影響する人物

親をはじめ、子どもの人生で重要な人物が、どのように自制をしているか、あるいはしていないかが、その子どもに大きな影響を与えるのです。親は、つきることのない困難に対して考え得る、膨大な数の反応のモデルを示し、それを子どもに教えます。そして、子どもは発育の過程を通じて、それらの反応の中から自分の状況にはまさにこれが適合し、役に立つと思えるものを選択して、それを作りかえていくのだとミシェルは考えています。

多数の研究からわかったとおり、就学前に攻撃的な感情を制約することから、犬に対する恐怖を乗り越えること、心臓手術を受けて回復すること、無防備なセックスを避けることに至るまで、モデルとなる人物は、たとえ短期的な実験においてでさえ、あらゆる事柄に対して強い影響をふるいます。たとえば、スタンフォード大学のピング保育園で、親しみやすい大人のお手本役が人形を叱ったり、叩きのめしたりすると、それを見ていた子どもたちは、そのあと自分たちだけで選ぶ段になると、攻撃的な行動を事細かに真似、自分なりの工夫さえも加えたそうです。

同様に、ボウリング・ゲームでモデル役がとても高いスコアの場合だけ自分にチップを与え、一緒にプレイした子どもにも同じようにするよう仕向けると、そのあと、モデル抜きで子どもだけでゲームをする場合に取り入れる自己報酬のパターンと達成基準に強い影響が見られてそうです。

架空の子ども、赤ちゃんクマやかわいらしいトラのような愛すべき動物、擬人化された機関車が、ありとあらゆる種類の建設的なことや破壊的なことをやって、それがさまざまな結果を招き、どんな目に遭うかという話は、良い行いと悪い行いについて、幼い子どもたちに彼らが何度となく聞きたくなるような教訓を与えてくれます。未就学児は、寝る前に聞かせてもらうこの手の話やテレビの教育番組から実行機能を教えられていることに気づきません。しかし、いろいろなキャラクターが、テーマに沿って、ポジティブな社会的価値観や情動的価値観を伝える物語を演じています。たとえば、悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに、行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方などであると言います。

こうした本や番組は、すべて幼い子どもたちが楽しめる媒体を通じて、ストレスや人との対立に対処する方法を学び、実行機能を発達させる助けとなり得ると言います。しかし、日本でのテレビ番組の影響は、戦い方や、武器の使い方を学んでしまうということをよく聞きます。多分、そのような番組でも、悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方なども教えているはずです。しかし、どうして子どもたちはそれらを学ぶことをしないで、戦いを学んでしまうのでしょう。そして、その影響から、戦いごっこをしてしまうのでしょうか?そこには、一緒に見ている大人の役目が大切な気がします。

どのように戦略を学ぶのかはともかく、4歳か5歳までに、一人で楽しく遊ぶのであれ、マシュマロ実験でより多くのご褒美をもらうために待つのであれ、必要に応じてホットシステムを「冷却」するのが次第に簡単で自動的に行えるようになる手立てを知り、使っている子どもは、幸運だとミシェルは言います。

 

影響する人物” への14件のコメント

  1. 子どもに影響を与える大人の存在というのは私が子どもだった頃のことを思い出すと、とても実感が湧いてきます。私が子どもだった頃、大人のしていることというのは正しいことだとどこかで感じていました。大人や親がやっているのだから「これくらいはやっていいんだ」と様々な物事に対する許容範囲を大人を見ながら掴んでいたというイメージがあります。「それらの反応の中から自分の状況にはまさにこれが適合し、役に立つと思えるものを選択して、それを作りかえていく」とありましたが、大人を見て物事の尺度を決めていた感覚はまさにそのようなことに当てはまるのですね。大人になった今は、誰かれではなく、悪いモデルは見本にしないようにということはできますが、子どもの頃はなかなかそうもいかないのかもしれませんね。先生の言われるように確かに日本のテレビ番組でも悲しみとの向き合い方、友達との関わり方などが物語の中に盛り込まれていますが、そこではなく、戦いにばかり意識がいってしまいますね。「そこには、一緒に見ている大人の役目が大切な気がします」とありましたが、以前、先生が講演かブログで戦いごっこをしている子がいたら保育者は怒るのではなく、悲しい顔をした方がいいというようなことを言っておられ、そのことがとても印象に残っていたので、私も園ではそのように意識していました。大人の役目は考えていかないといけませんね。

  2.  生活を共にする大人の振る舞いを子どもはしっかりと観察して模倣の対象にしていることが改めて分かります。もし大人が対人関係において相手を自分の欲求を満たす為の手段として扱うならば子どももそれを見習いますし、相手を尊重し、相手を助け、互いに協力し合おうとすれば、同じ様に子どもも見習ってくれるはずです。私たちは保育園職員はチームで保育にあたります。その関係が協力的であることは仕事だけでなく、子どものモデルという意味でも大切だと再認識させて頂きました。

  3. 例えば親や保育者、またはクッキーモンスターのように、子どもたちにとって身近な存在を活用して「悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに、行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方など」、モデルの示す行為をより多く知っているということは、子どもたちはありとあらゆる場面のその状況には、どのような対応がベストかということを自ら選んでいるのですね。つまり、その例は多いほうが良いということかもしれません。幼い頃から親戚や地域、親の友人たちとの関わりが多い子どもというのは、きっと問題に対処する行動の選択肢というものが多いかもしれませんね。そして、日本のTV番組の影響という点でも、そこから得るものの種類は、一緒に見ている大人の影響が大きいというのも深く理解していきたいです。

  4. 子ども時代をウルトラマンンや仮面ライダーを観ながら育ちました。子どもが観るテレビ番組に戦隊ものやヒーローVS悪役ものを放映しているのは、もしかすると、我が国だけかもしれません。ヒーローものにせよ、戦隊ものにせよ、暴力的戦いシーンが登場する番組は欧米ではR指定される番組でしょう。よって、普通に子ども達が観れるものではないでしょう。全世界のテレビ番組を精査したわけではありませんから事の真実はどうであるか、言うことはできませんが、私の数少ない海外での子ども向けテレビ番組の視聴体験から以上のことがいえるような気がします。我が国の場合は勧善懲悪が江戸時代以降今日まで様々な形で私たちのものの考え方に影響を及ぼしています。そのラインでの番組はどうしても戦いが登場してきます。ある意味では大人も子どもも楽しみながら番組が提示する正義感に興じているのかも。みんながヒーローになりたい今日この頃、ヒーローごっこは結果として戦いごっこになってしまいます。少子化は役割分担を困難にしているかのようです。

  5. モデルの存在は、何も親や教育者といった身近にいる人物とは限らない、本や番組などを通してもモデルを見つけ、真似始めるのですね。「日本でのテレビ番組の影響は、戦い方や、武器の使い方を学んでしまうということをよく聞きます」とありましたが、確かに思い返してみると、そのような番組が多いですし、子どもたちに人気のあるアニメや戦隊ヒーロー等もそれらに該当するものが多いことに気付きました。本やテレビの世界のモデルの影響も大きいですが、何より身近な大人、モデルの存在の方が及ぼす影響は大きいと思うので、「一緒に見ている大人の役目が大切」とあるように、その際の大人の役目、かける言葉、示す行動を自分なりに考えてみたいと思います。また、子どもたちの自己選択は、モデルの数が多くあれば、その分、臨機応変さ、柔軟性が生まれてくるように感じたと同時に、幼いころから多くの大人と関われる環境の大切さを改めて感じました。

  6.  〝日本でのテレビ番組の影響は、戦い方や、武器の使い方を学んでしまうということをよく聞きます。多分、そのような番組でも、悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方なども教えているはずです。しかし、どうして子どもたちはそれらを学ぶことをしないで、戦いを学んでしまうのでしょう。そして、その影響から、戦いごっこをしてしまうのでしょうか?そこには、一緒に見ている大人の役目が大切な気がします。〟目から鱗の想いがしました。〝必要に応じてホットシステムを「冷却」するのが次第に簡単で自動的に行えるようになる手立てを知り、使っている子どもは、幸運だとミシェルは言います。〟つまり、そのテレビ番組を見ながらも大切なことを抽出し、戦いごっこに走らせずに、自制心や、人への思いやりといったものを育む機会として捉えている親のもとで育つ子どもと、子どもが見たいから見させる、といった感じで、テレビの前で大人しく座っていることを良しとして、親の自分の時間としてその間は何の接触も持たない、戦いごっこばかりをしている子に育ってしまってもそのことに気付けない、そんな親のもとで育つ子どもとでは、その環境というのは、全くと言っていい程、正反対のものですね。ミシェル氏はその点を〝幸運〟と表現しています。なるほど、と思うところです。
     ヒーローもの、戦隊ものが一様に悪いわけではなく、その番組を見て育ったにも関わらず、その育ちに違いがある理由を初めて知った気がしました。とても勉強になりました。

  7. ゛子どもは発育の過程を通じて、それらの反応の中から自分の状況にはまさにこれが適合し、役に立つと思えるものを選択して、それを作りかえていく゛とあることを十分熟知した上での子どもの前での振る舞いというものも気を付けていかなければなりませんね。保育者の姿は、子どもたちの姿という話を聞いたことを思い出します。私たち自身の行動、1つに子どもたちにとって影響力をもつことを頭に入れておかなければならないと思います。それも、役に立つものを選択し作りかえていく、言い方を変えれば、思考をこらした意味をもつ行動が子どもたちにとっての行動のキッカケとも考えられました。ストレスや人との対立に対処する方法を学び、実行機能を得るような番組が、日本のテレビを見た子どもたちは、戦いかた、武器の使い方を学んでいる、確かに、そのような番組を自身でみたことがあるのですが、言葉では、様々な人に対する思いやりであったり、助け合いだったりする部分があり、行動にも現れていたりするのですが、それをどのように感じるのかという部分に親、保育者としての役割が必要なのですね。どのようにそのような場面での関わりを通して手だてを伝える術を私たちは学ばなければならないと思います。

  8. 自分の長男は四歳で、今は毎週日曜日の戦隊モノを楽しみにしていて、戦隊モノにどっぷりとハマってしまっています。
    自分も子どもの頃には戦隊モノは好きでしたので、「しょうがないな」と思いながら付き合っています。
    〝悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方なども教えているはず〟というのは、確かになと一緒に見ていてそのように思います。
    と同時に、そのようなことに気づかせてあげるようなことが〝一緒に見ている大人の役目が大切〟ことが書かれてありました。反省です。
    せっかくのモデルを息子に気付かせてあげるかどうかは、まさに自分にかかっているということを痛感しました。

  9. 「子どもは発育の過程を通じて、それらの反応の中から自分の状況にはまさにこれが適合し、役に立つと思えるものを選択して、それを作りかえていく」とあり、正にそのようにして子どもの頃自分が育ってきたことを実感します。日本の番組を見では「悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方なども教えているはずです」とあり、こういったことを訴えているにもかかわらず戦いに走ってしまい大切なところに気付けないという状況で改善するためには「一緒に見ている大人の役目が大切」なのですね。見たあとにどんな感想を見ている大人が言うのか、どんなところがよかったのかを言うだけでも子どもが見ている視点とは異なり大人はこう思うのかと感じ方も変わってくるのでしょうか。大人の影響の大きさというのを大人が自覚する大切さを感じます。

  10. 私の息子がいるお陰で、大人になってから貴重な体験をしています。とくに普段、見るテレビが大きく変化しました。私も子どもの頃に見ていた「アンパンマン」「きかんしゃトーマス」など今では絶対に見ないような番組を見ます。しかし久しぶりに見ると、ただアンパンマンがバイキンマンをこらしめるという単純な番組でなく、子ども達に向けたやなせたかしさんのメッセージをとても感じます。また最近、公開したアンパンマンの映画を見てきましたが、今回のヒロインはある国のお姫様ですが、とてもワガママで常に一緒にいるロボットが失敗をする度に怒ります。最後は愛想を尽きて突き放しますが、ロボットはお姫様を守る為に、ずっと追いかけます。最後はお姫様はアンパンマンから「大切な存在」「友達の大切さ」を知ります。歳をとったのかクライマックスに私は少し泣いてしまいました(笑)その話しを保育園の年長さんにすると「アンパンマンは赤ちゃんが見るもの」「恥ずかしい」と言い、やはり「仮面ラーダー」や戦隊ものなどを見たほうが面白いそうです。おそらく我が子も、いずれはそういう番組に興味を持ち、見ると思いますが、その時に一緒に見ている親としての役割は重要ですね。おそらく「仮面ライダーは強いね!」「○○レンジャーの武器はすごいね」と大人が自然と戦いに注目するような言葉がけをしているかもしれません。そうではなく、悲しみの向き合い方、友達と仲良くする方法、感謝の表し方などを大人が感想を言うことが大切なのかもしれません。

  11. 私の息子たちも戦隊シリーズに興味を示す年齢になってしまいました。戦隊シリーズ=戦いごっこに発展してしまうことは確かにありますが、ストーリーなどは決して戦いといった暴力的な部分ばかりがフォーカスされているわけではなく、優しさ、友情、愛といったものを伝えようとしている部分もあります。しかしながら、そういった部分よりも、攻撃的な部分がピックアップされ、子どもが真似てしまうというのが現実です。これは、ブログでも触れられているように、周りの大人に原因があるのかもしれません。戦う姿、武器、ロボットなど、かっこいいと感じ真似たいというホットな感情を、側にいる大人が冷却することを促すような関わりが必要だと思います。一緒になって「かっこいいね」と終わるのではなく、その子どもが抱いた感情から気をそらし、本当に注目すべき部分に気がつくように促すことが必要なのではないでしょうか。子どもは大人の姿や行動だけでなく、物事の受け取り方にまで影響を受けるということを意識し、子どもと一緒に何かを見たり、何かをするときなど、そういった配慮というものを忘れないようにしたいと思います。

  12. ”一緒に見ている大人の役目が大切”とありました。そこで、思ったのは絵本の読み聞かせの時にも言えることではないかということです。絵本にも様々なストーリーがあり、捉え方次第では戦いに繋がるものもあります。そして、子どもは絵本を見るというより、その時の保育士の顔を見ている感覚もあります。”一緒に見ている大人の役目が大切”というのがよくわかります。
    現場で絵本の読み聞かせをするうちに、絵本を選ぶ意図も、読み方も幅が広がりました。最近では、表情と相手の気持ちを意識しています。
    ”一緒に見ている大人の役目が大切”ということを自覚して、さらに幅を広げていけたらなと感じました。

  13. 日本でもテレビ番組の影響力というのは昔から議論の内容の中心にあったと思います。「悲しみの向き合い方、怒りを感じたときに行動ではなく言葉で表す方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方」これらのことを教えるような内容になっていると思います。しかし、とはいえ、実際子どもたちの印象に残っているのはそういったところではなく、「戦い方や武器の使い方を学んでいる」というのは現実多いですね。そうなってしまう現状なのはなぜなのだろうかというのはずっと言われてきた内容であるように思います。先日、2歳児の女の子が子ども同士のけんかを仲裁し、保育士に「○○(私)が怒っといてあげた!」と先生に言っていました。その伝え方を見た保育士が「私の口調に似てる」と言っていました。子どもたちは先生の振る舞いを見ていると感じることは多いですね。「モデルとなる人物は、たとえ短期的な実験においてでさえ、あらゆる事柄に対して強い影響をふるいます」とありましたが、子どもたちがモデルにするものにはそれほど大きな影響を与える可能性があるのですね。保育者もそこはしっかりと受け止めなければいけないのだと思います。子どもたちの価値観にもたたずまいにおいても、周りの人の影響というのはとても大きいというのが改めてわかります。

  14. 子どもたちにとって、誰が影響する人物なのか。親と保育者は間違いなく大きな影響力をもっているのはすぐにわかると思いますが、同じ子どもたち同士も多くな影響力を持っている。むしろ、親や保育者よりも持っているかもしれないということを知っているかという所は大切なポイントですね。こうした影響のある人物の話の場合、そこ子どもがどれだけの人物と関わりがある社会で暮らしているか。狭いければ狭い程、それぞれの影響力が強くなり、また偏りが強くなる。大人の目もしかり、子どもたち同士、そして多くの人と関われる環境を用意してあげたいですね。

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