接待する部屋

生活が、社会的関係の調和をつかさどるさまざまな規定に適合した表面的な威信の領域と、隠された質実さから、貧弱の状態に移行してしまい、実体が次第に隠しきれなくなっていった領域のふたつに分離し、この状態は、武士階級から次第に豊かな町人、そして民衆の階層にまで広がっていきました。そして、この分離を、家がきちんと支えていました。こうした展開は、村の有力者を介して、早くから農村にも及んだようです。大地主は、土地の役人であることも多く、大名の間接的な支配下にあって、この役目のために、壮麗な部屋を持つことが必要になります。彼らは、支配人であり裁判人でした。壮大な人は、ずらっと並んだ控えの間や座敷が、彼らの公的な活動に威厳を与えましたが、この威厳は、彼らが代理人となっている権威の威厳だったとマサビュオーは言っています。

大地主の昔の住居の例は、日本の農村に多く見ることができると言います。壮麗な部屋は、偉い人たちを接待するためよりも、むしろ身分の低い者たちのために感銘を与えるためのものだったというのです。逆に、封建制の厳格な規制が農村に打ち立てられ、役人である武士が巡回してきて訪問することが多く、こうした恐れ多い客をきちんと接待するために、富裕な農村は自分たちの住居に手を入れねばならなかったというのです。とりわけ接待用の特別な部屋が必要で、家族の憩いの場としての家の機能は、次第に従属的な地位に押しやられていったのです。

マサビュオーは、東北地方の住宅を観察しています。18世紀末か19世紀に建てられたほとんどの大邸宅の間取りを見ると、すべての部屋が非常に安定した序列に従って並んでいる姿を見つけています。社会学者の今和次郎は、調査のために東北地方を訪れてこうした大邸宅や入口に立ったときに、女主人が、調査の一行を玄関で迎えるか、縁側で迎えるか、それとも客間に通すかを決めるために、どのように品定めをするのかについて述べ、これは、昔からの習慣を彷彿とさせる出来事だったとユーモアを交えて語っています。また、どの家にも、一通りの茶道具や座布団があります。また、トイレも二つあります。本当に心地よいもののほうは、客専用なのであったと言います。

マサビュオーは、日本家屋についてさまざまな観点から考察していて、非常に興味深いものがあります。家の中での各人の所定の位置についても、考察しています。確かに私たちは、部屋の入るとそれぞれ座る位置を考えます。それは、そのメンバーの中で、誰が主役か、誰が客人か、誰が年配かを考え、位置を決めます。そのために、その部屋のどの場所が高いのかを知っていなければなりません。それは、タクシーなどに乗る場合も同じです。高い地位の人からどのような場所に座るのかを考えます。それって、外国にもあるのでしょうか?

日本における各人の位置は、家族用の囲炉裏の周りでもすでにかなり厳密だとマサビュオーは言います。しかし、客間ではそれ以上に厳しく決められていると言います。客は床の間の前の上座に座るのですが、畳のつなぎ目にかからないで、一つの畳の上に座れるように畳の配置が案配されていると言います。畳が単なる座席用の敷物で、床張りの上に並べられていただけの頃の名残であろうと言います。茶の湯は、日本の儀礼に強い影響を与えていますが、特に、各人の所定の位置についての影響は大きいと言います。

接待する部屋” への16件のコメント

  1. 武士が巡回してきて、訪問する時に、接待をするための部屋を用意する必要があったのですね。巡回だけではなく、訪問というのは厄介ですね。玄関口で…という訳にはいかなかったのですね。ただ、裕福な農村ともあり、余裕のある所ではそのような接待をすることで、武士とのつながりを深めたり、維持したりということもあったのですかね。家の中での各人の所定の位置はおもしろいです。友達数人を家に招き入れた時でも、さて、どこに座ってもらって自分はどの位置にいこうかとやはり考えますね。メンバーが変わればまたその中で序列のようなものも考え、それぞれの人をどう座ってもらうのか考えますね。とても複雑なことのように思えてきました。家族の中でもあって、こたつなんかが出るとなんとなく家族それぞれのポジションが決まっていて、それが時折狂うと違和感を覚えますし、「そこ私のところなんだけど」なんて言われたり、言ったりした経験もあります。そのようなポジションの取り方は接待というよりも、自分を落ち着かせるために場所を決めているということなのかもしれませんね。

  2. 大地主の住居について、「壮麗な部屋は、偉い人たちを接待するためよりも、むしろ身分の低い者たちのために感銘を与えるためのもの」といった表現がありました。身分の低い人々に多くの感動を与えることが目的でもあった住居の形から、次第に接待に対する重要性が高まり「従属的な地位に押しやられていった」という流れがあったのですね。同じように“相手へのおもてなし”でありながらも、少し意味合いが変わってきますね。また、畳の上に座る時の位置や、茶道具や囲炉裏に至るまで、「序列」が存在していたようですね。日本人は、知らぬ間に「序列」の精神を体験していたわけですが、それを体験する機会が減っているのは間違いないと思います。その機会は、今の時代に必要なのか、それとも、新しい「序列」を創造するべきなのでしょうか。

  3. セミバイキングの配膳を行ってから、席を選ぶことの難しさを実感しました。決められている席の有難さを実感します。和室で席を決める場合にどこの席が座るのかとても迷います。また、その時の主旨やメンバーによっても違ってくるので迷います。床の間の部屋がある場合にはわかりやすいのですが、最近はデザインの問題なのか、わかりにくい場合があるのでそのな時にはとても困ります。確かに暖炉の部屋だと、どうするのでしょうか。今まで考えことがなかったので、機会があったら調べてみたいと思います。

  4. 壮麗な部屋は、偉い人たちを接待するためよりも、むしろ身分の低い者たちのために感銘を与えるためのものだったとありました。てっきり逆だと思っていました。感銘を与えることで、そこに至りたいという思いを彷彿とさせる目的があるのかなとも感じましたし、他にも何か意図がありそうだなと気になりました。
    マサビュオーの家の中での各人の所定の位置についての考察も非常に面白いですね。家の中、特にこたつ周りや食事テーブルなど確かに家族各々の場所が決まっていました。今思い返せば思い返すほど不思議です。1人暮らしをして7年目ですが、久々に実家に帰っても実家で過ごしていたころと同じ位置に自然と腰をおろします。位置の確立には安心する、落ち着くといった癒しの要素があることに気付くことができました。

  5. 〝壮麗な部屋は、偉い人たちを接待するためよりも、むしろ身分の低い者たちのために感銘を与えるためのもの〟とありましたが、自分は壮麗な部屋を身分が上の人をもてなす為と逆の意味で捉えていました。
    ということは、身分の低いものもその部屋に招き入れて、おもてなしをしたのでしょうか。日頃頑張っているその人たちの労をねぎらっていたりしたのでしょうかね。
    確かに、座る位置は家族の中でも何となく決まっていて、いつもと違うと不自然な感じがします。
    書かれてある通り、ここにも〝序列〟があるんですね。
    自分たちは上座などというよりも、なんか落ち着く場所にそれぞれ座っていて、自然とその場所が自分の場所になる感じですが、昔は座る場所が家族間でも厳しく決められていたということで、そこが、落ち着く場所になっていったのですね。

  6. 質実さから貧弱な状態に移行していくというほど、真面目さを感じますし、この客間があること、壮麗な部屋を持つことがどれだけ威厳を保つために必要だったのかを表しています。今の時代で言えば、どのような場面なのでしょうか。階級というまでの形はなくとも、会社などにある上司と部下の関係性が近いようにも、感じましたが、部下が質実さを見せても、生活が苦しくなるような振る舞いはしないでしょうし、上司がそのような振る舞いを行うこともないと思います。やはり、それほど、壮麗な部屋を持つことがどれだけ社会的に効果があったのかが見受けられます
    。考えてみると、私自身が客間に通された経験がないので、客間に対して、緊張感のあるなかでのおもてなしを受けるという雰囲気でとらえてます。そのなかで、日本における各人の位置という、家庭内での序列があり、それは、序列を経験することにより、生活のなかで、学んできましたが、゛客は床の間の前の上座に座るのですが、畳のつなぎ目にかからないで、一つの畳の上に座れるように畳の配置が案配されている゛ような日本にあるもてなしの厳密さを知る必要があると思いました。

  7. 「壮麗な部屋とは、偉い人たちを接待するためよりも、むしろ身分の低い者たちのために感銘を与えるためのもの」とあるように、昔の大地主にとっての壮麗な部屋とは、それにそれによって誰が支配的な地位にあるのかということを周りに誇示するといった要素があったようにも見受けれます。城や寺院など、大きさや規模、用途は異なりますが、建物によって威厳を示すといった点では、日本を含めどの国でも共通の部分があるように感じます。
    家の中での各人の所定の位置についての考察ですが、確かに私たちは部屋のどこに誰が座るべきなのかを年齢やその人の置かれている社会的なポジションから配慮するということをあたりまえのように行っています。私自身、誰がどの場所に座るべきなのか、人にこと細かく教えられたような憶えはないのですが、これは無意識ながらも、家での家族の座る場所などから自然と学んだことなのかもしれないと思いました。

  8. マサビュオー氏が日本の家屋研究のために「東北地方の住宅を観察」したと知り、東北のどこに行ったのだろうと興味津々です。しかも、「18世紀末か19世紀に建てられたほとんどの大邸宅」とありますから、庄屋階級、名主階級の家屋なのでしょう。茅葺屋根を見たのだろか、あるいは牛馬と一体になって暮す南部曲がり屋を訪れたのだろうか、あるいは天井にかけられ煤ですっかり真っ黒になった太い梁を目にしただろうか、とあれこれ疑問が沸いてきます。江戸時代や明治・大正・昭和初期の建物を見るのは私にとっても楽しみなことです。専門家の同氏にとっては異国ということもあり、なおさら楽しみなことだったのでしょう。それから、集団内における位置関係、これは私もよく気にする点です。いつも見知った人々なら、何気に位置関係は決まっています。とても困るのは、知らない人々とフォーマルなオケージョンで一緒になる場合ですね。自分の位置が定まるまでには脇汗びっしょりなどということもしょっちゅうです。関係を表す位置。これもとても興味深いテーマです。

  9. 武士が訪問に訪れるため、壮麗な部屋を作り、「接待用の特別な部屋が必要で、家族の憩いの場としての家の機能は、次第に従属的な地位に押しやられていったのです。」ということが起きてしまうことはなんだか寂しささえ覚えてしまいますが、家族の時間というよりかは人を迎え入れることの方が優先順位が高かったように感じますね。客間は「身分の低い者たちのために感銘を与えるためのもの」とあるように序列を重んじていることが強く伺えます。また「所定の位置」ではエレベーターなんかも序列によって位置が違うことをテレビで見たことがあります。この位置の序列も昔からあったのですね。位置の序列があることで自分の立ち位置なのどを考えられ、落ち着く場所を作ることもできるのかもしれませんね。確かに外国はこういった序列があるのか気になりました。

  10. 家族の中でも決められた位置がありました。それはどのように決まったのかわかりませんが、その場所が定位置になり、違う席に座ると違和感を感じていました。今でも妻と食事をする席は決まっていて、やはり違うと居心地が悪く、元の場所に戻ります。それは二人で決めたわけではなく、自然と決まったのですが不思議な話です。保育中に子どもたちはどのような感覚で食べる席を決めているのでしょうか?序列は関係あるのでしょうか?

  11. ただ家屋を大きくするには当時は色々な理由があり、闇雲に贅沢をしたいという欲求はあまりないのですね。役人である恐れ多い客をきちんともてなすには、確かにそれなりの空間が必要ですし、逆に役人をちゃんと接待をしないと、自分だけでなく周囲の農家にも対しても厳しい態度を取られたりと、生活が厳しくなるおそれがあります。そうならない為にも壮麗な部屋を持つ必要があったのでしょうね。また、客間にしても細かく決められているようですね。以前、保育園に日本庭園を造る際に、庭師の人との会話を聞いてただ、造ればいいのでなく、茶室にするのであれば、それまでの道のりの飛び石の感覚や蹲の位置など、こと細かく決められていることに驚いたのを覚えています。畳もただ貼られているのでなく、一つの畳に座れるように、畳の配置が決められているのも知りませんでした。こうした細かい気配りが接待の部屋に隠されていると、まずます日本人らしさを感じます。

  12.  〝大地主は、土地の役人であることも多く、大名の間接的な支配下にあって、この役目のために、壮麗な部屋を持つことが必要になります。彼らは、支配人であり裁判人でした。〟〝壮麗な部屋は、偉い人たちを接待するためよりも、むしろ身分の低い者たちのために感銘を与えるためのものだった〟という文章はとても印象に残ります。権威の象徴として家を豪華に誂える必要があったということです。確かに、従う側の人間にとってもそれだけの財力があるということを示されれば、なんとなく従わざるを得ないような、そんな気持ちになったことと思います。だから逆に、それを現代に当てはめて考えて、例えば豪華なものを持ったとしても威張らないで優しい、とか、お金を持ったら人のために役に立つことに使うとか、そういう方向へお金の流れや、優しさをもっていくと人からより慕われるのではないかと思います。権威を主張していばる人は、封建制度のあった頃の頭とあまり違わないのかもわかりません。

  13. 座る位置はとても分かりやすい接待の考えであり、その序列はとても細かく決まっています。結婚式の席次などでも、その位置関係を考えることはとても重要でした。これらのことは今の時代でも「序列」というものを感じる一つの日本人の習慣ですね。そして、そのルーツは茶道にあったんですね。なるほど、納得です。ただ、最近ではそれほど序列というものをあまり意識する時代ではなくなってきているようにも思います。今回の空間の内容のなかにでも、今の社会になくなってきた環境や習慣がありました。それがいいのか悪いのか、残っているものが「不易」なもので、変わったのが「いいこと」ということを考えることは難しいです。しかし、こういったことを聞いて、考えて感じたもので、「そうあるべきだ」と思うものは日本人の感覚として大切なことなのかもしれません。今の社会、日本の文化というものが薄れていく中で改めて考えていかなければいけないことはおおいですね。

  14. 「接待する部屋」といっても色々な考えがあるのですね。古くは、身分の低い人たちを感銘させるため、その後はえらいお役人をもてなすため。一概にどちらがいいとは言えませんが、その変異には、社会というものが大きく関わってきている感じがしますね。そして、他者を意識するといった気持ちは古くからあるということが、よくわかりますね。都心では、なかなかこうした家の部屋での接待といった所は難しいですが、座る位置といった考え方はしっかりと残っていますね。ただ上座が畳の切れ目が当たらないといったことは知らなかったりもしたので、まだまだ知られていないような儀礼があり、奥の深さを感じます。

  15. 「家族の憩いの場としての家の機能は、次第に従属的な地位に押しやられていったのです。」とありましたが、それだけ接待というものが重要視されていたのですね。「そのメンバーの中で、誰が主役か、誰が客人か、誰が年配かを考え、位置を決めます。」とありました。これは日本でだけなのかわかりませんが、場所によって座る位置が決められていますね。車の中やエレベーター、床の間やテーブル、式典の際の並び順もそうですよね。様々なシーンで上座や下座または上手や下手が決まっています。どの位置が上座や下座なのか自分の理解もあやふやなところがありますが、これらは社会人として必要ですね。今回のブログを読みながら、やはり日本人というのは細部に至るまでおもてなしをする人種なのだなと感じました。

  16. 大地主の住居にある壮麗な部屋は偉い人を接待するというより、身分の低い人に感銘を与えるためだったのですね。また、家族の憩いの場としての家の機能は、次第に従属的な地位に押しやられていったということは、家族の憩いのスペースはあまりなかったのでしょうか。
    日本家屋に置いての座る位置などは、茶道に通じるものがありますね。畳の配置などはまさにそうです。

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