保育の質と子どもの発達

 保育の質に関して、規定的特徴やプロセス的特徴が必要であるということですが、実はこの特徴は、それぞれ違った観点から質に影響しているのではないということがわかっているようです。それは、部屋の広さがゆったりしているとか、保育者の配置基準がいいと、よりポジティブな養育が行なわれているということのようです。例えが酷かもしれませんが、「貧すれば鈍する」という言葉が当てはまるようです。ただ、どこでも必ずしもそうであると言うことではなく、もちろん、環境がそれほど良くなくてもがんばってよい保育をしようとするところも多いのでしょうが、やはり、狭いことが子どもの発達に直接影響をすることはもちろん、そこで保育する保育者の態度にも影響するということです。

 具体的にはこういったことがわかったと言います。比較的子どもの数が少なく、保育者が多い施設で、教育歴が高くよくトレーニングされた保育者が子どものケアをしている場合、そこに預けられている幼い子どもたちは、保育者に温かく接してもらうことができ、また、保育者も子どもに十分に目を向けることができて、遊びも知的なものになる傾向があったそうです。そして、よく発達していくことになるというのです。

 それとは逆に、子どもの数が多く、保育者の数が少ない施設で、教育やトレーニングがあまり十分ではない保育者にケアされている状況では、保育の質は低くなりがちで、子どもの発達の伸びにも制限がもたらされていることになるというのです。

 では、質の高さは、そのような基準で測るのでしょうか?なぜ、質の高さが必要になるのでしょうか?NICHDでは、それを、子どもの行動や発達との関連について研究しています。しかし、子どもの発達や行動は、乳幼児施設からだけの影響で決まるのでしょうか?そのほかにも、子どもを取り巻くさまざまな影響が考えられます。そこで、NICHDでは、子どもの家族が持っている特徴、家庭の文化的・人種的背景や、親の教育歴などと保育施設の特徴との関連も考慮しながら検討を進めたそうです。

 その結果、保育の質と子どもの知的・言語的発達における関連では、こういうことがわかったそうです。3歳になるまでの間、より質の高い保育を受け続けた子どもは、そうでない子どもと比べ、この期間を通して知的能力と言語発達がいくぶんよかったと言います。また、3歳までの知的能力と言語能力の発達に、最も強く関連していた保育の質は、保育者の言葉の使い方に関するものだったということです。保育者が、子どもに質問したり、子どもの発現や発声に積極的に反応したり、子どもに対するその他の言葉がけなどが、ポジティブ養育の要素としてあげられていましたが、それらは、よりよい知的・言語的発達に若干の関連を示したそうです。

 また、3歳までのより質の高い保育は、4歳半の時の言語能力や数字の理解といった標準テストの点に表わされる就学準備の良好さと関連している事もわかったと言います。このように、子どもの知的・言語的発達と保育の質とに関連があることが示されたのですが、この関連は強いものとは言えず、家庭や両親についての要因のほうが、保育の質よりも子どもの発達と深い関わりを持っていたそうです。保育の質の高低による知的発達と言語発達の差よりも、家族の特徴の差による違いのほうが大きいことがわかったと言います。

ポジティブな養育5

 ポジティブな養育の要素として最後に挙げているのが、「否定的な関わりを回避する」とあります。それは、「保育者は否定的な関わりを避けて、子どもとポジティブな態度で接することに努めているか?」とあります。ここでいう否定的な関わりとは、どなったり、無視したり、体罰を与えるなどを指しています。

次に挙げているのは、「なんらかのトラブルがあったときでも、子どもにポジティブな態度で接することが出来るように努力をしているか?」です。これは、以前にも書きましたが、ドイツでも、ほかの海外の研究でも、子どものトラブルに対してのスキルが、保育の質の高さに関係してくるようです。ここでの書き方は、「子どもにポジティブな態度で接する」ということが示されていますが、この書き方はわかりにくいですね。その前の項目の書き方からすると、子どものトラブルに対して怒鳴ったり、無視したりしてはいけないということになるのでしょうが、どのように手助けをしたらよいかはわかりにくいですね。しかも、「努力をしているか?」というのは、アメリカでは、どうしても怒鳴ったりしてしまうのでしょうか。

ここで、次の項目を見ると、少し理解できます。「子どもとのコミュニケーションを大切にし、無視することがないように努めているか?」とあります。やはり、アメリカの保育者は、子どもとあまりコミュニケーションをとらず、無視したりすることが多いのでしょうか?そのことは、その検証でわかります。というのは、このようなポジティブな養育を十分にたくさん受けた子どもたちは、研究に参加した子どもたちのうち多くなかったようです。しかも、年齢とともに減少していることがわかったようです。ポジティブな養育を十分にたくさん受けた子どもの割合は、1歳半から2歳、3歳と最初の3年間で18%、13%、6%となっています。同様に、ポジティブな養育をほとんど受けなかったとされる子どもの割合もまた低く、最初の3年間で、6%、8%、4%だったそうです。

ポジティブな養育をそれなりにたくさん受けた子どもは、最初の3年間を通して約30%で推移していたそうです。この結果は、研究に参加した子どもたちで、彼らとアメリカ合衆国全体の統計とを比較してみると、全米の大多数の子どもは、それなりに、またはいくらかの質の良い保育を受けており、一方、とても質のよい保育施設と非常に質の良くない施設はともに10%以下であると推定されるようです。

そして、こうしたポジティブな養育が多ければ多いほど保育の質はより高いものであることが研究の結果として示されたのです。例えば、大人と子どもの人数比率と子どもの発達との関連は、保育者の行動によって説明できるという結果が出ています。しかし、保育者がより少ない人数の子どものケアをするときには、ポジティブな養育はより多く出現し、そのことが子どものよりよい発達につながっていくのだと言います。同じことが、保育者の教育レベルの高さについても当てはまり、教育歴が長く専門教育の程度が高い保育者ほどポジティブな養育が多く出現し、そのことがよりよい子どもの発達につながっていくのだと考えられると言います。このようなことから、ポジティブな養育は、保育の質の最も重要な指標であるということが、この研究から明らかになったようです。

12年目に

ブログを始めたのは、2005年、8月29日でした。今日から、12年目に入りました。第1回のブログを振り返ってみました。

どうも、私は強くシンクロニティーを感じるタイプのようです。日本語で言うと「共時性」です。(心に思い浮かぶ事象と現実の出来事が一致すること。ユングの用語)このブログを始めるにあたって、「私は何がしたいのだろうか。」という問いを自分にしてみました。するとそのときに読んでいた本(司馬遼太郎著「峠」)の中の分が答えを代わりに言ってくれている気がしました。
「心を常に曇らさずに保っておくと、物事がよく見える。学問とは何か。心を澄ませ感応力を鋭敏にする道である。」
心を澄ませ、感応力を鋭敏にするための「ブログ」かもしれません。
心は万人共同であり、万人一つである。しかし、人間には、心のほかに気質というものがある。その気質によって、賢愚がある。気質には、不正なる気質と正しき気質とがある。気質が正しからざれば物事にとらわれ、たとえば俗欲、物欲にとらわれ、心が曇り、心の感応力が弱まり、物事がよく見えなくなる。つまり愚者の心になる。学問の道はその気質の陶治にあり、知識の収集にあるのではない。気質がつねにみがかれておけば心はつねに明鏡のごとく曇らず、物事がありありとみえる。その明鏡の状態が良知ということである。」
そして、よく知ることは知るだけでとどめず実行がともなわないといけないと思っています。今、子どもの身に起きている危機は、学んでいるだけでも、知識を蓄えるだけでも、憂いているだけでも、人に伝えるだけでもなく、何かの行動に移さないといけないという思いの一つが「ブログ」かもしれません。
「学問はその知識や解釈を披露したりするものではなく、行動すべきものである。その人間の行動をもってその人間の学問のを見る以外に見てもらう方法がない。」
「人の世は、自分を表現する場なのだ。」
「人の人生はみじかいのだ。己を好まざることを我慢して下手に地を這いずりまわるよりも、おのれの好むところを磨き、のばす、そのことのほうがはるかに大事だ。」
ということで、この「ブログ」を始めることにしました。

ポジティブな養育4

 日本における教育基本法にある教育の目的に、平和で民主的な社会の形成者としての資質を備えることとあります。この目的に向かって、保育者は子どもを教育する必要があります。それには、平和とは何かを体験させること、民主主義とはどのようなことかを、さまざまな場面で体験させることも必要になってきます。アメリカの国立小児保健・人間発達研究所では、質の高い保育の要素の一つとして、「社会的な行動の奨励」を挙げています。その例として、「保育者は、子どもが微笑むこと、笑うこと、また他の子どもと遊ぶことを促しているか?」というものがあります。ほかの要素として、そのために保育者自身が元気で明るく子どもに接することを挙げていますが、子ども自身も微笑んだり、笑うことを奨励する必要があると言っています。それは、社会を形成するために必要なことだからです。

 私たち、人類は地球上すべての民族において、笑うこと、笑い顔は共通であると言われています。それは、笑うことは、人類の祖先であるホモ・サピエンスの生存戦略にとても有効的であり、笑わなかった他のヒト属は、滅びてしまっているとも言われています。笑うことは、人同士の警戒心を弱め、協力するという行為に向かいやすかったのでしょう。ですから、この要素の具体例として次に挙げているのは、「他の子どもと遊ぶこと」を、保育者は促しているかということなのです。

子どもたちの社会性を養うために、子ども同士をつないでいく役目をしなければならないのです。その一つとして

保育者は子どもが他の子どもをおもちゃや道具を一緒に使ったりすることを勧めているか?」ということが挙げられるのです。さらに、「保育者自身、よい行動をお手本として示しているか?」とあります。保育者が、社会的行動の奨励として手本を示すということは、どういうことなのでしょう。保育者同士、仲が良いとか、助け合っているとか、チームワークがよいということなのでしょうか?そういう意味で言えば、職員同士派閥があるとか、職員同士確執があるとか、職員がバラバラであるということは、質が低いということになりますね。

そして、次に挙げている要素は、「読む力を伸ばす」とあります。それは、「保育者は子どもに本を読んであげているか?」「保育者は子どもにページをめくらせたり触らせたりしているか?」また、年齢が上の子どもに対しては、「絵や言葉を指さしたりしているか?」とあります。この一つ目はわかるのですが、あとの二つは面白い観点ですね。本の読み聞かせはよく保育の中ではやりますが、ページをめくらせたり、触らせたりするということは、子どもが自分で本を読むということと違うのでしょうか?もし、そうであれば、「子どもが本を自分で読もうとすることを奨励しているか?」というような書き方になると思うのです。この書き方は、今年のドイツの取り組みで聞いた「参画」を感じます。読む力を伸ばすためには、ただ、読み聞かせを聞くという受け身ではなく、そこに参画していくことの大切さを言っているのでしょう。

そして、年齢の高い子に対して、「指さし」をするということは、たぶん、質の良い関わりのなかで、言葉がけとして「質問」するということが、「応答性」と同時に必要であることが言われています。たぶん、保育者は、子どもに本の中の絵や言葉について質問することが、読む力を伸ばすことになるというのでしょう。

ポジティブな養育3

NICHDでの研究における「保育の質」にかんするものとして、「プロセス的特徴」と呼ばれている、子どもの保育施設での実際の日々の体験そのものに関するものがあります。このプロセス的特徴のうち、子どもの発達に一貫して最も深い関わりを持っているのは、“ポジティブな養育”だとしています。それは、保育者の行動の直接的な観察によって評価される保育の質の指標であり、それに含まれる要素を挙げています。昨日までのブログで紹介したもののほか、次のようなものを挙げています。

「発達を促す」です。具体的には、「子どもが立ったり、歩いたりする手助けをしているか?」をまず挙げています。子どもがつかまり立ちをしはじめた、歩き始めたときに、十分と自分で立ったり、歩くことを保証しているかということですが、理屈ではわかっている保育者は多いのですが、実際は、時間に追われていることもあるのでしょうが、抱っこしてトイレに連れて行く、抱っこして食事の場所に連れて行くのを見ることが多いように思います。部屋に座って、おもちゃで遊んでいることが、本を読んであげているときが保育だと思っていることが多いのではないでしょうか?この時期に大切なのは、何度でも立つことを繰り返すこと、危なっかしいながらも歩く喜びを感じてもらうことが大切なのです。

 次の例は、日本では異論があることだと思います。「保育者が乳児のケアをしているとしたら、保育者はうつぶせにして、しばらく寝かせることで、背中や首の筋肉が強くなり、ハイハイが出来るように手助けしているか?」とあります。日本では、うつぶせ寝は、胸を圧迫するということで、突然死の可能性が高いということで避けるように指導されます。しかし、実のところ、まだその原因ははっきり分かっていません。うつぶせ寝をさせるときには、窒息させないように、布団はあまりふかふかの物を使わないようにとか、何かを戻したときには口をふさがないようにするとか、自分でまだ首を動かせないときには、うつぶせ寝は避けるということはありますが、首が据わり、自分で動かすことができ、上体を起こすことができるようになってからではどうなのでしょうか?

 年齢が高い子に対しては、「パズルをする手伝いをしたり、箱を積み上げる遊びをしたり、自分でチャックが閉められるように励ましているか?」という関わりを挙げています。この例は、面白いというか、なんだかしっくりはきませんね。この関わりを保育者がするのかと疑問を持ちます。私の園では、パズルをする手伝いや、箱を積み上げる遊びは子ども同士で行なっているからです。子どもを通して行なっているか?ということであるのであればいいのですが、どうでしょうか?ここには、何かアメリカの事情があるのでしょうか?最後の自分でチャックを閉めることを励ますというのも、なんだか唐突ですね。この要素で、何を言いたのかよく分かりません。これらが、「発達を促す」ということは、納得がいくのですが、その具体的な関わりの例は、少し疑問を持ちます。

 次の要素は、私も重要な項目として挙げ、私の園でもそのことを重点課題として取り組んでいるものです。それは、「社会的な行動の奨励」です。しかも、その具体的な内容に次の項目が挙げられているのをみて、私は我が意を得たりという感じです。それは、「保育者は、子どもが微笑むこと、笑うこと、また、他の子どもと遊ぶことを促しているか?」という関わりです。

ポジティブな養育2

 NICHDにおける保育の質の研究において、「保育に関するプロセス的特徴」として、子どもの発達に一貫して最も深い関わりを持っている指標の要素を挙げています。「ポジティブな態度を示す」「ポジティブな身体接触をする」「子どもの発声や発話に応答する」「子どもに質問する」を挙げてきました。その次に示されているのは、「そのほかの子どもへの話しかけ」として、まず、「ほめる」を挙げています。例として、「がんばったね!」「よくできたね」などの表現で、子どもの行動をほめているか?とあります。

 この「ほめる」について、以前のブログでも私の考え方を示しましたが、一昨日私の園に来た見学者から、このような質問を受けました。「保育室を見学していたら、ある子の作品が素晴らしく、感動したので、その制作した子を見つけてとても上手に出来ているね!と褒めたのですが、そうしてよかったですか?」という内容でした。私は、出来れば、でき上がった作品のすばらしさを褒めるのではなく、そこまでがんばった過程を褒めてあげてください」と言いました。

 褒めることは、次への活動の意欲につながります。また、自信にもなります。しかし、できばえを褒めると、では、上手でない子は褒めないのか、逆に子どもが投げやりで作ったものでも褒めるのかということになります。どの子にも褒められる機会を均等に持つことができるためには、それへの取り組み、プロセスを褒めてあげた方がいいと思います。ですから、NICHDにおける保育の質では、「子どもの行動をほめているか?」ということで、「子どもの作品をほめているか?」とは言っていないのです。「がんばったね!」は、まさにそれですし、「よくできたね」という言葉も、できばえを指すのではなく、よくできた過程を褒めているのです。

 そのほかの子どもへの話しかけで挙げているのは、「学びの手助けをする」と言っています。それは、「声を出して文字や数字を読んだり、形や物の名前を復習させたりして、子どもがこれらのことを習得する手助けをしているか?」「年齢が上の子どもに対しては、言葉の意味を説明して学習を助けているか?」という具体例を挙げています。このことは、日本ではあまり重視していないかもしれません。特に保育園では、意識していないことが多いかもしれません。それは、教育的要素が強く感じられるからです。しかし、このことはとても重要なことだと私も思っています。

 しかし、ここで気をつけたいのは、学びはあくまでも子ども主体であり、子どもの自発的行為でなければならないということです。保育者は、あくまでも子どもが自発的に行なった学びを「復習」させたり、自らの学びを助けているかということが大切なのです。そして、この子どもの学びは、遊びを通して行なわれていることも忘れてはいけないと思います。小学校のように、椅子に座って、机に向かって勉強するということではなく、遊びのなか、生活のなかで文字や数に触れ、言葉の意味を知っていきます。

 そして、次に「お話を語ったり、歌をうたったりする」を挙げています。具体的には、お話を語ってあげたり、ものやできごとについて説明したり、歌を歌って挙げたりしているか?と言います。これは、多くの園では、わりと行なわれている気がします。特にお集まりの時などで、このようなことをする必要があります。

ポジティブな養育

NICHDでの研究における「保育の質」にかんするものとして、二番目は、「プロセス的特徴」と呼ばれている、子どもの保育施設での実際の日々の体験そのものに関するものです。規定的特徴による保育の質は、割と簡単に測ることができますが、この質の研究は、どのようにしたのでしょうか?NICHDでは、実際の保育の場面を観察することによって、そこで行なわれる日々の対人的な関わりや保育活動について、より詳細な情報を得たようです。

このプロセス的特徴のうち、子どもの発達に一貫して最も深い関わりを持っているのは、ポジティブな養育であり、それには保育者の子どもの行動に対する感受性の豊かさや子どもの興味とやる気を励ますような接し方、保育者と子どもの頻繁な関わりなどが含まれると言います。

まず、「ポジティブな養育」を定義しています。それは、保育者の行動の直接的な観察によって評価される保育の質の指標であり、以下のような要素が含まれるものとしています。まず、「ポジティブな態度を示す」ということを挙げています。これは、保育者はいつも元気で明るく子どもに接しているか?子どもの手助けを親切にしているか?子どもにしばしば微笑みかけているか?というものです。この保育の質の指標をみて、驚きました。それは、私もいい保育の一番目に挙げているものと同じだったからです。この「元気で明るく」ということは、私は、保育で最も大切なものは、保育者の「笑顔」であると思っていることと同じです。それは、世界中の人類が共通して持っている行動だからです。そして、笑顔が、人類の生存戦略のなかで最も有効的なものだったのではないかとも言われているからです。

つぎに、「ポジティブな身体接触をする」です。保育者は子どもを抱きしめたり、肩に手をやったり、手をつないだりしているか?子どもを慰めているか?ということです。この行為も、一時、脳の人間らしさを司っている前頭前野は、身体接触によってその発達は促されるということが話題になりました。そこで、「身体ほぐし」などの身体接触が体育などの正課になったと聞きました。しかし、現代では、日本ではなかなか抱きしめるということが難しくなりました。特に男性保育者は保護者にいろいろと言われることがあり、この身体接触については慎重にならざるを得ません。

次に挙げているのは、「子どもの発声や発話に応答する」です。その具体的な保育として、子どもが言ったことを復唱したり、子どもが言っていることや言おうとしていることに応答したり、質問に答えたりしているか?という指標です。この「応答性」についても、質の高さに影響するということは、さまざまな研究でも分かってきたところです。保育者から指示したり、子どもが言わんとしていることを先取りしたりしては、子どもの主体性は損なわれます。子どもの言ったことに応答することが大切なのです。それは、会話だけでなく、行動にしても、子どもの行動に対して、保育者が応答的に行動することも大切です。

そして、「子どもに質問する」です。こう説明しています。保育者は、“yes”“no”で簡単に答えられるような質問をすることで、子どもが話をしたり、コミュニケーションをすることを促しているか?また、家族やおもちゃなどについて質問することで、子どもが話をすることを促しているか?ということです。この「子どもに質問する」という関わりは、子どもが自発的に話そうとする働きかけの一つでもあるのです。

認定基準

 幼稚園、保育園、認定こども園には日本では認可を受ける際の最低基準が決められています。それはアメリカでも同じで、その基準による保育を規定的特徴としてNICHD(国立小児保健・人間発達研究所)では、保育の質のどのように関係するかを研究しています。

 その結果は、則日本でもあてはまるかといった点では疑問を持つことが多いのですが、参考にはなります。まず、アメリカの最低基準はあくまでも最低ということで、多くの州では、最低基準以上の高いレベルを満たしている保育施設を指定する制度があります。たいてい基準以上の高いレベルを満たしている施設には、政府から保育援助を受けている子どもを保育した場合、費用の払い戻し率の優遇措置がとられることがあるそうです。日本では、東京都などは、独自で国の最低基準を上回る基準を定めて、それに対しての補助も出していたのですが、待機児解消ということで、国の最低基準に戻そうという動きがあります。

では、アメリカの小児学会とアメリカ公衆衛生協会によって推奨されている保育ガイドラインはどのくらいなのでしょう。まず、職員配置基準ですが、6ヶ月から1歳半までの子どもは、子ども3人に対して保育者1人、1歳半から2歳までは、4:1,2歳から3歳までは、7:1です。グループの大きさは、6ヶ月から1歳半までの子どもは人グループ6人まで、1歳半から2歳までは8人まで、2歳から3歳までは14人までです。保育者の資格は、高卒以上で、大学での児童発達学、幼児教育学、及びそれらの関連領域の学位取得者を含む専門的教育を受けたものと決められています。

これらの基準を見ると、私たち日本よりも高いレバルで決められているように感じますが、実は、この基準を満たしている園は、配置基準では、6ヶ月では36%、1歳半の子どもに対してはなんと20%、2歳で26%、3歳でやっと56%しかないそうです。グループの大きさにしても同様なようです。そこで、この基準が保育の質にどのように影響するかの研究が必要になるのでしょう。

そこで、保育ガイドラインの認定基準を満たしているか、その基準は質に関係するのかという研究が必要になります。すると、認定基準を満たす保育施設に預けられていた子どもは、基準を満たさない施設に預けられていた子どもよりも、3歳時点での就学レディネス(就学への準備状態)や、言語理解能力においていくらか優れており、また、問題行動も少なめだったそうです。

さらに、規定的特徴のうちいくつかの最低基準を満たしていればそれでよいということはなく、すべての特徴それぞれが、知的能力と社会性の発達にとって重要なものであることがわかったそうです。満たしている基準の数が多ければ多いほど、子どもの発達はよりよかったということもわかったそうです。この結果は、とてもシンプルなものですが、ほかの要素として考えられる家庭の収入の違いとか、母親の子どもに対する敏感さを考慮して分析をしてみても、この結は揺るぎのないものだったそうです。

NICHDでの研究における「保育の質」にかんするものとして、二番目は、子どもの保育施設での実際の日々の体験そのものに関するものだとしています。それを、プロセス的特徴と呼んでいるようです。これらは、保育場面を注意深く観察することによって、子どもと保育者との関わりや、子ども同士の関わりについて、また、おもちゃなど物を使った遊びについて情報を得たそうです。

保育に関する規定的特徴

 「保育の質」の大切さは、どこでも、何度でも叫ばれています。しかし、ではどのような保育画質が高いかと言えば、なかなか客観的に言い表せません。このアメリカでのNICHDの研究では、こう考えました。まず、質のよい保育は、子どもの発達を促進するだろうと考え、この仮説を確かめるために二つの要素について調査を行ないました。

 第1の要素は、保育の構造に関するもので、子どもと保育者の人数の比率とクラスごとの子どもの数、相当の保育者が受けた教育のレベルを取り上げたのです。これらは、公的機関や州などの規定で定められることが多く、子どもの保育場面における日々の体験の舞台を用意する重要な要因であると考えたのです。日本でも、これはとても大切なこととして、認可における最低基準として決められています。しかし、ここに一つの問題点があります。それは、まず、そもそもその最低基準とは、どのような根拠を持って決めているのかという点です。

 例えば、かつて小学校における一クラス50人という規模も、一人の教師という立場の人が一人で声を出すときに届く9メートル、一人の人が見る視野7メートルということで、9×7という広さに、机間巡視する通路を空けて子どもたちを並べたら50人並んだからというような決め方です。それでは、多かろうということで45人、30人と減らしていったにすぎません。この基準を保育室にも当てはめてスタートします。決して、子どもの発達を促進するために、どのような生活、どのような遊びを、どのような人数で行なうことが必要であるかということからでは決められていません。

 もう一つの問題は、最低基準は決めてありますが、適正基準は決められていないことにあります。ですから、最低基準を、適正基準として多くの園は作られてしまっています。最低基準とは、これより低くてはいけないという基準なのです。もう一度、最低基準として定められている、保育室の広さ、保育者の配置基準が本当に子どもの発達を促すために必要な面積かどうかを検討する必要がありそうです。アメリカでも、同じように最低基準が各州が規定していることが多いようです。そして、基準を満たして初めて保育施設は公的に登録することが認可できますが、それは日本と同じですね。しかし、この最低基準の内容は州によって大きくばらついているようです。

 そこで、国や州によって決められている規定のほかにも、専門機関によって定められている保育施設に対する、さらに厳しい規定基準がいくつかあり、それらは親が子どもをどこに預けるかを決めるときに、とても参考になるものといえると言います。たとえば、あまりか幼児教育協会が定めた基準は、最も歴史があるもののひとつで、施設型の保育施設や家庭保育は、この基準に合致すると「認定」施設として認められることになります。具体的にこの認定基準がどんなものであるかについて、協会ではインターネットを通じて公表しています。

 この事情は、日本とは違いますね。日本における認定とか認証は、認可基準よりも甘い基準で定められています。ということは、最低基準をもっと下回っているということで、では、最低という基準は、何のためかと思ってしまいます。アメリカでは、認定は、最低基準をさらに厳しくした物のようです。

家庭外保育

 アメリカ国立小児保健・人間発達研究所の所長であるデュエイン・アレキサンダーによる「すべてのご両親へ」というメッセージは、保育園に子どもを預けることに対して、子どもに申し訳ないとか、かわいそうだと思っている保護者に向けて、お便りなどで伝えたいことです。

 「子どもを育てるということは、私たちがなすことのうちで最も難しいものの一つですが、同時に最も重要であり、多くの喜びをもたらしてくれるものでもあります。日常的な子育てひとつひとつにも悩みはたくさんあります。そのうえさらに、子どもにどんな家庭外の保育を受けさせるか、誰に保育を頼むかを決めることもまた、とても難しいものだといえます。

 現在、アメリカの多くの家庭にとって家庭外の保育は一般的なものであり、多くの親が乳児から就学前までになんらかの保育施設に子どもを預けています。アメリカ国立小児保健・人間発達研究所では、10年以上前から発達初期での保育体験と子どもの発達との関連を解明する研究に取り組んできました。この研究の目的は、家庭環境や子どもの個性の違い、また保育の特徴が、子どもの発達と健康にどのような関係を持っているかを明らかにすることであり、単なる保育の調査研究にとどまらず、子どもの生活と発達の全体像を描き出すことをめざしています。」

 この研究では、まず、その研究成果を知ることがあります。この研究で、どのようなことが明らかになり、その中で何が最も重要なことであるかを知ることにあります。そして、そのときの質の研究は、どのような手法で行なわれ、どのような項目について、どのように集計をしてきたかを知ることも意味があります。

まず、「この研究で明らかになった最も重要なこと」について、まとめてこう書かれてあります。それは、母親による養育でも、それ以外の人による保育でも、子どもの発達にはほとんど差がなかったということだと言います。ただ単に、母親のみによる養育を受けているか、それとも母親以外による保育を受けているかを比べても、これらが子どもに及ぼす影響に差は見られず、母親以外の保育を受けているかどうかということだけでは、子どもの発達について多くを語ることができないことがわかったと言います。

 しかし、一方で、保育の質や量(時間)、そして保育施設の特徴を詳しく見ていくと、強い関係性とは言えないようですが、保育の特徴の違いは子どもの発達にある程度の影響を持つこともわかったそうです。

 まず、4歳半までの結果では、母親以外からの質の高い保育を受けている子どものほうが、質の低い保育を受けている子どもよりも、言語と知的発達の面で、若干優れた発達を見せていたそうです。また、3歳までの結果では、質の高い保育を受けた子どもたちの協調性がより高いことがわかったそうです。

 この結果は、私は知っていたのですが、それを見たときに、まず、「質の高い保育」とは、どのような保育であるのか、また、それは、どのように調査をし、評価をするのかについて興味がありました。それには、まず、「保育の質」とは何か?を考えなければなりません。そこには、まず、環境があるでしょう。部屋の面積、配置基準、最低基準として決められていることについても、もう一度考える必要があります。この調査では、それをどのように考えているのでしょうか?