民族性

ミシェルが、ある島で過ごしたときの経験です。その島の住民は、アジア系とアフリカ系のどちらかで、その祖先は奴隷か年期奉公人としてこの地にやってきました、どちらのグループも、1本の長い泥道を挟んで、それぞれ別の側に建てた家々で平和に暮していました。ミシェルは、あることに気がつきます。それは、二つのグループが互いに相手の特徴を、どう捉えているかには、一貫性があるのです。

それは、アジア系の住民によると、「アフリカ系の人は、快楽のことしか頭になく、衝動的で、楽しい時間を過ごしてきて、後先のことを考えずに暮すのに熱心で、将来についてはあらかじめ計画も立てなければ、考えもしない」と言うそうです。一方、アフリカ系の住民の目に映るアジア系の人は、いつも将来のためにあくせく働き、人生を楽しむこともなく、せっせとお金をマットレスの下にため込んでいると言うのです。この話を聞いて、ミシェルは「ありとキリギリス」の寓話を思い出します。キリギリスがホットシステムの快楽にふける一方、ありはあとで生き延びるために、欲求充足を先延ばしていると言うのです。

この島での二つのグループを隔てる道は、現に放埒なキリギリス・タイプと、未来志向の勤勉なありたちとを分ける境でもあったのだろうかと疑問を持ちます。二つの民族グループのあいだの違いについてのこの考え方が正しいかどうかを調べるために、彼は、両方のグループの子どもが通っている地元の学校に出かけていきます。学校は相変わらずイギリスの植民地の教育制度に従って運営されており、子どもたちはさっぱりしたシャツやブラウスを着ています。すべてがこぎれいで、きちんと整っており、子どもたちは両手を組み合わせて、先生が授業を始めるのを待っていました。

ミシェルは、11歳から14歳までの少年少女を調査してみました。まず、誰と一緒に住んでいるかを尋ね、約束は守られていると信じている度合いを測り、やる気という達成動機の強さや、社会的な信頼性、知能を評価してみました。調査の終わりにはいつも、ご褒美を選ばせました。小さなチョコレートをすぐもらうか、ずっと大きいチョコレートを翌週もらうか?子どもたちは調査のあいだに、すぐに10ドルもらうか、1ヶ月待って30ドルもらうかや、「ずっと大きな贈り物をずっと後に、あるいは、小さな贈り物を今」という選択もしました。

ここの少年少女のうち、即時の少ない報酬を最も頻繁に選んだ生徒たちは、あとで多くの報酬をもらうことを選んだ子どもたちとは違い、やっかいな状況にあって、当時の言葉を使うとしたら、「不良」と判断される場合が多かったと言います。彼らは、一貫して社会的に無責任だと見なされ、すでに警察などと深刻な問題を引き起こしていることがよくあったそうです。また、達成動機付けに関する標準テストの得点がずっと低く、将来の自分に設定している目標についても、意欲的ではなかったと言います。

 また、その島の大人たちから聞かされていた固定観念を裏付けるように、この島のアフリカ系の子どもたちはたいてい即時の報酬を好み、アジア系の家庭の子どもは先延ばしにした報酬を選ぶことがずっと多かったのです。しかし、それは、単に民族性によるものではないはずだと考えます。ほかにも理由があるはずだと考えます。