幼い頃の体験

成功するだろう、あるいは、失敗するだろうという一般的な見通しは、私たちが新しい課題にどう取り組むかに、重大な影響を与えます。一方、具体的な見通しは、自分が本当に成功できるのがわかったときには、変わることができます。これが意味するところは明白で、一般に楽観主義者は悲観主義者よりもうまくやっていますが、悲観主義者でさえ、成功できるとわかったときには、期待を高めるようです。

これらの考察からいろいろなことがわかりました。幼い頃に成功体験や自己効力感を自覚する体験をした人は、その後、根気よく目標を追求し、成功に対する楽観主義的な見通しを育み、成長の過程で避けられない挫折や失敗や誘惑に対処する意欲や能力が高まることがわかったのです。このような研究結果を見て、私たちが配慮しなければならないのは、私たち幼児教育に携わっている人は、幼い頃の体験を意図しているわけですから、子どもたちには、成功体験や自己効力感を自覚する体験を意図することが大切であるということがわかります。

ミシェルは、未就学児の時にマシュマロ2個を手に入れるために待てる秒数と、その後の人生に見られる多種多様なポジティブな結果には、関係があると言うのですが、「自分には物事をコントロールする力がある」「自分が主体である」という、次第に深まる感覚や、楽観的な見通しは、彼の主張を裏付けることになっています。肝心なリンクとなると言うのです。そして、子どもたちは、対人関係を築くのを危うくしかねない衝動的な反応を抑制する能力があれば、自分のことを尊敬し、自分の価値を認めてくれる人々と、互いに支え合う、思いやりに満ちた友情を育てることができると言うのです。

自分の子どもたちに望むような、そしてまた、子どもたちの中に育むべきである、成長の好循環とは正反対なのは、一貫して基本的な自制のスキルを欠き、何もかもが手に負えないように感じ、自分の能力を悲観し、自尊心を維持するのに苦労している子どもたちが直面する悪循環です。適切な自制のスキルや、楽観的な見通し、成功体験、他人による助けや支援がないと、子どもたちは、主にホットシステムにコントロールされたままになり、効力を得ようとすると言います。ごく幼いときの努力が、実を結ばない可能性が高く、選択肢が狭められるにつれ、希望よりも絶望の感覚や態度を発達させがちになりかねないのだとミシェルは考えています。

以前のブログで取り上げたありとキリギリスの寓話の中の「あり」は、将来に備えるために何をするかを寓話の中では分かっているように描かれますが、実際は、本能的に知っていて、夏がやってくると、冬に必要になる食べ物を巣へ運ぶのです。しかし、ミシェルは、私たちには「あり」の本能はありませんし、進化はまだ私たちの脳を、遠い将来に具体的に対処するために適応させていないと言います。

ミシェルは、こんなことを言っています。私たちはぞっとするような出来事が差し迫っていれば、すぐに心配になるのに、将来については、ホットなかたちで鮮明に思い浮かべることはめったにありません。バラ色のめがねと、気分を良くさせる心理的な免疫系のおかげで、私たちの大半は、将来への不安に悩まされ続けずに済みます。癌や貧窮、孤独な老年期、不健康といった恐ろしい見通しのことばかり考えるのが避けられ、現にそうした不安が生々しいものになることがあれば、たいていの人はすぐに自ら気をそらすと言うのです。