家からの単位

客間 (和の背景カタログ マール社)より
客間
(和の背景カタログ マール社)より
応接間 (和の背景カタログ マール社より)
応接間
(和の背景カタログ マール社より)
茶の間 (和の背景カタログ マール社より)
茶の間
(和の背景カタログ マール社より)

 日本家屋の中の部屋の呼び方に、茶の間、床の間、次の間、というように、「間」が最後につきます。この「間」について2015325日にそのまま「間」というタイトルでブログを書いています。そこでは、コミュニケーションを取るために、「間」が重要な役目を果たしているということを、赤ちゃんとお母さんのコミュニケーションを通して明らかにしたことが書かれてあります。そのほかのブログでも、何度も「間」について、日本の文化の特徴として取り上げています。また、書籍でも、『「間」の日本文化 剣持 武彦()』『日本文化における時間と空間  加藤 周一(著)』『見立ての手法―日本的空間の読解 磯崎 新(著)』などでも「間」を取り上げています。  広辞苑には、いくつもの意味が定義されていますが、代表的なものとして、「物と物、事と事とのあいだ。あい。間隔。」ということで、「家の内部で、屏風・ふすまなどによって仕切られたところ。」という意味があります。この意味が、最初に挙げた日本家屋の中の部屋の名前に付けられている「間」によって、部屋のスペースにも使われています。そのように、「間」という言葉は、日本では日常的にさまざまな形で使われています。そこで、意味の2番目にあるように「長さの単位。」としても使われています。それは、住まいに関する言葉として、長さの「1間」という単位は、日本の家屋のモジュールになっています。  この「間」が、日本の文化の一つであることは、日本らしい「メリハリ」を間によって作っているということがあります。間は、「遊び」とも言えるように、すぐに効かない、緩衝の役目があり、それが安全を守っています。それは、「ハレとケ」という日常と非日常のメリハリを作っています。コンサルタントオフィス ハウステージ 代表の佐藤 章子は、「住まいは多くの時間を過ごす場所でもあり、日常と非日常を上手にコントールしながら生活する上で、非常に重要な要素です。住まいは日常を快適に過ごしていくために設計され工夫されますが、「間」をとる非日常を取り入れることも非常に大切なように思います。書き込み自在の余白があること、非日常を上手に取り入れる工夫があることなど、「間」の感覚と住まいの余白、非日常の演出などについて見直してみる価値がありそうです。」と言っています。 このように私たちの生活に密着した「間」を長さの単位にしました。1間は和室の柱と柱の間の長さです。日本家屋の部屋の中には、多くは柱と柱の間に畳が敷かれました。そこで、畳の長辺とほぼ同じ長さを「間(けん)」としました。すなわち、畳の大きさはおおむね182×91cmですから、半間とは91cmのことです。そこで、4畳半は1間半×1間半、6畳間は2間×1間半、8畳間は2間×2間ということになります。こうしてみると、日本の家屋は、半間=3尺(91cm)単位でつくられていて、1間の1/61尺(30.3cm)、1尺の1/101寸(3.03cm)で、1間×1間の面積が「一坪」です。つまり坪は、およそ2畳分となります。 日本人はこれらの単位を駆使して、住まいや暮らしを作り上げてきました。この長さから、和だんすは奥行1.5尺で巾の多くは3尺としました。3尺というサイズは、引き出しを無理なく操作できる巾です。つまり、長さの単位が、住まいのモジュールとなり、それに合わせて家具のモジュールとなり、「この壁にはたんすが何棹並べることができるのか」と、家具のサイズを細かくはからなくても、レイアウトのイメージが可能だったのです。

家からの単位” への16件のコメント

  1. 「ハレとケ」「日常と非日常」というメリハリが家の中にもあり、そしてそれが家の「間」によって作られているということがあるのですね。茶の間という日常があり、応接間、客間という日常とはちょっと違い場所があることで、メリハリのある生活につながっていたのですね。このようなリズム、メリハリがあることで人々の気持ちは落ち着いていたのかもしれませんね。何もかもが同じで平坦だと何か、気持ちにハリがでないといいますか、刺激がないような気がします。かといって刺激ばがりだとそちらも気持ちが安定しませんね。そのバランスをうまく取り入れることは保育の行事や環境につながっていきますね。私の先輩に抜群に「間」のいい、おもしろい人がいます。「間」を読む、感じるというのは相手のことを考えることのできる人なのかもしれません。その方もまさにそのような人です。人との関わりでの間、環境としての間、どちらも繋がっているような気がしますね。「間」の長さの単位もおもしろいですね。生活があっての単位という印象を受けます。私たちが当たり前に使っているセンチという単位はすごく便利ですが、こちらのペースで物をはかるということなのかもしれませんね。

  2. コミュニケーションにおける「間」、時間と空間における「間」、屏風や襖などの「間」、長さの単位としての「間」、メリハリや余白という「間」等といったように、「間」には様々な意味合いがあるようですが、一つのモジュールとしての役割によって、日本に多くの文化的礎を作ってきたのですね。また、『半間=3尺(91cm)単位でつくられていて、1間の1/6が1尺(30.3cm)、1尺の1/10が1寸(3.03cm)で、1間×1間の面積が「一坪」』とあるように、家を構成する上では、その単位というのは大切な物であった事が想像できました。そう考えると、きっとベニヤ板とか、コンパネ等も、それらを考えた上での大きさになっているのでしょうね。「箪笥が何棹並ぶか」などということも、実際にメジャーで測ることもなく想像できていたというのはすごいですね。物事を把握する基準としての尺度である「間」が、日本人の思考の基準をも作り上げてきたかと思うと、「間」の大切さがひしひしと伝わってきたりもします。

  3.  家というものが日本人の精神を象徴するものであるということを、これまでのブログから学びました。日本人が人と人との〝間〟、いわゆる距離感や、会話における〝間〟、ほんの一瞬、ほんの束の間のような時間における〝間〟などを大切にしているのは、家という家に〝間〟が存在し、それを大切にしてきたから、とも言えそうな気がしてきます。「人は、人と人の間で生きていることを自覚して初めて人間になる」とは、よく耳にする言葉ではありますが、無意識の内に、この間というものを心の中に育くんでいる日本の家に感動すると同時に、日本の家のつくりに、日本人の〝精神の養い方〟とも言える、大きな枠組みのようなものを見て取ることができるように思います。
     配慮があって、奥行きがある。間接的なように見えて直接的であり、強くて優しい。日本の家、日本家屋を想像し、その雄大さの中にしっかりと心を置くと、〝一家の大黒柱〟と呼ばれることのその責任の大きさ、静かな重圧、そして、その分得られる大きな誇りを、感じることができるように思いました。

  4. 今回のブログもなかなか勉強になりました。日本の長さ単位について、わかりやすく紹介頂いております。私は現在帰省中ですが、今ブログコメントを作成している部屋は、6畳間です。従って、「2間×1間半」ということになります。そして、柱と柱との間に注目すると、まさに「1間」です。今回のブログを読みながら日本の長さ単位について学ぶ。なんと、間尺にあっていることか。一寸3.3cm。そうか、一寸法師の身長は3.3センチか、などといろいろなことを考えて遊ぶことができます。その10倍が一尺。そして一尺の6倍が一間。そして、ここで「6倍」にする意味は?とか、そもそも柱と柱の間を1.82mにするきまりはどこから生まれてきたのか?などなど次から次へと疑問が湧き上がってきまして、これまた楽しくなります。そう、知ることの楽しみが増えてきますね。「1間×1間の面積が「一坪」」、すなわち3.3㎡。メートル法に慣れ親しんできた戦後世代にとって、不動産に関わることが多くなければ、なかなかピンとはこないような面積単位。今コメントしている部屋を見渡して、柱と柱の間を一辺とする面積を見出し、そこから一坪の面を見て「一坪」を実体験しています。さらに、柱やメジャーがない場所で一坪を割り出すには・・・身長182cmの人なら寝転がって縦横になりながら割り出すこともできるな、などなど朝からさまざま取るに足らない楽しい考えで頭がいっぱいになっているところです。

  5. 今回のブログでは、またまた新しい発見あり、とても勉強になりました。家を建てる際、親戚の建築士と一緒にモデルハウスに何度も出かけました。そのとき、部屋の広さが気になり、どのくらいなのか調べている時に、その建築士が1,2,3と数え始めて大体〇〇畳だろう、と図ってもいないのに教えてくれたことがあり驚いたことを覚えています。最近は外国の家具も増え、買ってきても日本の生活では不適合する場合もあるので、家具を買う場合は慎重になります。

  6. 日本の長さの単位とはなかなか面白い考えでできていたんですね。こういった場合、レイアウトを考えることはとても簡単でしたでしょうし、家具を買うことや置くことに関してもメジャーを必要としないように工夫されていたんですね。今の家だと、メジャーで大きさをはからなくては置くものがおけませんし、動かすことも難しいことが多いです。全体的に大きさが統一されていることもありませんし、多様であるがゆえに不便なところもあります。その点昔の家屋や家具はとても合理的に規格があり、利用されていたんですね。
    また、今回の「間」という言葉ですが、いろんな意味でつかわれているんですね。長さの単位や「遊び」という意味、「メリハリ」など、その抽象的な要素の部分が日本的な意味合いのある漢字のように思います。「間」という字は考えるととても深い文字ですね。「書き込み自在の余白」という文章がありましたが、その「遊び」は人との距離感でも必要ですし、物事において意外と重要なものであったりするものであるように思います。昔の人はそれほど意味を込めて単位にしたわけではないのかもしれませんが、考えてみるとその単位に入る漢字一つ一つにとても深い選定があったのかもしれませんね。

  7. ゛間゛というものは、色んな時、瞬間に訪れるものであったり、話をする、コミュニケーションをとるときだったり、物と物と間であったり、日常生活において、意識しなくても、使っているほど、私たちにとって身近なものだと思います。そして、゛間゛という長さの単位をあまり使う機会がなかったので、意味を理解したく、調べてみると、囲碁や将棋などでも、使われているみたいですね。
    家具の中には、扉タイプのものや引き出しタイプのものがあり、それを置く前には、まずその家具の大きさもですが、開くスペースがあるのか、そして、人が入るか、また、開けていて、人がいても、人が通れるスペースはあるかというところまで考えていたことを思い出しました。
    ゛間゛をうまく生活のなかで、単位として、使う機会がなかったので、日本の伝統的単位として使って見たいと思いました。

  8. 「1間」という単位が日本の家屋のモジュールであり、それに合わせて家具のモジュールとなる。そして「家具のサイズを細かくはからなくても、レイアウトのイメージが可能」とあり、長さを測らずにわかるのはすごいですね。実際に感覚的に大丈夫だろうと思って購入した家具が家に届いたら、サイズが…ということがあったのでうらやましく思ってしまいました。
    間には様々な間がありますね。長さの単位としてある間には畳1畳分の長辺182cmという長さがありますが、他の間の使われ方には決まった長さはなく、アバウトなイメージがあります。そのため人それぞれ違う間の取り方、作り方にその人の個性、特徴があらわれるので、話の間や質問を投げかけたときの間などを意識してしまうことがあります。
    日本の長さの単位に関する説明をご丁寧にしてくださり、ありがとうございます。今までおろそかにしていたことに気付けましたし、この機にしっかり覚えようと思います。

  9. 「間」と聞いてすぐに思い出したのが、藤森先生の講演で「人は間を持つことで『人間』になれます」という言葉です。こと言葉を聞いた瞬間、感動と同時に「間」の重要性を意識しました。この時の「間」は「遊び」であり心の余裕を持つことが大切と学びました。今回は「間」が日本人の生活にかなり密着していたことに気付き、なんだか勝手に感動しています。長さを計るために間を用いて、家屋の内部を作り上げてきたように、人も間を持つことで人間らしい生き方を伝承してきたのかもしれません。

  10. 日本家屋の中にも茶の間や床の間という日常と、応接間などの非日常をうまく取り入れて〝ハレとケ〟というメリハリが上手く調和するように建てられているんですね。
    写真を見ると、応接間だけが椅子とテーブルになっており、『和』というよりも『洋』の雰囲気が漂っていますが、どちらも『和』であり、メリハリが見てとれますね。
    『ハレとケ』については〝臥竜塾の教え〟で読ませていただきましたが、家屋にも取り入れられているということを知りました。
    〝間〟についても、日本の中のいろいろに取り入れられている、根付いている大切なものなんですね。
    毎回ですが、勉強させていただきました。

  11. 床の間、客間、茶の間、応接間などなぜ「間」がつくのどろうとふと疑問に思ったことを思い出しました。謎が解けたような思いです。「間」というのは人と人との間でよく使われるものであったり、物理的な物の「間」というように私たちの身近にあるものと感じている中で、「間」というのが単位として使われていることに驚きました。「けん」という単位は耳に入ったことはありましたが詳しくは知りませんでした。畳の大きさというのが基本となり、そこから畳、尺、寸というようにサイズが測れるのですね。細かい数字を知ることで様々な値がこの「けん」が関わっていることが想像できます。この「けん」で箪笥が何棹置けるかなど、目分量で測れる基礎が生まれていったのですね。改めて「間」の深さを感じさせてもらいました。

  12. メリハリ、ハレとケは今の私の中での課題でもあり、それをどのように保育や日常生活においても取り入れるべきかを日々悩んでいます。空間にしてもコミュニケーションにしても「間」が大切であるということは理解しているつもりですが、なかなk難しいですね。その「間」が日本の家や建物においても重要視されているということを今更ながら感じました。私たち日本人は昔から「間」にポイントを置くことで、生活の中に自然とメリハリをきかせていたのですね。「間」の持つ長さの単位など、あまり馴染みがなかったのですが、それを知って自分の住まいなどを見直すと、色々と足りない部分も出てきそうな気がします。

  13. 「間」というのはとても面白いですね。確かに「茶の間」「居間」「床の間」「客間」など家の様々な場所において「間」というものがついてます。文中には、「間は長さの単位でもある」とありますが、やはりもう一つの 「日本らしい「メリハリ」を間によって作っているということ」という意味が強いのではないかと思います。人が日常的に暮らす場所においても、長く「間」というものを大切にしてきたというのは、それがいかに大切かということを物語っている気がしますね。

  14. 家屋にも「ハレとケ」があるのですね。茶の間は日常で、応接間は非日常的なものであり、私自身子どもの頃、室内の雰囲気がそれぞれ違うことを自然と感じられるものになっていたのですね。公園の隣に神社があり、途中で遊びに行くと、子どもたちは身が引き締まるように静かになり、子どもでも感じることができることが十分にわかります。それは空気を読む力になるのでしょう。その空気を読む力はこういったことで養われていくことがわかります。

  15. 日本家屋では「茶の間」「床の間」「客間」といったように「間」という文字が使われていますね。勝手に昔は「部屋」を意味する言葉として使われていたのかと思っていましたが、とても奥深い意味がありました。また、「間」と聞くと以前藤森先生に教えて頂いた『人は「間」を持つことで「人間」になれる』というお話を思い出しました。日本人にとっての「間」の考え方を改めて学ぶ事が出来ました。

  16. 確かに、言われてみると日本家屋の部屋の呼び方に間というのは多いですね。何も考えず、間を使ってましたが、ちゃんとした意味があったのですね。また、めりはりと結びつくことに感動しています。「書き込み自在の余白があること、非日常を上手に取り入れる工夫があることなど、「間」の感覚と住まいの余白、非日常の演出などについて見直してみる価値がありそう」とありますが、ぴったりではなく、少しの「間」を置くことが、めりはりに繋がるのですね。保育の距離感や間合いにも通じるものがありそうです。

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