コントロールを楽にする方法

 ミシェルは、自制に関する実行プランが目標として掲げる振る舞いは、練習を重ねれば、その振る舞いを促す状況的なキューに遭遇したときには、自動的に実行されるようになると言います。その見解は、多くの人が救われると思います。人類は、長い間、誘惑からどのように遠ざけるかが課題でした。多くの神話や伝説には、それが多く描かれています。それは、もはや、人類の宿命ではないかと思われるほどです。最近、次々と報じられる不倫問題でも、幸せな家庭を持ち、いとおしい子どもがいても、その誘惑には負けてしまうことがあることを思い知らされます。また、喫煙や、病気に時の治療においても、なかなか誘惑に勝てない人が多くいます。しかし、人は、決してそれらの誘惑を遠ざけなければなりません。

 それほど、重大なことではなくても、日常、さまざまな誘惑が襲ってきます。ミシェルは、こんな例を出しています。「時計が午後5時を指したら教科書を読む。」「クリスマスの翌日からレポートを書き始める。」「デザートのメニューが運ばれてきても、チョコレートケーキは注文しない。」「気をそらすものに出くわしたときには、いつも無視する。」だれもが、「ある!ある!」とつぶやいてしまうでしょう。

 この「イフ・ゼン」実行プランは、「イフ(もし~したら)」が外部の環境にあるとき、たとえば、アラームが鳴ったら、バーに入ったら、などだけでなく、内面的な状態がキューの時、たとえば、なにかがどうしても欲しくなったら、退屈したら、不安になったら、腹が立ったら、などにも有効であると言います。ずいぶん簡単な話に聞こえるかもしれないと彼はことわりながら、事実そうであるといます。実行プランを立てて練習すれば、キューに遭遇したときにはいつも、ホットシステムに望ましい反応を反射的に引き起こさせるようにできると言います。就寝後に歯を磨くのと同じで、時間を経るうちに、新しい連想や習癖が形作られるというのです。

 そのような「イフ・ゼン」プランは、いったん自動化されてしまえば、骨の折れるコントロールを楽にしてくれるのだと言います。ホットシステムをまんまと騙して、無意識のうちに反射的に働かせられるというのです。そうすれば、必要なときにホットシステムが台本に沿って望むどおりのことを、自動的にさせてくれるので、クールシステムは休んでいられます。

 しかし、誘惑に抵抗するためのプランをあらかじめホットシステムに組み込んでおかなければ、そのプランが最も必要とされるときに発動される可能性は低いというのです。なぜなら、ホットな誘惑に直面したときには、情動的興奮とストレスが増し、ホットシステムを加速させて、迅速で自動的な「ゴー!」反応を引き起こし、クールシステムの効果を弱めるからだと考えられているからです。

 メニューにチョコレートのデザートが載っていたり、ビジネス会議のあと、バーで魅力的な同僚に誘われたりしたときのような、ホットな誘惑が現れたときには、しっかり確立した「イフ・ゼン」プランがなければ、自動的な「ゴー!」反応が、勝ちを収める見込みが大きいというのです。しかし、「イフ・ゼン」プランが確立されていれば、驚くほど多様な場面で、さまざまな人々や年齢層でうまく機能し、以前ならとうてい達成不可能と考えていたような難しい目標を効果的に達成する助けになると言います。

イフ・ゼン

 子どもたちの選択と、自由意志があるという感覚を後押しすることで、自主性を奨励した母親の子どもは、のちにマシュマロ実験で、成功するのに必要な種類の認知的スキルや、注意コントロールスキルが最も優れていることが判りました。これは、母親の認知的能力と学歴の差を考慮に入れたときにさえ、当てはまったのです。そのことは、幼児を過剰にコントロールする親は、子どもが自制のスキルを発達させるのを妨げる危険を冒しているのであり、一方、問題解決を試みる際の自主性を支え、奨励する親は、子どもが保育園から帰ってきて、どうやってマシュマロを2個手に入れたかを嬉々として聞かせてくれる可能性を、おそらく最大化しているだろうとミシェルは分析します。

 これは、保育にも言えるでしょう。子どもを過剰にコントロールするような保育をすると、子どもたちは我慢をする力が弱くなります。そうではなく、子どもに何か問題が起きたときに、それを子どもたち自身で解決するように援助し、子どもたちの自主性を支えるような保育をすると、子どもたちは、欲求を先延ばしする力が育っていくというのです。考えがちなのが、子どもに我慢をさせた方が我慢できる子になるというのは、逆効果であるということのようです。よく、私の園の見学者に、「子どもに好きなようにさせたり、子どものいうことを聞いたりしては、学校に行って、いやなことを我慢してやったり、じっと我慢して座ったりすることが出来なくなりませんか?」ということを言われることがあります。しかし、この研究によっても、乳幼児期に大人の思うとおりに子どもをコントロールする方が、その後、かえって我慢をすることができなくなってしまうようです。

 「イフ・ゼン」というプランが考えられました。それは、「もし~したら、そのときには~」と考えることです。ミシェルは、マシュマロ実験の研究の結果を踏まえ、次のように考えました。ホットな誘惑に効果的に抵抗するためには、ホットな「ゴー!」反応に、抑制する「ノー!」反応が取って代わる必要があります。それも、反射作用のように、素早く自動的に反応する必要があります。そのためにとる方法の一つです。たとえば、「もし~だったら」を特定し、それを、誘惑に抵抗する望ましい反応、「そのときには、~すればいい。」というように考えるのです。この種のプランを準備した未就学児は、気をそらされる時間を減らして仕事を続け、最善の結果を得られたというのです。たとえ、気をそらされたときでさえ、中断は平均で5秒と続かなかったそうです。

 これと対照的に、この種のプランで準備していなかった子どもたちは、1回気をそらされると、仕事を中断する回数が増えたのです。この研究は、後に多くの重要な研究プログラムを進めることになります。それは、人々が多種多様の、しかるべき工夫をしなければ負荷だけが大きい自制の問題に、より効果的に取り組むのを助ける、単純ながら驚くほど強力な「イフ・ゼン」プランをいくつか見出します。それらのプランは、重要ではあるが、達成の難しい目標を人々が追求しようとしているときに、とても困難で、情動的にホットな状況下でさえ、効果がありました。今では、「イフ・ゼン」実行プランと呼ばれるこれらのプランは、しきりに誘惑するものや、気をそらそうとするもののただなかで、学生が勉強するのを助けたり、ダイエット中の人が、好物のスナックを我慢しやすくしたり、注意欠陥障害の子どもたちがやらずもがなの衝動的反応を抑制するのを可能にしたりしてきたそうです。

母親との距離

 アニータ・セティの幼児研究では、部屋で一緒にいるときに、幼児と母親が無意識に見せる触れ合いを観察しました。就学前までの効果的な自制スキルを発達させた幼児は、たいてい、とても支配的な母親が注意を求めると、そばを離れずにいる代わりに、ほかへ気をそらし、母親から1メートル以上距離を置き、部屋を探検したり、おもちゃで遊んだりしたそうです。支配的な母親から距離を置き、母親が近づくそぶりを見せると、文字通り離れていった幼児たちは、5歳の時にマシュマロ実験で長く先延ばしにすることができたのです。注意コンロトール戦略を使って、欲求不満を「冷却」し、もっと幼かったときに支配的な母親から自分の気をそらしたのと同じやり方で、報酬とベルから気をそらすことで成功したというのです。これとは対照的に、同じくらい支配的な母親を持ちながらも、注意を向けるように言われたときに、そばを離れなかった子どもは、マシュマロ実験に臨むと、誘惑のもとに注意を集中し、たちまちベルを鳴らしてしまったのです。

 母親があまり支配的でない幼児に関しては、話が違っていたそうです。母親が注意を惹こうとしたときに、そばを離れなかった子どもは、5歳になったときにマシュマロ実験で、より効果的な自制と「冷却」の戦略を見せたそうです。彼らは、もっと幼い頃に同じような母親から距離を置いた子どもたちよりも効果的に気をそらし、誘惑のもとにあまり注意を集中せず、より多くの報酬を手に入れるために、長く待ったのです。

 最初にこの結果を見たときに、これは何を意味するのかということが疑問に思いました。ミシェルは、この結果について、こう説明しています。過剰なまでに支配的ではなく、子どもの欲求に敏感な母親を持つ幼児は、母親から距離を置く理由がなく、「新奇な場面」で、母親がストレスを減らしてやろうと近づいたときに、そばを離れません。しかし、自分の欲求にはとても敏感でありながら、子どもが必要なものには、それを子どもが最も必要としているときにも気づかず、子どもを苦しめるようなかたちで、一挙手一投足をコントロールしようとする母親を持つ幼児はどうなのでしょうか?

 アニータの研究結果からは、幼児が母親から少し離れるのは、悪いことではないのだろうとミシェルは言います。それは、5歳になったときに、マシュマロ2個を手に入れるのに必要な自制のための「冷却」スキルを発達させる役に立ちさえするかもしれないからです。

 この可能性を調べるために、モントリオール大学のアニー・バーニーの率いる研究チームは、2010年に、生後1年から13ヶ月の子どもと母親がどのように触れ合うかを観察し、そうした触れ合いが自制心の発達にどう影響するかを研究したそうです。チームは、パズルなどの認知的課題を一緒に取り組むときに、母親が幼児とどう関わるかを注意深く調べたのです。それから、子どもたちが14ヶ月と22ヶ月になったときに、再度テストしてみたのです。すると、最初の研究の時、子どもたちの選択と、自由意志があるという感覚を後押しすることで、自主性を奨励した母親の子どもは、のちにマシュマロ実験で、成功するのに必要な種類の認知的スキルや、注意コントロールスキルが最も優れていることが判ったそうです。

 ここからは、どのようなメッセージを読み取ることが出来るのでしょうか?

母親の子育てスタイル

 ミシェルは、さまざまな実験から、子どもたちはたいてい3歳までに、定まった目的を伴う選択をし、自分の注意を前よりも柔軟に調整し、目標から気をそらす衝動を抑制できるようになってくるということがわかりました。そのことを示した一つの例が、ミネソタ大学のステファニー・カールソンとその同僚たちでした。かれらは、こうした子どもたちが、目的を達成するのに十分な時間、二つの単純なルールを守れることを示しました。単純なルールとは、「青ければ、こっちに入れるが、赤ければ、あちらに入れる」というようなものです。

 すると、多くの場合、子どもたちは自分に向けて口答で指示を出し、どうするべきか判断するのを助けたそうです。こうしたスキルは、立派なものではあっても、生後3年目ではまだ限られていますが、その後の2年間に、子どもたちは大きな進歩を遂げるようです。5歳の誕生日を迎えることには、彼らの頭は見事なまでに精巧になっているのです。もちろん、大きな個人差はあるのですが、多くの5歳児は、たとえば、「もしそれが、色のゲームなら赤い四角はこちらに入れるけれど、形のゲームなら、赤い四角はあちらに入れる」というような複雑なルールを理解し、それに従うことが出来ると言います。

こうしたスキルは、未就学児では依然として初期の段階にあるのですが、7歳までには、子どもの注意コントロールスキルと、その根底にある神経回路は、大人のものと驚くほど似てくるそうです。人生の最初の6年間における子どもの経験は、衝動を調整し、克己心を発揮し、衝動の表情をコントロールし、共感や気配り、良心を発達させる能力のおおもとになるとミシェルは考えています。人生最初の6年間の経験が、将来に大きく影響することはほかのさまざまな研究から最近判ってきています。そこで、その時期に国は優先的に投資すべきであるということが世界中で訴えられています。すなわち、就学前教育が、その国将来を握っているということになり、その中でも乳児における経験、特に質の高い保育を受けた経験は、将来のさまざまな観点から考察しても、有効であるということが判ってきているのです。

では、質の高い保育とは、どのようなものなのでしょうか?その答えの前に、ミシェルは、こんなフィリップ・ロスの「ポートノイの不満」という小説を紹介しています。この小説に出てくる主人公の母親は、善意から出たものであるのですが、子どもに対して窒息しそうな過剰なコントロールをします。うっとうしいほど押しつけがましく、息子の計算の答えから、ソックスや、爪、首をはじめ、体の隅々の状態に至るまで、一つ残らず点検し、評価し、正します。そして、幼い息子が、母親の愛情を込めた手料理をこれでもかというほど食べさせられたあと、それ以上ポットローストを食べるのを拒むと、母親は長いパン切りナイフを手に、頑として譲らず、やせっぽちの弱虫になりたいのか、敬われたいのか、馬鹿にされたいのか、「一人前の男か小ネズミ」のどちらになりたいのか迫ります。

このような母親を最近聞くことが多くなりました。子どものためにと言って、自分の価値観を押しつけます。アニータ・セティの幼児研究では、「母親によるコントロール」と、子どもの欲求に対する母親の敏感さの水準やスタイルを評価するために、母親の行動を詳しく観察したのです。それは、「子どもが発達させる自制の戦略や愛着は、母親の子育てのスタイルが違えば変わるものなのだろうか?」という疑問からです。

調整機能

 赤ちゃんは、ある見方からすると非常に弱い存在であり、一方、非常に強い存在であるという見方も出来ます。ダメージを受けやすい反面、そこから立ち直る力も持っています。大人からやってもらっている受動的な存在かと思うと、大人にやさせるような能動的な存在でもあります。もしかしたら、弱い存在であるというのは、その後それを調整してもらうためのアピールかもしれないと思うことがあります。ただ、一方的に悪い影響を受けるだけの受動的な存在であるのであれば、過酷なこの世界の中で大人からの庇護の元だけでは生き延びてくることができなかったに違いないと思っています。

 赤ちゃんが、発育するに当たり、初期の情動的経験は、脳の構造に深くとどめられ、その後の人生の展開に重大な影響をもたらすということが、ミシェルの行なったあかちゃんにたいする実験でわかりました。では、その影響は、その後、修正がきかないかということですが、実はまだチャンスはあるのです。赤ちゃんは、情動を調整し、認知的スキルや対人関係のスキル、情動的スキルを伸ばすように、手がさしのべられれば、赤ちゃんがダメージに最も弱いこの人生の初期段階には、改善の可能性が一番多くあるようです。

 誕生から数ヶ月以内に、保育者は赤ちゃんが苦悩の感覚にひたるのをやめさせ、子どもが興味を持つような活動に注意を向けさせ始めることが出来るというのです。これはやがて、赤ちゃんが自分の気をそらして自らを落ち着かせるのを学ぶ助けになるようです。神経のレベルでは、赤ちゃんはネガティブな情動を「冷却」したり調整したりするための、注意コントロールシステムとして、脳の前頭皮質中部を発達させ始めます。万事が順調にいくと、赤ちゃんは反射的ではなく、思慮深くなり、ホットではなくクールな対応を見せ、自分の目的や感覚、意図を適切に表現できるようになるというのです。

 自己調整機能発達の分野の先駆者に、マイケル・ポズナーとメアリー・ロスバーという人がいます。ミシェルは、彼らによるこのプロセスについての主張を紹介しています。「生後4ヶ月の時には、示された刺激にすべて目をやる子どもたちも、一年半後に実験室に戻ってくるときには、自分自身の方針をしっかり持っている。自分の計画の方が、優先順位が高いため、私たちのディスプレイに注目させるのは難しい。私たちは、必死の努力をしてみた挙げ句、首を横に振り、この子たちは独自の考えを持っているとつぶやくしかない。」

 この言葉に対して、ミシェルは、親であれば誰でも承知していることと断わりながら、子どもは2歳の誕生日の頃に、無言の独立宣言をすることが多いと言います。子どもが革命に手を染めるこのよう時期には、独立に向けた子どもたちの奮闘のせいで、保育者は、苦労します。それは、いわゆる「いやいや期」と呼ばれたり、「反抗期」と呼ばれたり、テリブルツーと呼ばれる「恐怖の2歳児」と言われる所以でしょう。

 子どもはその時期を越え、23歳頃に自分の思考や感覚、行動をコントロールできるようになり、このスキルは生後45年目で次第に目につきやすくなります。このスキルは、マシュマロ実験での成功だけでなく、小学校やその後の人生に適応する上でも、決定的に重要であるとミシェルは強調します。これが、ミシェルがマシュマロ実験を4歳の子を対象に行なった理由であり、2歳になるころの自己主張は、大人を往々にして困らせることはあっても、その後の人生において、とても重要な時期なのです。

保育者の態度

メアリー・エインズワースは、「新奇な場面」というものを考案します。その場面で、母親と子どもが、二人だけで5分間、部屋に残され、自宅でするように遊び、その後、子どもは、母親の見守る中で、約17分間、そのボランティアを目にするか、その人と接触するかします。そして、母親が園長から呼び出され、学生ボランティアに子どもを2分預けて出て行きます。その最後の30秒間は、幼児にとっては最もつらい時間ですが、その時間帯に幼児が見せた行動が、その子の将来を占う上でとりわけ有用であることがわかったのです。この30秒間を、母親の不在から気をそらして過ごせた幼児は、5歳になってマシュマロ実験を受けると、お菓子のためにより長く待ち、より効果的に気をそらすことが出来ました。これとは対照的に、つらい時間を耐えるのに必要な、気をそらす戦略をとれなかった幼児は、3年後にお菓子のために待っているときにもやはり、そうした戦略がとれず、早くベルを鳴らしてしまったのです。この結果は、人生の早い段階からストレスをコントロールし、「冷却」するために注意を調整するのは重要であることを強く示しているとミシェルは言います。

ミシェルは、この結果からこのような提案をしています。誕生時の赤ちゃんは、その時々の内的状態と、自分が頼っている保育者によって、ほぼ完全にコントロールされています。赤ちゃんが子宮の外で過ごす最初の数ヶ月のあいだ、なだめたり、揺り動かしたり、授乳したり、抱きしめたりすることが、昼夜を問わず、保育者の主な仕事になります。赤ちゃんがどれだけ愛情を込めて、優しく育てられたか、あるいは、どれだけ残酷で冷淡な仕打ちを受け、放置されたり虐待されたりしたかは、子どもの脳に刻みつけられ、子どもの将来を左右します。赤ちゃんのストレスレベルが、慢性的に高い状態にならないようにし、安心で安全を感じられるように、緊密で温かい愛着の形成を促すことが決定的に重要であると主張します。

この考察が、多分「担当制」という、特定の保育者が常に赤ちゃんを接することが必要であると言う考え方の一つの根拠になっています。しかし、重要なのは、特定の人だけにすることではなく、どのような関わりをするかが問題なのです。それは、親から引き離し、施設で育てられることのストレスから、赤ちゃんを解放すべきだという考え方にもなりかねません。しかし、その考察をよく読むとやはり関わりの問題であることがわかります。

「深刻な虐待や、施設での冷淡な養育などの、極端に不利な経験をすると、赤ちゃんは脳の可塑性のせいで、とりわけ1年のあいだはとりわけ、主要な神経系に対する損傷に非常に弱い。意外にも、非身体的ではあるものの繰り返し起こる親の対立のような、もっとずっと穏やかな環境ストレス要因でさえ、重大な害を及ぼすことがある。」

これは、親であるか否かではなく、最近急増している幼児虐待の影響の重大さを訴えているものです。次の研究からもわかります。生後半年から1年の赤ちゃんが眠っているあいだにfMRIで脳をスキャンしたところ、就寝中にとても腹立たしげな言葉を耳にすると、絶えず対立している親と暮している赤ちゃんは、それほど対立が見られない家庭の子どもと比べて、情動とストレスを調整する脳の領域が盛んに活性化したそうです。こうした研究結果から、発育にとって決定的な時期には、社会的環境に由来する比較的穏やかなストレス要因でさえ、ホットシステムに認識されることがうかがわれるとミシェルは言います。

行動の予測

メアリー・エインズワースは、母子の関係を観察する手段として、「新奇な場面」というものを考案します。それは、制御された当たり障りのない条件下で、短時間母親が姿を消し、それから戻ってくる状況を模したものでした。赤ん坊が痛ましいほどの泣き声を上げたり、必死にドアを叩いたりして極度の不安を訴えたら、母親はただちに助けに戻ってこられるようにしました。

まず、最初の段階は、「自由遊戯」です。母親と子どもが、二人だけで5分間、部屋に残され、自宅でするように遊びます。そして、次の段階が「別離」です。母親が園長から呼び出され、学生ボランティアに子どもを2分預けます。子どもは、母親の見守る中で、あらかじめ約17分間、そのボランティアを目にするか、その人と接触するかします。ボランティアは、母と子の別離の間、口をききません。ただし、子どもが不安に訴える様子を見せたら、「ママは、戻ってくるからな。」と、手短に安心させます。そして、最後の段階は、「再開」です。2分間の別離の直後、母親が戻ってきて、子どもを抱き上げます。ボランティアは、そっと部屋を出て行き、母と子は3分間一緒に遊びます。

 この実験に対して、ミシェルが指導していた学生が疑問を投げかけます。別離の間に、1歳半の子どもが見せる行動から、3年後にマシュマロを二個もらおうとして待つ間にどうするかが予想できるだろうか?というものだったそうです。これをミシェルは調べるために、ハーバード小児センターで「新奇な場面」を設定し、各段階で起こったことをもれなくビデオに撮りました。そして、10秒単位で子どもの行動を記録しました。その行動とは、たとえば、母親から離れて遊んだり、あたりの様子を探ったりしたか、母親がいないあいだ、おもちゃを眺めたり、おもちゃで遊んだり、あたりの様子を探ったりしましたが、母親のいないあいだ、おもちゃを眺めたり、おもちゃで遊んだりして気をそらしたか、一緒に残された他人と関わったかなどです。

 また、子どもの情動的な表現や、泣く、悲しそうにするなどのネガティブな感情があれば、それも記録したのです。また、母親が無意識に見せる行動、たとえば、子どもとの触れ合いを始めようとするとか、子どもの遊びを邪魔するとか、あるいは導こうとするとか、子どもの示す手がかりを無視するなどの行為も、同様に詳しく記録したのです。そして、母親による過剰コントロールと、子どもの欲求に対する鈍感さとの両面は、母親の表情、音声表現、子どもとの相対的な位置、身体的な接触の量、愛情の表現、順序交替という分かち合い、それらを手がかりに基づいて評価したのです。

 母親のいないあいだ、おもちゃで遊んだり、部屋を探検したり、一緒に残された他人と関わったりして気をそらすことができた幼児は、ドアから離れられず、たちまち泣き出した子どもが経験した強烈な不安を避けられたのです。母親不在の2分間に幼児が経験するストレスは、刻々と高まりました。最後の30秒間は、永遠にも感じられたに違いないとミシェルは推測します。この最もつらい時間に幼児が見せた行動が、その子の将来を占う上でとりわけ有用であることがわかったのです。完璧には、ほど遠かったのですが、偶然よりもはるかに高い確率で、保育園でマシュマロ実験を受けたときに、どう振る舞うかが予想できたというのです。

いつから待てるのか?

 発達心理において常に課題となるのは、それが生まれつきであるのか、その後の環境によるものであるのかと言うことです。子どもたちが欲求を先延ばしする能力を持っているのか、持っていないのかは生まれつきであるのかという疑問を持ちます、また、持っていない我が子に対して、「すでに手遅れである」とか、「もっと早く知っていればよかった」という後悔の念を持つ人も多くいます。ミシェルは、自分が子育てを始めた頃に、同じくらい年齢の子どもを持つ友人に尋ねてみたそうです。すると、欲求充足を先延ばしする能力を持っているかいないかは、ほとんど誕生時から見て取れたとだれもが言い切ったそうです。具体的に誰々は持っていて、誰々は持っていないということを、具体的なエピソードから自信たっぷりに話したそうです。そんな活発なやり取りから、ミシェルはこの疑問は将来取り組むべき懸案であると考えます。それは、彼がマシュマロ研究を始めてからおよそ15年経っていたのです。

 誕生時からこのような能力を持っているかいないかを考察するためには、赤ちゃんを対象として実験をしなければなりません。しかし、赤ちゃんにお菓子を食べないで待っていなさいというような指示は出来ません。また、待った結果よりよい状況が生まれるということも理解させるのは難しいことです。彼は、赤ちゃんには、このような実験をします。

 小部屋から母親が出て行き、大学生のボランティアの他人と、床に置かれたおもちゃを残します。1歳半の乳児が、母親の帰りを待つのは非常に酷なことであったと振り返ります。ごく幼い頃に、主要な保育者がときおり姿を消し始めたとき、普通はすぐ戻ってきてくれるのですが、この短時間の別離はストレスとなりますが、どんな子どももそれに耐えなければなりません。

 誕生後2年目の半ばには、主要な保育者に対する幼児の愛着が、どれだけ不安感や安心感、あるいは相反する気持ちに基づいているかには、大きな個人差が出たそうです。そんな別離の間と再会の時に子どもたちが見せる行動から、人生初期の、彼らの人間関係と対処スキルがうかがえます。

 愛着の研究として有名なのは、心理学者のジョン・ボウルビィです。彼は、1930年代から、人生の初期段階における子どもたちの愛着経験の影響、とくに、戦時中にいやというほど見られた、ストレスの多い経験である主要な保育者との別離の影響を研究しました。その弟子であるメアリー・エインズワースは、この関係を観察する手段として、「新奇な場面」というものを考案します。それは、制御された当たり障りのない条件下で、短時間母親が姿を消し、それから戻ってくる状況を模したものでした。赤ん坊が痛ましいほどの泣き声を上げたり、必死にドアを叩いたりして極度の不安を訴えたら、母親はただちに助けに戻ってこられるようにしました。実験は、周到に計画された三つの段階からなっています。その実験をミシェルは紹介しています。

 それぞれの段階は、「自由遊戯」「別離」「再開」です。ミシェルらは、これらの実験結果が、マシュマロ実験にどのような影響を及ぼしたかということを考察したのです。

 

長期ストレス

 以前のブログで、ストレスがクールシステムを使うタイミングを遅らすということを紹介しました。ある程度のストレスは、子どもにとっても必要だと言われています。その経験は、発達に刺激を与えるということはわかっています。ミシェルも、「短期的なストレスの経験は、人を行動に向けて備えさせるので、適応的なものでありうる。」と言っています。しかし、ストレスが強力で、長く続くものは、有害で、致命的にさえなると言います。彼は、こんな例を挙げています。たとえば、交通渋滞からレジでの行列に至るまで、何か障害に出くわすたびに激怒するような人や、危険、浮き沈み、貧困などが極端で、継続する状況下で精神的に圧倒されている人には、とくに有害で、致命的だと言います。

 ストレスが長引くと、前頭前皮質が損なわれるからです。前頭前皮質は、マシュマロを得るのに待つだけではなく、ハイスクールを無事卒業し、仕事を続け、修士号の取得を目指し、職場の駆け引きをうまく切り抜け、鬱状態に陥るのを避け、人間関係を維持し、直感的には正しく思えるものの、よく検討すると本当は愚かしい決定を下すのを思いとどまるためにも不可欠なものなのです。

 アメリカ、イェール大学の神経生物学者エイミー・アーンステン氏は、「高齢化に伴う認知機能低下の生理学的メカニズム」を研究し、その衰えに対して、「脳内の神経化学的な環境を変化させれば、認知機能の一部が回復する可能性がある」という研究を発表したことで有名です。もともと前頭前皮質は、さまざまな高次機能をつかさどる部位で、行動に結びついた刺激がない情報を、心のクリップボードに格納する作動記憶という機能を維持します。 若い脳は作動記憶を脳内に維持するように、前頭前皮質の各ニューロンが互いに活性化しますが、人は4050代に達すると、ニューロンの効果的な活性化が阻害され、物忘れや注意力散漫などが生じるようになります。彼は、サルを使った実験で、若いサルは刺激のないときでも活性化が頻繁だったが、高齢のサルでは、刺激がないとニューロンの活動があまりみられなかったということから、高血圧治療に使われている化学物質「グアンファシン」を含む薬を、高齢のサルに注入したところ、ニューロンの活動が活性化したということを発見したのです。

彼が、その研究の中で、ストレスの影響についての研究もしています。すると、「急性の制御不能のストレスは、非常に軽いものでさえも、前頭前皮質の認知的能力を急速かつ劇的に減じる原因となりうる」という結論を導き出しています。ストレスが長引くほど、こうした認知的能力が損なわれ、害はより永続的なものとなり、最終的には、心身両面の疾患につながると言われています。こうして、創造的な問題解決を可能にする脳の部位が、必要とされればされるほど使えなくなります。慢性的なストレス下にある脳のモデルによって、脳の構造は、慢性的なストレスの元では改造されてしまうのです。

ストレスが長引いたとき、問題解決に欠かせないクールシステム、具体的には前頭前皮質と、記憶にとって重要な海馬が、萎縮を始めるのです。同時に、ホットシステムの核心にある扁桃体が、過度に大きくなるのです。この脳の変化の組み合わせのせいで、自制とクールな思考が不可能になります。そのうえ、ストレスが長期化するうちに、扁桃体は肥大から萎縮に転じ、最終的には、正常な情動的反応を防ぎだすようです。

さまざまな条件

 女の子の方が長く待つ意欲も能力も高いということが、アメリカでは学校時代を通じて、たいてい女の子の方が男の子よりも、教師や親や本人による自立心の評価が高いという研究結果が出ているそうです。誕生後の4年間でさえ、女の子は一般に男の子よりも従順であるとミシェルは言います。子ども時代の後期には、平均すると、女の子の方がたいてい学業で自律的と見なされ、男の子よりも良い成績をとることが多いと言われています。しかし、子どもたち自身を含め、評価する人間は、性差に関する文化的な固定観念を共有していると言います。まじめで、細かいところまで注意を払うのが「良い女の子」、もっと衝動的で、コントロールしづらく、乱暴でさえあり、かけ算よりもフットボールのタックルの練習に余念がないのが、「本物の男の子」という思い込みがあります。「今日55ドルもらう、あるいは、61日後に75ドルもらうという選択肢があったとすれば、どちらの方がいいですか?」といった、報酬の受け取りの先延ばしを含む仮定的な質問をされると、女の子は男の子よりも先延ばしを選ぶことが多い結果が出ています。しかし、選択肢が仮のものではなく、たとえば、1ドル札の入った封筒を今日もらっておしまいにするか、きっかり1週間後にそれを返して2ドルもらうかというような現実のものであれば、性差は消えてなくなったそうです。面白い結果ですね。どうしてでしょうか?

 ミシェルらは、マシュマロ実験そのほかの自制に関する基準で、性差に注意すべきであるということを学びます。いつも性差が見つかるとは限りませんが、少なくとも、これまでに研究された母集団と年齢層では、欲求充足の先延ばしを可能にする認知的自制スキル動機づけの点で、全体として、女の子の方が優位であるようだと考えています。

 誘惑に対処するときに、「ホットシステムから一時的にのがれるには、他の人ならどう行動するだろうか?」と想像するのも一つの手だと言います。自分自身ではなく、他人のためにホットな選択をするときのほうが、クールシステムを使うのが楽だからです。ある研究者が、こんな話をミシェルにしたそうです。未就学児に、今すぐ小さなチョコレートをもらうか、10分後にとても大きなチョコレートをもらうかという選択について考えてもらったときに、彼が幼い男の子に「お利口な子どもはどっちを選ぶだろうね?」と尋ねると、「待つだろう」とその子は答えました。しかし、「君はどうする?」と訊かれると、男の子は「今もらう!」と答えたそうです。

 3歳児を対象とした実験でも、同じ結果が得られたと言います。子どもたちは、少ない報酬をただちにもらうか、多くの報酬をあとでもらうかという選択肢を与えられたのです。この実験者が、「おじさんならどちらを選ぶと思う?」と聞くと、このときは、子どもたちはクールなシステムを使うことができ、先延ばしにした報酬と答えることが多かったそうです。しかし、自分で選ぶときには、ホットになって、ほとんどの子が少ない報酬をすぐもらったのです。

 たしかに、誘惑に対処するときに、他の人ならどう行動するだろうか?と想像すると、ホットシステムから一時的にのがれることができそうです。自分を客観的に見つめることが、クールにするために有効だということですね。それは、ある意味で気をそらすということに通じるような気がします。