均質

模倣主義は、象徴についての彼らの理解の仕方と言語、そして社会的調和を維持しようという彼らの願いとに深く根付いています。このシステムをさらに助長しているのが、形を画一化しようとする社会一般の傾向だとマサビュオーは考えています。5世紀頃に中国の建築が日本に渡ってきましたが、建築の画一化はその時すでに始まっていました。日本の社会は、全体のまとまりの保持に強く執着しており、社会秩序を維持することに熱心で、均質でありたいと願っていると言います。こうした社会では、さまざまな規則を強化し、それらの規則を守らせるために贅沢取り締まりの法律を次々と発布しないわけにはいかなかったのだろうとマサビュオーは考えます。

さらに、こうした形の規制は、住居や衣服の儀礼的な面ばかりでなく、茶の湯、生け花、弓道、固定した一連の能面によって、このうえなく崇高なものとなった劇場における感情の表現にも深い影響を及ぼしています。また、訪問や贈り物の社会的な慣習や、公的生活の場面で「いうべき」言葉についても、いくぶんゆるやかではありますが、影響を及ぼしていると言います。こうして、すべてのシンボルが組み合わさって作用し、社会の仕組みが「信頼性」の高いものになっていると言います。しかし、そのために、すべてのシンボルが厳格で冷酷なアレゴリーの鋳型の中に圧縮されていると言います。

このようなマサビュオーが分析する日本人の特徴が、もし現代にある形で現れているとしたら、ここ数日、イベント会場に殺到するバレンタインのためのチョコを買おうとする人たちかもしれません。日本では、元々の由来とは関係なく、1950年代に入ってから、製菓会社やデパートなどでいろいろと行われたキャンペーンや広告などによって、女性から愛する男性へチョコレートを贈る日として売り出したのが、あっという間に日本でバレンタインデーが本格的に広まっていったのです。この日がこんなに盛り上がっているのは、世界の中でも非常に珍しく、日本独特のようです。ここ数日は、右も左も、チョコレートです。

こうして日本人は、書かれたテキストにおいては象形文字のおかげで、シンボルを瞬時に読み取ることができるようになり、社会的一致の精神を持ち、緊密に体系化され、アレゴリー化された美的感覚をみんなと共有し、日本独自のシステムの教育を受け、画一化された行動様式をたたき込まれていると考えています。自然的環境と人間環境は、人間が運命付けられているはかなさ、人間の業のもろさを示していると言います。そこから日本人は、世界とは何か、自分とは何かについて強力で直接的な教えを受けていると言います。人間の運命や人間の業がどうなるかが指し示されており、それが避けがたいことを繰り返し教え込まれるのだというのです。

こうして、一生の間つきまとうこの教育が、日本人の人生を通して、ただ一つ、一貫して存在した要素であるということになるというのです。しかし、逆説的なのは、表面だけのことにすぎません。取り巻く環境は厳しいものであり、逆説的なのは表面だけのことにすぎないと言います。日本人は自ら好んで自分の弱さを鋭く意識することを選んでいるけれども、だからといって、日本の人間や事物がほかのところに比べて、朽ちやすいとか、朽ちにくいということはありません。

象徴的機能

 象徴的機能は、個人が把握するレベルと、共同体が象徴はかくあるべきと規制しようとするレベルの二つのレベルで集中的に作用していると言います。しかし、そのような象徴機能の仕組みがよく理解されるのは、文化圏の中で、いかなる事象についても、何が美しいとされるかがあらかじめ規定され、それがみなに教え込まれている事実ではないかとマサビュオーは考えています。美的機能が象徴機能を強化しているだというのです。この象徴機能の囁きは、一生の間ずっとつきまとって、日本文化の正統は何なのかを各人に絶えず喚起しているというのです。物事について美しいと感じる、この美的感情の高まりのおかげで、そのものごとの新しい次元、たとえば、人間のはかなさが開示されます。これは、美的感情の高まりがなければ、けっしてわからないような次元であるのです。

 これは、ある意味で、美的感情の標準化とも言えるかもしれません。そのようなハードルの高さをクリアーしているという点で、日本文化は、たいへんに豊かな文化だと言えるとマサビュオーは言っています。さらに日本では、この部的感情のあり方が体系化され、規制可能な心情の領域に組み入れられていて、これはたいへん有効に機能する可能性がある戸彼は言います。さらに日本では、しかるべく整理され、きちんと決められたシンボルとなった事物が、心の奥深くに共鳴すると、共通の文化に参加し、同じ文化を共有している社会集団に属しているという感覚が目覚めてくると言います。こうした感覚が、教育として機能して、象徴がアレゴリーとなるのであるというのです。

 マサビュオーは、日本では、家屋やさまざまなシンボルが教育的機能を持ち、日本人としての文化が形成されてくると言うのです。ですから、もしかしたら、私たち当の日本人にとっては、それは意識していないかもしれません。そのような見方から、日本の学校教育の姿を彼はどう見ているのでしょうか?

 彼は、日本の伝統的な教育は、二つのレベルでの教えを広める役割を見なっていると言うのです。教師は瞬時のうちに感じ取る能力に優れていることで信任されると見ています。そして、そのような教師の権威によって、社会的一致の理想や審美的隷従が強化されます。そして、教育は、説明して理解させることによってではなく、むしろ例を示すことによって行なわれます。それは、日本の教育の特徴と言うだけでなく、中国文化圏に属する極東の他の国々にも見られると言います。ですから、言われたことに従うといっても、それが行動にあらわれないのならば、たいして意味はないことになります。

 日本の親や教師は、西洋におけるよりも、伝統の規範を厳しく守ろうとしていて、模倣による教育は、伝統の基準に順応させたいという願いを実現するのに都合がいいと言います。しかし、この模倣主義は、親や教師に対していろいろと非難が向けられていますが、象徴についての彼らの理解の仕方と言語、そして社会的調和を維持しようという彼らの願いとに深く根付いていると言います。

 マサビュオーは、模倣は、いわば慈善事業であるという考え方をしています。その理由を、彼はこう言います。「模倣することによって、自分が社会規範に一致していると自認して、真であり、美であり、善であるとされているメッセージを受け入れ、継承しているからである。」と言っています。たしかに、真似をする場合は、それがいいと思わなければ、しないですね。子どもたちの模倣も、ただ何でも真似しているのではなく、何を模倣するかを選択をしているのです。

アレゴリー

 マサビュオーは、日本家屋には教育的機能があると考えています。しかし、それは、家屋だけでなく、人間社会のすべてがシンボルであり、特に日本では、そのシンボルはどれも教育的機能を担っていると考えています。このために、芸術や詩や実用品のいろいろな因襲的形態が混じり合った中から、はかなさが象徴されたものが選び出され、それが固定化したと考えているのです。

彼は、この象徴されたものをアレゴリーという言葉を使っています。それは、ある意味を、直接には表さず、別の物事に託して表す寓意のことで、まさに、日本文化を表わす言葉のようです。そのように表わすことで、シンボルやイメージを用いて表面的意味より深い意味を伝えることができます。このようなアレゴリーの動機には五つあると言います。その一つが、日本の文化は、何よりもまず、「瞬間の文化」であるというのです。一瞬に伝わるメッセージの文化だというのです。表象文字と音声記号が交互にあらわれる文章を読むときに、表象文字が最初に目に飛び込んできて、その内容が直ちに頭の中に伝わってくると言います。朗読したときのような音声上の読みが頭に浮かんでくるのは、それを全体的にとらえて、その象徴的な意味を理解するのだと言います。

この指摘は、よく言われます。日本人が優れている理由の一つに挙げられることもあります。もし、漢字仮名交じり文で書きあらわした文章を読むときと、すべてをひらがなで書いた文章を読むときでは、いくら漢字が難しいと言っても、漢字が入っている方が、瞬時に文章の意味を読み取ることができます。これが、幼児教育の一つに、「石井式漢字教育法」が提案されている理由です。この教育法の説明に、「漢字は一見複雑そうですが、それ故に識別しやすいのです。そして具体的な意味や内容を表わしていますから、幼児には絵を見るのと同じように理解されるわけです。つまり“目”で理解する言葉(視覚言語)が漢字なのです。」とあります。マサビュオーは、対象を模様化した姿を文字の中に習慣的に含み混むことができるからである。」と説明しています。

しかし、一致を旨とする倫理があって、みなが同一のことを把握すべく各人の理解の仕方が規制されているのでなくては、一瞬のうちに象徴的メッセージの全体を容易に把握できたとしてもあまり意味がないと言います。朝露、初雪、桜の花、動物、木目、花瓶の形といった事物に、それぞれ同じ意味を、そしてなによりもまず、それらのはかなさを認めようとすることは、それらの事物に記号としての絶対的な価値を与えようとすることだと言います。

個人は社会に仕えるべきであり、共同体の調和のために個人的な傾向は控えるべきだとされている社会にあっては、このように各人の同意を得ることは、社会集団の結束を固めることに他ならないと言います。個々人の無意識の衝動を抑えて、何が何でも全員一致を求めることは、道徳的に価値あることとされています。そして、あらゆる不一致は、結束を弱める可能性があるので、最初から疑惑の目で見られるのであると考えています。

彼は、日本人は、さまざまな身の回りのことにはかなさを認める合意がされていると見ているのでしょう。それは、良い面と悪い面があるのでしょうが、日本では、共同体の調和を図ることを優先していると見ているのでしょうか?

墨絵

   東京大学 第4回勉強会「レッジョ・エミリア幼児教育の紹介」の中で、担当した佐藤 朝美が、「光と影という強烈な対比(contrast)を好み、影遊びを常に保育の中に出来るようにしてある。OHPが置いてあり、スイッチさえ入れれば影遊びが出来るようになっていたりする。」と言っています。しかし、私は、日本の文化の中では、西洋で多く見られるような光と影は強烈な対比ではなく、緩やかな変化として捉えてきたのが日本の文化だと思うのです。それは、以前のブログでも紹介したように、谷崎の「陰影礼賛」に書かれてあるような、ぼかしであったり、薄がりであったり、いわゆる墨絵の世界の気がしています。ですから、子どもたちの影絵遊びも、OHPから映し出される、縁がくっきりしたものの影ではなく、障子に映した陰影の世界だったのです。その特徴を、マサビュオーは、こう表現しています。

 「藁でできた紙と墨が素材として選ばれていて、描いたあとで悔やむことはいっさい許されない。絵師は、一筆で作品を生み出さざるを得ない。これは、西洋における水彩画の場合と同様である。しかし、われわれが西洋の偉大な画家を賞賛するのは水彩画においてではなく、油絵やフレスコ画においてであって、材質や画面は頑丈で、重々しい額に入れられるか、巨大な大きさに描かれるかしていて、このうえなく微細な雪や、この上なくはかない日没が永遠性のあり方なのだと、見る者に保証する作品でなくてはならない。しかし、日本の芸術がわれわれに呼び起こす深い共鳴は、墨と水の単純な魔術、薄い紙の上に投げつけられた黒の痕跡と残された白地から生まれてくるのである。そして、人を寄せ付けない山頂や、広野の中で雪に埋もれそうな村、微細で簡単に描かれただけのシルエット、広大な風景の中で遠くに見えるだけの沈思するようなシルエット、これらのイメージは、はかなさの仏教的なメッセージを繰り返して、弱々しい画材がすでにわれわれに語りかけていたのと同じ事を教えてくれるばかりである。」

 私の部屋にある葛飾北斎の「富士越龍図」をいつも眺めています。この作品は、北斎が死の3ヶ月ほど前に描いたといわれ、絶筆ともいわれています。天に昇る龍は死が近づくのを悟った北斎自身を描いたものとも言われています。hokusaifuji (1)この白い富士は、白く塗ったのではなく、塗り残したものなのです。それこそ、地の素材その物なのです。絵の主役に手を加えずに、その周りを塗ることで、主役を引き立たせています。それは、同様に天に昇る龍にも見られます。hokusaifuji (2)最後の力を振り絞って、天に昇ろうとする龍は、やはりまわりの薄黒い雲が引き立たせています。この絵を絶筆とした彼の最後の言葉として伝わっているのは、「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし」です。それは、「もうあと5年長生きできたら、本当の画工になることができたものを」と言う意味ですが、まさにはかなさの中に次の飛躍を感じます。

 また、手ぬぐいとしてかかっている若冲の龍は、白黒の世界ではなく、グレーの世界です。jjakutyuryuこの絵を眺めているうちに、日本における影の文化を感じました。そこで、私の園に陰影を子どもたちが体験する「あかりの部屋」を作ったのです。そのきっかけは、この絵なのです。どちらの絵も、一筆で描かれています。まさに、マサビュオーが日本の墨絵を表現した永遠性なのです。

日本の美

 日本の住居において、非対称的であることは「自然」であり、景観の中に開かれていて、限りなく変化していく形態、つまり、表面的に未完成の形態を刻み込んでいくことになるとマサビュオーは考えています。さらに彼は、禅の美学は、素材そのまま用いることを好み、簡素な感覚の探求に基礎をおいていますが、のちになって、孤立した茶室のために考え出されたスタイルが、住居建築全体に広げられるようになったときに、この禅の美学が日本の住居の「自然のまま」を大切にする側面をいっそう強化することになると言います。木材は白木のままで用いられ、漆喰の粗塗りの土と砂のざらざらした表面が好まれ、骨組は単純かつ簡素で、中仕切りは外部から私的な空間を真に遮断せず壊れやすいのです。これらはどれも、はかなさを表現しています。そして、このはかなさは、好んで受容され、探求の対象となり、美的理想の地位にまで高められているのだとマサビュオーは言うのです。

 最近、彼の言う日本の「美」を実感する作品が登場しました。それは、今年のNHK大河ドラマ「真田丸」の題字です。sanadamarudaijiこの字は、飛騨高山に拠点を置きながら、左官の技術を活かして国内外で活躍されている挾土秀平氏によるものです。挾土氏の暮らす飛騨高山の赤土に、左官で使用する「こて」で文字を書いたものです。素材そのものを生かし、そこに一気に書いた文字、その目指すところは、「やり過ぎず、やり足りないことがない」という、微妙な線だと彼は言っています。そして、その字の脇にある泥の飛沫は、土という素材の力を感じてくれればと、このデジタル合成でいろいろとできてしまう時代に、あえて、一発勝負で泥を投げつけます。そして、しばらくすると、時の経過に、その土にひびが入り、砕け散ってしまいます。まさに、このドラマの登場人物を暗示するかのようでもあり、日本文化の美を表現してもいるのです。

 私は、SWITCHインタビュー達人達 Vol.87「土を生かす 命を踊る」というばっb組の再放送を見ました。その番組は、「連続テレビ小説 まれ」では塩田職人を演じたダンサーの田中泯との対談でした。その番組内で、挾土秀平氏は、土だけで作った様々なデザインを紹介しました。腐る直前の雑草を土に敷いて溝を彫ったもの、土を2層に重ねてミミズに土を食わせ模様にしたものなどですが、これは、土はもちろん、自然のことをよく観察し、熟知していなければ、そのような作品は生まれないだろうという感想を持ちました。マサビュオーは、こう言っています。「自然で生のままの姿は、形式的な感覚をどこまでも研究し、巧みに分析した末に得られるものである。こうした自然で生のままの姿の追求は、墨絵のような造形的空間の製作においても支配的である。」

 さらに彼は、この挾土秀平氏の作品を見たかのようなことを述べています。「創造的な辛苦が打ち砕かれる瞬間と道具の痕跡を、作品そのものを超えて、作品の理想的な完成のうちに示そうとする意志もまた支配的である。この場合、作品は、素描に辛抱強く肉付けをし、ニュアンスを加えて、綿密に仕上げていくことからでき上がるのではない。筆が一気に作品を作り上げ、それで作品はすべての魅力を備えてしまう。ときとして数え切れないほどの量になる習作が、作品制作の前に作られる。」

 「筆」を「鏝」に置き換えると、まさに挾土秀平の作品です。

日本文化のメッセージ

 日本では、言葉、文章、草木、素材、未完成な形、繊細な色彩、すべてが互いに結びついて、象徴的に構成され、そこにだれもが自らの運命のはかなさを読み取るまでになります。こうした機能が、ほとんどあらゆる種類の事物、生活空間、造形的空間、音響表現、音楽表現、詩的表現を取り巻いて、それぞれの根源的なメッセージが、日本の文化の中に取り込まれていくと考えます。

マサビュオーは、それがもっともわかりやすいシステムの一つは、正月の飾りと習慣の中に見られるとしています。家の門の前に長寿のシンボルである松、誠実さと徳のシンボルである竹、長い人生の間に蓄えられる豊かさのシンボルとしての羊歯でできた門松がおかれ、代々の意味に通じる橙と曲がった背が長寿をあらわす海老が飾られます。食べ物もマサビュオーからすると特殊で、不思議のようです。長寿、そして精力と決意の鯉、幸福の昆布、聖なる植物の蓮根、勤勉をあらわす黒豆などです。そして、共同体の調和を守る気持ちをみなが新たにする意味を持つ、親戚間の年賀の訪問、負債の返済、和解、数え切れないほどの年賀状。一つの年が過ぎ去って新しい時期の始まりが画されているときに、これらがそれぞれ、それなりのやり方で協力して、人生のはかなさの厄をはらおうとしていると見えるようです。

これらが、日本の文化を支えているとしたら、今はどうでしょうか?その意味が問われなくなってきただけでなく、そのものの習慣、装飾、食事、がなくなりつつあります。そして、はかなさのマイナス面だけが強調され、元旦から、正月の余韻に浸ることなく、さまざまな店舗を初めとして、行楽地などで精力的に行動します。それは、子育てにも影響します。正月はゆったりと家族全員で双六やカルタなどの室内遊びや、はねつき、たこ揚げのような屋外遊びは減り、ショッピングモールや、遊園地やイベントに出かけ、遊びを外注化しているような過ごし方をします。そのような時代の変化に対して、日本文化をどのように守っていったらよいのでしょうか?

マサビュオーは、日本家屋の中にも日本文化のメッセージを読み取っています。日々の生活空間である伝統的な住居も、似たような教訓を示しているというのです。ただし、日本の家が50年以上も損傷がないことはほとんどないように、家が客観的に長く持たないことと、家が与える教訓とを注意深く区別しなければならないとしています。巧みな建築家が住居の形、建材、色彩を洗練されたやり方で扱うことによって、これらの教訓を家に組み入れらのだと言います。建材が浸食を受けやすく、火に弱くて、長く持たないので、日本の住居は耐久性が弱いのです。しかし、日本の住居の歴史は、画一化された建築システムの中にはかなさの概念を徐々に刻み込んでいく歴史に他ならないとマサビュオーは見ています。

この画一化された建築システムは、中国の建築技術を寺院や貴族の住宅に適用した中世に成立したものです。ただし、日本の住居においては、対称的になることを徹底して拒んだことが、第1の特徴になっていると言います。このために、壮大で、「仕上がった」性格が退けられ、非対称性が得られることになるのです。

シュタイナー建築では、曲線を使うことが多いのですが、それは、精神的な表現であり、自然の持つ力の重要性を表わしています。日本の建築における非対称も「自然」の形態なのです。

日本文化

マサビュオーは、日本の家屋を考察する上で、日本の文化の特徴を考察しています。それを、俳人中川乙由の俳句「果てはみな扇の骨や秋の風」を通して行なっているのですが、この中川という人は、芭蕉の弟子であるとはいうものの、それほど名の知れた俳人ではないようです。特に、この俳句もあまり多くの人に知られているというわけではありませんが、マサビュオーがこの句に注目したとはすごいですね。特に、この句の中の「扇」に注目しています。彼は、こう言っています。

「扇は、人間の手を離れ、人目を引く上塗りは失われ、秋の風に吹かれて自然の中へと戻っていく。人間が加工する前に、この自然が張り紙の紙と骨の竹を与えてくれたのである。扇を奪っていく風、紅葉のこのうえない輝きの中に冬を告げる秋は、自然がわれわれに人間の生のはかなさを思い起こさせる数限りない声の一つでしかない。素晴らしい花盛りになる春でさえ、花びらが落ちれば、他のことをわれわれに語りかけてはいない。蝉はきしるような鳴き声で日本の夏を満たしてしまう。その蝉も、暑さが終われば死んで消え去ってしまうではないか。」

まさに木材と障子、畳で構成されている日本の家屋は、扇に似ていて、人間が加工する前にこの自然が私たちに与えてくれたものです。そして、それは、時の流れの中で変化し、朽ちて、自然に帰っていきます。この営みは、人間には逆らうことができないゆえに、それ自体に一つの価値を持ってきた日本の文化は、日本の家屋を初めとしたさまざまな生活用品を生んできたのでしょう。さらに、マサビュオーは、こう表現しています。

「恐ろしい突然の自然の暴挙は、自然の常の移り変わりよりもさらに力強く、人間の運命がいかなるものなのかを象徴的に人間に見せつける。しかし、そうした凄まじい自然の来襲よりもやはり、季節の移り変わりが日本のアレゴリーの比較の対象として好まれてきた。自然は美しく、反抗的である。人間を養い、魅惑する。しかし自然は、要求すべきものを要求し忘れることはない。こうした自然との親密な関係が、人間存在の根本的な基準になったのである。そして、秋、風、雪、夜、木の葉と花びら、霧、嵐といった自然が繰り広げる別れと死のイメージを貪るように汲み尽くして、自然を描写し、歌うことになる。」

日本では、自然の変化を素直に受け入れ、その変化を視覚、聴覚、触覚などから感じ、それらからの教訓が、和歌や俳句、絵画などのインスピレーションの源泉として、精神的、物質的、自然的なもののすべてに認められるというのです。その源泉について、簡潔な表現をしているものとして、中川の俳句を紹介しているのです。

これらの日本的なものを俳句は凝縮して表現をしています。このように局限されたイメージ、言葉、文章、草木、素材、未完成な形、繊細な色彩、すべてが互いに結びついて、象徴的に構成され、そこにだれもが自らの運命のはかなさを読み取るまでになります。これらのシンボルは、体系化され、強められ、繰り返され、象徴的なものとして表わされ、それぞれが全体のメッセージの一部分を繰り返し続けていきます。こうした機能が、ほとんどあらゆる種類の事物、生活空間、造形的空間、音響表現、音楽表現、詩的表現を取り巻いて、それぞれの根源的なメッセージが、日本の文化の中に取り込まれていくのだというのが、マサビュオーが展開する日本文化論のようです。

扇の骨

 日本の文化の中には、好むと好まざるにかかわらず、何かしら宗教の影響を受けています。マサビュオーから見ると、わびしさは、仏教の教えに直接由来していると言います。仏教は、日本の精神的な面だけでなく、文化的な面においても、あらゆる表現形態に浸透していると考えています。

 また、神道のアニミズムは、魂を、自然の偉大な力に結びつけ、表現がまだ与えられていない根源的な神話的現実に結びつけていると見ています。儒教は、厳しく固定的な倫理から必然的に出てくる要素を一連の掟に鍛え上げていると言います。それは、間接的には、国の恒久性を掟にまで仕上げているというのです。しかし、5世紀から今日に至るまで日本に存在してきた仏教の諸宗派は、神道以上に、そして儒教とは反対に、人間の所業と人間自身の滅びやすい性格を強調していると言います。それは、何度も何度も繰り返される決まり文句の中でばかりではなく、「果てはみな扇の骨や秋の風」の俳句に見られるように、詩的、文学的な言語を通じても、また、日常の言語を通じても行なわれていると見ています。ただし、禅は例外であると言います。禅の行においては、言葉は精神との余計な障害物でしかないというのです。

 この俳句は、私たちの行き着くところは、扇の骨のようなものでしかないと詠んでいます。人間の所業も朽ち果てるのです。陶器や漆器、紙でできた中仕切りなど、壊れやすく厚みのない日常用品の素材の選択の仕方を見れば、年月が経った場合のことについておおまかにしか考えられていないのは明らかだと言います。

 日本文化における「はかなさ」についてのマサビュオーの考察は、なかなか深いものがあります。しかし、当の日本人からすれば、いくらはかなさに美学を見ているとしても、日常用品の素材を、そのような観点から選択しているようには思えないのですが。日本には、四季があり、温暖で、自然が豊かであり、長い歴史の中で自然と共生して生活してきた知恵でもあると思うのです。マサビュオーは、日常用品の巧みで厳格な扱い方を見ると、まだ未練が残っていると言っています。複雑なけっこうの住居や寺院や城、整然とした段々の田、置物のなめらかな面、こうしたものすべてが人間の労苦の存在を物語っていると言います。

日本においては、すべてが「末永くかわらぬべきよう」なのだと言います。しかし、もののはかなさの残骸は、どんな言葉よりもはっきりと人間の運命のはかなさを教えているというのです。ですから、ものははかないと公然と言い表すに値するのだというのです。京都の苔寺の池に半分腐った小舟は、遠い昔からそのままであり、博物館の陳列ケースの中に穴の開いた日傘がおかれ、著名な庭園の奥に崩れかかっている小屋があるのは、どれもはかなさを表明するためでしかないと言います。

彼は、さらにこう考察していきます。すべての形のあるものが、完成に至るのは難しく、完成しきれず、結局は未完成の状態に終わってしまいます。ならば、形を作り出すときから、ものを未完成の状態にしておいて、ものが一時的でしかないという刻印を押しておいてもよいのではないかと考えます。茶の器をこねながら、わざわざ輪郭を不均等にし、だいたいの丸みしか付けず、肌をざらざらにし、うわ薬に変化を付けます。この作業は、時の施す作業を先取りし、古びたものの効果を人工的に模倣するのだと言います。長年にわたる航海で削られた舟板をさまざまな日常用品として再利用すれば、水と潮風の痕跡がただちに日常用品の世界に入り込むと言います。床の間を守る柱は、何世代もの間、守り続けてきたかのように、巧みに磨き込まれているというのです。こういうことだったのですね。

はかなさの美学

 いままでのマサビュオーの日本の家屋の考察から見ると、日本では、弱々しいもの、移ろいゆくもののはかなさへのあこがれがあるかもしれません。マサビュオーから見ると、「日本の住居の外壁はもろく、植物性で、気候の荒々しさに対してむき出しで、消耗が激しい。季節によっては厳しいものになる外の環境に対して、わざわざ開いている。ところが、この不適切な生活の枠組みが、何世紀もの間にわたって体系化されてきた。こうした日本の住居について分析してみると、西洋の石造りの家に認められるメッセージとは違うメッセージ、時のはたらきに抵抗するのではなく、時のはたらきを重視し、それに適応していくことを規定している文明のメッセージを読み取ることができる。」と言っています。

 たしかに、日本の家だけでなく、庭、家具、工芸品などは、自然と共生し、素材そのものを大切に使い、時の流れにも、逆らわず、その流れを受け入れ、その流れでさえ美に変えてしまう技を感じます。そこに、日本の文化である「わび・さび」を生み出したのでしょう。もともと、「侘び」は「侘ぶ」という動詞の名詞形で、元々は「わびしい、悲しい」という意味です。そこから、「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」というような心身の状態を表すことばでした言葉でした。それが、中世に近づくにつれて、不足の美を表現する新しい美意識へと変化し、室町時代後期に茶の湯と結び付いて急速に発達していきます。この「不足」を「美」に持って行くのが日本の特徴です。

一方「寂び」は「寂ぶ」という動詞の名詞形で、こちらの意味は「さびていく、廃れていく」ということです。本来は、「侘び・寂び」は、どちらもネガティブな感情表現だったのを、この物悲しい様に日本では古くから美しさを見出してきたのです。例えば、散りゆく桜、落ち葉、こけに覆われた岩など、自然界でも生き生きとした自然より、はかなさ、命が終わる様に情緒を見出してきた面があります。

このはかなさを称揚する考え方が、墨絵から陶器にいたるまで、文化のあらゆる面に認められるとサマビュオーは言います。詩の中や、毎日の生活の中で繰り返される美や愛についての表現にも認められると言います。形態や色彩、言葉、振る舞い、行為、絵画や服装、花瓶や詩などの体型を通して、はかなさのアレゴリーがいたる所に見られ、人間の努力が、一時的なものでしかないことを思い起こさせると言います。これに対して、対照的な配置のフランスの町や庭、頑丈な建物、厳格なフランス詩法などは、彼らの空間や時間への支配が永遠であるという思いを抱かせていると言います。

日本のこうしたメッセージは、視覚、聴覚、触覚に訴えかけていて、いたる所に認められると言います。日本的なアレゴリーの教訓の形態にインスピレーションを与えている源泉には、精神的なもの、物質的なもの、自然的なものの三つがあるとマサビュオーは考えています。これら三つがほとんどの場合に認められると言うのです。彼は、この三つの源泉について、素晴らしく簡潔な表現を与えているということで、俳人中川乙由の俳句を紹介しています。「果てはみな扇の骨や秋の風」という詩句の冒頭のわびしい展望は、仏教の教えに直接由来していると言います。彼は、仏教は、日本の精神的な面だけでなく、文化的な面においても、あらゆる表現形態に浸透していると考えています。

古びる

 マサビュオーは、日本の手染めの布とか陶器とか、自然木の細工物とか、古びた漆器といった品物を外国で見ると、その神秘的な輝きは放たなくなってしまうと言います。その奥深い色合いは消えてしまい、いわば「死んで」しまうと言います。しかし、日本の工芸作品の中でも生命を保ち続けるものもあると言います。それは、もっとも自然味の乏しいもの、つまり、人間の意思の力で自然の影響力を最大限に消し去ったようなものだけだと言います。

たとえば、古金色を背景にして、浅く浮き出た色とりどりの花が束になって、あちこちに広がっているような桃山時代の大きな屏風とか、蒔絵で飾られた漆塗りの箱とか、豪華な刺繍がほどこされて、色の調和の感覚が極めて西洋的な能の衣装などだと言います。このような品ならば、どこへ持って行かれようと、変わらずに美しく輝き続けていますが、他のものは、故国の島から出た途端、たちまち生命を失ってしまうと言うのです。前者は、元の素材が虐待され、手直しされ、装飾が施されているから、故国を出ても、生き延びていく権利を獲得しており、その他のものは、日本の国、日本の家、日本特有の知的、感覚的な雰囲気の中にしか、安住の地を見出せないのだと認めざるを得ないというのです。

ですから、日本の偉大な芸術作品の中で、すべての国の人々にその魅力を訴えかけることができているのは、ごく限られたものだけであって、それらは、この上なく鮮やかで、きらびやかなものですが、輝きに深みの乏しい品であるとマサビュオーは言います。古い屏風、刺繍のある豪華な衣装、ごたごたと装飾が施された漆器や彫刻など、美しさが理解しやすく、まったく外面的で、誰もが感心できるようなものが、外国の美術館や美術品愛好家の金持ちから引っ張りだこにされてきているそうです。

しかし、日本人は、もっぱら自分たちだけのために、そして、わざわざこの遠い島国へやってくる外国人のためだけに、自分たちにとって、もっとも魅惑的な作品を確保していると言います。こうした作品の美しさは、日本という島国で生まれたものであり、この島国でしか生まれ得ないもので、そして、この島国でしか輝かないのだというのです。

マサビュオーは、ここでフランス人の二人の詩人の言葉を引用しています。一人は、シャルル・ドルレアンの「この世はむなしいばかりである」という言葉と、ルネ・シャールの「人の想いの多くは、はかないものを追ってとどめもない」という言葉です。この醒めた言葉は、4世紀もの隔たりのある王政とブルジョワ支配の二つの別々の不安な時代にあって、似たような考えを抱いていると言います。

当然、日本にも同じような言葉がありますね。みんながよくしている言葉としては、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕わす」があります。それは、多くの民族が、それぞれの歴史を生きていくうちに、こうした考えを抱くに至っているのです。それは、彼らは、すべてが本質的にはうつろっていくということを尊重しつつ、時間と空間とに独自な工夫をして、自分たちが作り上げたもののうちもっとも果断で、長く存続しそうなものに自分たちの刻印を残してきたとマサビュオーは考えています。

こう思って、日本の家屋を眺めてみると、どうでしょうか?日本のさまざまな作品はどうでしょうか?ある意味で、日本では、弱々しいもの、移ろいゆくもののはかなさへのあこがれがあるかもしれません。