さまざまな影響

 最近のブログは、ドイツ報告から始まっています。それは、今回のドイツ研修のテーマが、ドイツを見ることで、日本らしさ、日本の伝統を見直そうという物でした。それは、ちょうど今年の園のテーマが、「伝統を見直そう」ということだということもあり、また、最近の保育においても、もう一度伝統的育児、日本で継承されてきた保育を見直そうということもありました。

 その中で、ブログの最初の頃に欧米と、日本家屋、城などにおける間取りの取り方の違いが、保育室の空間作りに影響しているという話を書きました。しかし、簡単に日本における住居の間取りといっても、建築の専門家から見ると、代表的な間取りは、いくつかの地方では、部屋の配置がオリジナルであるようです。マサビュオーは、まずそれを紹介しています。九州の山地地域ではすべての部屋が1列に並んだ配置になっているそうですし、中国地方の奥まった地域で多く見られるのは、基本的に三部屋になっている間取りだそうです。そのほかの地区でも少なからず特徴があるようで、家の部屋に与える名前も地方によって、また、一つの地方の内部でも複雑、多様のようです。

 そうであっても、日本の家屋が他国と比べて「家が家族生活、共同生活にとって本質的なようであることは周知のごとくである。」それは、日本の建築的慣習の豊かさのいくらかは、さまざまな文化からの借用が集められていることと、本来的に日本らしい文化を意義あるものとして創り出そうとして修正が加えられて事から生じていると、マサビュオーは考えています。例えば、叩き土の広間(土間)や四角い火床(囲炉裏)、棟の垂木や千木はシベリヤの建物を思わせるし、関西の閉じた中庭は中国北部を思い起こさせると言います。ピロティや藁葺き屋根はカンボジアやメラネシアを思わせ、竹組の屋根は特に朝鮮を想起させると言います。

 彼は、格好の類似点と相違点を検討をすることによって、伝統的な日本の家屋の特徴を示そうとしています。さまざまな見方から、彼は結論としてこう記しています。「日本の家の周辺には多くのさまざまな影響が及んだであろう。そして、それらの影響が採用されたり拒否されたりしたのは、通時的な過程の中での出来事であって、それがどのように展開したのかを一つ一つ段階を追って記述する必要があるだろう。伝統的な建物が問題となる場合、無名の人々によって作られていて、いわば永遠に続いてきたような姿をしているために、実際には知られていないが、具体的な歴史がどんな場合にもあったことが隠れてしまう。」

 確かに、私たちは、住居はあまり変わらない物、日本の家は長い伝統があると思いがちですが、実は、時代によってさまざまな影響を受けてきているのでしょう。それでいながら、日本の住居は、広い範囲にわたってたいへん均質で、また、たいへん数多くの人によって使われているのです。マサビュオーも、「何世紀にもわたってこうした生活の枠組みが素晴らしく安定して続いてきたことと、日本民族の価値観において、また、行動様式においての奥深い均一性とは、果たして偶然の一致なのだろうか。それとも、共通の起源があるのだろうか。また、相互作用があるのだろうか。こうした疑問を持つことは正当である。なぜなら、日本の住居の場合には、無限にと言っても過言でないほどの多様な影響を受けながら、たいへんに調和が取れていて、一つに統一された家のモデルが成立したのであり、日本人は周囲の多様な民族から自分たちに合ったものだけを採用して、素晴らしく均質な家を自分たちのものにしたからである。」と分析しています。