双子研究

 ミシェルは、情動的特徴は、どこまで遺伝的なものなのだろうかという問いを発する人のほとんどは、少しばかり考えれば、その答えが遺伝と環境の両方の組み合わせに違いないことを悟るはずだと言います。長年、一卵性双生児の双子の研究で、同じ過程で一緒に育てられた子たちと、別の家庭で別れて育てられた子たちの比較が行なわれてきました。この比較は、行動面での気質と心理的な特徴への生まれと育ちの影響の違いを特定するためのものでした。詳細については、今もなお議論が絶えないそうですが、双子研究から得られる妥当な見積もりによると、何であれ私たちが発達させるものの三分の一から半分は、遺伝的変異に帰せられると言います。知能の場合、一卵性双生児に関しては、類似性の推定値がさらに高い場合もあるそうです。

 とはいえ、一緒に育てられた一卵性双生児でさえ、一方が統合失調症や重い難病、そのほかの精神疾患や身体疾患にかかるのに、もう一方が健康な人生を送ることも十分にあり得る点は、特筆に値するとミシェルは言います。また、一方が、強い自制心のお手本となり、もう一方が衝動の権化となることもありうるといいます。

 研究者たちは、双子研究を使って、生まれと育ちが分離できるかのように、それぞれの別個の貢献度を割り出そうとしてきました。彼らの先駆的研究には、感謝すべきであろうとミシェルは言います。なぜならば、そのおかげで、私たちは生物学的作用に基づく生き物で、あらかじめ多くのものが組み込まれており、育ちに劣らず生まれも重要であることが明らかになったからです。しかし、遺伝についての研究が深まるにつれ、生まれと育ちとを簡単に分離できないことがわかってきました。特徴や人格、態度、政治信条など、人間の気質や行動のパターンは、一生にわたって、環境要因によって発現の仕方が決まる遺伝子の複雑な作用を反映しているのです。

 私たちが何者で、何者になるかは、途方もなく複雑なプロセスの中で遺伝子の影響と環境の影響の両方が行なう相互作用の表れなのだとミシェルは言います。その時に、彼は、もう「どれだけ?」というような問いはいい加減やめた方がいいと言います。なぜなら、単純に答えられないのだからです。カナダの心理学者ドナルド・ヘップがとうの昔に、「長方形の大きさを決めているのは、縦の辺の長さと横の辺の長さのどちらなのか?」と問うているのと同じようなものだというのです。

私たちが何者かは、環境と遺伝子が緊密に絡み合って織りなすダンスから現われ出てくるのであり、それを避けようもない結論なのです。しかし、暗号を解読することから、ヒトゲノム全体の配列を決定して、多くの調節要素をマッピングすることまで、DNAの謎の解明によって、「育ち」が「生まれ」と相互作用して、私たちが何者かを決める分子的基盤が提供され始めたのです。

 DNAは、生命に必要なものやことを細胞が作ったり、やったりするのを可能にする指示を与える生物学的な暗号であると考えます。すると、人間の体内では、数十兆個ある細胞のそれぞれが、完全にそろった同一のDNAの配列を核の中に持っているというのです。それは、約1.5ギガバイトの遺伝子情報で、CD-ROM二枚を埋める量ですが、DNA配列そのものは、よく尖らせた鉛筆の先に載りきると言うのです。