ドイツ報告5

 ミュンヘンでは、最近、やはり高齢化が進んでいるそうです。そのお年寄りは、子どもたちが自立し、寂しくなり、犬を飼う人が増えました。今回のガイドさんによると、その犬たちが、公園などでキャンキャン鳴いたり、道路に糞をしたりしていながら、子どもたちの元気な声が公園に響くと、うるさいといった苦情が増えたのが数十年前のことだったと言います。それに対して、それはおかしいということで、子どもの声は騒音ではないということが決まり、子どもに優しい街造りを推進しようという運動が起きたそうです。その運動を、全国的に展開したそうです。

 子どもの声が騒音というのは日本と同じようですが、それは、幼児施設の中のことではなく、公園や、街の中での子どもの声のようです。日本でも、今は保育園建設反対の時に言われることが多いのですが、もう少しすると、「子どもは公園で遊ぶな!」とか、「子どもは街の中を歩くな!」という苦情が出てこなければいいと思います。というのは、今、騒音調査をしているのですが、道路で騒音を測ってみると、圧倒的にうるさいのが車の音、そして、電車の音、大人の会話であり、園から漏れる声としては、1日を平均すると、それほどでは無いことが判ります。しかし、中には、1日中子どもたちは奇声を発している園もありますので、住民の心配もわかります。騒音の中で子どもたちが1日過ごすことも子どもには優しくありませんから、子どもに優しい街造りには、もっと幼児施設内での子どもの生活を見直すことも必要かと思います。

 ドイツに来て、保育室内での騒音を調査しているのですが、室内での防音による工夫は少ないように思いました。しかし、とても静かなのは、いちばんの理由は、室内にいる子どもの数か圧倒的に少ないことにあるようです。広い部屋でのお集まりを見たのですが、先生が二人に対して、子どもは6人でした。2016.7.29-1ドイツでも待機児が多いそうなのですが、だからといって、保育室を狭くしたり、大人数を詰め込むことはしないようで、どうしてそれが成り立つのかが不思議ですが、聞いてみると、幼児施設は子どもが育つところなので、それが可能なことが第一優先だということでした。日本における最低基準の「最低」というのは、どういう意味なのでしょうね。

 それは、人材育成にも言えることです。保育者不足はドイツでも同じです。訪れた園でも、「保育者2名を募集しているので、皆さんどうぞ!」と言われたほどです。だからといって、保育者の資格を取るのは大変だそうです。養成校では2年間実習があり、その結果が資格を取るための最終判断になります。特に、最終学年は、まるまる1年間、給料も6割もらって行なうそうですが、その実習をクリアするのはとても大変だそうです。毎年、半数は落ちるそうです。すると1年後にもう一度実習に挑戦するのですが、昨年、ある男性希望者が、あまりに保育者としての資質がなかったために2年続けて落ちてしまったそうです。すると、それでも保育者になりたかったら、それまでの授業で受けた単位もチャラになってしまって、最初からやり直しをしなければならないそうです。その彼は、すでに40歳を超えているために、もう一度挑戦するかどうか判らないそうですが、現場としては、暗に保育者には向いていないために、テストを落としてしまうのは、そのほかの職業に就いた方がいいというメッセージだそうです、

 いくら保育士が足りないと行っても、保育に向いていない人は、資格をとらせないのですね。ですから、現場で、保育者の質に悩むことはないそうです。

ドイツ報告4

2016.7.25-1 セミナーハウスでのミュンヘン市からの「参画」についてのプレゼンのあとは、今回の参加者で、私の園の保育士が「乳児からのシティズンシップ」をテーマに、英語で写真を交えてプレゼンをしました。子どもたちは乳児から人との関わりの経験から、社会の一員となるための資質を学んでいるという発表です。まだまだ乳児は、親と過ごした方がいいと思っている人がいる中、親との愛着のもとで、他児と関わることの大切さを訴えるもので、終わってから、ミュンヘン市当局の幼児担当からは、絶賛されました。

 もう一つ、ミュンヘン市からのおもてなしの返礼として、今度は私たちから日本の文化によるおもてなしをしました。それは、茶の点前を披露したのです。2016.7.25-2私の園の職員が茶を点てたのですが、まず、本人手作りの落雁を食べてもらいました。ドイツ人は甘いものが好きで、苦いものは苦手のようですが、ミュンヘンには、英国庭園の中に日本から寄贈された「閑松庵」と呼ばれる日本式茶室があり、茶の湯については興味があるようでした。そのあと、飲み終わった茶碗と、茶筅をプレゼントしました。こうして、午前中のセミナーは修了したのですが、とても貴重な経験ができました。

 午後からの研修は、セミナーハウスに向かう途中で見学し他園の報告です。あの、雨の日の保育を行なっていた園です。参加者から、その人が撮った写真を見ながら、どんな観点で、何に興味を持って、そのカットを撮ったかを説明しながらみんなで見ていくのですが、それぞれみなさんは、私には気がつかないところまで撮ったものが多く、一人の人からの見方というものは、ずいぶんと偏っていることを感じます。それと同時に、それらの共有することによって、理解が深まることをみな感じていると思います。

 その夜は、セミナーハウスの管理人からの要望で、また茶の点前を披露しました。2016.7.26-5管理人さんは、普段から茶に興味を持っており、今回も日本から鉄瓶を買ってきて欲しいという要望をもらい、合羽橋で購入して持ってきたのですが、茶の関係グッズのコレクションがあるということです。ということで、抹茶の苦さもおいしそうに味わってくれました。特に、彼の娘さんも一緒でしたが、二杯目も所望するくらいでした。

 次の日の朝食前に、近くの村を散策しました。2016.7.26-1非常にのどかで、いかにもドイツであるという町並みが続いていました。窓にはゼラニウムの花が満開です。ゼラニウムはキク科ということもあって、その香りには、虫除けなどの効果があり、窓に置いたり、ゼラニウムのドライや精油をいれてサシェやポプリにして虫よけに使用します。

2016.7.26-2また、村には必ず中心となる教会があります。そんな風景の中散策しての朝食は、とてもおいしく感じられました。2016.7.26-4

 午前中のセミナーを終えて、昼食を食べてから、ミュンヘン市の企画として、近くの湖まで遠足に出かけました。そこは、シュリールゼーという湖です。ここは、ドイツでも人気のある湖で、ここで結婚式を挙げる人が多いそうです。また、冬にはスキーなども出来るようで、ロープウェイに乗って、ほとりの山の上に行き、湖を眼下に見下ろすことができます。2016.7.25-3

 今年のドイツ研修は、いつもと違った体験と、いつもと違うドイツの印象をあじわうことができました。ミュンヘン当局では、毎年、私たちは、まじめに研修をしているようなので、たまにはのんびりと違ったドイツを満喫してもらおうと企画したと言っていました。2016.7.26-3

ドイツ報告3

 今回のドイツ研修は、第15回です。ドイツでは、5の付く回は記念だということで、今回特別な配慮を頂き、ミュンヘン市の市職員のセミナーハウスに二泊させていただきました。そして、当局の会議の中で、長い付き合いであるということで、宿泊させていただいただけでなく、宿泊代を無料にしていただき、さまざまなおもてなしを受けることができました。

 場所は、ミュンヘン市の中心からバスで1時間ほど郊外に行ったところにあります。ドイツはあまり高い山がなく、ほぼ平らで、あってもなだらかな丘陵が続きます。風景としては、緯度は樺太くらいにあたり、日本で言えば、北海道に近い植生です。しかし、セミナーハウスは、若干高い山の麓の村の中にあり、狭い曲がりくねった道を走った先に、今回宿泊することになったセミナーハウスが車窓から見えてきました。2016semina-1

 一泊目には、私たちの他にミュンヘン市の学童クラブの職員が宿泊していました。早速、今回の私たちツアー参加者のメンバーの一部の人と、ミュンヘン市の学童の職員と記念撮影をしました。2016semina-6

部屋は、シングルで、窓からはさわやかな風が入ってきて、少し肌寒いくらいです。

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部屋の外のベランダからは、高い山や、近くの村が見えます。2016semina-3

夕食は、バーベキューで、セミナーハウスの管理人さん自ら肉を焼いてくれました。2016semina-5

 翌日の午前中は、ミュンヘン市の教育局の先生と、公立幼稚園の園長さんと職員さん4人がセミナーに参加してくれ、ミュンヘン市の保育における取り組みについてプレゼンを1時間あまりしてくれました。テーマは、現在ミュンヘン市が取り組んでいるJugendparizipation(参画)についてで、その研究家である職員さんが話してくれました。2016semina-7

 ミュンヘン市が、1997年、子どもの権利条約の採択を受けて、市長はじめ、子どもに関するすべての行政職員、ボランティアみんなで検討して取り組むことに決めた課題です。そして、バイエルンという保育指針のような幼児教育が取り組む課題として、この「参画」が書かれることになり、デモクラシーについて、考えていこうということにしたのです。そして、この参画に取り組むようになった経緯としては、子どもにとって最も効果的な学びととは、子どもに興味関心を持たせることにあり、そこには個人によっての個性があるために、参画という考え方をすることになったと言います。

 参画の例としてあげられているのは、例えば、食事について、子どもは誰と、どのくらい食べるのかを決める権利があるというようなこととか、どんな遊びをしたいか、新しい遊具を買うときにも、子どもたちによる投票によって決めます。また、買い物に行くときなどは、各グループから代表が選ばれ、彼らのよって提案されます。このような参画の内容については、それぞれの園によって子どもと一緒に、また保護者とも一緒に決め、均一はないと言います。そして、参画した結果何か問題が起きたとしたら、それはチャンスとして捉え、子どもたちに解決する力を付けます。

 それを一歩進めて、2012年、子どもたちからの苦情を聞かなければならないという法律ができ、子どもたちにインタビューすることによるアンケートを採ることになったそうです。

 この参画は、地域への参画、保護者の参画と広がっているようです。

ドイツ報告2

 ドイツで今年最初に訪れた「雨の日の保育」を見た園は、ミュンヘン市に市郊外にある0歳児から3歳児まで定員63名のキンダークリッペという乳児保育園です。開園時間は朝7時から夕方5時までです。園児を6グループに分けて、そのうちの人グループは、朝8時から午後2時までの短時間保育のクラスです。1階に3グループ、2階に3グループあります。ひとグループは、0歳児から3歳児までの異年齢で11名です。そのうち、乳児は2名、障害児は1名の枠があります。この障害児とは、認定を受けた子だけでなく、気になる子、その傾向にある子まで含まれます。

 スタッフは全員30名で、それを聞いたときには配置基準がいいと思ったのですが、実はここに最近の保育者のドイツ事情の一つの特徴があります。当初は、園長初めとしてほかの職員はほとんどフルタイム勤務だったそうです。次第に職員さんは家庭を持ち、子どもが生まれ、勤務が1000かという選択ではなく、勤務の仕方の多様性を進めていったのだそうです。それは、職員一人一人が、自分の生活スタイル、考え方、子育て、介護の状況によって、週の勤務時間を自分で決めることができるようにしたことです。ですから、30名のうちフルタイム(週39時間)で働いている職員は5名だそうです。ほかの職員は、自分は週20時間とか決めるのですが、極端な人は週7時間という人もいるそうです。それは週1日しか勤務しないこともOKなのです。これらの職員さんたちは、基本的には正規職員で、パートということはなく、有給、研修権、すべてが保障され、キャリアにはいっさい影響はないそうです。

 デイリーは、7時から830分まで登園、その後915分に朝食を食べます。この園では、朝食、昼食、おやつはすべて自園調理だそうです。朝食は、私たちの午前おやつと同じ感覚でしょう。どうも、内容も同じようです。そのあと口すすぎ、手洗い、歯磨きをします。そして、グループごとに歌が始まると、930分から11時までは自由遊びの時間です。聞いてみると、朝のお集まりはしないそうです。ただしそれは、園児全体が集まる集会のことで、以前はやっていたそうですが、そんなに大人数が集まれる場所がないことや、登園がバラバラということもあり、今はやっていないそうです。ただ、グループごとに集まって、きょうは何をするかという話などはするそうです。

 自由遊びを11時頃に終了して、手洗い、着替えをしたあと1130分くらいから昼食です。昼食は、午前、午後のおやつと違って、温かいものを出します。そして、昼食後は、歯磨きをしないそうです。歯磨きは、午前のおやつのあとだけだそうです。そのあと午後3時くらいまでお昼寝、そして、おやつを食べ、夕方5時までのあいだお迎えを待っていると言います。

 保育理念は、ドイツにおけるバイエルンにそって園で作り、きちんと写真入りでわかりやすく作った理念ブックによって保護者に説明するそうです。この園の保護者はインテリが多く、保護者の理解は深いようです。そして、園の重点項目として二つあげられています。その一つ目は、「子どもの自立、自発を意識した保育」であり、もう一つは「保護者との理解・協力」だそうです。この園は、3歳児までの乳児保育園ですが、乳児に対しての自立はどのような場面で意識するのかという質問に対して、例えば、自由遊びへのアプローチは子ども自らするということ、食事の面で言えば、食べたくなる子の意思表示を尊重するという、見守りの保育をすると言います。この子どもがやりたいという意思表示をとても大切にするとともに、保育者はその専門性から、どの場面でそれをかなえるべきかの判断をするそうです。

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雨の日

      今年も、今週の日曜日からドイツミュンヘンに来ています。出てくる前に、ミュンヘンでのテロ報道があり、参加者を初め、皆さんから心配の声がありました。しかし、こちらに来てみると、特に入国審査がうるさくなったわけでも、町の中の警護が厳しくなっているわけでもなく、テレビでそれほど放映するでもなく、実感としては、とくに影響を感じません。また、話を聞いてみると、直後、交通機関に支障をきたして、帰宅困難者が多数出てしまったのですが、市民こぞって、ボランティアに参加しようとしたようです。「私の家には何人泊まれます。」とか、部屋が空いているホテルが部屋を提供したりしたそうです。ただ、今回、セミナーハウスに一緒に泊まることになっていた学校局の職員さんたちは、危機管理についての打ち合わせがあるということで、日帰りになってしまったそうですが、合同研修、意見交換会には参加してくれるそうです。

 今回、ドイツ訪問は15回目に当たる節目の年ということもあって、セミナーハウスに二泊させていただくことになりました。しかも、長い付き合いということもあって、宿泊料については、無料にしてくれるそうです。また、初日は、歓迎会を開いてくれるようで、いつもとは違う体験が出来そうです。なぜ、そのような体験をさせてくれるかというと、長い付き合いと言うほかに、いつも私たちのドイツ訪問は、まじめに研修がびっしり組まれているために、少しはのんびりとしてもらおうという配慮もあると聞きました。

 というわけで、初日セミナーハウスに向かう午前中、キンダークリッペという0歳児から3歳児までの施設を見学しました。この見学施設に着いたとき、今まであまり経験がなかったのですが、雨が降ってきました。いつもはわりと天気がいいことが多いのですが、珍しいことでしたが、それには意味があったのです。それは、雨の日の保育を見ることができたのです。私の園では、雨の日の見学というと、園庭では遊ばないし、散歩にも行かないので、保育室内は大勢の子どもたちでごった返します。そんな思いで園に着いたのですが、玄関を入ってびっくりしました。玄関からの突き当たりに園庭が見えるのですが、なんと、雨の中園庭で遊んでいる子たちがたくさんいるのです。2016doitu1多分、普段、園庭で遊ぶ子、室内で遊ぶ子の比率が雨の日でも変わらないのです。しかも、雨具も着ず、傘の間まず、びしょ濡れで遊んでいます。しかも、0歳児からです。先生たちも、何人かはやはりびしょ濡れでしたが、それは子どもたちと雨の中で一緒に遊ぶわけではなく、遊び道具を出してあげているだけです。また、多くの先生は、傘の下で、子どもたちを見ています。2016doitu6

 子どもたちは、降る雨をバケツで受けてみたり、口を開けて受けてみたり、シャベルで水たまりの水をすくってみたり、水たまりの水を掃いてみたり、きっと、私たちが子どもだったら、きっとやってみたいことを思う存分やることができています。もちろん、雨がいやで室内で過ごす子たちもいましたし、もしかしたら親から雨の中で遊ぶのをためられているけれど、遊びたそうに外を見ている子たちとさまざまでした。2016amenohi

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 ドイツでの言葉、「子どもにとっては、悪い天気はない。悪いのは、それにふさわしくない服装を着ることである。」というように、雨の日は、十分と雨を感じるようにしているのでしょう。

影響する人物

親をはじめ、子どもの人生で重要な人物が、どのように自制をしているか、あるいはしていないかが、その子どもに大きな影響を与えるのです。親は、つきることのない困難に対して考え得る、膨大な数の反応のモデルを示し、それを子どもに教えます。そして、子どもは発育の過程を通じて、それらの反応の中から自分の状況にはまさにこれが適合し、役に立つと思えるものを選択して、それを作りかえていくのだとミシェルは考えています。

多数の研究からわかったとおり、就学前に攻撃的な感情を制約することから、犬に対する恐怖を乗り越えること、心臓手術を受けて回復すること、無防備なセックスを避けることに至るまで、モデルとなる人物は、たとえ短期的な実験においてでさえ、あらゆる事柄に対して強い影響をふるいます。たとえば、スタンフォード大学のピング保育園で、親しみやすい大人のお手本役が人形を叱ったり、叩きのめしたりすると、それを見ていた子どもたちは、そのあと自分たちだけで選ぶ段になると、攻撃的な行動を事細かに真似、自分なりの工夫さえも加えたそうです。

同様に、ボウリング・ゲームでモデル役がとても高いスコアの場合だけ自分にチップを与え、一緒にプレイした子どもにも同じようにするよう仕向けると、そのあと、モデル抜きで子どもだけでゲームをする場合に取り入れる自己報酬のパターンと達成基準に強い影響が見られてそうです。

架空の子ども、赤ちゃんクマやかわいらしいトラのような愛すべき動物、擬人化された機関車が、ありとあらゆる種類の建設的なことや破壊的なことをやって、それがさまざまな結果を招き、どんな目に遭うかという話は、良い行いと悪い行いについて、幼い子どもたちに彼らが何度となく聞きたくなるような教訓を与えてくれます。未就学児は、寝る前に聞かせてもらうこの手の話やテレビの教育番組から実行機能を教えられていることに気づきません。しかし、いろいろなキャラクターが、テーマに沿って、ポジティブな社会的価値観や情動的価値観を伝える物語を演じています。たとえば、悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに、行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方などであると言います。

こうした本や番組は、すべて幼い子どもたちが楽しめる媒体を通じて、ストレスや人との対立に対処する方法を学び、実行機能を発達させる助けとなり得ると言います。しかし、日本でのテレビ番組の影響は、戦い方や、武器の使い方を学んでしまうということをよく聞きます。多分、そのような番組でも、悲しみとの向き合い方、怒りを感じたときに行動ではなく言葉で表わす方法、友だちと仲良くする方法、感謝の念の表し方、欲求充足の先延ばしの仕方なども教えているはずです。しかし、どうして子どもたちはそれらを学ぶことをしないで、戦いを学んでしまうのでしょう。そして、その影響から、戦いごっこをしてしまうのでしょうか?そこには、一緒に見ている大人の役目が大切な気がします。

どのように戦略を学ぶのかはともかく、4歳か5歳までに、一人で楽しく遊ぶのであれ、マシュマロ実験でより多くのご褒美をもらうために待つのであれ、必要に応じてホットシステムを「冷却」するのが次第に簡単で自動的に行えるようになる手立てを知り、使っている子どもは、幸運だとミシェルは言います。

 

わが子がうまく

 どの国でも親はわが子が大人になったときに、幸せになって欲しいと思っています。その条件として、出世して欲しいとか、いい大学に入って欲しいとか、もしくは、健康になって欲しいと思うのは当然です。そのために、親は子どものために何をしてあげたらいいかを考えます。そのために、しかったり、注意をしたり、叱咤激励をすることがあります。しかし、ミシェルが言うように、将来に対しては「ホット」になる必要があるのですが、そのためには、今を「冷却」しなければ、かえって、逆効果になりかねません。今を「ホット」にするあまりに、将来、子どもを間違った方向に追いやってしまうことにもなりかねません。

 ミシェルは、さまざまな研究と実践から、親は、幼いわが子がうまくやっていかれる条件を整えるためにさまざまな力添えができると言います。たとえば、こんな有力な戦略があると紹介しています。

それは、楽しいけれど難しく、しだいに難易度が上がる課題に一緒に取り組むことだと言います。ピアノを弾く練習をするのでも、積み木やレゴなどで何かを作るのでも、ジャングルジムに登ることでもかまいません。子どもが必要と感じ、望んでいる手助けをしてやりながらも、子どもに自力で取り組ませ、けっして課題を引き受けたり、代わりにやったりしてはならないという点を強調しています。

幼いうちに成功経験を積めば、子どもは成功や力量に関して、楽観的で現実に基づいた身構えを持ったりしやすくなると言うのです。自分の才能、能力、知能、社会的行動は持って生まれた一定不変の特性を反映するものではなく、努力すれば変えるスキルや力量であることを子どもに理解させ、ひいては、一歩ずつ着実な成長を遂げるように手を差し伸べることも可能だと言います。

私たちは、子どもが高い点を取ることを期待して、「頭が良い」子どもだと褒めるのではなく、精一杯の努力をしているという理由で子どもを褒めてやることが必要です。以前、紹介したキャロル・ドゥエックの研究からはっきりしたように、自分の能力や知能は、鍛錬可能なスキルだと考えるように子どもを導けば、子どもは努力して前よりうまくやろうとしていくものです。

これもまた重要なことであると考えるのが、私たちは、子どもが不安になったり、気落ちしたり、逃げ出したりせずに挑戦し続けられるように、ときおり経験する失敗は、人生や学びの一部であることを理解して受け入れるよう導いてやり、そうした挫折を乗り越える建設的な方法を考えるように励ましてあげる必要があります。そして、子どもに、あとからご褒美をあげると約束したときに、欲求充足の先延ばしをいとわないようになって欲しいと思うなら、子どもとの約束を守るように心がけることが大切だと言います。

しかし、「子どもたちのために何をしてやれるでしょうか?」という問いに対する最善の答えが、あなたにはこう育って欲しいという手本を自ら示すことであるのは間違いないとミシェルは言います。親をはじめ、子どもの人生で重要な人物が、どのように自制をしているか、あるいはしていないか、それは、ストレスや欲求不満や情動への対処法、自分が成し遂げたことを評価するときに基準、他人の気持ちに対する共感や感受性、態度や目標や価値観、躾の戦略、規律の欠如といったことすべてが、その子どもに大きな影響を与えるのです。

育児のヒント

 子どもたちが発達させる自制戦略は、その子が生まれたその時から、保育者への愛着を経験する中で方向付けられると言います。わが子が親に対する親密な愛着を持つとともに、柔軟性に富んだ自制スキルも発達させられるような育て方をしたいと思うならば、親は自らの行動を通じて、その可能性を高められると言います。幼いわが子の欲求を敏感に捉え、求められているときに手を差し伸べて力になってやるのと同時に、子どもの自立を促せば、みだりに子どもを支配したり、子どもの欲求よりも自分の欲求を重視したりする親に比べて、うまくいく可能性が高いだろうとミシェルは言います。

 ここに書かれている育児のヒントは、まさに応答性と見守る姿勢を表わしています。「幼いわが子の欲求を敏感に捉え、」は、応答性の関わりの大切さを言い、「求められているときに手を差し伸べて力になってやるのと同時に、子どもの自立を促す」という子どもとの距離感は、まさに見守るスタンスを表わしています。

 子どもの自立心と責任感をともに高めるために、自ら求められる選択肢があること、それぞれの選択肢には結果が伴うこと、それは良い選択には良い結果、悪い選択には悪い結果を、幼いうちに子どもが認識するのを、私たちは手伝ってやれるとミシェルは言います。これは、日本では古くから子どもたちに「因果応報」といった言葉や、「バチが当たる」というような言い方で伝えてきたことと同じです。そのことばは、先を見通す力に通じます。子どもたちには、もう一度、このようなことを教える必要があるかもしれません。

 ジョージ・ラミレスという人がいます。彼は、サウス・ブロンクスで過ごした子ども時代に荒れた環境で暮し、自分を見失って途方に暮れていましたが、その後、イエール大学に入学して優秀な成績を収めています。本人によれば、「人世を救われ」て、新たな道を歩み始めたのは、9歳のときだそうです。その時に、自分の選択とそれにより導かれる結果には因果関係があることを初めて学んだと言っています。KIPPでの初日に、現実に自分には選択肢があること、決めるのは自分であること、その結果に対処するのは自分の責任であることを理解し始めたというのです。

 ジョージの選択がしかるべき結果を招くように手段を講じるのは、教師の責務でした。ジョージが教え込まれたこと、それは、友だちに噛みつくことに関してエリザベスが幼い息子に教えた、「噛みつくような子は、デザートはもらえない」というのと同じ「イフ・ゼン」の教訓にほかならないとミシェルは言います。ジョージは、耳を傾けようとしない3年生は学習できないこと、「人に礼儀正しく接すれば、相手も礼儀正しく接してくれる」ことを教訓として学んだと言えます。

 このことは、やはり私たちも見直す必要がありそうです。かつて、ブログにも書きましたが、最近の人は「自分のことは棚に上げて」人を批判したり、人を評価する人が多い気がしています。また、自分のことは棚に上げて、わが子に要求する保護者が見られることがあります。「人に礼儀正しく接すれば、相手も礼儀正しく接してくれる」ということは、すべてに通じます。相手に要求する前に、我が身を振り返ってみる必要があります。

 人に要求する前に、まず、「我が身を省みる」ことが必要です。

攻撃的な行動のコントロール

ブルームは、息子が、お気に入りのテレビ番組が始まらないので、癇癪を起こしたとき、息子をなだめ、気をそらして、ほかに面白いことを頭の中でやったり、実際にやったりするだけで、そのうち番組が始まるからと諭してみたところ、息子は、お気に入りのおもちゃを手にして、テレビのそばから離れ、番組が始まるまで楽しそうに遊んだそうです。もし、気をそらす戦略がうまくいかないとしたら、幼い子どもたちがいがみ合っているとき、とくに、保育者がそばにいないときだとミシェルは言います。

認定セラピスト兼カウンセラーとして独立開業しているエリザベスという人のことをミシェルは紹介しています。彼女は、認知行動療法に長けており、自制が苦手な子どもやその親たちに向き合う仕事が多いそうです。未就学児が攻撃的な行動をコントロールするのを助けるときに使う戦略の例を挙げてもらうと、3歳児の子に対して、こんな秘訣を教えてくれたそうです。ちょっと長いのですが、私たちにとって参考になるので紹介します。

息子はよく噛みついたものでした。保育園で1日に多ければ3人の子どもに。あの手この手を使いましたが、けっきょく効き目があったのは、シンプルそのものの、「噛みつくような子はデザートはもらえない」というルールでした。ですから私は毎日息子を園に迎えに行くと、噛みついたかどうかを確かめました。もし噛みついていたら、その晩はデザート抜きです。このルールについて息子とは前もって話し合っておき、園に向かう道すがら、もう一度言っておきました。そして、その初日には、息子が聞いている前で、先生たちにそのルールについて伝えてから帰りました。あとで、息子を迎えに行くと、一度噛みついていました。帰り際にです。そこで息子に、「それじゃあ、こんばんはデザートなしね」と言いました。「わかったよ、ママ」。息子はそう答え、私たちはハグしました。家に着いてから、息子に私の手製のデザートを見せてやり、明日噛みつかなければ、夜には食べさせてあげるからね、と念を押しました。息子は納得しました。息子が噛みつくたびに、私と息子はアイディアを出し合って代わりの方法を見つけ、噛みつかずにできることを考えたものです。園に向かいながら練習をしました。息子が噛みつくことなく、別の方法(「口で言ったんだよ、ママ!」)をとったときには、良い方法を選んだねと、毎回褒めてやりました。三日か四日のうちに、息子は噛みつかなくなりました。それ以来、二度と噛みついていません。

エリザベスの例からは、子どもが幼いうちに、自分には選択肢があってそれぞれの選択肢には結果が伴うのだと学ぶのを手助けすることがいかに大事であるかがよくわかるとミシェルは言います。また、ご褒美をうまく利用すれば、適切な選択を促せることも一目瞭然だと言います。何をご褒美にすべきかは、親の価値観と、何がその子に効くかによると言います。たとえば、食べ物をご褒美として使いたくないと考えている親にも、ほかのご褒美や体験が簡単に見つけることができるだろうと言います。

子どもたちの噛みつきの問題は、何も日本だけではないのですね。アメリカでも悩みの種のようです。しかし、この解決法が呈示された例を見ると、日本での事情とずいぶんと違うところがあるようです。まず、保育園側には、その問題に対して、なにも解決努力が見えないところです。保護者と子どもとの関係の中で、それを辞めさせようとしているようです。また、その対応が可能なのは、噛みつく子どもが3歳児であることです。確かに、幼稚園では3歳児が噛みつくことが問題になると聞いたことはありますが、アメリカでは3歳児からの入園が多いのでしょうか。しかし、日本では、保育園での1,2歳児の噛みつきが問題になることが多いのです。そんなときには、どうすればいいのでしょうか?

親の出来ること

ミシェルは、よく学校などでの講演をすることがあるそうですが、その最後には、必ず「自制はあらかじめ完全に組み込まれていることなど、断じてない。」と強調して締めくくると、必ず「子どものために何をしてやれるでしょうか?」という質問をされるそうです。そんなときには、十分に時間があれば彼は、「子どもがおなかにいるあいだと、生まれてからの数年間は、ストレスレベルを低くしておくことが、とくに重要だ。」と説明するそうです。幼いうちに子どもを長期にわたって極端なストレスにさらすと、恐ろしい害をその子に与えかねないことはよく知られていることです。

それに比べると、あまり知られていないようですが、1歳になるまで、たとえば、暴力はふるわれなくても、両親がたえず争っているというような一見すると軽度のストレス要因に慢性的にさらされて暮している子どもたちは、眠っているあいだに怒声が聞こえただけで、脳内でのストレス反応が拡大する場合があるそうです。赤ん坊のストレスレベルを低く保つための第一歩は、子どもが生まれると親のストレスが高まる場合が多いことを自覚して、親が自分自身のストレスを減らすことであるとミシェルは助言します。

衝動や誘惑、拒絶される経験に対するホットシステムの反応を「冷却」してコントロールするときと同じ戦略が、夜中に数時間おきに泣いてむずかる赤ん坊の面倒を見るときにも使えると言います。そんな赤ん坊に対して疲れ切っているときにはなおさらだとミシェルは言います。

保育者は、子どもが生後1年未満の頃から、気をそらす戦略を使って子どもの心を苦悩の感情から遠ざけ、気晴らしになる刺激や活動の方に向けてやることができると言うのです。そのうちに、子どもは自分で注意をコントロールし、自分の気をそらして苦悩を和らげることを学んでいくと言います。これは、実行機能を発達させる基本的な一ステップなのだそうです。

親は、この変化の導き手として力を貸すことができると言うのです。自宅で仕事をする作家の「ブルース」は、多くの時間を割いて4歳の息子の面倒を見ていたそうです。あるとき、息子はお気に入りのテレビ番組を待っていたのですが、見たいと思ったときに始まらないので、癇癪を起こしたそうです。ブルースは、マシュマロ実験の研究について耳にしたことがあり、子どもは自分の気をそらせば、ご馳走を待てるとも聞いていたので、わが子で試してみることにしたそうです。

そこで、息子をなだめ、もっと楽に待てる方法がいろいろとあることを教えたのです。自分で気をそらして、ほかに面白いことを頭の中でやったり、実際にやったりするだけでいい、そのうち番組が始まるからと諭したのです。すると息子は、お気に入りのおもちゃを手にして、テレビのそばから離れ、番組が始まるまで楽しそうに遊んだそうです。ブルースは、息子がこの経験で気をそらす戦略を学習したらしいのを見て、あまりのたやすさに驚き、また喜んだそうです。息子は、その後も自分で気をそらして、ほかの状況でも先延ばしに前より楽に対処し続けたそうです。