社会を維持する家

 たいへんに鋭かった相互依存の意識がしだいに弱まっていきました。特に農業や手工業の作業が、その場の空間的な枠の外でも次第にできるようになってきたためということがあります。氏集団の成員が共同で土地を保有することはなくなり、こうした土地も細分化されるようになっていきました。こうなると多くの作業が、近所の者や隣村のものの助けを借りて行なわれるようになります。大家族の成員が一堂に会する機会は散発的となり、ついには結婚や特に葬式といった儀式の時だけになってしまったとマサビュオーは考えています。

 職業が多様化し、専門化した手工業が飛躍し、また取り引きも飛躍して、大家族の成員がだんだんと外へ出て行くようになりました。こうして生産単位だった当初の氏集団が、何よりもまず消費の単位である小規模な家族となっていきました。土に直接関係しない者の数が増大し、農村の人口過剰によって、人が一時的に他へ出て行くようになり、それがまもなく決定的移民となって、徳川時代になると、各人が自分の職業を選ぶ権利を与えられ、このことが大家族の成員を結びつけていた経済的な絆をさらに弱め、経済的統一基盤を失った大家族は、これ以後急速に崩壊することになっていったのです。

 家族内部の関係においての家の役割についてのマサビュオーの考え方は、家族的モデルが適用されているさまざまな社会的単位のどれにも当てはまります。とくに、明治時代以前は、住居群共同体がこれらの社会的単位をまとめていただけに、これは顕著な特徴だったのです。その家族的な帰属意識は、個人的な私生活が完全に拒否されることによって、強化されていたのだと言います。そして、この個人的な私生活の完全な拒否が、日本の家建築の特徴なのだとマサビュオーは言います。

 家は、集団の団結を確保します。そのことによって、経済的行動の団結をも確保しているのです。各人は、他の同居人すべてに、そしてまず第一に「家族」に、監視されつつ暮らしていると言います。農村共同体については、さまざまな生産単位である小規模家族、大家族、部落共同体の成員の人間関係のあり方を通して、家がどのように同様の役割を果たしているかというマサビューの考え方は、いままでのブログで紹介しました。

 家族的モデルに従って、生産、そして分配や消費のような経済的活動のすべてが、厳密な上下関係に位置づけられているというのです。社会学的に言えば、人間の作業が行なわれ、方向付けられるのは、常にタテ関係の依存の連なりの中にある、一つのレベルにまで拡大され、序列関係の枠内においてのみ展開する限りにおいて、家族的モデルとその番人である家は、本質的な機能を担っているというのです。伝統的な家は、家族的構造の厳密な鋳型の中に個人を閉じ込め、連帯関係の正常な展開を確保し、生産単位内の管理をしていると考えています。

こうして伝統的な家は、生産そのものとそこから正常に生じる交換活動に、直接かつ不断の影響を及ぼしていると言います。伝統的な家は、一定の経済システムを安定させる役割を果たしており、受け身的な絆どころでなく、本質的な歯車の一つとなっているのだとマサビュオーは言っています。

日本の家は、そこに住む人々が自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築していくようです。

社会を維持する家” への16件のコメント

  1. 職業が細分化され、共同で土地を保有することがなくなったことで、土地も細分化され、それぞれが離れて暮らすようになったからだったのですね。江戸時代ですでに、このような現代にもつながるような暮らし方の変化があったのは意外でした。「生産単位だった当初の氏集団が、何よりもまず消費の単位である小規模な家族となっていきました」という部分が印象的でした。この頃からすでに現代につながるような消費社会が始まっていたのですかね。個人的な私生活が完全に拒否されていたことによって家族の帰属意識が強化されていたことが日本の家の特徴だったというのはやはりインパクトがあります。「家族に監視されつつ」ともありましたが、現代では、家の中でも私生活が当然ありますし、家族に監視されない生活も同じ家に住んでいながらできます。そのことが私自身も当たり前だと思って生活してきました。逆に私生活が拒否された空間で、家族に監視されながらという家に果たして住めるだろうか?と思ってしまいます。しかし、それは家族の中にいること、人といることにストレスを感じなければ、そして、そのような環境が最初からあればまた違ってくるのかもしれません。環境との相互作用にもなってくると思うのですが、だからこそ保育園はそのような伝統的な家の特徴である、監視や私生活が拒否されるような環境である必要があるのかもしれませんね。というより、そのような生活になっているなと気付かされました。

  2. 伝統的な日本の家が、人間の自発性を生み出し、社会に対して積極的に働きかけるような環境であるというのは驚きました。まさに、保育環境として望ましい環境なのですね。また、「伝統的な家は、家族的構造の厳密な鋳型の中に個人を閉じ込め、連帯関係の正常な展開を確保し、生産単位内の管理をしている」という部分から、「規律」とか「掟」、「序列」など、これまで考察されてきた単語を思い出す事が出来ました。これらが、人間の言葉として作り上げられるものではなく、「家」という何も語らぬ存在が、人間を自ずと方向付けることができる、魔法のような働きがあることにまたまた驚いてしまいます。そして、個人・地域・国全体への統一性だけでなく、社会を維持させるための確保や管理などの働きもあるということは、日本の文化を伝承させる上で、非常に効果的な環境の一つであるということだと感じました。文化を伝承する人が少なくなってしまった現代で、語らずとも人に生き方を自発的に体験させることができる日本家屋の、さらなる可能性を感じることが出来ました。

  3.  「前に進む為には現在地を知ることが大切」という言葉をよく耳にしますが、〝家族に監視された状態にある〟ということを自覚すると、例えばそこで感じていたストレスが軽減されるような印象を受けます。家にいるとなぜかイライラしてしまう人がいるとして、なぜイライラしてしまうのか、その原因を知ることは、とても大切なように思うのです。それは家族からの監視というものであったとすれば、ちょっと散歩に出てみる、とか、自分の部屋のある家に引っ越すとか、色々改善策は出てきそうです。家というものが、自分の生き方や、自分の性質と深く結びついているという点を踏まえれば、そこを配慮した家を選ぶことで、大幅に日々を改善していくことができるように感じます。身近な話題にしてしまって、大変恐縮なのですが、これからの家選びの基準に、日本人という性質、日本人という精神、そういったものを踏まえて、家を決めるということは、とても大切なことのように感じられました。

  4. 「明治時代以前」の家の機能、すなわち「個人的な私生活の完全な拒否」と「監視されつつ暮らしている」ことを可能にする家の機能は、明治以降に大きな変貌を遂げることになります。これは、明治時代から始まる西洋文明の積極的な受け入れがその原因だったのでしょう。そして、決定的な影響を及ぼすのは、第二次世界大戦において我が国が敗北し、アメリカの占領下に置かれた以後です。高度経済成長という所得が倍増し、増えた所得でアメリカナイズされた生活の追及がテレビの米国ドラマの家族像に後押しをされて急速に進み行きます。基本的には、個人も家族も、社会からの監視を拒否し、家庭内でも私的生活の確保が目標とされ始めました。「自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築」しない社会となり始めました。これは日本という国や社会が崩壊し始めているということでしょう。その意味で、家や建物について私たちは再考し、伝統社会の復権による日本人社会の維持ということを考えなければならないのかもしれませんね。

  5. 江戸時代においても現代と同じような理由で大家族が崩壊をしていたんですね。驚きます。
    〝「家族」に、監視されつつ暮らしていると言います〟とあり、この監視から逃れたいと思うようになることが、自分にもあったことを思い出しました。
    ですが、そんな反発をも受け入れ、包んでくれるのが家であり、家族ということだと思いました。
    現代ではこの『監視』の機能は低下していると思います。それは、インターネット、SMSの普及など様々な要因が考えられますが、伝統的な家を見つめ直すことにより、ヒントが得られるように思われます。

  6. 職業が多様化することで、様々な場所へ家庭から出ていき、そこで、゛徳川時代になると、各人が自分の職業を選ぶ権利を与えられ゛とあるように、自分で選んだ職業を選ぶことができることで、大家庭としてあったものが散々し、小家庭が多くできていったのですね。この事が、経済的に大きな影響を与えたという内容がありましたが、今までにあった、家庭内での培われてきた序列や掟など、規律としてあったものは、このことで、変化していったのは、目に見えてくることだと考えられました。今までは、個人的な思考は認められずに、゛家族的な帰属意識は、個人的な私生活が完全に拒否されることによって、強化されていた゛個人的な考えを無くすことで家族と社会の組織体を作り上げてきましたが、それが、゛日本の家は、そこに住む人々が自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築していく゛というようになっていくのですね。
    自発的というところは、私たちが、普段の保育の中で、大切さにしている部分であり、選ぶ権利があるという形が、大きな影響を与えていることを保育の中でも、考えられるのではないかと思いました。

  7. 毎年、嫁の実家では餅つきがあります。正直面倒な作業ですが、そのときは親戚が集まります。集まることで様々な会話が生まれます。今年も餅つきで親戚が集まり、久しぶりに会うことで、様々な会話が生まれました。その様子を見ていると、昔の家ではこのような風景が毎日のようにあり、当たり前の風景だったのかと感じました。昔と比べ家族の形が変化しつつある現在、日本の家の文化の伝承が課題のような気がしました。

  8. 相互依存の意識がしだいに弱まっていった背景には、職業や土地が細分化されていったことが挙げられるのですね。また「徳川時代になると、各人が自分の職業を選ぶ権利を与えられ、このことが大家族の成員を結びつけていた経済的な絆をさらに弱めた」とあり、自由の範囲が広がるにつれて家族の枠から飛び出していく印象を受けました。
    家族的な帰属意識は、個人的な私生活が完全に拒否されることによって、強化されていったとあり、「家族」に監視されつつ暮らしている環境が帰属意識の強化に繋がったのですね。現代では監視されない暮らしが確保されている家が多い反面、家族的な帰属意識は低下しているとも考えられるのでしょうか。また、日本の伝統的な家が経済システムにまで影響を及ぼしていることで本質的な歯車の1つとなっていることに驚きました。家選びでは生活のしやすさなど考慮する点は多くありますが、日本的な家の特徴を考慮した上で選んでいく必要性が今後の日本にはあるのかなと感じました。

  9. さまざまな社会環境において、日本家屋の在り方も次第に変わってきたということですね。「今までは家庭の中で行われていたことがその場での空間でなくてもできるようになったことで、家庭として一堂に会することがなくなった」とあります。まさに今、現在の社会の在り方はこういった形ですね。そして、今では一家の大黒柱という考えも次第に少なくなっていますし、女性の社会進出など、また、時代は刻々と変化しています。その中においては、序列という考えも大きく変化があるのが今の時代でしょうね。ましてや、最近ではこの「序列」という考え方そのものが否定されていることも多いです。しかし、ここで言われている「序列」というのは、私がおもっているような「トップダウンの枠組み」や「年功序列」といった意味ではなく、「社会を維持するため」のものであり、あくまで最後の文にあるような「そこに住む人々が自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築する」ということを学ぶ場であったのだと思います。どうも「序列」の考えにおいても、「誰が偉い」ということが前にでるばかりで「何がいいこと」というような中心となるものを議論されるようではないように思います。昔とは違う今において、「社会を維持するため」にはどういった空間を構築するべきなんでしょうか。今回の日本家屋からも整理して、得るものを見つけたいと思います。

  10. 大家族の成員が一堂に会する機会は散発的となり、ついには結婚や特に葬式といった儀式の時だけになってしまった、というマサビュオーの言葉はとても理解できます。実際に私自身が地元を離れているため、家族が一堂に集まるのは今のこの時期か、冠婚葬祭です。江戸時代に各人が職業を自由に選べるというのは、それまで決められた仕事しか行ってはいけない、農家に生まれたら農家の道、商人だったら商人の道と、勝手にレールを引かれた人生から自分で選択できることは素敵なことではないのかな?と思いましたが、その代償として、大家族の成員を結びつけていた経済的な絆をさらに弱め、経済的統一基盤を失った大家族は、これ以後急速に崩壊してしまったのですね。今回のブログで少し気になったのは、各人は、他の同居人すべてに、そしてまず第一に「家族」に、監視されつつ暮らしているという部分です。監視ではなくそれこそ「見守る」ではないのかな?と思います。家族からそれぞれが見守られることで自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を築いていくのだと思います。

  11. 土地の細分化や、職業を自分で選べる権利があることによって家族の経済的な絆が弱まっていったのですね。それは現代と同じで結婚式や葬儀でしか親戚が会わなくなるということにもつながってしまうのですね。ただ「家は、集団の団結を確保します。」ということに安心感を覚えます。「日本の家は、そこに住む人々が自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築していくようです。」とあるように人々を結びつける役割を強く担っていることがこれまでのブログで伺えます。そう考えると保育園という建物と同じで自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築していける環境を作ることが大事になってくるのだろうなと感じます。監視や私生活が拒否されるということへの考えは少しマイナスなイメージを持っていた分考えがガラリと変わっていく印象を受けています。少し考えを変えていく機会であるのですね。

  12. 鋭かった相互依存の意識がしだいに弱まっていったのは土地や手工業等の作業の細分化が影響しているのですね。今では様々な作業が分業化され、それを職業として行うのが当たり前のことですが、かつてはそれらを家、家族という一つの単位で行い、それが成り立っていたということにも驚いてしまいます。社会としての機能が家、家族という単位の中で成立していたといことなのですね。そして、そうであるからこそ家族の繋がりや関係性が重要だったことが伺えますが、それを思うと確かに現代の家族としての関係は希薄ですね。私の家では親戚などの一族が集まるという機会がほぼ無くなっています。生産や作業において細分化されることにより、人は職を選べるという自由を得ることができたのかもしれませんが、それによって失われた関係性というものにも目を向けることで、新たに見えてくるものがありそうですね。

  13. 古き日本というまだいろいろなことが定まっていない時代においては、血のつながりということが唯一の信頼であり、そこから少しづつ様々な環境が整えられていくことで、人間関係も充実していき、また仕事を選ぶなど自由な面も増えていく。こうした相互依存の意識緩やかになっていくのと同時に、自分の可能性も自主性も大きくなっていくものなのですね。
    そして日本の伝統的な家は「そこに住む人々が自発的に社会を維持し、共同体としての人間関係を構築していく」というがすごい力を持っているということをあらためて感じました。

  14. 「大家族の成員が一堂に会する機会は散発的となり、ついには結婚や特に葬式といった儀式の時だけになってしまったとマサビュオーは考えています。」とあり、まさに私もそうです。特別な時にしか集まらず、正直面倒だと思ってしまいますが、これからは伝統をいかにして守るのかということが大切になってきますね。「守る」ではなく、私自身が日本の伝統について何も知らないことが多いため、学ぶ必要を感じました。
    江戸時代から現代のように大家族が崩壊していたのですね。私は監視されることに反発していましたが、それが逆に帰属意識を生むことには驚きます。目に見えない繋がり、絆、そういうものはやはり家族から生まれるのですね。

  15. 「大家族の成員が一堂に会する機会は散発的となり、ついには結婚や特に葬式といった儀式の時だけになってしまったとマサビュオーは考えています。」とありましたが、確かに私自身も1時間くらいで実家には戻れますが、ある意味いつでも帰れる距離なのでそれこそ冠婚葬祭や正月くらいしか帰らなくなってしまいましたね。また昔とは違い、現代では電話やメール、SNSなど連絡をとれるツールがたくさんあることから、より帰らなくなっている気もしますね。多様な職種に就けることで良い面もありましたが、「家」としての団結力は薄れてしまっていったのですね。

  16. 相互依存というのは、氏集団でのことですね。農業や手工業において、近所の者や隣村の者の助けを借りるなら、相互依存なのかなと思っていましたが、違いました。集団の規模が大きくなったということでしょうか。だからこそ、家族集団は小さくなっていったのですね。また、家はその集団の団結を確保しており、経済的行動の団結をも確保しているのですね。

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