランド人が上昇志向が強いとか、高い給料に惹かれたというわけではありません。むしろ故郷の共同体意識に強く縛られていたせいで、団結が強くなり、効率的に仕事が出来たと考えるのが正解だろうとダンバーは考えます。それに加えて、教育システムも充実していたというのです。

彼は、「コミュニティとは一言で言えば、全身に血液を送り出す心臓だ。」と言います。軽んじると生命の危機さえ招きかねないというのです。彼は、伝統的な社会でコミュニティが効果的に機能していたのは、ほとんど血縁者で構成されていたというのも理由の1つだと考えています。「白鯨」のように甲板のない小型船でクジラ漁をするイヌイットたちは、血縁優先を明言してはばからないそうです。漁の最中に凍てつく北極海に誰か放り出されても、近しい親族でなければ救助しないというのです。へたをすると、自分の生命も危うくなるからなのです。

しかし、ダンバーは現代社会では、そこまで徹底した血縁意識はもはや失われていると考えています。昔ながらの小さな社会では、血縁意識が隅々まで行き渡っていました。コミュニティに属する者はみんな親族なのです。外からやって来たよそ者、たとえば調査で訪れた人類学者が仲間の一員として認められることもあるそうですが、それは仮想の親族関係をこしらえているだけで、コミュニティの構成員は、複雑に絡み合った血縁の網でみんなつながっているというのです。

コミュニティに新しく加わった者は、やがてほかの構成員と結婚し、子どもをもうけることで血縁の網に絡め取られるというのです。血縁かどうかを決めるのは、共通の祖先の有無ではなく、むしろ未来の世代に対して共通の利害を持っているかどうかだと言うのです。義理の関係に当たる相手を親族と見なすのも、遺伝的な利害が同じだと考えれば納得がいくと彼は言います。彼らが残す子どもは、自分たちの子孫にもなるからなのです。

西部開拓熱とゴールドラッシュに沸いていた19世紀半ばのアメリカで起こった事件が、血縁関係の重みを如実に物語るということでダンバーは紹介しています。その事件とは、18465月、ドナー隊と呼ばれる開拓移民団が、新天地カリフォルニアへの最後の旅程をこなすべく、ワイオミング州リトルサンディ川を出発しました。イリノイ州スプリングフィールドを旅立ってから、すでに一ヶ月以上が過ぎていました。のっけから仲間割れ起きたり、間違った道を教えられたり、ネイティブ・アメリカンの襲撃を受けたりと不運続きでしたが、女子どもを含む総勢87名は、ようやくシエラネヴィダ山脈までやって来ました。しかし、予定を大幅に遅れたために、川越の前に冬が到来してしまったのです。雪に覆われた厳しい岩山が彼らの行く手を阻みます。

果敢にも前進したドナー隊ですが、雪嵐に巻き込まれて立ち往生してしまいます。ここがどこかもわかりませんが、ともかく春を待つしかありませんでした。ただ、もっと早くに山越えするつもりでしたから、越冬の準備はまったくしていませんでしたし、食料はたちまち底をつき、ついには人肉を食べ始める者もいました。

身内

 人は様々な人と関わっています。それは、どのような場での関係か、例えば職場でか、住んでいる場所でのかかわりか、ある趣味や、興味の同じ仲間でのかかわりかというように、どのような限定の中でのかかわりかによって仲間意識を持つ場合と、同じ場でのかかわりであっても、その密度が人によって違うということもあります。そのなかで、交友関係のかかわりは、人付き合いの頻度と距離感にそのまま対応していると言います。それは私たちが相手に感じる親密さをそのまま反映しているからというのです。

 そのような一定の親密さでつきあえる人数には上限があるだろうと考えられます。ですから、いちばん中心の円に親しい人が入ってきたら、ほかの誰かが1つ外の円に押し出されると言うのです。あともうひとつ興味深いのは、どの同心円にも親族が結構いるということだと言います。もちろん親族だからといって、全員を入れる必要があるわけではありません。虫の好かないやつだっているだろうとダンバーは言います。だがやはり「血は水よりも濃い」のです。ほかの条件が同じなら、いざといったときは「血のつながっているほうを手助けしたくなるのは人情というものではないかとダンカンは言うのです。

 この血縁関係について、ダンバーはこう言っています。「この世はすべてコミュニティしだい。その点に関しては、人類は霊長類の流れを正しく汲んでいる。社会性、それもかなり濃密な社会性は、サルや類人猿のトレードマークであり、彼らが、そして私たちが、進化の勝者にのし上がれた大きな要因でもある。共同体意識の核になるのが血縁関係だ。血縁関係は社会生活に深く根を下ろし、ときに自分たちでも気づかない形で骨組をつくっている。それは昔ながらのこじんまりした社会だけでなく、現代社会でも同じだ。」

 ダンバーは、自分のふるさとであるスコットランドの移民について、またその歴史を振り返ることで、血縁関係を考察しています。工場経営者たちは人手が足りなくなると、必ず故国にいる自分と同じコミュニティの出身者を採用しようとするものです。そういう人間のほうが信用できるからで、その信用のもとになるのが共同体意識、つまり自分たちは相互依存する小さな社会ネットワークに属している、という感覚であるとダンバーは考えています。遠く離れた土地とはいえ、共同体のルールにはずれるようなことをしたら、たちまち噂が風に乗ってふるさとに届いたはずだと彼は言います。血縁関係と共同体意識には十分な重みがあるので、それに逆らってまで行動する者はめったにいないというのです。

 このパターンは、スコットランド移民の歴史を見れば何度となく見ることができると言います。独立戦争のアメリカでスコットランド人がプリンストン大学を創設したときも、学長は今のように公募せず、エディンバラ出身の人物をトップにすえたそうです。

 身内びいきはスコットランド移民の歴史の中で大きな役割を果たしていて、それがもたらした利益は計り知れないと言います。1819世紀にかけて、イギリス諸島から海外に出た移民集団の中でスコットランド人が飛び抜けて成功したのも、ひとえに身内びいきのおかげと言えると言います。大英帝国に関する決定はロンドンで下されていたとはいえ、この国は実質的にスコットランド帝国と呼んでも差し支えなかったとダンバーは言うのです。行政や警察はもちろん、伝道活動、教育、地質調査、医療、看護、交易、輸送を仕切っていたのは圧倒的にスコットランド人だったからだと言います。なぜか?