ドイツ報告5

 ミュンヘンでは、最近、やはり高齢化が進んでいるそうです。そのお年寄りは、子どもたちが自立し、寂しくなり、犬を飼う人が増えました。今回のガイドさんによると、その犬たちが、公園などでキャンキャン鳴いたり、道路に糞をしたりしていながら、子どもたちの元気な声が公園に響くと、うるさいといった苦情が増えたのが数十年前のことだったと言います。それに対して、それはおかしいということで、子どもの声は騒音ではないということが決まり、子どもに優しい街造りを推進しようという運動が起きたそうです。その運動を、全国的に展開したそうです。

 子どもの声が騒音というのは日本と同じようですが、それは、幼児施設の中のことではなく、公園や、街の中での子どもの声のようです。日本でも、今は保育園建設反対の時に言われることが多いのですが、もう少しすると、「子どもは公園で遊ぶな!」とか、「子どもは街の中を歩くな!」という苦情が出てこなければいいと思います。というのは、今、騒音調査をしているのですが、道路で騒音を測ってみると、圧倒的にうるさいのが車の音、そして、電車の音、大人の会話であり、園から漏れる声としては、1日を平均すると、それほどでは無いことが判ります。しかし、中には、1日中子どもたちは奇声を発している園もありますので、住民の心配もわかります。騒音の中で子どもたちが1日過ごすことも子どもには優しくありませんから、子どもに優しい街造りには、もっと幼児施設内での子どもの生活を見直すことも必要かと思います。

 ドイツに来て、保育室内での騒音を調査しているのですが、室内での防音による工夫は少ないように思いました。しかし、とても静かなのは、いちばんの理由は、室内にいる子どもの数か圧倒的に少ないことにあるようです。広い部屋でのお集まりを見たのですが、先生が二人に対して、子どもは6人でした。2016.7.29-1ドイツでも待機児が多いそうなのですが、だからといって、保育室を狭くしたり、大人数を詰め込むことはしないようで、どうしてそれが成り立つのかが不思議ですが、聞いてみると、幼児施設は子どもが育つところなので、それが可能なことが第一優先だということでした。日本における最低基準の「最低」というのは、どういう意味なのでしょうね。

 それは、人材育成にも言えることです。保育者不足はドイツでも同じです。訪れた園でも、「保育者2名を募集しているので、皆さんどうぞ!」と言われたほどです。だからといって、保育者の資格を取るのは大変だそうです。養成校では2年間実習があり、その結果が資格を取るための最終判断になります。特に、最終学年は、まるまる1年間、給料も6割もらって行なうそうですが、その実習をクリアするのはとても大変だそうです。毎年、半数は落ちるそうです。すると1年後にもう一度実習に挑戦するのですが、昨年、ある男性希望者が、あまりに保育者としての資質がなかったために2年続けて落ちてしまったそうです。すると、それでも保育者になりたかったら、それまでの授業で受けた単位もチャラになってしまって、最初からやり直しをしなければならないそうです。その彼は、すでに40歳を超えているために、もう一度挑戦するかどうか判らないそうですが、現場としては、暗に保育者には向いていないために、テストを落としてしまうのは、そのほかの職業に就いた方がいいというメッセージだそうです、

 いくら保育士が足りないと行っても、保育に向いていない人は、資格をとらせないのですね。ですから、現場で、保育者の質に悩むことはないそうです。

ドイツ報告5” への14件のコメント

  1. ドイツの事情というのは日本と似ているようですが、中身というかそれに対する考え方、対応の仕方は違っているということを感じます。待機児童対策のために部屋を狭くしたり、大人数を詰め込まない理由は「幼児施設は子どもが育つところなので、それが可能なことが第一優先だということでした」とありました。この言葉はすごいですね。誰のための基準なのかと思ってしまいます。量ではなく、質を大切にしているからこその言葉なのかもしれませんね。また、ドイツの保育士資格の話も驚きました。保育に向いていない人に対してはしっかりそのことを伝えるのですね。少し話が逸れてしまうかもしれませんが、漫才の頂点を決めるM-1という大会がありますが、当初は参加できる資格としてコンビ結成10年以内の人たちが対象だったそうです。そこにはお笑いを10年やって芽が出ないコンビは他の道へ進みなさいという思いがあったそうなのですが、なんだかそんなことを思い出しました。向いている、向いていないはなかなか自分では分かりにくいことでもあるのかもしれません。それを教えてもらえるというのは厳しい反面、ありがたいことなのかもしれませんね。

  2. 日本とドイツでこれほど違うものなのですね。待機児童解消のために保育園を作ろうとして、騒音の反対運動にあう。そうしたことはドイツでは10数年前に起こり、一体騒音ではないと解決し、現在は公園での子どもの声が問題になっている。まさにこれから日本が歩んでいくであろう道でしょうね。それに対してどうしていけばいいのか。ふいに未来から来た人がどうその悪い結果を回避していくかといったような、問題への取り組み方を考えさせられました。そして保育士の配置基準の問題や、保育士としての資質の問題。いずれも日本においては、ドイツから、いや幼児教育からすると譲ってはいけないラインを譲ってしまっているのかもしれませんね。日本における保育について、よく考えていきたいと思います。

  3. 子供の声がうるさいという苦情がドイツでもあったというのは驚きました。そして、先生とドイツの保育室内の音量を測っていましたが、コンクリートの壁に吹き抜けの天井で、一切吸音するものがない中で、かなり静かだったのは、驚きました。お集まりも静かでしたね。その理由は、先生も書かれていますが、朝の会でも子供の数が少なかったですね。保育園の増やし方を考えないといけませんね。

  4. 保育士不足でありながら、資格を取る過程の難易度を少し緩めたり、現場の職員の実習生に対する見方というのも、これまでと変化がないということから、「質」の低下には十分な注意を払っていることが感じられました。「幼児施設は子どもが育つところなので、それが可能なことが第一優先」という、軸となる部分が明確でありそこは譲れないということが全体で周知している様子が伝わってきますね。また、「子どもは公園で遊ぶな!」「子どもは街の中を歩くな!」といった苦情が、将来出てこないような社会にしなくてはいけませんね。乳幼児の社会的な役割というものを、より明確に発信してくことも大切なのだと感じることができました。

  5. 騒音と言えば、確かに、思い浮かべるのは車やバイク、また、大人の声だということを感じます。私が住んでいるところは、マンションの三階なのですが、道路に面しているため、車の大人、数人で少し大きな声を出して話していれば、聞こえてくるといった状況にあります。
    ドイツでの子どもを第一に考えたと、子どもの人数に対する場所であったり、保育者であったりと優先とするもの、
    おもきを置くところはどこなのかという部分が、基準として現れている気がします。しかし、日本の保育、教育の考えかたが、国の風土として、根付いていることを見直さなければならないと思います。ドイツでの免許取得に背景には、そのような事柄があるのでしょうね。日本では、学校にいき、卒業すれば免許がもらえるので随分、違いがありますね。文章にあった゛幼児施設は子どもが育つところなので、それが可能なことが第一優先だということ゛とあることから、保育者は、専門性をもった人的環境でなければならないと考えられているのでしょうね。ドイツの保育の質の高さがこのような形から保たれ、精進しているのでしょうか。保育者へなることができるラインというものは、世界の共通な規準となるものがあることで、乳幼児期からこどもたちの人格形成が守られるように感じました。

  6. ドイツでも高齢化や騒音問題、そして保育士不足など、日本と似た点を感じますが、根本の部分の違いなのか、見直す体制に違いを感じます。「いくら保育士が足りないと行っても、保育に向いていない人は、資格をとらせない」とありました。当たり前のように思えますが、保育士不足という現状を考えてるとなかなかできないことですね。これによって、質が保たれていることには納得です。近年行われた横浜市の待機児童解消の背景に、「質が落ちてしまうのでは」という懸念がありましたが、このドイツの体制と比べると主体の違いが滲み出てしまいますね。保育園は子どものための場なのですから、子ども主体が当たり前であることを日本はもう一度見直していくべきなのではないかと感じさせられます。

  7. 子どもなら、どんなに大きな声を出して遊んでもいい、ということにはならないだろうと思います。私の家の前に公園があります。夜間でも立ち入ることができるので、夏場など大きな子どもたち(大学生)がやってきて、騒がしく遊んでいることがあります。その時、節度や自制心、という心を自分自身で育ててこなかった結果なのだと残念に思うことがあります。子どもなら何をしても良い、という風潮、あるいは勉強していれば何でも許される、という親の考えのもとで育った子たちは、果たして社会ということを意識することがあるのだろうか、自分たちの振る舞いが他者にどのような影響を及ぼすのか考えることがあるのだろうか、そうしたことを今回のブログを読みながら思いました。ドイツの保育者養成課程について知ることができました。おそらく、ヨーロッパの保育者はドイツに限らずほぼ同様の養成課程を経て園で勤務するようになっているでしょう。だから「現場で、保育者の質に悩むことはないそうです」ということはよくわかります。

  8. ドイツの子どもを取り巻く環境が、日本と同じように待機児童が多かったり、保育士が不足していたりするのですが、そこに対する考え方というか、どこに重点を置いているかということが日本とは異なっているようですね。
    〝幼児施設は子どもが育つところなので、それが可能なことが第一優先だ〟という『芯』のようなものが一本あり、それに沿って資格の取得であるとか、園舎内の環境を作っているということが理解できました。
    日本では教諭の免許は更新制になり、10年に1回講習を受けなければならなくなり、自分も今年その講習を受けることになっていますが、ドイツはもっと厳しいものであるんですね。
    ドイツの保育者の質の高さは、国を上げて保たれているということなんですね。

  9. ドイツの事情を知るとなかなか日本と同じようなところがあるのかなと感じましたが、中身が全然違うことがわかります。待機児童はいるものの、なぜこんなにもゆとりがある保育室なのかと思うほどです。日本は質より量を優先しているイメージで、ドイツは量より質を優先していることがわかりますね。国の考え方と乳幼児期がいかに大切かということを理解しているからこその対応なのでしょうか。そしてそれが人材育成にも影響しているところが驚きです。2年間の実習をして資質を見極める制度というのもまた本当に人を見るための期間に当てるためには必要な期間だと感じます。難しいところではありますが、そのテストを落とすのは他の職業に就いたろうがいいといメッセージというのは優しさをも感じますね。

  10.  〝子どもの声は騒音ではないということが決まり、子どもに優しい街造りを推進しようという運動が起きたそうです。その運動を、全国的に展開したそうです。〟運動一つとっても、子どもに対する理解や、子どもを大切にしようとする心根の優しさを感じるような思いがします。車の音が一番大きいということで、新しく保育園を建てることを反対する人の中には〝子どもの声はうるさい〟という妙なイメージ、刷り込みがあるのかもしれませんね。何にせよ、反対する人の中には、待機児童問題などで苦しんでいる人は少ないのだと思い、そういう一部の人達が日本の文化水準を担っているのだと思うと、日本もまだまだ発展途上にあるのだなということを感じます。
     〝とても静かなのは、いちばんの理由は、室内にいる子どもの数か圧倒的に少ないことにあるようです。広い部屋でのお集まりを見たのですが、先生が二人に対して、子どもは6人でした。〟〝いくら保育士が足りないと行っても、保育に向いていない人は、資格をとらせないのですね。ですから、現場で、保育者の質に悩むことはないそうです。〟衝撃でした。ドイツを知ることは、日本の現状を改めて考える機会を得ることなのだと思いました。

  11. 待機児童、保育者不足という問題は日本も抱えている問題です。しかしドイツと比較してみると、そもそも問題の捉え方が大きく違うことに関心します。どうしtめお日本の場合は待機児童を解消するために、ビルの一室や空いている土地に取り敢えず保育園を建設したり、既存の保育園の定員を無理矢理増やすなど、少し強行手段のように感じます。保育者不足をただ賃金をあげたところで一時的には増えるのかもしれませんが、効果は薄いでしょう。しかしドイツでは日本とは正反対とでも言えるような対応をしているので、本当に問題に対する考え方が国全体で違い、何よりも子どもを第一優先に考えています。日本も同じ様な問題を捉え方をすれば現状よりは良くなると思いますが、なかなかその方向には進みにくいように思います。ちなみに私の園では募集をかけますが、基本的に「見守る保育」を実践したいという保育者が来ます。ですので保育士の質の問題はクリアできます。

  12. ドイツの日本では考えられないような対策や取り組みが成されていることに驚いてしまいます。また、最低基準や保育者の質など、同じ言葉でもそれの指し示す意味に違いがあることも感じました。騒音や待機児童の問題においても同様で、日本と同じような問題を抱えているのにもかかわらず、それに対する対策やアプローチの仕方までも異なるのはなぜだろうとさえ思えてきます。それはやはり、何を優先するかにあるのではないでしょうか。ドイツでは子どもの育つ環境を優先していますが、日本ではどうもそうではないように感じます。待機児童問題のように質というものを二の次にし、単に施設を増やすことでそれを解消するというような目先のことばかりに焦点を置き、その先のことまで見通せていない印象を受けます。子どもの育ちにおいて何を優先すべきかということを、日本という国全体でもっと考える必要がありそうですね。

  13. ドイツの子どもに対する姿勢は素晴らしいなと感じました。”保育に向いていない人は、資格をとらせない”というのも、極端に感じますが保育の質の向上を考えると一番の近道なのかもしれませんね。文中に、騒音問題についてありましたが、私には子どもが騒がしい存在であることがあまり理解できないです。電車やバスで赤ちゃんが泣いている場面に出くわすことがたまにありますが、文句を言う人を見たことはないですし、近くの乗員が「大変だね」や「かわいいね」と言葉をかける姿を見たことがあります。お母さんにとっても、気持ちが楽になる対応で素晴らしいなと思いました。一部ではうるさいといわれるのかもしれませんが、そういった優しい部分もあると思うので、後者側が広がっていくことを願いたいです。

  14. 騒音問題はドイツでも起こっていたのですね。子どもの声がうるさいという苦情が出るのは確かに悲しいことです。しかし、確かに子どもの環境がうるさくなってしまうような状況になっているということもあるような気がします。ドイツの環境を見ていると確かに子どもの数が大人数ではないことが多かったですし、異年齢だからか子どもたちが落ち着いていました。大人も子どもたちに声をかけることは少なく子どもたちが自分で考えて動いていました。考えてみると大人が声をかけることが少ない園ほど、子どもたちは落ち着いているように思います。それはただ声をかけないのではなく、声をかける必要がないのかもしれません。「見守れる子」になっているからなのでしょうね。また、そのような見方を子どもたちにするためにはある意味でセンスや気づいていないとできない部分です。だからこそ、ドイツでは2年もかけて実習をするのでしょうね。それが育成校の使命がはっきりとしてとしてあり、すべての目線が「子どもに向いている」のですね。

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