部屋の仕切り

 モースは、アメリカの家屋との比較において、こう書いています。

「日本の家屋を我がアメリカ家屋に比較した場合に見られる主要な相違点のうちの一つは、仕切り壁とか外壁とかの設営方法にある。わがアメリカの家屋にあたっては、仕切り壁および外壁は堅牢であり、かつ耐久性を持っている。したがって、骨組みができあがったときには、このしきり壁がすでに骨組みの一部をなすのである。ところが、これとは逆に、日本家屋に当たっては、耐久壁にまったく支えられていない側面が二つもしくはそれ以上も存在する。屋内構造においても、まったく同様で、耐久性に匹敵するほどの堅牢性を持つ仕切り壁などは、ほとんどまったく存在しないのである。その代用として、床面と上部で固定された溝にはめてするすると動かせるようになる、軽くてよく滑るふすまがある。この固定された溝が各室を区切るようになっている。この動くふすまは、これを左右に動かせば解放されるようになっており、場合によっては全部を取り外すことさえできるようになっている。ふすまを全部取り外してしまうと、数室を一括して一つの大広間として使用することもできる。これと同じような全面撤去の仕方で、家屋のどの側面をも日照と外気とに向けて開け放すことができる。したがって、一つの部屋から他の部屋へ行こうとする場合に、自在ドアを開けるなどのことは全然必要が無い。窓に代わるものとして、外襖すなわち、白い紙を貼った障子があり、これを通して屋外の陽光が室内に拡散するようになっている。」takubokunoiemadori

 これこそが、日本家屋の大きな特徴です。それは、まず、部屋の仕切り方です。日本の家屋は、仕切り方を変えることによって、用途に合わせていたのです。狭い部屋から、広い部屋まで自在です。そのために仕切りは、構造体でない襖であり、そのレールは、盛り上がっていない溝である敷居なのです。しかも、取り外しもできます。そのために、廊下は部屋を横切らず、周りにあり、外との間を緩衝する場所であり、その上に薄べりを敷いて、部屋をより広くしたりします。

それに比べて、外国の部屋は一部屋ずつ仕切られていて、部屋ごとに用途が違います。この部屋は食堂、この部屋は寝室、この部屋はリビングという具合です。部屋同士の行き来は、部屋間のドアによって行ないます。廊下は、通路というよりも、長い部屋のような使い方をします。そこで、オペラやコンサートが行なわれたり、細長くテーブルを並べて、食事をしたりします。

この違いが保育室にも見られます。ドイツの保育室は用途ごとに部屋が区切られていて、その部屋の行き来は、部屋と部屋の間にあるドアでします。2015heyanoaida廊下は、通路だけでなく、細長い部屋としても使います。ある年、ドイツに行ったときに廊下に乗り物らしきものがあったので、何をするものか聞いたら、廊下を走る乗り物だということでした。2015rokanorimonoそして、「廊下ほど、長く、直線なので、これほど走るに格好な場所はありません。」と言われたときに、学校での合い言葉、「廊下では、走らないこと!」という標語が頭をよぎりました。そのほか、廊下には砂場があったり、ブロックがあったり、直線を走る道路になったりと、長い通路を上手に使いこなしていました。

部屋の仕切り” への16件のコメント

  1. 日本家屋の奥深さを感じています。堅牢性ある壁ではなく状況によって柔軟に変化する襖であること。襖を取り外せば、「家屋のどの側面をも日照と外気とに向けて開け放すことができる」こと。それらは、すべて、日本人特有の他者への思いやりや配慮といった部分があるのではとも感じました。また、襖の溝も「そのレールは、盛り上がっていない溝である敷居」のため、大広間にした際に違和感なく、大人数で使用することもできるという配慮、「廊下は部屋を横切らず、周りにあり、外との間を緩衝する場所」を作ることで、個人や客人のプライバシーも守ることもできるという、まさに“何でも可能な部屋”である印象が強くあります。そして、ドイツの部屋との比較は面白いですね。大きな「部屋の仕切り方」という異なりがある中でも、部屋の特徴を生かして遊ぶ素材を置くという部分に、柔軟性を可能にする共通点があるようにも感じました。写真の廊下に、道路の中央線があるのが分かります。そこを道路交通法を守って自由に乗り物に乗って遊んでいる光景が目に浮かんできますね。

  2.  この廊下の使い方!思わずびっくりマークをつけたくなるような、こういう衝撃に出会うのが研修だと思ったりします。日本で常識とされているもの、〝刷り込み〟と呼べるものの中に、自分もしっかりと納まっていたということを実感します。良い・悪いではなく、こういった文化をもった国がある、ということを先ず知ることが大切だと思います。それを知ってどう取り組んでいくのか、が大切だと思います。
     そして、〝ふすま〟という、子どもの頃から当たり前のように目にしてきたような、そんな日常的でシンプルなものが、日本家屋の大きな要素になっていたとは知りませんでした。〝屋内構造においても、まったく同様で、耐久性に匹敵するほどの堅牢性を持つ仕切り壁などは、ほとんどまったく存在しない〟ということは、家それ自体を支える柱があるということだと思います。それが大黒柱ということになるのでしょうか。なるほど、家族がふすまのように、自在に色々な場所へ移動したり、その場所場所で活躍の仕方を変えながら活躍したりすることを支えるのも、大黒柱なの仕事と言えそうです。
     

  3. ドイツでは本当に廊下の使い方が上手いなと思います。当園にも長い廊下があるのですが、以前は、廊下で子ども同士がぶつかっての怪我が毎日のようにありましたが、ドイツの幼稚園を参考して環境設定を行ったこともあり、今では廊下での怪我が殆どなくなりました。「子どもは広いところがあると走り回るは当然」という言葉を聞き、学校での廊下は「走らないこと」という標語は殆ど意味のないことではと思っています。私も小学生のときには、廊下を走ったら叱られるので、競歩のようにして早く歩いたことを思い出しました。

  4. 仕切り方の違いで廊下の用途も変わってくるのですね。「廊下ほど、長く、直線なので、これほど走るに格好な場所はありません。」とありました。確かに私自身も学生時代に「廊下では、走らないこと!」と散々言い聞かせられてきました。私が通っていた中学校の学級委員や生徒会に入る条件に「廊下で走っている生徒を注意でき、尚且つ自分がその見本となれる人」とあったことが印象的で今でも覚えています。日本の学校の構造は、「外国の部屋は一部屋ずつ仕切られていて、部屋ごとに用途が違う」とあるようにどちらかと言うと外国の家屋に近いのでしょうか。そもそもにあれだけ直線的で長い場所で、走るなと言う方が無理があるように感じてしまいます。日本も廊下の用途を外国を参考に見直す必要性があるように感じました。
    日本家屋の大きな特徴にある、仕切りが取り外し自由で、取り外すことによって狭い部屋から広い部屋へと用途によって変えられることはとても魅力的ですね。藤森先生が完全に仕切られた構造の保育園の方に「ドイツ式」とおっしゃられた意味がわかりました。新宿せいがでは、例えば0.1歳児クラスのお部屋のパーテーションを外したり、0歳と1歳のお部屋をパーテーションで繋げると広くなったりすることから、日本家屋のような構造であることに気付きます。その構造をもっと活かしていけるように日々の保育を考えていきたいと思えました。

  5. 〝廊下は、通路だけでなく、細長い部屋としても使います〟とあり、写真を見ると、道路の中央線のようなものが描かれていますね。ドイツでは廊下をこのような遊びのスペースとしても使用をするということなんですね。
    書かれてある通り、自分が学生の頃は『廊下は走るな』と教えられた1人です。また、廊下の真ん中には、白か黄色の丸い点で左右が仕切られていて、ちょうどこの写真のような感じなのに、『走るな』と言われることに、今更ながら違和感を感じます。
    日本家屋のふすまが特徴をあらわしているということなんですね。用途によって広げたり、狭めたり柔軟に対応できることにより、相手やお客さんに合わせることができ、5Mの『もてなし』にもつながるようなものなのかなとも思いました。

  6. 日本家屋の奥深さというものを感じます。廊下と襖で部屋が形をなし、襖をとると開放的な広いスペースができるのは、古来の日本の家屋の形であり、現在の家を考えると外国の仕切りのある部屋のように一つ一つが用途によって分かれており、外国文化が流行し、いつの間にか標準化したように思います。そして、私がこの日本らしさを感じるのは、城を想像できました。私の県にも立派な城があり、数回、見学をしましたが、今回の゛日本家屋の大きな特徴゛をより、想像しやすく思いました。
    長い廊下を細い部屋というのは、日本にはない発想ですね。日本で、廊下を細い部屋として、使うことがあれば、廊下は走らないという学校での合い言葉がなくなりますね。考えてみれば、廊下があるのは、日本古来の襖の周りに廊下があるというところから廊下が存在していると思える気がします。その時から、廊下は、部屋から部屋に移動するときに使われているものと文化が根付いたのでしょうか。廊下を部屋として使うことは、環境の広がりを感じます。

  7. 廊下のような長くて直線のコースを馬と子どもは走るものだ、ということを昔の西洋人が言っていたことを思い出しました。今回ドイツ・ミュンヘン市の施設をいくつか訪問しました。その施設の中には廊下をもつ施設もありましたが、走っている子どもは見かけないどころか、今回のブログで写真紹介されているような廊下を持つ施設もありました。日本では、廊下は「避難路」と位置づけられているようです。よってモノを置いてはならない、と監査等で指摘されるようです。保育施設や学校施設の廊下を子どもたちは走ります。先生は「廊下は走らない!」と大声を上げて注意します。時に先生も走って施設長さんからしかられるということもあると聞いたこともあります。お部屋の用途や廊下の用途について、私たちはもっと認識し、私たちの風土に合い、かつその意味を明確にして使用に供しなければならないのでしょう。「監査で指摘されるから廊下にはモノを置かない」という発言ではなく、廊下と子どもたちの活動という観点の発言を我が国の施設長さんたちの口から普通に聞ける日が到来することを心待ちにしております。

  8. 襖や障子を開け放った日本の室内はまさに開放的ですね。私が実家に住んでいた時の私自身の部屋もまさにその襖で仕切ることで作られた一室でした。襖を開けると隣の部屋と一体になります。「場合によっては全部を取り外すことさえできるようになっている」ともありました。開けるだけではなく、襖を取り外すことでもできるので、さらに広い空間を作りだすこともできますね。また、襖一枚の仕切りは壁のような完全な区切りではないので、割と隣の様子を伺えることができます。そんなところも開放的でもあるのかもしれませんね笑。今回のドイツの施設でも部屋が区切られていましたね。あるお城にも行きましたが、そのお城の中も寝室、広間、執事の部屋…というように細かく部屋が区切られていました。日本のお城も家屋と同じように襖で区切られ、開けたり、取り外すこともできそうですね。ドイツのお城、日本のお城の形が日本、ドイツの家屋にも見ることができるのかもしれませんね。廊下の使い方は楽しかったですね。点線の白線で中央線が描かれているのにも楽しくなりました。そして、突き当たりにはちゃんと「STOP」と表示してあり、これまた楽しい工夫がしてありました!

  9. 祖母の家に行くと襖を開けて大きな空間にして使っていることを思い出します。その襖というのは自由自在に仕切ることの出来る優れモノというのはドイツなどと比較することでより訴えかけてくるようなものを感じます。また「廊下は部屋を横切らず、周りにあり、外との間を緩衝する場所であり、その上に薄べりを敷いて、部屋をより広くしたりします。」という廊下の意味というのを知ることでいかに柔軟で人を思う建物であり、その奥深さを感じます。そして、「窓に代わるものとして、外襖すなわち、白い紙を貼った障子があり、これを通して屋外の陽光が室内に拡散するようになっている。」という障子が陽光を通すことにより部屋全体が明るくなり一部に光が当たるのでなくなるというのは配慮であり、何気なくある障子の凄さを感じました。ドイツと比較することで日本の良さがさらにわかります。ドイツの廊下の使い方というのも素晴らしいですね。このような柔軟な発想で部屋づくりをするからこそ生まれる楽しさがありそうですね。

  10. 廊下は廊下として捉えるのでなく、「長い部屋」として捉えるという発想は大切にしたいですね。あれだけ長い廊下であれば、走るには格好な場所になりますね。私の勤めている園は狭いため、こうしなきゃいけないという固定観念を外し、空間をうまく利用したいと思っています。
    私の実家も親戚が集まる時にはふすまを動かし、大きく使い、使わない時は閉めておくなど柔軟に使用しています。また障子が照らす光はとても綺麗で「和」を感じます。

  11. 日本家屋の特長である、部屋を襖で仕切ることにより、広くしたり、狭くしたりと柔軟に変化できるというのは、方法は違いますが保育室のゾーニングと同じよう印象です。家具で子ども達の遊ぶ空間を構成し、時には家具を移動して広くもしたり、狭くしたりと場合に応じて柔軟に対応できます。それには、やはり堅牢な壁があっては不可能です。
    ドイツのように部屋は仕切られているがドアで部屋同士が繋がっており、部屋ごとに用途が違うということ、さらには廊下も保育室というか「走るための格好の場所」という捉え方は目からウロコです(笑)日本では廊下はもちろん走るための場所ではなく、小学校の頃から「廊下は走らない」と言われ続けてきているので本当に驚くしかないです。こうしてドイツと今の日本の家屋の使用方法を比べると、日本は空間の使い方の柔軟性に欠けますね。それこそ昔の方が柔軟に家屋を使っています。伝統を見直す意味でも学び直す必要がありますし、保育室にどうしたら活かせるのか考えるべきだと思います。

  12. 前回コメントした様な襖などで仕切られ、小さな部屋大きな部屋に変えることができる、開放的になれるのが日本の良さですよね。
    外国の部屋をしっかり仕切っているのも良さがありますね。ドイツの様子からは、いくつもある仕切られた保育室の目的もはっきりしてあるでしょうし、まさか廊下までも保育室の感覚で扱われていることは新鮮です。長い廊下だから、乗り物を使って走ることができる、「廊下ほど、長く、直線なので、これほど走るに格好な場所はありません。」とどんな環境も遊びの場として考えてあるのは面白く、日本とは考えが違いますね。廊下では走らない、と言われてた頃を思うと羨ましさを感じてしまいます。

  13. 日本の家屋を改めて考えると面白いですね。確かに海外と違い骨組みとは関係のない仕切りがあり、またふすまという自由に動かせる扉のおかげで状況に合わせて、その広さを変えることができる。日本家屋がこれほどまでに考えられたものであり、ふすまというものがこれほど便利なものだとは思いませんでした。こうした考えから、外国のスタイルが日本に入ってきた中で、今回のドイツの様に「廊下は走る場所」といった全く違った発想まではうまく入ってこなかったのでしょうね。まだまだ面白い部屋の使い方がある気がして楽しみですね。

  14. 日本の部屋の仕切りはとても工夫されていますね。海外の建物は確かに壁もしっかりあり、ドアや窓もその部屋に応じてしっかりと作りこまれています。それにくらべ日本の家屋は襖や障子によって部屋は区切られていますし、言われてみればその敷居によって部屋が区切られていることもあります。そして、確かに考えてみれば、日本家屋と外国の部屋とを比べるとその廊下の広さは大きく違いますね。日本の場合は確かに外国に比べて狭いです。あくまで通路としての役割でしかなかったのでしょう。それに比べ、外国の廊下ではコンサートまで行われることがあるのですね。確かにドイツ研修では廊下で砂場や三輪車、ごっこスペースなど、部屋としての使い方がされていました。文化や風土なども大きな要因としてあるのだと思います。その家屋の使い方自体にこれほどの違いがあるのはとても面白いですね。

  15. 日本家屋を改めて見直してみるとそこまで考えられていたのだなと、奥深さを感じます。襖で仕切ることで用途に合わせて、部屋のサイズが柔軟に変化させる事が出来るのですね。また、よく海外の方が「日本の家にはプライバシーが無い」なんて言う話も聞きますが、「廊下は部屋を横切らず、周りにあり、外との間を緩衝する場所」という事から、日本人なりにしっかりと考えられてもいます。「廊下ほど、長く、直線なので、これほど走るに格好な場所はありません。」とありましたが、この事を藤森先生から聞いた時には本当に驚きました。日本では「廊下は走ってはいけない」という事がおそらく日本全国で刷り込まれているような気がします。そういった海外の発想もとても面白いですね。

  16. 日本と海外の家屋の違いがわかりました。時と場合によって部屋を広くしたり狭くしたりできるのですね。海外の家屋の特徴は、ドイツの保育室の例を見ても、それがスタンダードなのが分かります。廊下を細長い部屋として使い、走るのに格好な場所はないというのは、もはや廊下と呼ぶのはどうかと思うくらいです。日本では、廊下で走ると必ず怒られていましたね。

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