気質の違い

 赤ん坊は、情動的な反応性や活動レベル、注意をコントロールしたり調整したりする能力などに生理的な違いを持って誕生します。こうした違いは、あらかじめ組み込まれているものに端を発すると考えられていますが、赤ん坊は、生まれるまでには、子宮の環境ですでに何ヶ月にもわたって形作られてきています。その違いが、赤ん坊が何を感じ、考え、するかや、どんな人間になるかに重大な影響を与え、どれほど簡単に自制心を発揮したり、欲求充足を先延ばしにしたりするかも左右します。最近、私が考えることは、この子宮内での影響は、誕生前なので、生まれつきと言うのか、後天的と言うべきなのかです。それは、京大の明和教授の話の中で、早産児における保育器内での環境は、子宮内で育つところ、単に体外に出てから育つ要素も大きいので、子宮内での影響は後天的である考え方であるということでした。

 ミシェルは、新米の親たちは、赤ん坊の気質のせいで、どれだけ生活が変わったかを、熱心に、そしてしばしば疲れ果てて語り合うという経験をすると言います。情動面では、ほとんどの赤ん坊が、あらゆるものの取り合わせであることは、よく知られています。極端なケースでは、最初からとても活発で、盛んにほほえんだり笑ったりし、強烈な喜びを示す赤ん坊がいます。逆に、ひどく情動的で、すぐに興奮し、ネガティブな感情を抱きがちな赤ん坊もいて、彼らは頻繁に苦悩し、いらだち、腹を立てます。欲求不満の時は、なおさらです。しかも、詩の欲求不満なときは、四六時中のように思えるほどです。

 愛想の良さにも違いがあります。見知らぬ人に接したとき、あるいは新しいおもちゃを目にしたときにさえ、恐れをなす子もいますが、何とでも誰とでも進んで触れ合う赤ん坊もいます。めったに恐れは感じないものの、感じたときにはひどく怖がり、慰めるのも難しい子もいれば、しばしば軽い恐れを抱くものの、心底怖がることは稀な子もいます。これは、園では、よく実感します。それは、兄弟によっても違いますので、育てられた環境ではなく、生まれつき違いということを納得してしまいます。

 さらに、ミシェルはこんな子の例も出しています。赤ん坊は、反応の勢いや強烈さ、テンポやスピードもさまざまで、たっぷり眠る、そして周りの人にもたっぷり眠らせてくれる子から、昼夜を問わず、せわしく動き回って触れ合いを求める子までいます。こうした気質の違いは、赤ん坊がどれだけ活発化、気楽か、幸せか、苦悩しているか、生を楽しんでいるかという様子からだけではなく、親がどれだけほほえみ、笑い、遊び、眠るかや、親が疲労困憊したり、切羽詰まったりせず、どれだけ喜びを感じているかからもうかがわれると言います。こどもの情動的な行動は、保育者の情動的行動に絶えず影響を与え、その逆も言えるので、うまくいっている場合にはますます楽しいものになり、芳しくないときには、ますます苦悩が深まります。

 情動的な気質は、それぞれの子どもが年月を重ねながら成長するときに、どれだけうまく、どれだけすぐに、どういう状況下で自分の注意を調整し、欲求充足を先延ばしにし、自制心を発揮できるようになるかにも影響すると言います。このような情動的特徴は、どこまで遺伝的なものなのだろうかという問いを発する人のほとんどは、少しばかり考えれば、その答えが遺伝と環境の両方の組み合わせに違いないことを悟るはずだと言います。