信頼

 子どもたちが持っているある価値観や考え方は、どのようにして形成されていくのでしょうか?ミシェルが体験した島の子どもたちの考え方が、その島の大人たちから聞かされていた固定観念を裏付けるように、アフリカ系の子どもたちはたいてい即時の報酬を好み、アジア系の家庭の子どもは先延ばしにした報酬を選ぶことがずっと多かったのです。そのような特徴は、この島のアフリカ系住民に多く、アジア系ではごく稀であった父親不在の家庭の子どもは、約束を守る男性に接したことがあまりなかったのかもしれないと考えます。もしそうなら、見知らぬ人が約束した先延ばしの報酬を待って、あとで現われるとは信じにくいはずだと考えます。「あとで」が現実のものとなるという信頼がない限り、「今すぐ」を見送るまっとうな理由はないのです。事実、男性が一緒に暮している家庭の子どもだけに注目して二つの民族グループを比較すると、両者の違いは消えてしまったのです。

 どうも、この力は、子どもたちの身の回りの大人たちが、親を初めとしてどのような存在であるかに影響されるようです。ミシェルもこう考えます。「信頼の出来ない、当てにならない世界では、より大きな報酬を先延ばしにしたかたちで約束されても、その約束は決して守られないのです。こうした背景を考えれば、何であれ、目の前にあるものをさっさと手に入れずに待っても、ほとんど意味がないのです。約束を守らない人と接してきた未就学児は、当然、ただちにマシュマロ1個をもらわず、あとで2個もらおうとする率がはるかに低いという結果が得られるのです。このような常識的な見通しは、実験によって、とうの昔に裏付けを得ているとミシェルは言います。人は、先延ばしにした報酬がもらえるとは思っていないとき、合理的に行動し、その報酬を待たないことが立証されているのです。

 ミシェルは、島から帰って、ケンブリッジとボストンの青少年を対象に同じような研究を続けます。ここでは、いろいろと試行錯誤を繰り返し、先延ばしする力と、「ごまかしをする子」との関係に着目します。対象は6年生の男の子です。彼らにあるゲームをやってもらい、得点によって、子どもたちには非常に魅力的なバッジをあげることにします。しかし、実際は、毎回の得点は腕前とは無関係で、ランダムに決まり、とうていバッジはもらえないようになっていました。バッジを手に入れるには、得点をごまかさなければならず、良いバッジをもらおうとすれば、なおさら多く得点を偽る必要がありました。子どもたちは、部屋で、一人でプレイをし、自分で得点を付け、ミシェルらは、いつ、どれだけごまかしたかを計算しました。

 結果は、明白でした。島で「不良」が即時の少ない報酬を選んだのと同じパターンが、ボストンでも見られたのです。即時ではあるものの少ない報酬ではなく、多いけれど先延ばしにされた報酬を待つことを一貫して選んだ子どもたちは、少ない報酬を受け取った子どもたちよりも、ごまかしをすることがずっと少なかったのです。そして、報酬を先延ばしにするのを好んだ少年が、ごまかしをしたときには、報告する得点を偽って増やすという誘惑に屈するまでに、ずっと長い間、我慢したのです。

 ちょうどその頃、fMRI装置を使って、「今ここで」あるいは、「将来」のどちらかに報酬を受け取るかを選ぶ時に、脳の中で何が起こっているかという研究が発表されます。