鎮痛薬

 イーサン・クロスとその研究仲間では、2011年の情動の抑制に関する実験で、心が傷ついたマリアの経験した種類の痛みは、ただのメタファーなのか、それとも、生物学的な現実を捉えているのか?という疑問がわいてきたそうです。彼らは、望んでいない別れを経験したばかりの人が、元のパートナーの写真を見て、相手の拒絶について考えているときに、fMRIで脳をスキャンしてみたそうです。別の条件では、同じ人たちが前腕に熱の刺激を受けて、強烈な身体的痛みを経験してみました。身体的苦痛を受けているあいだ、二つの脳領域が活性化したそうです。そして、参加者が自分の拒絶されるところを考えたり、自分の心を傷つけた人の写真を見たりしたときにも、同じ脳領域が活性化したのです。

 拒絶される体験を私たちが身体的な苦痛のように語るとき、それはただのメタファーではなかったことがわかったのです。傷ついた心や情動的な苦痛は、本当に身体的なかたちで痛いようです。

 脳の中で情動的な苦痛と身体的な苦痛の経験や処理に重複があるとなると、多くの疑問がわいてきます。からかい半分によく訊かれるそうですが、胸が張り裂けるような悲しみをはじめ、拒絶や排除の数知れない形態に対処するのに、痛み止めの服用が役立つかというものです。この質問は面白いですね。彼らも、最後に冗談のつもりでこの質問をする人がいるそうです。その質問に対して、答えは、「断固たるイエス!」だそうです。医師の決まり文句ではありませんが、「アスピリンを二錠呑んで、朝になったら電話してください」というのは、胸が張り裂けるような悲しみを味わったばかりの友人から、深夜に寄せられた訴えに対しては、一見つれない回答のように思えますが、実は、研究にしっかり根ざしたものではあるのだというのです。

 カリフォルニア大学ロサンジェルス校のナオミ・アイゼンバーガーと同僚たちは、ボランティアに、処方箋のいらない市販の鎮痛薬や、偽薬のどちらかを与え、三週間にわたって毎日服用してもらってみたそうです。ボランティアたちは、その三週間、日常生活で対人関係において拒絶された経験が引き起こす痛みのレベルを観察してみたそうです。ただし、自分が鎮痛薬と偽薬のどちらを服用しているかは知らせませんでした。鎮痛薬を服用していた人たちの報告では、日々の傷ついた気持ちが、平均すると9日目から、実験最終日の21日目まで、大幅に減ったのです。偽薬を服用していた人々には変化はなかったそうです。

別のボランティアたちも、やはり鎮痛薬か偽薬か知らずにどちらかを服用し、それから対人関係での拒絶を経験しているところをfMRIでスキャンしてみたそうです。彼らは、脳をスキャンされながら、サイバーボールという仮想現実のキャッチボールをし、やがてそのゲームで仲間はずれにされます。7回ボールを投げてもらった後、ほかの二人の参加者が45回、互いに投げ合うばかりで、ボランティアには投げてくれなくなります。この対人関係での拒絶に対して、3週間にわたって鎮痛薬を服用してきた人は、痛みの脳領域での神経活動が大幅に少なかったそうです。

では、客観的に自分が見れず、市販の痛み止めも効果がないときには、もう、心の傷を癒すすべはないのでしょうか?