実現へ

 ミシェルは、何度も生まれつきか、その後の環境の影響かという点について説明しています。「性格や人格、態度、さらには政治信条をも含め、人間の気質と行動パターンは、遺伝子の複雑な影響を反映しており、人の生涯を通して、遺伝子の発現は環境の多数の決定要因によって決まる。気質は遺伝子の影響と環境の影響が途方もなく複雑なかたちで相互作用して生み出されるということであれば、今はもう、生まれか育ちかという疑問を乗り越えてしかるべき時なのだ。」とまとめています。

 さらに、カリフォルニア大学のダニエラ・コーファーとダーリーン・フランシスが、2011年に、こう結論しました。生まれと育ちの関係に関する最先端の研究成果は、「遺伝子と環境の関係についての暗黙の仮定を覆しつつある。……環境は、以前私たちが遺伝子にしか可能と思っていなかったほどの影響力を揮いうるし……ゲノムは、以前私たちが環境にしか可能と思っていなかったほどの順応性を持ちうる。」

 これらの最近の研究を踏まえると、ミシェルはブラウン氏が息子のジョーについて「馬鹿」か「怠け者」かという問いに対して、半世紀後に答えるとすれば、こう答えるであろうと言います。「ほとんどの傾向は、ある程度まであらかじめ組み込まれているが、柔軟性も持っているので、可塑性があり、変化する潜在能力も備えている。」と言うべきであろうとしています。しかし、その変化を可能にする条件とメカニズムを突き止めるのは容易ではないのです。ですから、ブラウン氏は、この答えには満足しないであろうと言っています。彼のホットシステムは、「馬鹿」か「怠け者」という、一語の答えをただちに聞きたがっているからだとミシェルは言います。生まれと育ちについて知れば知るほど、両者が分け隔てようもなく、互いを形作りあっていることが、なおさらはっきりとしてくると言うのです。

 ウォルター・ミシェルは、昨年の5月に日本で「マシュマロ・テスト  成功する子・しない子」という本を出しました。その第1部では、「先延ばしにする能力自制を可能にする」ということで、未就学児が、どうやって欲求充足を先延ばしにしてのけるかや、自制を可能にするスキルはどうすれば高めたり、延ばしたり出来るかを考察してきました。

 考察の中で、自制の苦労を減らすものの多くはあらかじめ私たちに組み込まれているとはいえ、学習で身につけられることも多いということがわかりました。大きな報酬を得るために、未就学児が待つことを可能にする認知的スキルや情動的スキルは、本人が望む充実した順調な人生を築く可能性を増やせるような、心理的資源を開発したり、態度や対人関係を育んだりする道をつけてあげることが必要なのです。

 ミシェルは、次の課題として、では、それがどんな風に実現するのか、欲求充足を先延ばしにする能力があれば、人は個人的な弱点をより効果的にコントロールしたり、調整したり、ホットな衝動的反応を「冷却」したり、成り行きを予想して考慮に入れたりしやすくなり、その結果、自己を守れることを説明しようとしています。さらに、就学前から残りの人生へという旅路も検討し、その根底にあるもの、すなわち、保育園時代にマシュマロ2個を手に入れるために、子どもたちが待った秒数と、中年期にどんな生活を送っているかとのつながりを分析してみたのです。もし、そのようなつながりが理解できれば、それに基づいて、わが子や自分自身をどうすればもっとうまく助けられるかを学べるのではないかと考えたのです。