両面

 ミシェルによるマシュマロ実験からの考察が、2000年をすぎた頃から脳科学においても裏付けされるようになりました。また、そこからは、新しい知見も生まれてきました。2010年には、先延ばしにされた報酬を待つことを、私たちに選ばせる脳領域を、より正確に特定しました。それは、外側前頭前皮質の左側でした。即時の報酬は、ホットで自動的で反射的で無意識の大脳辺縁系を活性化させますが、大脳辺縁系は、先延ばしにされた結果には、ほとんど注意を払わなかったのです。ほしいものはただちに欲しがり、先延ばしにされた報酬は、どんなものであれ、その価値を大幅に減じるのです。

この領域は、未就学児にベルを鳴らせるマシュマロであろうと、デザートの大皿に載った抗い難いファッジケーキだろうと、古代の神話で船乗りたちを溺れさせたセイレンの歌声だろうと、あらゆる欲求対象の姿や音、匂い、味、触覚によって稼働するのだとミシェルは言います。だからこそ、大統領や上院議員、知事、金融界の大物など、世間に知られた抜け目ない人たちでさえ、即時の誘惑にひかれ、先延ばしにされた結果を見過ごしたときには、愚かな決定を下しかねないのだと言います。

これとは対照的に、先延ばしにされた報酬は、クールシステムを活性化させます。クールシステムは、反応はゆっくりですが、思慮深く理性的な、問題解決を担当する前頭前皮質の脳領域で、この領域のおかげで私たちはいかにも人間らしく振る舞い、長期的な結果を考慮に入れられると言います。先延ばしする能力は、私たちがブレーキをかけて、気を落ち着けるのを助け、ホットシステムがしていることをクールシステムが観察して、調整する余裕を与えます。即時の報酬や脅威に対処するホットシステムと、先延ばしにされた結果に対処するクールシステムという、これら二つのシステムは、連動していると言います。一方が活発になると、もう一方は不活発になると言います。ここで、難しいのは、いつホットシステムに導いてもらい、いつ、どうやってクールシステムを目覚めさせるのが最善かを知ることであるとミシェルは言います。

サイエンス誌で、ニューロマーケティング研究において、「今ここで」あるいは「将来」のどちらに報酬を受け取るかを選ぶときに脳の中で何が起こっておるかを調べたマクルーアも、イソップの寓話を引き合いに出しています。

「人間の行動は、特定の環境に対する進化上の適応を反映しているかもしれない、低いレベルの自動的プロセスと、抽象的で普遍的な論理的思考や将来の計画立案のための、より新しく進化した人間独特の能力とのあいだの競争によって支配されていることが多い。……人間の好みの持つこの特性は、私たちそれぞれの中に棲む、衝動的な大脳辺縁系のキリギリスと、先見の明のある前頭前皮質のありとの競争を反映しているようだ。」

 ミシェルは、私たちはみな、“キリギリス”であると同時に“あり”でもあるかもしれませんが、ある特定の時点で、私たちの中に棲む大脳辺縁系の“キリギリス”と、前頭前皮質の“あり”のどちらか現れ出てくるかは、その状況下の誘惑と、それを私たちがどう評価し、それについてどう考えるかにかかっていると言います。オスカー・ワイルドが、残している言葉を紹介しています。「私は、何にでも抗えるが、誘惑だけは別だ。」