もてなす家屋

      「おもてなし」という言葉は、オリンピックの東京誘致の際にプレゼンの中でアピールした言葉です。私の園でも、来園する方々に対して、きちんとおもてなしをしようということで取組んでいますが、そのきっかけはドイツの研修の際に、私たちが受けたおもてなしです。来客者に対する心遣いです。それは、毎年ドイツを訪問しているということもあるでしょうが、とても感動します。それを受けた私の園の職員が、「園への来客は非常に多いので、またかということで雑に受け入れていないだろうか。しかし、来客者からすると、その日が初めで最後という可能性がある。もうすこし、その点を考えて、その時々を大切にしよう」ということを提案したのです。

 今年の見学の中でも、いろいろなおもてなしを受けました。その中で、もっとも感心するのは、その装飾のセンスの良さです。大きな葉、木の実、自然物を上手に使いこなします。皿の代わりの大きな葉、何気なく散らばらせた枯れ葉、木の実、季節の野の花、布やナプキンの使い方、また、色の使い方には感心します。2015motenasi1motenasi3motenasi4motenasi2それは、やはり、各家庭の生活の中からの影響が大きいようです。以前、教育局の局長さんの自宅を訪れたとき、その家の装飾は、園の中の装飾にとても似ていました。gurettye2gurettye1

 では、日本家屋の中では、どこにどのような装飾をして「おもてなし」をしてきたのでしょう。私は、おもてなしの心遣いを、床の間に見る気がします。日本の家屋における床の間は、その様式と造作とにおいて実に多様であるとモースは書いています。彼は、「床の間には、多くの掛け軸が掛けられている。ときに掛け軸には何か道徳的な教訓を意味する漢語や古典的な詩行が書かれていたりする。この床の間には花瓶、陶器製の置物、香炉、飾石などが置かれるが、塗り仕上げの物置台に載せて置かれることが多い。」とあります。ここには、非常に繊細なおもてなしが込められていると私は思っています。

モースは掛け軸のことを書いていますが、私の実家では、よく掛け軸を替えていました。それは、最初、掛け軸に書かれてあるものは、仏画が多かったのですが、室町時代以降、「茶の湯」の席で座敷の「床の間」には、水墨画の掛軸が多く見られるようになります。それは、千利休が掛軸の重要性を言葉にするようになったからです。それは、掛け軸は部屋の装飾として、中心に位置づけられたからです。それは、来客者、季節、昼夜の時間を考慮して掛軸を取り替える習慣が生まれていきました。来賓時、その場面の格式などを掛軸で表現することが重要視される考え方が生まれたのです。

私の実家でも、正月には富士の絵とか鶴の絵、それぞれの季節の花の絵など乃掛け軸を掛けていました。それから、床の間に置かれた花瓶には、ドイツで見たような、季節の野の花が生けられます。それは、華やかではなく素朴な花ですが、来客を癒やす効果がありました。その癒やす効果は、視覚的だけでなく、臭覚にも訴えます。それが、香炉です。私は、どうしても海外の香水には慣れません。「香」の「香り」に落ち着くのは、日本人だからなのでしょうか?日本家屋におけるにおいは、それだけではありません。畳のにおいがします。外国には、石の床が多く見られます。それは、においがしないだけでなく、ぬくもりも感じません。日本家屋は、「もてなす」心をいたる所に散りばめている気がします。

もてなす家屋” への16件のコメント

  1. 季節感あふれる掛け軸や装飾。ドイツのおもてなしからは、外面的な「美しさ」を感じます。また、日本のおもてなしとは、家屋自体にもあるというのは驚きでした。茶の湯や床の間や畳など、心に響きわたるような、内面的な「美しいさ」を感じると同時に、「おもてなし」とは、人が人に直接行う行為だけでなく、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の五感を通した全ての“思いやり”を形にしたものであったと感じることができました。日本が大切にしてきた「おもてなし」に、日本人の強みがあり気がします。自宅でも、季節を取り入れた「おもてなし」から、始めてみようかなと思いました。

  2. 「藤森先生と行くドイツミュンヘン保育施設視察」研修旅行から無事戻り、荷物を解いて一段落。昨日10月31日分ブログへのコメントです。先週はほぼ時差ボケで、帰国する頃に時差ボケ解消と思ったら、どうやら今週一週間も「時差ボケ」の恐れ、これあり。さて、果たしてどうなることか?・・・ということで、訪れたミュンヘンの保育施設のもてなしの仕方には本当に感心しました。私たちの園でもできる限りの「おもてなし」をしているのはブログに書かれてある通りです。「一期一会」という四字熟語が脳に去来しました。おもてなしの心はこの「一期一会」心から発するのだろうと思った次第です。私が、次にミュンヘンの保育施設を見学訪問することができるのはいつのことかわかりません。そう考えると、今回ミュンヘンで受けたもてなしの心が余計伝わってきましたね。装飾もさることながら、おもてなしとして供されたお菓子やお料理のおいしいこと。本当におもてなしの心が伝わってきます。今回のブログを読みながら、「おもてなし」の意味の再確認を行う必要を痛感しました。私自身のできる限りのおもなし心で園にいらっしゃるお客様たちをひとりひとり大切にし、5Mの一つ「もてなし」の気持ちを子どもたちにも伝えていきたいものだと思いました。

  3. 日本家屋の癒やす効果は、視覚的だけでなく、臭覚にも訴えるとありました。私の実家にも和室があり、その和室から香る畳のにおいには、帰省する度に癒される思いです。昨年にドイツに視察に行かせていただた際に私もドイツの方々の「おもてなし」には行く前から少しは聞かせていただいていたのですが、驚きましたし、感動しました。この「おもてなしの精神」は私たちも見習っていかなければなりませんね。そして、日本家屋自体が視覚的にも臭覚的にも癒しの効果を持つのですから、日本家屋の特徴を取り入れている新宿せいがでは、なお一層のおもてなしができるのかなと思いました。また、園への来客が非常に多いことに慣れ過ぎていた自分にも気付くことができました。日本だからこそできる「おもてなし」を提供していきたいですね。海外の方々であれば、日本の伝統などの素晴らしさに触れていただける機会となり、日本の方々でも改めて日本の伝統などを知り、自園で取り入れていくきっかけへと発展していく可能性がありますね。

  4.  テーブルの装飾、本当にきれいです。おもてなしをしようとする人のセンスがいいのか、ドイツの方々がそもそもセンスがいいのか、テーブルの上の装飾は、何か特別な雰囲気を感じさせます。まさに文字通り、食事に花を添えてくれる、重要な意味があることを感じます。toshi123さんのコメントにもありますが、一期一会、会う人へのもてなしの心、会う人一人一人を大切にしようという精神を、見習いたいです。
     そして、先日の運動会のプログラムもまさに掛け軸でした。そんな掛け軸が様々な意味を含んだものであるということを初めて知りました。先日、気に入ったポスターがあったので、購入し、部屋に飾ると、部屋の雰囲気が変わったような感じがしました。それと一緒にするのはどうかとも思うのですが、部屋の装飾一つで、その部屋の雰囲気が変わること、感じ方が変わること、というのはなんとも面白く、また、気持ちがよく、こういったことを、掛け軸や〝香〟は、その高みとして、在るのだということを、初めて思いました。

  5. ドイツに行く前に話は聞いていたのですが、実際にドイツに行ったときには、おもてなしの装飾やおやつに感動したことを覚えています。ちょっとした装飾、色合い、何気ない飾りなど、よくここまでしてくれるなと感心します。当園でも来園者に対してはできるだけ「おもてなし」をしようと心がけていますが、忙しいときには雑になってしまうところがあります。相手のことを気遣うという部分に関して「おもてなし」は重要な部分になると思います。心に余裕をもって「おもてなし」ができるようになりたいと、ドイツの写真をみながら思いました。

  6. おもてなしやテーブルの装飾、室内の装飾には季節を感じ、本当に美しく、センスのある飾り付けがしてありましたね。ドイツのおもてなしについてはブログなどで取り上げられていましたが、実際に体験するとまた感動が大きくなりました。「ようこそ」と園の正面に掲げてあった言葉には嬉しくなりました。そのような工夫の全てが私たちを受け入れてくれているという安心感につながり、とても落ち着いた心で見学をすることができたように思います。また、装飾のセンスの良さにも驚きました。身近にある自然をさりげなく、でもしっかりとした存在感で生活の中に取り入れておられる姿勢は私も見習いたいなと思いました。そんなおもてなしの心を日本では床の間で感じることができるのですね。また、「ときに掛け軸には何か道徳的な教訓を意味する漢語や古典的な詩行が書かれていたりする」ともあり、掛け軸の見方が変わりました。日本家屋のそれらのもてなしは、やはり家を訪れる人に向けてのものであったのだと思います。それだけ、人の出入りが頻繁にあったということなのかもしれませんね。このあたりも開放的であるということとつながっているのかもしれませんね。とても勉強になります。

  7. 私の祖母は生け花が趣味で、床の間ではないですが、玄関によく季節の花を使った生け花をしていました。私には決して真似ができるようなものではないのですが、お客さんが来てすぐに目につく場所にあるため、そこには祖母の気持ちよく過ごしてもらいたいというおもてないの心があったのだと思います。今となってその祖母の精神がわかるような気がします。季節を楽しむ余裕を持ち、人と人とのつながりを大切にしたいと思います。

  8. 自然物を使ったおもてなしへの工夫は、作られたものよりも、木を見ていたりすると癒されるように自然物を使うことで、揺ったりとした演出もできているように思えました。また、私自身も、他園にお邪魔させていただく時には、園によって様々な工夫されたおもてなしを受けます。例えば、その地域の伝統的なものや園で行っているものなどです。おもてなしを受けることは、まずは、来てもらえたことを好意的に感じていることを自身で感じることができる、招かれていると思えます。日本特有のもてなしというのは、五感で感じてもらえるような工夫があるのですね。もてなしを感じる時に、五感を基盤に置くと、日本の良さを見いだすことができるような気がしました。

  9. 写真にあるドイツの〝おもてなし〟の装飾には書かれてある通り、色合いや組み合わせ、自然物を上手く取り入れていたりするものなど、多種多様であり、本当にセンスの良さを感じますね。
    園でも自然物を取り入れた装飾はあるのですが、とても参考になる写真ばかりです。
    日本の〝おもてなし〟が日本家屋の床の間に散りばめられていることを初めて知り、驚きました。
    しかも、日本の〝おもてなし〟は読んでいると、においや空気、ぬくもりなど内面的なものを重視しているように思います。
    この日本の〝おもてなし〟の心を大切に伝えていかなければなりませんね。

  10. ドイツで刺激を受け、職員が自ら「おもてなし」について考え直すというところが素晴らしいですね。自園を省みるいい機会となっていることがよくわかります。確かにドイツの装飾は目をみはるものがあります。その装飾が各家庭の生活の中からの影響が大きいというのがまた面白いです。普段からこういった装飾をすることで園でも当たり前のようにできるセンスを持ち合わせているのは受け継がれてきたドイツの伝統を感じます。そして、日本の伝統である掛け軸については最近お茶をお泊まり保育でしたときに初めて意味を知り驚きました。その季節に沿った絵や、言葉というのが選ばれ見るものを癒す効果があるというのはまさにおもてなしの心であるように思います。そんな伝統的な装飾というのをうまい具合に日本の保育室に取り入れていきたいなと感じさせてくれます。

  11. 私もドイツ研修に参加した時に「おもてなし」を受けましたが、なによりも藤森先生が言われるように装飾のセンスが抜群に素敵なことに感動します。ドイツに見習って私も見学者が来られて食事をされる際に、テーブルクロスを敷いて、その上に蔦の植物や木を置いてドイツのように装飾してみたりと色々と試しています。しかし言ってしまえば洋風なおもてなしであり、日本の「和」ではないです。新宿せいが保育園に茶室ができました。そこには床の間があり、藤森先生位が描かれた花の絵の掛け軸が掛けてありますが、掛け軸は来客に合わせて取り替える週間があるのですね。それは初耳です。またお香の香りも重要なおもてなしの一つなんですね。確かに来客がある時に最初に通すフロアから微かにお香の香りがします。日本の家屋が五感をフルに使った物がおもてなしなのかもしれません。

  12. ドイツのおもてなし、写真から自然豊かで美しさがありますね。写真でも見ているだけで和むような気持ちになります。
    日本家屋のもてなしに「床の間」があり、確かに掛け軸や花瓶、花瓶に生けられている花はまた華やかさより素朴なものが多いように感じます。ブログ内にもある畳の香りは本当に癒されます。日本家屋は木造なので木の香りも時折感じます。ただ、現代では床の間、いわゆる寝室はフローリングに変わり布団からベッドへと変化して行っています。外国から来られれば、あの畳の香りや木の香りは感じにくいでしょうね。
    日本家屋のよさは、実家へ帰ると「やっぱり畳がいい」と感じることがよくあります。
    癒しや寛ぎを感じさせるのが日本家屋なのかもしれませんね。

  13. 見学者に対してどう対応するか。その数が少ないと当然丁寧になりますが、それが大人数や頻繁に来るようになると、少なからずおもてなしきれないといった対応が生まれそうなものですね。
    今回のおもてなしのテーマで読んでいる途中で、真っ先に千利休が浮かびました。そしてその後にその利休が話題になっているのを見て少し驚きました。利休は茶道において「おもてなし」という所を表現していますが、以前書物を読んだ時にすごいなとい持ったのが「いつでももてなせるようにする」ということでした。現代と違い、当時は急な来客に対してお茶をもてなすのに、炭に火を入れるのに時間がかかるなどその準備が大変だったらしいです。こうした「おもてなし」は日本人の心として大切にしていきたいですね。

  14. 今回のブログを読んで、改めて「もてなす」ということを考えてみるとそれが今の園でどこまで行われているかというと全然行われていません。どこかでその余裕と考えが至っていないことを感じます。日本家屋には一つ一つの環境の中に「もてなす」ということがちりばめられていたんですね。しかし、その「もてなす」ということが少なくなったのも、そもそも、もてなす人が来ないからということがあるのかもしれません。それはある意味さみしいことですね。「だから必要ない」のではなく、「人が来るような家」「つながりのある家」にするような考えでないと変わらないのかもしれません。それは保育園や幼稚園においても同じことが言えるのかもしれません。最近、少しずつ園見学に来ていただけるようになってきましたが、そのことを受けて、一度「もてなす」ということを考えていければと思います。

  15. 私もドイツに行った際にはたくさんのおもてなしを頂きました。今回のブログで紹介されていたものの他にも、エントランスには「ようこそいらっしゃいました」など子どもが書いてくれた張り紙や、園の保護者代表という方がたくさんケーキを焼いてきてくれたりなど、保護者も含め園全体でおもてなしをしてくれたのを今でも覚えています。おもてなしの仕方を比べるのもどうかと思いますが、日本のおもてなしは派手さはありませんが、目に見えづらいおもてなしがたくさんあるように思います。それこそ床の間まで通されるまでにも様々なおもてなしがあるとは思いますが、いざ通され座った瞬間に五感をすべて使うほどのおもてなしや気遣いがあると思います。自分で書きながら改めて日本人のおもてなしのあり方に脱帽です。

  16. 「園への来客は非常に多いので、またかということで雑に受け入れていないだろうか。しかし、来客者からすると、その日が初めで最後という可能性がある。もうすこし、その点を考えて、その時々を大切にしよう」という言葉を聞いて、ジャイアンツ監督だった長嶋茂雄さんが、入団した手の松井秀喜選手に言った言葉を思い出しました。長嶋さんは、松井選手に「この東京ドームに毎試合、応援に来てくれるファンもいる。しかし、一生のうちで今日しか来られないファンもいる。お前はそういうファンのためにも全試合出場しろ」と言ったそうです。ここには、同じようなプロ意識を感じました。私も、常にこの言葉を心に刻みたいと思います。
    また、床の間が日本のおもてなしが見られる場所なのですね。確かに、お客さんを意識して掛け軸を変えたり、花をきれいにいけたりしますね。

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