遺伝子の発現

 マウスを使って、生まれと育ちの役割について、こんな実験があります。ラットの母親が、ごく幼い子どもに与える刺激が、子どもの成長ぶりを変えるかどうかを調べたものです。ラットのメスは、子どもを産むと、なめたり毛づくろいをしたりしてやりますが、どれだけそれをしてあげるかは、個体ごとに定まっているそうです。他とは大きく異なる傾向があります。ほかの母ラットよりもはるかに頻繁になめたり毛づくろいをするメスがいます。ほかの母親よりもはるかに多くの刺激や愛情を赤ん坊に与える人間の母親がいるのと、ちょうど同じです。この実験からは、運良くこのような母親を持った子ラットは、大きな恩恵を受けることがわかったのです。彼らは、そうでない母親を持った子ラットよりも、認知的課題の成績が良く、強烈なストレスに対する生理的興奮反応が、少なかったのです。

 ニュージーランドの心理学者にジェームズ・R・フリンという人がいます。彼は、アメリカやイギリスなどの先進国全体で、齧歯類ではなく、私たちの種のIQが全般的に上がる傾向にあることを発見しました。世代が進むごとに、IQが大幅に上がっていたのです。問題解決を必要とし、言葉の知識やシンボルに頼らない知能の測定値は、各世代間で平均15ポイントほど上がっているのがわかったのです。その中で、確かなことは、これらの研究が対象としている60年間の変化は、間違っても進化のせいではなく、人々の遺伝的変化に帰することは出来ないと言います。これは、知能のような特徴に対する環境の影響力を裏付けているので、希望がわいてくるとミシェルは言います。たとえ、知能のような特性は遺伝で決まる部分が多いにしても、相当の順応性を持っているということになるのです。ジェームズ・ワトソンは、持って生まれた傾向で、すべてがあらかじめ決まっているわけではない」と結論づけています。

 人間の遺伝子と環境が相互作用するという揺るがし難い証拠は、ニュージーランドで1972年に生まれた1000人あまりの子どもを30年以上にわたって追跡した研究から得られたのです。この研究では、20年を超える年月を経験した、ストレスに満ちた人生の出来事の数が、鬱になる長期的な危険性に影響を与えたかどうかを検証したのです。同時に、脳内のセロトニンの量を変える遺伝子の変異について、実験参加を調べたそうです。すると、やはり遺伝と環境の相互作用が重要で、危険な結果あるいは回復力につながる遺伝子の潜在的な力が発動されるかどうかは、その相互作用で決まることがわかったそうです。遺伝的な脆弱性を持ち、なおかつストレスに満ちた経験により多くさらされた場合に、より頻繁に鬱の症状が見られたのです。

 遺伝子は、私たちがどう環境に対処するかに影響を及ぼします。影響は、どの遺伝形質が発現し、どれが無視されるかを左右します。私たちが自分の目標のために何をするかや、どれだけうまく注意をコントロールするかは、私たちが生み出すのに一役買っている環境の一部となり、それが今度は、私たちに影響を与えます。このような相互の影響によって、私たちがどんな人間になるかが決まり、心身の健康から人生の質と長さまでが定まると言われています。

 これは、私は、集団の作用に似たものを感じます。個が集団の一部であり、そして、その集団がまた個に影響を及ぼすのです。それは、個は、生まれつきであるものが基本であり、それが、集団という環境の中で影響を受け、その影響からまた形作られた個が、集団を作っていくのです。