もてなす家屋

      「おもてなし」という言葉は、オリンピックの東京誘致の際にプレゼンの中でアピールした言葉です。私の園でも、来園する方々に対して、きちんとおもてなしをしようということで取組んでいますが、そのきっかけはドイツの研修の際に、私たちが受けたおもてなしです。来客者に対する心遣いです。それは、毎年ドイツを訪問しているということもあるでしょうが、とても感動します。それを受けた私の園の職員が、「園への来客は非常に多いので、またかということで雑に受け入れていないだろうか。しかし、来客者からすると、その日が初めで最後という可能性がある。もうすこし、その点を考えて、その時々を大切にしよう」ということを提案したのです。

 今年の見学の中でも、いろいろなおもてなしを受けました。その中で、もっとも感心するのは、その装飾のセンスの良さです。大きな葉、木の実、自然物を上手に使いこなします。皿の代わりの大きな葉、何気なく散らばらせた枯れ葉、木の実、季節の野の花、布やナプキンの使い方、また、色の使い方には感心します。2015motenasi1motenasi3motenasi4motenasi2それは、やはり、各家庭の生活の中からの影響が大きいようです。以前、教育局の局長さんの自宅を訪れたとき、その家の装飾は、園の中の装飾にとても似ていました。gurettye2gurettye1

 では、日本家屋の中では、どこにどのような装飾をして「おもてなし」をしてきたのでしょう。私は、おもてなしの心遣いを、床の間に見る気がします。日本の家屋における床の間は、その様式と造作とにおいて実に多様であるとモースは書いています。彼は、「床の間には、多くの掛け軸が掛けられている。ときに掛け軸には何か道徳的な教訓を意味する漢語や古典的な詩行が書かれていたりする。この床の間には花瓶、陶器製の置物、香炉、飾石などが置かれるが、塗り仕上げの物置台に載せて置かれることが多い。」とあります。ここには、非常に繊細なおもてなしが込められていると私は思っています。

モースは掛け軸のことを書いていますが、私の実家では、よく掛け軸を替えていました。それは、最初、掛け軸に書かれてあるものは、仏画が多かったのですが、室町時代以降、「茶の湯」の席で座敷の「床の間」には、水墨画の掛軸が多く見られるようになります。それは、千利休が掛軸の重要性を言葉にするようになったからです。それは、掛け軸は部屋の装飾として、中心に位置づけられたからです。それは、来客者、季節、昼夜の時間を考慮して掛軸を取り替える習慣が生まれていきました。来賓時、その場面の格式などを掛軸で表現することが重要視される考え方が生まれたのです。

私の実家でも、正月には富士の絵とか鶴の絵、それぞれの季節の花の絵など乃掛け軸を掛けていました。それから、床の間に置かれた花瓶には、ドイツで見たような、季節の野の花が生けられます。それは、華やかではなく素朴な花ですが、来客を癒やす効果がありました。その癒やす効果は、視覚的だけでなく、臭覚にも訴えます。それが、香炉です。私は、どうしても海外の香水には慣れません。「香」の「香り」に落ち着くのは、日本人だからなのでしょうか?日本家屋におけるにおいは、それだけではありません。畳のにおいがします。外国には、石の床が多く見られます。それは、においがしないだけでなく、ぬくもりも感じません。日本家屋は、「もてなす」心をいたる所に散りばめている気がします。

用途別

    モースは、日本家屋の室内の特徴の一つとして、「屋内構造においても、まったく同様で、耐久性に匹敵するほどの堅牢性を持つ仕切り壁などは、ほとんどまったく存在しないのである。」と書いてあります。それが、私たちの保育室の考え方です。基本的には、0・1歳児室、3・4・5歳児室においての仕切り壁は堅牢な仕切り壁では仕切られていません。また、各ゾーンという、子どもが活動する場所を区切るのも可動式家具で仕切ります。また、モースの文章の「その代用として、軽くてよく滑るふすまがある。―略― この動くふすまは、これを左右に動かせば解放されるようになっており、場合によっては全部を取り外すことさえできるようになっている。ふすまを全部取り外してしまうと、数室を一括して一つの大広間として使用することもできる。」という文言があります。それは、私たちの園ではパ-テーションという可動式壁があります。これを移動することによって、一部を閉めたり、全部開け放すこともできます。ふすまのような役目をするのです。すべてを開け放して、また家具という仕切りもすべて取り払うことで、大広間として卒園式やおたのしみ会などに使用します。2015345

それに対して、ドイツの室内は、各部屋が堅牢な壁で区切られています。そして、その各部屋が廊下に面しています。そして、部屋同士の行き来は、日本の家屋の「したがって、一つの部屋から他の部屋へ行こうとする場合に、自在ドアを開けるなどのことは全然必要が無い。」のに対して、各部屋の間の自在ドアで行き来をします。そして、用途も部屋の中の仕切りで分けるのではなく、部屋ごとに分けます。例えば、キッチン、ダイニング、リビング、などです。ずいぶん前のブログで書きましたが、列車の旅で座席で「駅弁」を食べますが、世界の多くの国では、食事は食堂車で食べます。

今日見学した園では、例えば、36歳児、75名の園では、保育室が大きく三つのコンセプトに分かれてあります。一つ目の部屋は、「自然観察・積み木」などの活動を中心にする部屋で、2015tumiki二つ目の部屋は、「工作・お絵かき」などのクリエイティブな活動をする部屋、2015oekaki三つ目の部屋は、「ごっこ」をする部屋になっています。2015hennsinnそして、それぞれのコンセプトの部屋は広い部屋と狭い部屋の二部屋で成り立っています。そして、玄関ホールが運動をする部屋になっています。

子どもたちは登園すると、好きな部屋で好きな活動をします。保育者は、各部屋に2名ずつ配置されています。しかし、一応は所属する部屋があり、お集まりや昼食の時には自分が属している部屋に行きます。ただ、保育者の許可を得ればほかの部屋に行ってもかなわないそうです。そのような保育を「オープン保育」と名付け、「遊びは子どもの職業」ということで、子どもに対し「遊びへの自主的参加」を促すことを意味しています。そして、その部屋の装飾や作り込みは、その部屋の担当の個性が出ています。「空間は第3の保育者」ということがモットーだということでした。

私の園のような、オープンで、パーテーションや、かどう家具で間仕切るのは日本の家屋の手法であり、廊下にドアが面し、各部屋が堅牢な壁で区切られているのは西洋の家屋の手法であるという発見は、とても面白いものでした。

廊下

    保育室は、子どもたちの遊びの場であり、生活の場です。したがって、普段の生活の場の影響を受けます。以前、ドイツのある家庭を訪ねたときに、玄関を入ると、まず廊下がつながっています。それは、部屋の真ん中を突き抜けていて、その両端に部屋のドアが並びます。それに対して、かつての日本家屋は、部屋を広くしたりするために、廊下は、部屋の周りにあります。それは、あるときにはその上に薄べり(ゴザ)を敷いて部屋を広くしたり、外との緩衝空間になります。昨日の写真の啄木の部屋の平面図を見ても廊下は部屋を横切っていません。takubokunoieheimennzu

 ドイツの保育園・幼稚園を見ると、通路と言うほかに細長い部屋という役割を併せ持った廊下があります。そこは、当然各部屋への移動の通路という役目はあります。しかし、各部屋への移動は、ほぼ1日中子どもたちの自由ですので、部屋の一部という感じはあります。ですから、そこには、昨日紹介した乗り物だけではなく、多くの園には、移動中に楽しむ物が置いてあることが多くなります。2015mennsitaheya2月曜日に訪れた園では、乗り物だけでなく、真ん中に中央線が引かれ、道路のように車を走らせて遊べるようにしてあったり、足の裏の感覚を養うために、さまざまな素材を貼った床が置いてあったりします。よく手の感覚を養うものは見かけますが、足の裏の感覚で、このようなものは初めて見ました。手作りかもしれません。2015asinoura

 あと、コートかけと外履き靴置きなども廊下にある場合もあります。日本の園では、子どもたちのロッカーなどは保育室の中に置かれていることが多いのですが、ドイツでは、保育室の外である廊下とか、廊下の突き当たりの部屋とか、エントランスの隅とかに置かれていることが多いようです。そのために、部屋の中はすっきりしています。2015ositaku (300x200)

 また、廊下にはさまざまな掲示物が貼られています。その多くは、保護者向けです。と言うのは、保護者はお迎えの時に、園内どこにでも出入り自由なのです。月曜日の午後、ちょうどお迎えの時の見学でしたが、誰がスタッフで、誰が保護者かわからないほど、何人も園庭の隅や、廊下の椅子、保育室内の椅子などに座っていました。2015enteihogosya (300x200)日本の保育園のように慌ただしく子どもを連れて帰るのではなく、ソファーに座った利子ながら、しばらく子どもの活動を眺め、その活動の区切りが良いところで連れて帰る光景がありました。

 ドイツでは、基本的に保護者へのお便り帳はいっさいありません。0~3歳までの園の園長先生に保護者とのやり取りはどうしているかという質問に、お便り帳のような文字による子どもの情報のやり取りは保護者とはほとんどやらないそうです。文字によるものは、後に残るものですから、それを他人が見る可能性もあったり、子どもが大きくなったときに見る可能性もあったり、慎重にならなくてはいけないということから、行なわないそうです。保護者に伝えることがあったら、直接会って、言葉で伝えると行っていました。それは、お迎えの時とか、個人面談、保護者会などのときにだそうです。だからといって、見学しているときに、お迎えがあって保護者が来ても、保育者がその日にあったことを言葉で伝えている姿はありませんでした。たぶん、よほど伝えなければならないことがあった場合だけのようです。2015keiji (300x200)

 ということで、廊下に貼ってある掲示物は、園の理念、職員紹介、保育活動の計画や報告、行政からのお知らせなどです。

部屋の仕切り

 モースは、アメリカの家屋との比較において、こう書いています。

「日本の家屋を我がアメリカ家屋に比較した場合に見られる主要な相違点のうちの一つは、仕切り壁とか外壁とかの設営方法にある。わがアメリカの家屋にあたっては、仕切り壁および外壁は堅牢であり、かつ耐久性を持っている。したがって、骨組みができあがったときには、このしきり壁がすでに骨組みの一部をなすのである。ところが、これとは逆に、日本家屋に当たっては、耐久壁にまったく支えられていない側面が二つもしくはそれ以上も存在する。屋内構造においても、まったく同様で、耐久性に匹敵するほどの堅牢性を持つ仕切り壁などは、ほとんどまったく存在しないのである。その代用として、床面と上部で固定された溝にはめてするすると動かせるようになる、軽くてよく滑るふすまがある。この固定された溝が各室を区切るようになっている。この動くふすまは、これを左右に動かせば解放されるようになっており、場合によっては全部を取り外すことさえできるようになっている。ふすまを全部取り外してしまうと、数室を一括して一つの大広間として使用することもできる。これと同じような全面撤去の仕方で、家屋のどの側面をも日照と外気とに向けて開け放すことができる。したがって、一つの部屋から他の部屋へ行こうとする場合に、自在ドアを開けるなどのことは全然必要が無い。窓に代わるものとして、外襖すなわち、白い紙を貼った障子があり、これを通して屋外の陽光が室内に拡散するようになっている。」takubokunoiemadori

 これこそが、日本家屋の大きな特徴です。それは、まず、部屋の仕切り方です。日本の家屋は、仕切り方を変えることによって、用途に合わせていたのです。狭い部屋から、広い部屋まで自在です。そのために仕切りは、構造体でない襖であり、そのレールは、盛り上がっていない溝である敷居なのです。しかも、取り外しもできます。そのために、廊下は部屋を横切らず、周りにあり、外との間を緩衝する場所であり、その上に薄べりを敷いて、部屋をより広くしたりします。

それに比べて、外国の部屋は一部屋ずつ仕切られていて、部屋ごとに用途が違います。この部屋は食堂、この部屋は寝室、この部屋はリビングという具合です。部屋同士の行き来は、部屋間のドアによって行ないます。廊下は、通路というよりも、長い部屋のような使い方をします。そこで、オペラやコンサートが行なわれたり、細長くテーブルを並べて、食事をしたりします。

この違いが保育室にも見られます。ドイツの保育室は用途ごとに部屋が区切られていて、その部屋の行き来は、部屋と部屋の間にあるドアでします。2015heyanoaida廊下は、通路だけでなく、細長い部屋としても使います。ある年、ドイツに行ったときに廊下に乗り物らしきものがあったので、何をするものか聞いたら、廊下を走る乗り物だということでした。2015rokanorimonoそして、「廊下ほど、長く、直線なので、これほど走るに格好な場所はありません。」と言われたときに、学校での合い言葉、「廊下では、走らないこと!」という標語が頭をよぎりました。そのほか、廊下には砂場があったり、ブロックがあったり、直線を走る道路になったりと、長い通路を上手に使いこなしていました。

日本家屋の特徴

 私の園の見学者のなかに、「自分の園は、部屋が区切られていて、廊下があり、こんなオープンではないので、見守る保育は、難しいのです。」と言われるか違います。そのときに、最近はこう答えることにしています。「それでは、あなたの園はドイツ式なのですね。」そうすると、きょとんとします。

 日本の多くの保育室は、小学校の校舎をモデルにして作られています。それは、認知的なものを、年齢で区切られた子どもたちに、知識を伝達しやすいような作りとして、兵隊の宿舎をモデルに作られています。子どもの生活の場として考えられているわけではありません。しかし、乳幼児施設では、子どもたちの生活の場として見直すことも必要になっていきます。それには、私は、その国における風土の中で育まれてきたから、いろいろと学ぶ必要があると思っています。

 住居は人間生活の環境として、空間的環境だけでなく、人的環境、物的環境を提供してきました。そのために、その環境が風土(土壌、気候)、風俗、住まう人間の心理・動線、生活の在り方、人間関係などに緊密に関係しています。その中で伝統的な日本の家には、日本民族の社会と生活に対する審美、倫理、そして道徳といった日本民族に属する文化の諸相が見られます。そのため、広く人類の進化から、民俗学、社会学、博物学、工学、地理学などの諸分野の日本の家についての所見を参照しつつ、さらに、 日本文化を多元的、複層的に見ながら、日本の住居形態に表象された価値的関心や志向を取り上げるなかから、幼児施設という乳幼児を中心とした大人との共同生活の環境のあり方を見直していく必要があります。そのために、ドイツとの比較から見ていきたいと、今回のドイツ行きを考えていました。

 ES・モースは、日本人の住まいと、それに直接関わりを持つ周囲環境とについて、1886年「日本人の住まいおよびその生活空間」という本を著わし、日本でも「日本人の住まい」ということで出版されました。その序論の中で、「日本の家屋の開放性と近づきやすさとは、それ自体が日本の顕著な特質である」と述べ、「外国からの訪問者は、だれもかれも例外なく、独特の性格を持つ日本人の住居についての楽しい記憶を抱きながら、帰って行くのである。」と書いています。

  モースによると、「日本の家は、まず何よりも、その形態の中に刻み込まれた価値を住人に伝えているがゆえであろうと思われる。つまり、その背後には日本人の倫理観や道徳意識が潜んでいるのである。日本の家は、「調和」 があって、「古くからの茶の湯の理想や禅の掟が、生活の枠組みである家のあり方を通して、住む者の立居振舞いにしみこんでいく。 造形上の記憶に訴えかけて、住人に、あるべき行動の図式を教え込む」と、その精神性を評価しています。どうも、日本家屋は、器ではなく、まさに生き方なのです。その生き方を、モースは、日本の家屋に見たのですが、特にその家屋が表象している価値観や関心は「美しい貧相」、「開放的な平穏」と見ています。

 先日、盛岡の石川啄木の新婚当時の家を見てきました。そこは、すべての部屋を啄木が使っていたわけではなく、その中の1室を使用したいたようですが、全体の家の作りが、日本の家屋独特のものでした。その部屋の仕切り方と、ドイツの園の仕切りと比べてみたいと思います。takubokunoie

国民性

 一時、各国の気質を表わしたちょっとした小話がはやりました。その気質は、育児にも見えるようです。

例えば、イタリア流子育てでは、「イタリア人の子育てのポリシーは何?」と聞けば、開口一番「TANTO AMORE(愛情たっぷり)!」と答えるそうですが、同時に、「モテる子に育てる?!」というのもあるそうです。イタリアのお母さんたち(マンマ)の愛情たっぷり子育てぶりは、日本でも知られることですが、それは本当で、これでもか!というくらいかわいがって育てます。ちなみに、それはパパも同じ。自分の子供を「カワイイ、カワイイ、家の子は本当にカワイイ!」と、ところかまわず、だれ彼かまわず、自慢して、抱きしめてキスして、もうベタベタ。そこに、他人の感想の余地はありません。それは、楽しんでいる大人を積極的に見せ、人生の楽しさを教える!ということもあるかもしれません。それは、外見を褒めるだけでなく、自慢の我が子が興味を示したものに対して「こんなことに興味があるのね!好奇心旺盛ね!」と、興味の赴くままに、そして本人が納得するまで体験させます。もちろん、最低限の注意は払いますが、「これは、ダメ」「危険だから、ダメ」と禁止することはあまりありません。元気で自由奔放な子供が イタリア には多いです。それは、「笑ったり、泣いたり、そのときどきの自分自身の感情をしっかりと感じさせる」ことが、豊かな感情を育てるからだと言います。そのためか、イタリア人は感情が豊かで、泣いたり笑ったり、非常に表情豊かです。

北欧のスウェーデン流では、さすが福祉国家です。政策の下支えもあり 夫婦で育てるのが当たり前です。だいぶ前ですが、スウェーデンに行ったときに、街で見かけるベビーカーを押している人の半数は男性でした。二人目の育休は、父親が取らないといけないということでした。スウェーデンでは、子どもが生まれると育児休暇を夫婦で交替に取り、子どもたちは1歳を過ぎたら、日中は保育園や保育ママたちと過ごします。女性の社会参画が進み、女性の就業率は世界でもトップクラス。夕方には仕事を終え、子どものお迎えをパパがすることも多く、子育ては夫婦で行うのが当たり前という印象です。また、「叩いたり、強く揺さぶったり、蹴ったり、棒などでぶったり……そんな行動を大人が大人相手にすると問題になるのに、“親だから大人だからと言う理由で、子どもに対して行える”という考え方はよくない」という考えから、1978年、スウェーデンで世界に先駆けて体罰禁止の法律が生まれました。今では世界29カ国が子どもの体罰を禁止していて、この動きは世界的に広がりつつあります。

しかし、アメリカでは、国の事情があるのでしょうが、極端です。日本では子どもを叱るとき、人前でも軽く手やお尻を叩く母親がいますし、「言うこと聞いてくれないとペチンするよ!」などと耳にすることあります。しかし、これをアメリカですると、虐待と勘違いされる場合があります。最悪、通報されてしまう場合もあるようです。反面、例えば、オムツをはずすことにあまり気合を入れません。時期が来たら外れるでしょうという感じです。ですから、だいたい3歳過ぎでの卒業をめどにトイレトレーニングを考えています。もちろん3歳過ぎてオムツをしていても回りからのプレッシャーはありません。当の親はさすがに3歳過ぎると早く外したいと思うようです。

世界の育児

 ドイツに行くことによって、国による文化の違いを知ると同時に、共通な部分も見えてきます。それは、不易な部分と、世界的な時代的な要請によるものがあります。また、お互いが影響し合って、融合した新たな文化を形成していくこともあります。

 それは、子育てについての習慣にも見られます。いくらグローバルな時代であるといっても、まだまだ根強い、その国ならではの子育て文化が存在します。それが、時として真逆なこともあります。今年の5月に「LINE Corporation」で、「ビックリ!! 国が違えばここまで違う【世界の子育て法】 」という特集がありました。その中で、ずいぶんと国によって育児方法が違うのですが、ヨーロッパ間でもずいぶんと違います。しかし、何となく、ヨーロッパに共通するところがあって、アジアの子育てに比べて、自立を第1優先にしているような気がします。フランス流では、泣いたときの対処法はこうします。「赤ちゃんが泣いたらまずはお腹がすいたのかチェックとオムツチェック。これは日本と一緒だと思いますが、日本みたいに「赤ちゃんが飲みたいときに、飲みたいだけ飲ませなさい!」ではなくて、だいたい時間できっちりさせます。また、産後すぐにみんながお見舞いにきます。日本だと「産後は、疲れているだろうから、帰ろうか」という状況が多いのですが、フランス人は帰らないようです。みんなでおしゃべりしてワイワイして赤ちゃんが、寝ていようがおかまいなしで何時間もいるようです。まや、生後3ヵ月で添い寝をストップします!!その理由は、(1)子どもの自立を阻害する(2)夫婦の生活が侵害される(3)近親相姦を思わせる(4)押しつぶして窒息させる危険がある(5)乳幼児突然死症候群(SIDS)が起こりやすい、などだそうです。

イギリス流では、ほんの幼児の頃から、「子供は悪魔」と思って厳しくしつけるようです。それは、「大人になってから恥ずかしい思いをしないよう、小さいときに、守らなければならない社会のルールだけはしっかり教えておくのが親の務めです」だそうです。また、今年王妃が生まれたときにびっくりしましたが、「産む直前に来て、産まれたら6時間で退院」します。イギリスにはNHSと呼ばれる国民保健サービスがあり、出産を含むほとんどの医療が無料で受けられるのですが、そのサービスは決して行き届いたものではありません。長々と居てもらったのでは、つぎつぎ来院する妊婦さんを“こなせない”ということでしょうか。激痛と不安の中、病院にいられないというのは不安で、衝撃的です。

では、ドイツ流とはどのような子育てなのでしょうか?まず、「赤ちゃんのときから一人で眠る訓練」をします。赤ちゃんのときからベビーベッドに寝かされ、泣いてもすぐに抱っこしないことが推奨されています。また子どもが眠る時間も早いです。小学生の場合、19時に就寝する習慣が一般的で、遅くとも20時には子どもたちはベッドに入らなければなりません。また、ドイツでは外だけじゃなく家の中でも、赤ちゃんを裸足にはしないそうです。

また、耳に対しても「この帽子、耳が出てるわよ!」「帽子をもっと引っ張ってあげて!耳を隠さないと!」「耳に風を入れちゃだめよ!赤ちゃんは耳から風邪をひくのよ」など、とても気にしている様子です。

ドイツのお昼寝部屋ドイツのお昼寝部屋

オランダのお昼寝部屋オランダのお昼寝部屋

 

 子どもが早く寝る習慣というのは、ぜひ、見習いたいものですが、添い寝をしないとか、泣いてもすぐに抱っこしないというのは、最近、問題視されてきているようです。一人で寝る習慣も、ドイツだけでなく、オランダも、ヨーロッパ全体の考え方で、保育園のお昼寝の時間も、先生がそばについているということはないようです。それどころか、寝る部屋にも大人はいないで、子どもたちだけで寝ます。

スミスに現代の課題を見る

 明日から、毎年恒例のドイツ研修が始まります。そこで、その間はドイツ報告をしますので、しばらく、道徳の起源についてはお休みをします。私が、現在ブログで取り上げているのは、ポール・ブルーム著の「ジャスト・ベイビー 赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源」という本を読み進めて行きながら、間に現場から見た感想を少し入れたり、解説をしたりしています。

そして、ちょうど第2章「共感と思いやり」という章の最後に、ブルームはアダム・スミスの著書「道徳感情論」の中の一節を紹介して終わりにしています。ここで、それを紹介したいと思います。

「人間は、どれほど利己的であるように見えようと、あきらかに、その本性の中にいくつかの原理を持ち合わせている。それによって、人は、他者の運命に興味を抱き、他者の幸福を自分にとってかけがえのないものとする。たとえ、それを眺めるという喜びのほかに何も得るものがないとしても。憐れみや同情もこの種のものであり、私たちは他者の不幸を見たり、じつに生き生きと思い描いたりするときに、その情動を感じる。私たちがしばしば他者の悲しみから悲しみを引き出すという事実は、明白すぎて証明するまでもない。この感情は、人間本性のほかの根源的な情念と同様に、徳の高い人や情け深い人にもっとも鋭敏に感じられるとしても、けっして、こうした人たちにかぎられるものではない。」

この文章から見るスミスは、人間が徹頭徹尾利己的な生き物であるとはつゆほども信じておらず、思いやりという心の牽引力に非常に敏感だったことが読み取れるとブルームは言います。

それは、この文章から、他人に対する共感や同情が、人間を道徳的な方向へ導くと考え手いることがわかるからでしょう。それは、ブルームの考え方の元となっている考えであり、他者という観察者の視線を気にしてしまうことから、人間は他者から共感を得えようと行動するようになるということになります。ほかにも、スミスはこの本の中でどのようなことを言っているのでしょうか?スミスは「国富論」において自由競争を肯定していますが、その基底には、フェアプレイの精神があります。スミスのフェアプレイでは、妨害などの行為が禁止されています。それが、「道徳感情論」の中でこう言っています。

「富、名誉および昇進をめざす競争のなかで、個人は可能なかぎり懸命に走り、すべての競争相手より勝るために、すべての神経と筋力を精一杯使っても良いのである。だが、もし彼が競争相手の誰かを押したり、投げ倒したりしたら、観察者の寛恕は完全に尽きるだろう。それはフェアプレイの侵犯であり、誰も認めることができないことである。」

スミスは、競争は肯定していますが、公平な観察者の視線を基準とすることによって、社会に秩序がもたらされると考えているようです。他者の視線を内面化し、第三者の目を自己の内部に取り込むことによって、フェアプレイが可能な社会が実現可能になるとスミスは考えているのです。

数年前から日本で、アダム・スミスブームが起こっています。それは、今の時代、彼が「道徳感情論」を著した、道徳哲学者としての顔が求められているからでしょう。道徳哲学とは、文字通り道徳について原理的に考察する学問のことを指します。つまりスミスは、どういう生き方が正しいのか説いているのです。これこそ、ブルームが取り上げた動機であり、私たちが保育を考える上で必要なことだと思うのです。

子どもの罪悪感

赤ちゃんが他人に対してその人がどのような人であるかという研究は何とかで来ても、自分自身をどう評価しているかという研究は、難しいようです。そうはいっても、幼児期の自己評価のサインを観察することならできるようです。赤ちゃんや幼い子どもたちは、しばしば他人によいことをしたときに、誇らしげな様子をしますし、逆に罪悪感もあります。生後1年に満たない赤ちゃんでも、他者を傷つけると、心を痛める様子を見せますし、その頻度は成長するにつれ増えていくようです。

1935年に、心理学者のシャルロッテ・ピューラーは、子どもの罪悪感を引き出す、うまく考えられた調査を行ないました。それは、一人の大人と一人の子どもが一緒に同じ部屋にいます。大人は子どもに、子どもの手の届くところに置いてあるおもちゃに触ってはいけないと命じます。次に大人は、部屋をしばらく留守にします。研究者たちは、1歳児も全員例外なく「大人との接触が断たれた瞬間、禁止は取り消されたと解釈して、おもちゃで遊ぶ」ことを発見しました。しかし、大人が突然戻ってくると、14ヶ月児の60%、1歳児半児の100%が、「極めてばつの悪い様子で、顔を赤らめ、ぎくりとした顔で大人の方を見た。」のです。ある19ヶ月児は、おもちゃを素早く元の場所に戻して、何事もなかったかのように取り繕おうとしたのです。

子どもたちが示したおそれに、道徳的な異様ななかったかもしれないが、ばつの悪い様子で、顔を赤らめたということは、とても驚く結果でした。それ以外にも、驚くことが子どもに起きていたのです。年齢が上がると、子どもたちは罪悪感を反射的に示す代わりに、言葉で自分を正当化するようになるのです。この調査では、2歳児は、「例えば、おもちゃは自分のものだと主張することによって、言いつけに従わなかったことを正当化しようとまでしたのです。

赤ちゃんは、自分で良い行いや悪い行いができるようになるずっと前から、他者の良い行いや悪い行いに敏感であるということが判っています。そこで、「道徳感」は、まず他者に向かって伸びていき、その後、成長のどこかの段階で、内側に向かうと言えそうであるとブルームは考えています。このとき、子どもたちは自分を道徳的行為者として捉えるようになります。そして、こうした認識が、罪悪感、羞恥心、誇りという形で現れると言います。

子どもたちの共感や思いやりには、ある程度限界があるとは言え、こんな幼い生き物にも、こうした道徳的な行為や感情を見出せることが感動的であることに変わりはないはずだとブルームは言います。サミュエル・ジョンソンは、違う言い方でこんなことを言っているようです。「それは、犬が後ろ脚で歩くのに似ている。うまくはない。しかし、歩いていること自体が驚きなのだ」

本当に、この事実を知って、驚くと同時になんだかホットもしますし、将来の展望も明るく感じます。しかし、孟子が「惻隠の情」と表わしたように、ダーウィンや、それ以前の時代の科学者、哲学者、神学者の多くには、意外なことではなかったようです。それは、アダム・スミスの「国富論」の中で、繁栄は、利己的な行為者のやり取りによってもたらされるとしながらも、スミス自身は、人間が徹頭徹尾利己的な生き物であるとはつゆほども信じておらず、思いやりという心の牽引力に非常に敏感だったようです。

誰を思いやる?

 ブラウネルらは、子どもたちに行なった実験の考察の論文で、あかるい面に目を向けました。2歳児は「行為に対する代償を払わなくて済むなら、血縁関係にない個人と貴重な資源を自発的に分かち合う」という点です。確かにその点は印象的ですが、ブルームは、1歳半の子も2歳の子も、自分が何も失うものがない状況でも、相手に促されなければ分かち合おうとしなかった点に興味を引かれたのです。おそらく、やり取りしていた相手が、テーブルの反対側に知る見ず知らずの大人だったからだろうと考えたのです。もし相手が、両親や祖父母だったなら、子どもたちはずっと親切だっただろうと考えたのです。私もその考え方に同感です。それは、繰り返し私が言うところの、実験室に子どもを呼んで、そのときの行動の観察と、普段子ども集団の中で過ごしている子どもの姿とは当然違ってくると思うのです。

 ブルームは、最後の点は強調しておく価値があると言っています。そして、彼の考え方では何度も繰り返し述べるところです。4歳くらいになるまで、子どもたちが、見ず知らずの大人に、自発的に思いやりを発揮することはまずないと考えています。しかし、これらの研究の中には、友だちでも家族でもない大人に対するお手伝いなどの親切な行為を確認したものもあるそうです。ただし、こうした研究の大人が、実はそれほど見ず知らずではないのではないかと考えています。発達心理学の調査では、通常、被験者の子どもは、父親か母親に付き添ってもらった上で、調査の前に「準備」セッションの一環として、大人の実験者と触れ合い、ボールの転がしっこなどの親密で互恵的な活動を行なうのです。これが違いを生むと考えられます。心理学者のロドルフォ・コルテス・バラガンとキャロル・ドゥウェックによると、こうした互恵的なやり取りが行なわれない場合、大人から親しげに挨拶されたり、「実験に参加してくれてありがとう」とお礼を言われたりするだけだと、その後の子どもたちによるお手伝いの回数は、約半分にまで減るという結果があります。実験を始める前に、子どもの側からの自発的な思いやりはほとんど、もしくはまったく見られないだろうとブルームは言います。

 次にブルームは、こんなことを考えます。道徳的な生き物は、自分自身も評価するということです。私たちは、自分の良い行いを誇らしく思い、悪い行いに罪悪感を抱きます。そしてこうした道徳感情が、この先何をすべきで、何をすべきでないかを決定する手がかりを与えてくれます。心理学者は、少なくとも成人の場合、他者に対する評価と、自分自身の評価の間に密接な関係があると思っています。第三者に共感しがちな人は、相手を傷つけることに罪悪感を抱く傾向も高いと言われています。すなわち、共感能力の高い人は、罪悪感にさいなまれやすい人であるらしいのです。

赤ちゃんが自分をどう評価しているかを研究するのは難しいようです。そして、赤ちゃんの自己評価がどう発達するのかもほとんど何も判っていないそうです。赤ちゃんに、いい者と悪者を見せて、それぞれにどう反応するかを調査する状況を設計するのはまだ簡単だそうですが、もっと難しいのは、不可能ではないでしょうが、赤ちゃんにさまざまな行動を取らせて、自分のよいところと、悪いところにどう反応するかを調べる状況の設計だと考えられます。