わが子がうまく

 どの国でも親はわが子が大人になったときに、幸せになって欲しいと思っています。その条件として、出世して欲しいとか、いい大学に入って欲しいとか、もしくは、健康になって欲しいと思うのは当然です。そのために、親は子どものために何をしてあげたらいいかを考えます。そのために、しかったり、注意をしたり、叱咤激励をすることがあります。しかし、ミシェルが言うように、将来に対しては「ホット」になる必要があるのですが、そのためには、今を「冷却」しなければ、かえって、逆効果になりかねません。今を「ホット」にするあまりに、将来、子どもを間違った方向に追いやってしまうことにもなりかねません。

 ミシェルは、さまざまな研究と実践から、親は、幼いわが子がうまくやっていかれる条件を整えるためにさまざまな力添えができると言います。たとえば、こんな有力な戦略があると紹介しています。

それは、楽しいけれど難しく、しだいに難易度が上がる課題に一緒に取り組むことだと言います。ピアノを弾く練習をするのでも、積み木やレゴなどで何かを作るのでも、ジャングルジムに登ることでもかまいません。子どもが必要と感じ、望んでいる手助けをしてやりながらも、子どもに自力で取り組ませ、けっして課題を引き受けたり、代わりにやったりしてはならないという点を強調しています。

幼いうちに成功経験を積めば、子どもは成功や力量に関して、楽観的で現実に基づいた身構えを持ったりしやすくなると言うのです。自分の才能、能力、知能、社会的行動は持って生まれた一定不変の特性を反映するものではなく、努力すれば変えるスキルや力量であることを子どもに理解させ、ひいては、一歩ずつ着実な成長を遂げるように手を差し伸べることも可能だと言います。

私たちは、子どもが高い点を取ることを期待して、「頭が良い」子どもだと褒めるのではなく、精一杯の努力をしているという理由で子どもを褒めてやることが必要です。以前、紹介したキャロル・ドゥエックの研究からはっきりしたように、自分の能力や知能は、鍛錬可能なスキルだと考えるように子どもを導けば、子どもは努力して前よりうまくやろうとしていくものです。

これもまた重要なことであると考えるのが、私たちは、子どもが不安になったり、気落ちしたり、逃げ出したりせずに挑戦し続けられるように、ときおり経験する失敗は、人生や学びの一部であることを理解して受け入れるよう導いてやり、そうした挫折を乗り越える建設的な方法を考えるように励ましてあげる必要があります。そして、子どもに、あとからご褒美をあげると約束したときに、欲求充足の先延ばしをいとわないようになって欲しいと思うなら、子どもとの約束を守るように心がけることが大切だと言います。

しかし、「子どもたちのために何をしてやれるでしょうか?」という問いに対する最善の答えが、あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すことであるのは間違いないとミシェルは言います。親をはじめ、子どもの人生で重要な人物が、どのように自制をしているか、あるいはしていないか、それは、ストレスや欲求不満や情動への対処法、自分が成し遂げたことを評価するときに基準、他人の気持ちに対する共感や感受性、態度や目標や価値観、躾の戦略、規律の欠如といったことすべてが、その子どもに大きな影響を与えるのです。

わが子がうまく” への14件のコメント

  1. また今日も感じたのですが、本当に保育というのは人としての道なのだなということを感じます。保育を深めることが人としての道を深めることになるというのは、こんなにありがたい仕事はないなと思います。子どもが必要と感じ、望んでいる手助けをしてやりながらも、子どもに自力で取り組ませるような関わりをしていくことで生まれる子どもの成功経験は、努力すれば変えることができるという意識を子どもが持つことにつながっていくのですね。この感覚はとてもよく分かります。私の場合は、小学生の時に友達が手からおならの音を出すという特技をしていたのを見て、何としても私もそれを身に付けたいと必死になって練習して会得しました。その時に「やればできるんだ」という驚きにも似た感覚を得たことを今でも覚えています。私たち大人は子どもがそのような感情を抱くことができるような体験を手助けすることが将来の子どもたちのためになるのですね。また、手本を自ら示すこととてもありましたが、これもまた人としての道につながることだと感じます。

  2.  幼いうちの成功体験について気をつけなければならないことがあります。大切なことは子ども自身の成功体験であって、周りの大人の成功体験ではないということです。大人はお稽古事にある様なピアノやスイミングや知育玩具での上達を成功体験と捉えがちです。しかし子どもが主体的に取り組んでいなければそれは成功体験ではなく期待に応えて褒められた体験に過ぎません。大人の価値観ではなく、子どもが自ら熱中する様な事柄での成功体験こそ将来の糧になります。そのヒントは遊びにあります。

  3. 子どもたちのために何ができるでしょうかという問いに対する「あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すこと」という答えが、よく考えてみると当たり前のようですが、実はそれが本質であるという、灯台下暗しのような印象を受けました。子どもから見て、社会のモデルとして一番近い存在は、間違いなく親ですね。その存在が、日常をどのように過ごしているのか、問題に対してどのように解決して何を考えているのかなど、子どもたちは常にアンテナを張り巡らせて、感じ取っているというわけですね。そして、子どもが社会を生き抜く力を獲得するための力添えとして、「楽しいけれど難しく、しだいに難易度が上がる課題に一緒に取り組むこと」という例があったように、自発性をもとに自ら難しいことに挑戦し、それを楽しむことができる環境を整える必要性が保育者にはあることを肝に銘じておかなくてはと思いました。

  4. 「幼いうちに成功経験を積めば、子どもは成功や力量に関して、楽観的で現実に基づいた身構えを持ったりしやすくなる」とあることからも「見守る」というスタンスの重要性を感じます。時間に追われている際の保育中に何度も「やってあげれば早く済む」と思ってしまったことがあります。その度にそんな自分と戦っていますが、藤森先生のお話や当ブログの内容を知らなければ時間を優先させていた自分がいたかもしれません。子どもたちにとって、保育園が、幼いうちにたくさんの成功体験を積める貴重な場となるように保育していきたいと思います。そして、当たり前のように思えて、当たり前とは言えない気がする「子どもとの約束を守るように心がけること」や「あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すこと」を忘れずに見守る保育を実践していきたいと思います。

  5. 私も親として「わが子がうまく」生きていってほしいと願っています。親が「手本を自ら示すことであるのは間違いない」とのミシェル氏の言にはいろいろと考えさせられました。まぁ、私の場合は子どもの「お手本」というより「反面教師」の側面もあるのかな、と子の親評価から気づかされることもあります。反面教師としてのお手本ということもあるかな?「挫折を乗り越える建設的な方法を考えるように励ましてあげる」「子どもとの約束を守る」これらは私も日々心がけていることですね。そして「子どもは努力して前よりうまくやろうとしていくものです。」は日々実感しております。園でも家庭でも。こうしてコメントを作成しているとやはり想起されるのは「見守る保育の三省」ですね。「子どもといえども立派な人格」者であるという認識をわが子にもおよその子にも抱くことは重要です。そのためには私たち大人が己の人格を磨くことが肝要になってきます。自分のことは棚に上げて子どもだけを叱咤激励する大人にならないように注意しなければなりません。

  6. わが子がうまく、という親の感情は、必然的でありならがも、十分に考えておかなければならないものだと思います。子ども自らが成功体験を通して、様々なものへ対する意欲や向上心、また、多様なものへの興味の幅を広げるものだと思います。そのなかでも、やってあげるような形にならないようにさりげなさというものを理解した上で関わらなければなりませんね。こういった乳幼児期からの成功体験が社会性を身に付けるきっかけともなると思いますし、EQである部分、成長にもつながると思います。遊びの発展のなかには、環境を通した部分もありますが、やはり、うまく発展の手助けをすることが、必要だと感じました。それは、トップダウンのような形ではなく、共感することであったり、やっていることの過程をすごいことだと誉めて上げたり、常に楽観的に物事へトライできることができないといけませんね。成功体験であったり、失敗体験であったり、様々なものの経験値を得るなかで、うまく関わりをもつことが重要な気がします。

  7. わが子がうまく

    今回のブログの内容はそのまま、大人にも同じようなことがいえ、人生にとって大切なことであるという印象をもちました。
    保育というものが、いかにいろんなものと繋がっているか、人の生き方に通じているものであるかということを感じ、その保育を勉強することができる職業についていることに改めて、ありがたさを感じています。
    子どもたちに対して〝あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すこと〟で、その大人自身か身が引き締まり、クールにならざる負えなくなり、見られていることを意識して、変なことはできなくなります。
    そんな風にして、互いに刺激を受けながらお互いに成長していくんですね。

  8.  子育ての核心に迫るようなこの度のブログです。とりわけ子育て中の読者の方には、とても心に響くものがあるように思います。
     子どもに対して、特に将来に対して熱い想いを持てば持つほど、今という時間をクールに、冷静に過ごさなければならない、とは至言です。〝将来に対しては「ホット」になる必要があるのですが、そのためには、今を「冷却」しなければ、かえって、逆効果になりかねません。今を「ホット」にするあまりに、将来、子どもを間違った方向に追いやってしまうことにもなりかねません。〟このような状態になってしまう家庭をよく目にするように思うのですが、このような親の多くの場合、将来というものがイコール不安、心配、というものから建設され、子どもに対して、〝こうなってしまったらどうしよう〟と恐れのようなものを含めて子どもに言葉として浴びせているように思えてなりません。将来を怖いものとして親が思う限り、子どもに明るい未来を描かせることというのは、難しい気がします。
     冷静に考えて、そしてハエの思考で考えた時、〝今〟というものは果たしてそんなに心配する必要のあることばかりだろうか、ちょっと子どもが自分の意に反したくらいで、そんなに大きな声を出して怒る必要があるだろうか、とやはり自分を省みる必要があるように思います。先日のブログにありました通りだと思いました。〝人に要求する前に、まず、「我が身を省みる」ことが必要です。〟
     本当にそう思います。

  9. 人生を振り返ったとき、やはり親の背中を見て育ち、親がどんな判断をし、どんな風に人と接し、どんな自制をていたのかを近くで見てきました。その姿が自ずと自分に反映していたことがよくわかります。「あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すことであるのは間違いない」という言葉に胸を打たれます。そんなことを肝に銘じたいと感じます。そして、幼いうちの成功体験を楽しみながら積ませてあげること、さらにはそれはその子が主体的に物事に対して取り組める環境であり、やってみてできたことをよく見て褒めてあげることの大切さを再確認します。その環境を作れているのかと自問自答するとまだまだであると思っています。それは自分自身に甘いせいでもあるのかなとふと思いました。先を見通しながから日々を過ごしていかなくてはいけないですね。

  10. ミシェルの「今を「ホット」にするあまりに、将来、子どもを間違った方向に追いやってしまうことにもなりかねません」という言葉は忘れずにいたいです。我が子が今後、小学校、中学校、高校と進学していくわけですが、今は私としては息子が自分で行きたいところ、やりたいことを選択して進んで欲しいと願っていますが、途中でやはり少しでもいい学校に行ってもらいたい、就職してもらいたいと思ってしまう可能性はゼロではありません。ただ最終的には幸せになって欲しいと思いますが、それには、やはり乳幼児期である、今が一番重要なのかもしれません。ブログに書いてあるように難しい課題を一緒に取り組み、成功体験をたくさん積むというのは今しかできません。時には失敗してしまった時は、逃げ出したりせず何度でも挑戦し続けるように励ましたり、やはり親の役割も我が子を見守るスタンスが重要だと思います。そして、最後は子どもは親の背中を見て育つと言うように、親が自分自身で見本となれるような行動を取ることが、一番の大事なことかもしれません。

  11. 「今を「ホット」にするあまりに、将来、子どもを間違った方向に追いやってしまうことにもなりかねません」とありました。世の中には様々な教育方法や、それによる価値観や基準も存在しますが、それが本当に子どもの将来に繋がるものなのかをきちんと理解した上で取り組む必要があると思います。子どもの現状の状態ばかりに目を向け、それで安心していたとしても、将来に結びついていないのであれば、後になって何のためのものだったのかと後悔することになってしまいます。子どものために何ができるかを考えるのであれば、自制と同じように、今だけではなく先のことを考えた上での関わりや援助が何よりも必要な気がします。先を見据えた上で「今」に目を向けるということを、保育や子育てにおいて大切にしていきたいと思います。

  12. ”「子どもたちのために何をしてやれるでしょうか?」という問いに対する最善の答えが、あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すこと”とあり、保育という仕事のやりがいを感じました。また、”精一杯の努力をしているという理由で子どもを褒めてやることが必要”というのは本当に大切ですね。精一杯の努力をする姿勢というのは簡単にできないことだと思います。例え結果が出なくても、素晴らしいことですね。そんな姿勢もモデルとなる保育士が示していかなくてはいけませんね。

  13. 「子どもが必要と感じ、望んでいる手助けをしてやりながらも、子どもに自力で取り組ませ、けっして課題を引き受けたり、代わりにやったりしてはならないという点」このことは保育をしていても、考えなければいけない内容ですね。つい子どもたちが望んでもいない手助けをしてしまいそうになります。それは結局「いらないお世話」になってしまいます。また、結果を追うがあまり、その過程や努力を見てあげることもおろそかになってしまうことがあります。藤森先生も行事においてはその出来上がった成果ではなく、それまでの過程を大切に見てほしいと言っていたのを思い出しました。「子どもが不安になったり、気落ちしたり、逃げ出したりせずに挑戦し続けられるように、ときおり経験する失敗は、人生や学びの一部であることを理解して受け入れるよう導いてやり、そうした挫折を乗り越える建設的な方法を考えるように励ましてあげる必要があります。」とあります。このことは保育者もしっかりと胸にとめておかなければいけない内容ですね。

  14. 「どの国でも親はわが子が大人になったときに、幸せになって欲しいと思っています」このことは不変であり、忘れてはいけないことですね。今さらながら、これまでの「ホット」と「クール」はケンカやダイエット、タバコなど、長くても何年と言った感じの期間で考えていました。ですが今回の「将来」という言葉を改めて見て、人生と言ったもう一生もののレベルで考える大切さを知りました。そうすると、文中にあるように今は「クール」に、未来に対しては「ホット」にと、まさに理想の人物像が描けたような気がします。子どもに対しても、未来に対して何が大切か。しっかりと考えていきたいと思います。

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