共同体的行動様式

 伝統的な日本においては、家と社会が、生活の枠組みのあり方と共同体的な行動様式が、切り離すべくもなく複雑に組み合わさっています。それは、まず、個人の概念が限定された社会的枠組みに従属したものとして捉えられていることです。それは、どんな出来事も、ただ個人にだけでなく、人間関係の領域にも影響を及ぼすということです。各人が具体的で限定された集団、例えば、家族、部落、街区、職業などの集団に属しているという強い意識を持っていること、厳格な家族道徳に常に依拠していること、それはつまり、氏族機構、先祖崇拝が結びついた仏教、当局、特に徳川幕府によって組織的に奨励され続けていた儒教などによるさまざまな詠唱が考えられます。そして、家族制度内部での地位や封建制度内での地位などの生まれながらの地位によって、人生の道の選択の幅が決定しており、それも限られたものでしかないという状態が長く続いたことがあります。

さらに、家長、封建領主、宗教上の師、天皇などの具体的な一個人への絶対的な忠誠、全体としての機能主義的な傾向が挙げられます。このことを、マサビュオーは、数少ない集団のうちの一つに結びつこうとすることから帰結することであり、集団の成員は、自分が帰属している集団のあり方についてすべてを熟知しており、その集団内の要素に対して、どのような関係にあるべきかは、どんな状況においても常にはっきりしていると言っています。これらは日本社会の基本的な仕組みとして社会学者の誰もが認めるものですが、こうしたことはすべて、家が教育するのであり、家によって維持されているのだと、彼は考えています。

日本の家は、こうした仕組みが自然に機能するための枠組みになっていると言います。これは、家がこれらの仕組みとともに発展したからだと見ています。日本の家では、生活空間が未分化であるように見えますが、実はこれは見かけだけであって、一つ一つの部屋、1枚1枚の畳が、はっきりとした機能を持っており、日本人はこれらの形に刻み込まれている多くの行動規則を不断に見分けつつ、この家に住んでいるのだと言います。そして、どの地方に行っても、これと同じ行動規則を見出すことによって、いつでもどこでも正確に同じ刺激を受け続けることになるというのです。

こうした認識を持つことによって、私たちは目に見えるような姿として建築物を見るのではなく、いくつかの共同体的行動様式の原動力として、地理的景観の中での家の役割をはっきりと理解することができるようになるのだとマサビュオーは言います。そして彼は、市民生活上のせめぎ合いや、複雑な社会機構を超えたところで、日本の家は自然景観の整備にどのような考え方で臨むべきかについて、日本人に教え込んでいるのではないかと考えているのです。このために日本の家が日本人全体にまず保障しているのは、個人、家族、集団のそれぞれが、環境を支配するために行なう行動の整合性と統一性だというのです。

このような観点から家というものを捉えたことがないために、この解釈は難しい気がします。しかし、どうも日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っているようです。

氏集団は絆が次第に緩み、婚姻を中心に成員が結びついた家族が分散する方向に展開していきます。氏集団が、おそらく村形成の起源だったかもしれないが、徳川政権のもと、多くの村では、一つの大家族と、それに依存する者たちを中心にするということはなくなります。では、たいへんに鋭かった相互依存の意識が弱まったのは、何がきっかけなのでしょうか?

共同体的行動様式” への16件のコメント

  1. 「自分が帰属している集団のあり方についてすべてを熟知しており」という集団の中でどう振る舞うべきかという理解は、「これらの形に刻み込まれている多くの行動規則を不断に見分けつつ…」という力と同じようなものなのかもしれませんね。印象ではありますが、そのような力は自然と共に過ごしてきた日本人らしい能力だなと感じました。それは全体としてん何かを感じとるといったそんな力でもあるのかもしれませんね。少し難しい話でしたが、日本の家や日本人は周りの環境にいかに溶け込むのかということを大切にしていたということでもあるのでしょうか。それが「環境を支配する」ということでもあるのでしょうか。それが日本の伝統である「社会」を維持するということにもつながっているのでしょうか。相互依存の意識が弱まったのは何がきっかけなのでしょうか。少人数向けの家が登場したとかになるのでしょうか。気になります。

  2. 「どんな出来事も、ただ個人にだけでなく、人間関係の領域にも影響を及ぼす」というのは、すごい力が働いているよう見えますが、実は個人の思考の一つ一つであって、その思考を司っているのは「社会的枠組みに従属した」仕組みであるということだと考えると、そのような仕組みである「序列」とか、「共同体的行動様式」が、いかに人間の行動を決定させているのかということを考えさせられます。これらの力の方向性は個人だけでなく、集団でも発揮され、どのような場所・関係であっても「常にはっきりしている」ということもあって、集団の大きさに影響されないという、常に明確でありながら明確でない規律によってもたらされるといった印象を持ちました。また、それらは「家が教育するのであり、家によって維持されている」というのは、家の存在の大きさを感じさせるだけでなく、語らずとも勝手に行動が伴ってくるという、すごさと怖さというものが共存しているようでもあります。そして、「日本の家は自然景観の整備にどのような考え方で臨むべきかについて、日本人に教え込んでいる」という部分からは、伝承していかなければいけない使命みたいなものも感じたりしました。

  3.  ここまで読み進めると、〝日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っている〟という文章は、とても自然に受け入れることができると同時に、海外ではどういう意味合いをもって家が構築されているのかが気になります。マサビュオー氏がこれだけ日本の家に感銘を受けて研究をされたということは、海外に日本のような文化、風習がなく、日本独自のものとして特化したものであるということは何となく想像に至るところなのですが、そこまで大きく違うものなのでしょうか。家というものを、今日までのブログで取り上げられていた観点で見たことがなかった為に、初めての疑問と興味が湧いてきています。
     今、コメントを書きながらふと自分の家を見回しても、何らいつもと変わりはないのですが、藤森先生の〝緑視率〟についてのブログを読んでから、観葉植物が我が家にとても増えました。こうして、自分の身の回りが変化していくことを思うと、この日本の伝統的な〝家〟のあり方を知った今、どのようにこれから身の回りが変化していくのか、楽しみになってきます。

  4. 文章を読んでいく度に、伝統的な日本家屋のもつ特徴を知ることができますし、外観、見た目ばかりにとらわれるのではなく、一つ一つがもつ意味、機能を理解した上で住むことが重要なものだと感じました。家と社会が枠組みの中で、複雑に混ざり合いながら形成されていくことで、人が社会のなかでの秩序を守り、社会的序列を通して生活していく、゛個人の概念が限定された社会的枠組みに従属したものとして捉えられていることです。それは、どんな出来事も、ただ個人にだけでなく、人間関係の領域にも影響を及ぼすということ゛とあり、個の思考が、社会の枠組みの中で、うまく順応されるように、溶け込んでいき、それは、常に他者との関係へも、影響力があると行った、集団として生きる序列は、知らず知らずに機能を果たしていることを自覚し、周りにある社会へ目を向けていくことで初めて意味を理解できるものだと考えられました。

  5. 「日本社会の基本的な仕組み」は確かに「家が教育するのであり、家によって維持されている」のだろうと私も思いますし、様々な指摘はあろうとも、現在の家庭の大方は、この「仕組み」を伝承してきていると私は考えます。社会的規範や人間関係等々について、いろいろな仕方で親である私たちは子に伝えています。私たちが自分たちの親から受けたように。そして、そのことが割りとスムーズにいくのは、今住んでいる住環境、すなわち日本的伝統に則った部屋構成による家屋に住んでいるからだろうことに改めて気づくのです。「日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っているようです。」を読みながら、教育基本法第1条教育の目的の「平和的な国家及び社会の形成者として」の部分が突然想起されました。「日本の伝統である「社会」」と「平和的な国家及び社会」の「社会」は果たして同じ社会のことを指しているのだろうか、という突拍子もない疑問が湧いてきました。それでなくてもとても長いコメントを今まで書いてきましたが、このことについて振れ始めると、「自分でブログはじめたら・・・」ということになりますので(笑)、このことはこれくらいでおしまいにしましょう。どうしても言いたいのは、現在の学校建築は日本の伝統社会の維持に果たして貢献しているのだろうかという疑問です。では、今回はこのへんで。

  6. なかなか難しく、理解が進まないのですが、日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っていることはわかりました。部屋や畳1つでもそれぞれに役割があることが行動様式を見分ける能力に繋がっていき、「いつでもどこに行っても正確に同じ刺激を受け続けることができる」ようになっていくのですね。ここからも日本、日本人の統一性を感じることができますし、それを家が担っていることを考えると改めて驚きます。
    「相互依存の意識が弱まったのは、何がきっかけなのでしょうか?」とありました。家の形態、構造の変化が最初に浮かんできました。具体的なことは全く浮かばないのですが、婚姻を中心に成員が結びついた家族が分散する方向に展開していくとあり、婚姻に対しての自由を認めるような何かがあったのかなと勝手に考えています。

  7. これまで、日本の家の機能を学んできましたが、今までに自分が気づいていなかった日本の家のことが歴史や造り、構成などから深く考察されていき、身近な家がこんなにも考えられ、実は歴史の流れなどにも大きく影響を与えているということを知ることができました。
    そしてさらに、〝日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っているようです〟とあり、自分たちがこの伝統的な家を、今後どのようにしていかなければならないか、ということが書かれてあるように思われます。
    自分たちが、後の世代へと伝統的な家を伝承していくためにはまず〝一つ一つの部屋、1枚1枚の畳が、はっきりとした機能を持っており〟ということを理解しなければならないと思います。
    園に新人が入ってきた時と一緒ですね。まず、知っておかなければ伝えられない、伝わらないものであり、そこを今までおろそかにしていた為に、その歪みのようにいろんな社会問題が現れてきたように感じます。

  8. 「自分が帰属している集団のあり方についてすべてを熟知しており、その集団内の要素に対して、どのような関係にあるべきかは、どんな状況においても常にはっきりしている」あり、さらにこのことは家で教育するものとありました。以前の家の姿ではこのようなことを家で学んでいたのに対し、現在の家という環境では同じようなことが学べるのかと疑問に思いました。家で出来ない分、保育園や幼稚園の環境の重要性がさらに高まるような気がしました。

  9. 保育においては所属感と言われることがありますが、もともと集団のあり方というものは家の中で作られているものだったのですね。子どもたちにとって母親が影響あるということを言われていますが、この話の中だと、「母親」というよりは「家長」というものがとても影響のあるものであるというように書かれています。それは母親だけではないですね。社会の在り方によっては決して母親がなによりも大切というわけではないのかもしれません。今の母親神話というのも「これは伝統だから、とか、昔からそういわれている」というのは全くいつからのことなのだろうと改めて思ってしまいます。また、家の環境というものも社会を教えるための機能があるということがたびたび出てきますが、その影響にとても驚きます。日本家屋はその趣などに目をとらわれてしまうことが多いですが、決してそうではなく、中には意味がしっかりとあり意図もあるというのを気づくととてもためになります。保育においてもできるだけ意図をしっかりと入れたいと思っている中、その在り方を知ることはとても大切なことですね。しかし、今の社会ではその家屋の意味合いは少し違ってきています。そこに最後の文章にあるような「たいへんに鋭かった相互依存の意識が弱まったのは、何がきっかけなのでしょうか」という部分につながってくるところがあるのでしょうか。気になります。

  10. 伝統的な日本家屋から日本という国の文化、精神を知ることができるというのは、それだけ家屋というのは人間に与える影響が大きいものだと感じます。とは言え、ブログを完璧に理解するのは、正直難しいですが、マサビュオーが伝えようとしている事は何となくですが伝わってきます。 家によって維持されているのという文章を読んで、ドイツは保育室も教師の一人であるという考え方を思い出しました。それだけ家屋は日本人に限らず、人類において大切な存在であり、自分の人生を支えてくれる大切なパートナーの一人ですね。

  11. 少し難しい内容であるように感じますが、「数少ない集団のうちの一つに結びつこうとすることから帰結することであり、集団の成員は、自分が帰属している集団のあり方についてすべてを熟知しており、その集団内の要素に対して、どのような関係にあるべきかは、どんな状況においても常にはっきりしていると言っています。」といったに反応します。その中で「どんな出来事も、ただ個人にだけでなく、人間関係の領域にも影響を及ぼすと」とあるように熟知していながらもその人間関係の中で折り合いをつけながら自分と集団との関係のあり方を見つけていったということでしょうか。全ての枠組みを囲み、教育していたのが「家」であるということが以前のブログからわかってはいますが改めて家の凄さを感じますね。一枚一枚の畳すらも機能があるということですから自分の家の中もなにかしらの意味をもたらしているのかもしれないと考えると少しその機能を見つけたいと思えてきます。

  12. 「平家にあらずんば、人にあらず」これは平安時代の平家の有名な言葉です。今思えばこうした言葉も、その当時から家のつながりが大切で、その家長を中心に「その集団として何をすべきか、どういう役割かという所を考え行動していく」といったことを示している気がします。また家としてどうしていきかということを、教え、学んでいく。そうしたつながりから村が生まれるなどあり、少し理解できた気がしたのですが、徳川幕府の時代において、それが覆されるのですね。どういった理由があったのか楽しみです。

  13. 個人の概念が限定された社会的枠組みに従属したものとして捉えられているとあるように、日本人は帰属意識というものが高い気がします。そして、何かの枠組みの中にあるということに安心感を覚えているのではいるのではないでしょうか。枠組みの中に組み込まれるということは、生まれながらの地位によって、人生の道の選択の幅が決定しているというように、個人の自由が制限され、窮屈な生き方をしなければならない点もあると思います。しかしながら、決まった道筋が見えていることで得られる安心感もあり、昔ほどではないですが、それを良しとする考え方が未だに残っている気もします。その根幹にあるのが家族の仕組みであり、家であるというのは感慨深いことです。集団や家族の中にいることで得られる言いようのない安心感は、このことが深く影響しているということを感じます。

  14. 「家というものを捉えたことがないために、この解釈は難しい気がします。しかし、どうも日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っているようです。」とあり、私自身が「家」というものを具体的に考えたことがありませんでした。家庭での生活、教育があり、外に行っても同じ規範があるというのは、日本の家屋が作り出しており、環境の大切さがわかります。しかし、現在の家庭はどうなのでしょうか。家庭という家庭がなくなりつつある今、保育園における「家庭」という役割の大きさを感じます。

  15. 「日本の家は、日本の伝統である「社会」を維持しようとする機能を持っているようです」とありましたが、藤森先生がおっしゃっていたようにドイツでは環境は第二の保育者とあることから、日本家屋に関してもそういった機能があったことから知らず知らずに学んでいき身についていったのですね。しかし、今の日本の家屋は昔のものとは違い、かなり個人のパーソナルスペースが多くなってきていると思います。時代的な事もあるかもしれませんが、元々は集団を組むことで生き延びてきた私たちですから、現代ではその集団が体験できる施設というのはとても大切なものになりますね。

  16. 建物としての家というよりも、小さな社会としての家で、マサビュオーさんは考えることが多いのでしょうか。建物としてみても、そこに繋がっているようにも感じますが、日本の家は、序列や地位などを教育し、家によって維持されている。家の教え方は、先生の教え方に似ていますね。レクチャーを受けるのではなく、感じるというか、一緒にいることで身になる感じが似ている気がします。文章にすると難しいですが…

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