マウスの実験

 家庭では長年、避けられ、駆除されてきた齧歯類は、生まれと育ちの役割に関する実験の対象として人気があるそうです。なぜなら、マウスのゲノムは、驚くほど私たちのゲノムに近いからだそうです。ゲノムとは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のことです。ですから、ゲノムと言えば、DNAすべての遺伝情報で、遺伝子とは、DNAの特定の部分です。そのゲノムが、マウスと人間が驚くほど近いというのは不思議な気がします。それは、マウスに限らず、他の齧歯類にも言えることのようです。

 そこで、マウスや他の齧歯類の行動を調べれば、人間を使って試せない、人間の行動についての疑問に答えることが出来るというのです。トーマス・インセルとダーリーン・フランシスの率いるエモリー大学の研究チームが、新しい物が好きで、好奇心を持ちすぐに探索しようとするマウス(BALB)と、臆病なマウス(B6)の二つの系統を使ってそれぞれの行動を観察しました。BALBマウスは、遺伝的に内気になるように交配されており、臆病な行動をとり、ケージの隅に隠れます。それとは大違いなのが、新奇なものを探し求め、比較的大胆になるように遺伝的に交配されているB6マウスです。

 この研究チームは、遺伝的に大胆で、新奇なものを探し求めるマウスが、内気で臆病な母親のいる環境に置かれたときに、どう行動するかをテストしました。すると、臆病な母親のもとで育った遺伝的に大胆なマウスは、遺伝的に内気なマウスに似てきたそうです。ここから、二つの明確な結論が浮かび上がってきました。まず、遺伝的な資質は、行動の重要な決定要素であることだとうことです。しかし、それに劣らず重要なのが、幼い頃の、母親に関連した環境でした。その環境は、遺伝子がどう機能するかに強力な影響を持っているのです。

 また、1958年には、カナディアン・ジャーナル・オブ・サイコロジーという雑誌に発表された実験では、研究者たちは、「迷路が苦手」か「迷路が得意」のどちらかになるように選択的に交配したラットを使って実験をしました。複数世代にわたってこの選択的交配を行なった結果、誕生したラットは迷路を抜けることに関して、得意か苦手のどちらかの性質を見せるようになりました。研究者たちは、このラットを多くの感覚刺激に満ちた、とても活気のある環境か、感覚刺激が事実上まったくない、刺激に乏しく、無味乾燥な環境のどちらかに置いてみました。

 刺激の多い環境に置かれた、迷路の苦手なラットは、大幅に能力が上がったのに対して、感覚刺激に乏しい環境に置かれた、迷路の得意なラットは、成績が大幅に落ちたのです。遺伝的に可能な限り迷路が得意、あるいは、苦手なラットを創り出すために、選択的な交配をすることで生み出された認知的能力の発現を、環境が劇的に変えたのです。これは、遺伝子の振る舞いは、遺伝子が機能している環境に依存していることを立証した最初の実験の一つだと言われているそうです。

 このことが、実際に人間にも言えるかどうかは、微妙なところですが、母親その他の保育者がどれだけ子どもを養育するかには、大きな違いがありますが、人間を対象に実験を行なって、こうした影響を操作したり、対照条件を設定したりするわけにはいかないのです。これは、以前、ブログでも紹介しましたが、こんな実験も、ミシェルは紹介しています。