脳の可塑性

 ミシェルは、研究成果からこんな結論も導き出しています。「私たちは、自分の社会的な履歴や生物学的な履歴に翻弄される必要はない。自制のスキルは、私たちを自分の持つさまざまな弱点から守ってくれる。その弱点を完全に排除するのは無理だとしても、自制のスキルは私たちが弱点を抱えながらもよりよく機能するための助けとなる。たとえば、拒絶感受性の高い人が自制心も十分に持っていたなら、自分が失うのではないかと恐れている人間関係そのものをもっとうまく守ることができる。」

 自制のスキルは、研究から様々なところで私たちを守ってくれることがわかったようです。生まれつきである弱点をも守ってくれるというのです。それは、「自制には決意以上のものが求められる。意志の力をもっと楽に発達させ、粘り強さ(「根性」と呼ばれることも多い)をそれ自体で報われるものにするためには、戦略と洞察、そして目標と動機づけが必要となる。」

 研究は、研究室だけのものではありません。また、研究者のためのものではありません。実生活の中で、それをどのように活用するか、どのように公共政策に直接関わるのか、そして、最も興味あるところとして、では、日常生活で子どもたちや私たち自身が今ほど苦労せず、より自然に意志の力を発揮できるようになるのかということです。それを、最後にミシェルは説明しています。

 現在、幼稚園教育要領、保育所保育指針の改訂作業が行なわれています。そのヒアリングで、私は、これらの海外における研究結果について、もう少し検討し、反映させていく必要があるのではないかということを述べました。アメリカでは、自制心に関する研究の成果を教育的介入に取り込む方法と、それが公共政策に対して持つ意味合いを考え始めているようです。

 人間の脳の可塑性が科学によって解明されるにつれて、人間の本質についての考え方における静かな変化が、この20年間でじわじわと勢いを増してきているとのミシェルは見ています。意外にも、実行機能を司る前頭前皮質領域には大きな順応性があることがわかったのです。そのメカニズムのおかげで、自分の目標や価値観のために、衝動的でホットな反応を「冷却」して抑えることが可能で、柔軟性に富んだやり方で情動を調整できるのです。

 私たちの人生がどう展開するかにとって、刺激にコントロールされている状況を自制心によって克服する能力にとってはとくに、実行機能が重要であることについては、議論の余地はないとミシェルは言います。ではそれは、公共政策に対してどんな意味合いを持つのだろうかと問いかけています。それは、実行機能のスキルと自制心の潜在力は、本質的にはあらかじめ組み込まれていて、一定不変だと私たちが考えるかどうかにかかっているとミシェルは言います。

 もしあらかじめ組み込まれていて、一定不変なら、介入しても出来ることはほとんどないと考えています。しかし、もし順応性があるのなら、それが公共政策のあり方に及ぼす影響は重大で、人生のなるべく早い時期に、実行機能のスキルの向上を目指す教育的取り組みが求められると言います。この「早い時期」が、「Early Childhood」であると思うのです。

脳の可塑性” への15件のコメント

  1. ECと略称される「Early Childhood」、この時期に展開されるEducation and Careの意味することは詰まる所「人生のなるべく早い時期に、実行機能のスキルの向上を目指す教育的取り組み」ということになるのでしょう。世界の幼児教育の流れが「文字数」にシフトしている今日この頃、人類の生存を考えると、プライオリティを「文字数」において良いのか、と単純に疑問視してしまいます。人間が社会的存在だとアリストテレスだか誰だか言っていると聞いたことがありますが、二千年経った今日なお「社会的存在」としての私たちの存在はこれっぽっちも疑う余地がないのと思うのです。つまり、社会性を育む、乳幼児環境を、私たちは、意図的に、創造していかなければならないと思うのです。「脳の可塑性」とは、「発達段階の神経系が環境に応じて最適の処理システムを作り上げるために、よく使われるニューロンの回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げるという現象」とある方は定義しています。「環境に応じて最適の処理システム」という部分が重要です。そして、この可塑性こそはニューロンの処理効率の高さということで脳にやさしい、自分の生にやさしい、ひいては人類の生存に繋がる、ことになるはずです。

  2.  自制するための自制に意味はありません。我慢するための我慢ならただの我慢大会です。自制のスキルを獲得するために自制させるのは味気ないどころか自制することを避ける様になってしまいます。では乳幼児期に最適な自制を促す状況とはどんな状況でしょうか。それは子ども同士の関わりの中で生じる葛藤です。思い通りにいかないことが自制を育んでくれるのではないでしょうか。お互いの思いがすれ違ったり衝突したりする中で、怒ったり泣いたりするだけでは仕方ないことを悟るのです。

  3. 人間の脳の可塑性が科学によって解明されるにつれて、意外にも、実行機能を司る前頭前皮質領域には大きな順応性があることがわかったのですね。そしてこれがホットからクールへと冷却する能力の背景にあるのですね。「脳は粘土のようなものだ」と大学生のときの授業で習ったことを思い出しました。内容は介護に関することだったので、今まですっかり忘れていましたが、そのときの内容と今回の内容が可塑性という言葉から私の中で繋がりました。
    「人生のなるべく早い時期に、実行機能のスキルの向上を目指す教育的取り組みが求められる」とありました。保育園という場は、「Early Childhood」の時期も含まれますし、それに向けた取り組み、土台作りを乳幼児期に行えることから、実行機能のスキルの向上を目指す教育的取り組み場として最も適しているように感じました。子どもたちが自ら考え、自ら選択し、内発的動機付きを経て行動に移していく、目標を設定していけるような環境や関わりの大切さを改めて感じることができました。

  4. 「自制のスキルは、研究から様々なところで私たちを守ってくれることがわかったようです」とありました。自分を守るというとついつい嫌なことからは逃げるということを考えてしまいがちです。状況によっては逃げたり、その場から離れた方がいいということもあると思うのですが、私を含め、現代の若い人と呼ばれる人たちは自分が嫌なことはしない、我慢しないということが強いのかもしれません。少し我慢してやってみればまた違った世界が見えてくるかもしれないというのは、自制のスキルが私たちを守ってくれるという結果にも繋がっているのかなと感じました。しかし、「それ自体で報われるものにするためには、戦略と洞察、そして目標と動機づけが必要となる」とあるように、ただ我慢する、自制するということでは意味がないのですね。ある目標のために自制するという動機づけ、このことがとても重要になってきますね。

  5. 人間が生きていれば、どうしても壁や障害にぶつかることがありますね。その壁や障害を打ち破ることができればそれが一番ベストだと思いますが、その時にどのような方法で乗り切るかは、その人や状況で変わってくると思います。そんな時に助けてくれる自己機能として「自制」があるということが〝自制のスキルは、研究から様々なところで私たちを守ってくれることがわかった〟というところから伝わりました。
    そして、さらにただ我慢や自制すればいいのではなく〝戦略と洞察、そして目標と動機づけが必要〟ということで見通しを持つ、あるいは持たせることが大切なことになってくるんですね。

  6. 本文を読んで、自制によって生きやすく生き抜く力となる印象を受けました。「衝動的でホットな反応」を見せる前に、自分の自制が働いて「冷却」してくれることで、人間関係を複雑にすることもなくなり、自分の感情や行動を自らでコントロールする時間と猶予を作り出すことができます。また、その自制には、「戦略と洞察、そして目標と動機づけが必要」ともありました。一方的な自制の押しつけではなく、対象となる人が戦略と洞察をしたくなる、目標に対しての動機付けを自分で構築する環境を用意することが重要であると感じました。そして、「脳の可塑性」という言葉がありました。形が作られたら変形することができない紙粘土ではなく、その後もある条件によって変えられる油粘度を想像しました。変えられる幅は変わってしまうようですが、なるべく「早い時期」というのは“気づいた時”ではなく、“研究によって明らかになった時”であるのだなと感じました。

  7. 脳も変化しうるという可塑性が科学的にも解明されてきているのであれば、それと同じように自制心も不変的ではなく、順応性があると思いたいところです。人はこの順応性があるからこそ、様々な困難や環境の変化においても対応してこれたのではないでしょうか。人は本質的には柔軟であり、それによって様々な可能性を秘めているはずです。その可能性を引き出し、伸ばすしていくのに重要なのが「Early Childhood」の時期だと私は受け止めています。こういった時期の子どもに関わるものとして、実行機能のスキルの向上を目指す教育的取り組みというものをしっかりと理解し、深めていきたいと思います。

  8. 脳の可塑性という言葉の意味から、私たち、日本の保育者が世界水準、スタンダードに達してなく、遅れていることを考えらます。文中にあるようなアメリカでは、自制心に関することが教育という分野に取り入れられようとしている、日本はなぜ、取り入れないのかと考えると、なかなか現代まで続いた保育観というものが抜けず、形をかえることができないくらいに形をかえたまま、戻らないような状態ではないかと思います。不易流行のように変わらぬまま残す部分と時代に合った進化というものは、必要なものだと思いました。人のもつ自制心がなぜ必要なのかと考えると、私たちの生活する上で、必要不可欠なスキルであり、ホットシステムが機能し始めると脳からの伝達があり、抑制しようとするクールシステムが機能し始める、こういったスキルがあることが社会姓を育て、自己欲求を抑制できる、クールダウンできると考えことができます。一つ前のブログに合ったように生まれつき意志の力があるという特性をもっているヒトもいるが、それを持っていなくとも自分なりの自制心を身につけるようとすることで、うまく意志の力を補うような力をもつ、それは、特に乳幼児期からそのような姿があることを私たちは理解した上で、保育へ望まなければなりませんね。”「早い時期」が、「Early Childhood」”とあり、このような力を身につけるために乳幼児期を重要視しないとならないですね。早い時期を早期教育といった知識的なもので埋めてしまわないためにも、しっかりとした基盤を作っておくことが大切だと思いました。

  9. 自制があるおかげで私たちは弱いところから守られているのですね。「自制には決意以上のものが求められる。意志の力をもっと楽に発達させ、粘り強さ(「根性」と呼ばれることも多い)をそれ自体で報われるものにするためには、戦略と洞察、そして目標と動機づけが必要となる。」とあります。その中でも目標と動機付けというのが気になりますね。やはり、人間目標がなければなんとなくで過ぎていってしまうのでしょうか。ただ我慢するのではなくそこに目標と動機があることでより自制が働くのでしょうね。そうすることで弱い部分も補っていけるこということでしょうか。

  10.  〝現在、幼稚園教育要領、保育所保育指針の改訂作業が行なわれています。そのヒアリングで、私は、これらの海外における研究結果について、もう少し検討し、反映させていく必要があるのではないかということを述べました。〟藤森先生のブログを読み、こうして学んでいると、海外のこうした研究というものがどれだけ日常の保育に恩恵を与えているか測り知れないものがある、と感じます。職員の日常会話の中にマシュマロテストのことや、自制心のことが当たり前のように出てきます。そして、自分達の保育の中で、生活、日常のどこでどう自制心が育まれているのかという視点で見学者と話をしたり、ともし自分達が最先端の研究を知らずにいれば、その中身は全く違うものになるだろう、と思います。
     情報は知らない人の為にある、と言いますが藤森先生の水準に少しでも保育の業界が近づいていけば、また違った未来が創造出来るはずです。
     

  11. 自制スキルは私たちを守ってくれるということですが、ブログに書いてある弱点を守ってくれるというのは、やはり自分の苦手なこと、嫌なことというのはなるだけ避けたいはずです。しかし時にはちゃんと向き合う必要があります。そんな時に、自分がなぜ苦手なのか?嫌なのか?と冷静に考えたり、洞察したりなど、考え方を楽にしてくれるのでしょう。粘り強さ(根性)と聞くとやはりスポーツを連想してしまいますが、今思うと、当時はとにかく反復練習の積み重ねで、違った意味での根性でした、もう少し自制スキルを用いて冷静に競技に対して考えることができれば、成績も残せたのかな?と思います(笑)
    幼稚園教育要領、保育所保育指針の改訂作業が行われているとのことですが、科学的に保育が証明されてきているのだから、藤森先生が海外の研究結果をもっと反映させていく必要があると言われましたが、本当にその通りですね。科学技術などに関して言えば日本は世界のトップクラスだと思いますが、教育に関して言えば、この時点で日本が海外から遅れていると実感します。「早い時期」という言葉も早期教育として捉え、認知的なことを教えたり、発達に見合ってない運動をさせたり、そのへんで世界とのズレを感じます。

  12. 日本における自制心を「我慢」と捉えている人が多いように思えます。軍隊のように我慢ができる子が、どんな場面においても我慢ができるようになると思われがちですが、むしろその逆の反応を起こしてしまいますよね。我慢する動機はまったくなく、ただひたすら耐える。それが日本の躾と捉え、そんなストレスフルの環境で育った子が、本来の自制を身につけられるとは思えません。以前、藤森先生の躾の話で、「しつけ糸の意味もある」とありましたが、現在の日本における躾は、親の手を離れ、しつけ糸がほどかれた時に、綺麗な状態を保っていられるようには思えません。

  13. 自制スキルが私たちの弱点を守ってくれるのですね。弱点とは自分の苦手なことや、避けたいことのように思います。少しスポーツのことを考えてしまいますが、辛い練習をただひたすら全力でやる。苦手なことは克服できるようにさらに練習するなど、自制スキルを使えていなかったように感じます。
    自制スキルを使えたなら、違う方法が見えたりもっと効率良く練習できるのではないかと感じました。

  14. 自制心は人間が社会の中で生きていくからこそ必要とされる能力なのでしょうね。複雑な社会をつくるためにはそれだけコミュニケーション能力においても、多様性や柔軟性、順応性が求められます。「生きる力」のうちの大切な一つなのだと思います。また、「これらの海外における研究結果についても、もう少し検討し、反映させていく必要があるのではないか」とあるように、今回の研究を受けて、また一つ保育の中で考えていかなければならない一つの能力が科学的に、そして、具体的にはっきりと見えてきました。今の日本の指針や要領はとても抽象的なのかもしれません。捉え方はいかようにもできる。確かにこういった研究の内容を広く知っていくことは子どもを見守る大人としてとても重要な視点の一つになると思います。そして、目指す子どもたちの生きる力の目線にも大きくつながります。今一度、こういった研究を踏まえ、保育所保育指針や幼稚園教育要領を考えていくことはとても重要な時期にあるように思います。

  15. 「自制のスキルは、私たちを自分の持つさまざまな弱点から守ってくれる」というのはよくわかる気がします。お酒を飲むと羽目を外しすぎてしまう人は、飲まないように。発言する時に熱くなりすぎてしまう人は、熱くならないように。というように、自分の弱点を理解し、自制をする。そんな場面が生活の中によくありますね。こうした自制を実行する機能の実行機能のスキルをなるべく早い時期に学び、その向上を目指す教育的取り組みをしっかりと考えていきたいと思います。

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