前を向く

onbuhimo ジャレド氏は、「昨日までの世界」のなかで子育てにおいて、伝統的社会から学ぶべきであると提案していることについては、ブログで何度か紹介しました。その一つに、「乳児を抱きかかえ、正面を向かせる」ということがあります。一時、赤ちゃんとは向き合った方がいいということで、だっこが多くなり、ベビーカーに赤ちゃんを乗せるとき親子が向き合えるようなスタイルのものが発売されました。しかし、今でも、日本では、だっこはほとんど親の方を向かせて抱く親が多いようです。

 しかし、Newsweek日本版の抱っこひもの広告ページの写真は、赤ちゃんは正面を向かせて抱いている写真が掲載されています。それは、赤ちゃんは好奇心が強く、いろいろな物に興味関心があり、いろいろな物を見たいと思っています。また、そのときに精神的に安心するのは、信頼の置ける人と同じ物を見ているということが大切であることをやはり以前のブログで取り上げたと思います。それが、「共同注視」とか「共同注意」と呼ばれることで、日本では長いあいだ、赤ちゃんをおんぶするということが普通でした。そのときには、赤ちゃんはおんぶされながら、おんぶしている人と全く同じ物を見ていたということが言われています。そうすることによって、赤ちゃんは落ち着いていたと言われています。

 この共同注視という機能は、目を使った情報伝達の重要な要素として、何かの対象に対して注意を他者と共有するという機能なのです。ですから、共同注意とも言われます。藤井さんは、この機能をこんな例で説明しています。「電車の中で、向かいに座っている人が、ハッとした様子で中吊り広告に見入ったとします。たぶんみなさんも、その中吊り広告がどんなものか気になるでしょう。もしかしたら、向かいの人が見ている間に一緒に見上げることは躊躇して、しばらくたってからそっと見上げたりするかもしれません。」いずれにしても、自分がどこを見ているのかということをはっきり周辺に伝えるという意味で、目の動きを認知する機能というのは、重要な働きをしているのです。

 特に赤ちゃんとお母さんの間で行われる共同注視から、赤ちゃんはお母さんの仕草を通じて様々な学習を獲得していくと考えられており、共同注視がは子どもの心理的発達に関わる重要な要素でもあると言われているのです。ですから、おんぶは、赤ちゃんにとって大いなる学習の場だったのです。

 藤井さんは、社会は、お互いがこの機能を持っていることを前提にしていると言います。ですから、コミュニケーションの相手がその機能を失ったときには、それを機能不全のせいだと思うのではなく、むしろその原因を各自の性格に求め、その人の人格を疑ってしまうことになりがちであると藤井さんは指摘します。

 どちらにしても、ヒトは他者の目を見ること、そしてそこから何らかの情報を読み解くことは、私たちの社会的行動において重要な働きのようです。