DNA図書館

ここ数年、いろいろなところでDNAという言葉を聞くようになりました。DNAとは、生命に必要なものやことを細胞が作ったり、やったりするのを可能にする指示を与える生物学的な暗号であると考えられています。すると、人間の体内では、数十兆個ある細胞のそれぞれが、完全にそろった同一のDNAの配列を核の中に持っているというのです。これは、多いように思えますが、実はまだ氷山の一角にしかすぎないとミシェルは言います。なぜなら、本当の柔軟性と複雑性は、DNAがどう組織され、使われるかにあるからなのです。DNAの暗号の「文字」は、独特で多様なかたちで組み合わせてさまざまな「単語」を作ることができるのです。さらに、重要なのが、いつ、どこで、どのように「単語」がまとめられるのかを含め、組織化にはとても複雑なレベルまであり、そのおかげで、私たち一人一人を唯一無二の存在にする個人差の厖大なレパートリーが実現可能になるのです。これは、どのような仕組みになっているのかをミシェルは簡単にたとえを挙げて説明しています。

およそ2万の遺伝子が、「収まって」いる人間の体のたとえとして、何千冊者本が収まった図書館に入っている全情報について考えてみたらどうかと言います。このDNA図書館のそれぞれの本の中では、単語が並んで文を作っています。このDNAの文が遺伝子です。文はさらにまとまって段落や章を構成しています。これは、一緒に機能する、高度に連繁した遺伝子群に相当し、それがさらにまとまって本になり、それがまたまとまって図書館のセクションとなります。それが、人間の体で言うところの、組織や臓器などです。

次に、最も肝心な点があります。図書館を訪れて本を読む人の全体的な「経験」は、館内の本の単純な合計ではないのです。読む人の経験は、その人がいつ図書館を訪れ、誰がそれに加わり、その人がどのセクションに行き、そのときたまたま図書館のどの部分が公開、あるいは、閉鎖されており、そのひとが棚からどの本を抜き取るかにかかっているのです。つまり、何が読まれるかは、それは、どの遺伝子が発現されるかしないかということですが、生物学的な影響と環境の影響とのあいだの、とてつもなく複雑な相互作用次第なのです。その可能性には際限がなく、環境の役割が欠かせません。私たちの遺伝的構造、つまり、図書館は、環境に反応するための、目が回るほど鋭敏なシステムを提供してくれるというのです。

ここで、難問は、環境に対するこの反応性を可能にするDNAの物理的属性を解明することだとミシェルは言います。じつは、DNAの比較的少ない部分が、文にまとめられた単語すなわち遺伝子を、コード化していることがわかったのです。こうした文のあいだに収まっているDNAの大半は、機能が謎の、何もコード化しない「がらくた」だと、長く思われていたものなのです。ところが、最近の研究で、高度化をしないこれらのDNAの長い連なりは、ジャンクにはほど遠いことがわかってきたというのです。それらは、私たちの遺伝子がどう発現するかを決定する上で最も重要なのだとミシェルは言います。

「ジャンク」は、環境から届く手がかりに反応して、どんな文が作られるかを決めます。大切な調整スイッチで満ちています。環境が遺伝子発現にどう影響するかという研究分野の先導者と言われているフランシス・シャンペーンは、こうした発見を踏まえ、「生まれと育ちは、どちらがより重要かという議論はやめにして、代わりに、遺伝子は実際に何をするのか、そして、環境はなにをして遺伝子のすることを変えているのかを問うべき時が来た。」と確信しているのです。