給食の影響

 

昭和23年ころの給食風景(食育白書より)

昭和23年ころの給食風景(食育白書より)

 

昭和51年ごろの給食風景(食育白書より)

昭和51年ごろの給食風景(食育白書より)

 学校給食が学校における子どもたちへの影響だけでなく、家庭の献立と個人の嗜好への影響があることを「日本人のひるめし」の著者である酒井伸雄氏は指摘しています。それは、育ち盛りの6年間食べてきた学校給食が、個人の嗜好や食生活に無関係であるはずはないし、日本人全体の食の傾向にも大きな影響を与えているはずだというのです。

 給食の献立の中で、日本全国どこに行っても、カレーライスやハンバーグなどが幅をきかせるワンパターンの給食になるのは、必ずしも子どもの要求に応えるものではないと言います。学校給食では、作る側は子どもたちが食べ残すのを少しでも減らそうとするため、子どもが残さない味付けのもの、いいかえれば子どもたちが好きな料理を中心に献立をつくろうとするからだと言うのです。そのため、かえって幅広い食べ物を食べる機会が少なくなり、新しい味に対する学習の機会が減ってきてしまっていると言います。

 以前のブログでも紹介したと思いますが、私の園でも以前残菜について話し合ったことがありました。どうしたら残菜を減らすことができるかという事で、各クラスの担任に毎日アンケートを書いてもらいました。すると、ある職員は味が濃すぎるから、ある職員は味が薄すぎるからとあり、調理員さんたちが困ったことがありました。どうも味は好みによるので、多くの子どもの好みは、家庭の味によるので、個々の好みに合わせるのは難しいことが分かりました。また、子どもにとって食べたことがないものだから、子どもが普段から嫌いなものだから、などでてきました。

 では、残菜をなくすとしたらどうしたらという事になると、毎日子どもの好きなものを出せばいいという事になります。毎日ラーメン、毎日カレーライスという事になります。そこで、そもそも何のために給食を出すかという事を見直し、あまり残菜に対して神経質にならないことにしました。学校給食を含めて残菜をなくすことが、かなり優先順位が高い気がします。様々な食材を子どもたちが体験し、その食材を味わうために薄味にするとか、子どもが意欲的に食べるとか、楽しんで食べるとかする中で、結果的に残菜が少なくなるのではなく、残菜をなくすという事が目的になってしまうのです。

 こんな調査があったそうです。昭和55年(1980年)に農林中央金庫が調査をした「国民食生活と学校給食」です。この調査によると、学校給食の味付けは大切であり、子どもたちのその後の好みを左右するということが分かったのです。学校給食を食べていた時代に好きだった食べ物は、大人になった現在でも好きであり、学校給食での好き嫌いと現在の食べ物の嗜好との間には強い相関がみられたのです。給食を食べて育った人たちは、平均的に塩辛く、濃い味付けの食べ物を好み、食べ物に好き嫌いが多く、魚離れが見られるという傾向がみられるそうです。給食世代の好きな献立は洋風あるいは中華風の料理で、魚や野菜の煮つけや酢の物など和風のものを敬遠する傾向になるというのです。

 最近の給食では、それが少しずつ改善されたメニューが多くなりましたが、保護者達が育った時代では、この調査の結果のような傾向があるために、家庭で子どもたちが食べている物とのギャップのため、最初は残菜があるかもしれません。しかし、給食は子どもたちが大人になった時の食生活に影響を及ぼしていきます。しかも、その中で最も影響を及ぼすものは、味付けではなく、食事に対する意欲かもしれません。いやいや食べさせられた経験は、大人になってどう影響するのでしょうか?

給食の影響” への16件のコメント

  1. 給食を作る側が食べ残しを減らしたいという思いから子どもが残さないような味付け、つまりは子どもが好きそうな料理が中心になってしまうということは残飯をなくすことが優先的な目的になっているという背景があるのですね。残飯を少なくしたいからという思いが味付けに影響を及ぼすというのは分からなくはないのですが、それが行き過ぎてしまうと食本来の目的はどこへいってしまうのか不安になってしまいます。こういうのは少しずつ少しずつ意識が変わっていくことが大きな目的のズレを生んでいっているのですかね。学校給食と食べ物の趣向は考えたことがありませんでした。私は濃い味付けのものは好きですが(粉ものも…ですよ)、あまり好き嫌いはないと思っています(ただ野菜は好きという訳ではありません)。どうしても食べられないものはほとんどないので(プチとまとはだめだと思います)、給食の時間もそんなに苦労したということはないのですが(おかげさまで食べることは大好きです)、当時苦手な物を無理して食べている同級生を見るのあまりいい気持ちはしませんでした。私がそのような経験がないので給食で困っている子のことをあまり覚えてはいないのですが、いやな物を食べさせられるということの意味は今でも見いだせません。それは決してわがままではないですし、「野菜を作っている人が…」というのもなかなか無茶な言い方だと思います。ご飯は楽しく食べた方がいいです。

  2. 昼食として給食を頂いているわが子は、朝出がけに今日の献立を確認し、一喜一憂しています。野菜系はダメですね。家ではキャベツくらいは食べるのですが、その他は全くといっていいほど食べません。本人曰く「野菜は給食で食べなければならないから家ではいい」ということです。まぁ、私たち親は無理強いせず、です。私もかつてはお魚が駄目でした。大人になって食べられるようにはなりました。だから、子どもの野菜嫌いも大人になったらなくなるだろう、と思っています。園で給食を頂きますが、カレーや麺、どんぶり系あるいは中華系の献立だと嬉しくなるのが本音です。若い頃の食生活の影響は今になっても衰えることを知りません。結果として、様々な成人病に陥るのでしょうね。「いやいや食べさせられた経験は、大人になってどう影響するのでしょうか?」、この事例をいくつか知っていますが、次回のブログを読みながら、そのコメントの中で紹介することがあるかもしれません。

  3. 「給食世代の好きな献立は洋風あるいは中華風の料理で、魚や野菜の煮つけや酢の物など和風のものを敬遠する傾向になる」ということでしたが、私が和食も好むのは、大好きな祖父母が魚の煮付けや酢の物など、和食を囲んで一緒に食べていた記憶があるからかもしれません。何を食べるかということよりも、誰とどうやって食べるかが非常に重要であることを感じさせます。それにしても、給食風景を写した写真の比較は面白いですね。昭和23年の写真は、子どもたちが給食をもらいに行く場面でしょうか?容器に高さがあるので、もらっている物は汁系で、品数の少なさも読み取れます。それに対して、昭和51年の給食写真はカレーでしょうか?みかんのデザートもあって、品数も現代とほとんど変わりませんね。この28年の月日で給食に対する見方が大きく変化し、その給食が「大人になった時の食生活に影響を及ぼして」いくことを把握するにまで至るのですね。確かに、よく考えてみると、給食で好きだったメニューは、今でも大好きですね。

  4. 最近急激に視力が落ちているため、今日のブログを開いた瞬間文字が大きく表示されていて読みやすく、感激してしまいました。自分のPCの設定を変えればいいだけなんですが、今日の不意打ちは嬉しかったです。ありがとうございます。子どもの頃の味覚ですが、その後の食生活を左右するくらい重要であることは、おそらく多くの人が知っているんじゃないでしょうか。でも、給食のことになると残食のことが出てきて、それにとらわれすぎて結局子どもに味わってもらいたいものから離れていってしまうんでしょう。その流れは理解はできるんですが、教育の一環である以上本来の給食の目的に立ち返ってもらいたいと思います。学校や保育園でどのような食事を作るかは、丁寧に考えていくべきことだと思っています。

  5.  学校給食での好き嫌いと現在の食べ物の嗜好との間には強い相関がみられたということです。僕は基本的にはパンよりもご飯の方が好きなのですが、思い起こすと小学校の給食のパンがあまり好きではありませんでした。今も好きな牛乳は小学校の時も大好きでよく飲んでいました。こんなことももしかしたら小学校給食で培われた部分があるのかもしれないと思い、学校給食での好き嫌いと現在の食べ物の嗜好との間の相関を実感する次第です。
     何年か前に小学校で介助員のアルバイトをしていた時の給食を思い出すと、カレーライスやハヤシライス、ジャージャー麺や中華丼などお米や麺に何かを“かける”食べ物が多かったような気がします。ふりかけや混ぜご飯、炊き込み御飯、チキンライスなどお米に味をつけた食事が多かったことも重ねて思い出し、白いご飯が苦手な子どもがいるという話と繋がったような気がしました。家庭での食事環境だけでなく、給食での環境、つまり家庭以外の場所での環境が子どもの育ちに関わってくるという点においては、保育と同じだと感じました。

  6. 自分の好きな料理や味付けを思い起こしてみると、6年間食べてきた学校給食が、個人の嗜好や食生活に無関係でなく、食の傾向にも大きな影響を与えているはずということを実感出来ます。確かに給食のメニューはいかにも子ども受けしそうなメニューが多く、味付けも濃いのですが、それが残菜を減らすことと関係していたとは考えてもみませんでした。子どもにとっては食べやすく、調理する側にとっては残菜が少なくなるというように、一見互いにとってプラスになっているようにも思えますが、それによって幅広い食べ物を食べる機会が少なくなり、新しい味に対する学習の機会が減ってしまうのは問題ですね。和食がブームとなっていることや、年齢的なものもあって、以前よりもあっさりとした和食を食べる機会が増えてきた私ですが、やはり好きな献立は洋風あるいは中華風の料理ですし、魚や野菜の煮つけや酢の物をあまり食べようとしないのは、少なからず給食の影響を受けていることに関係しているのかもしれません。

  7. 育ち盛りの6年間食べてきた学校給食、個人の嗜好や食生活に無関係であるはずはなく、日本人全体の食の傾向ににとって影響力のあるものだと思います。
    文章にもありますが、幼児期に食べたもの好きなものや嫌いなものは、大人になっても、好き嫌いがある、子どもの時に、無理矢理食べさせられていたのならば、苦い経験として残るものだと思います。
    確かに、同じものばかり食べ、好きなものしか食べなければ、栄養が偏るなど、あるかと思いますが、極端な話、死ぬわけではないというが、結論にきてしまう気がします。子どもが、意欲的に食べる、この気持ちを大切にする必要性があると思います。
    そして、その中で、様々な食材にも、触れる経験ができるように、様々な工夫をこらした食事の提供が大切だと思います。
    家庭との食事のギャップは感じますね。
    家庭からの情報書などからは、あまり食べすぎるのはどうか?朝からはなにも食べていないなど、こちら、栄養計算したものをいくら提供しても、家庭との差がありすぎるような感じがします。
    家庭で、食べれない食材などを食べれる機会あると思えば、プラスになると思いますが・・・
    給食というものは、どんどんなくてはならないものへと変化していっていると思いました。

  8. 育ち盛りの6年間はその後の食生活に多大な影響を与えているんですね。だからこそ、つくる側の大人は慎重に考え、提供しなければなりませんね。
    残菜を減らしていきたいという思いを抱くのは作り手として当然のことであると思います。ですが、その思いばかりが先行してしまうと食の本来の目的を忘れてしまうのかもしれません。
    他の保育園では、ご飯が進まない子に味噌汁をかけて食べさせたり、ふりかけをかけて食べさせたりしているところもあるということを聞いたことがあります。最近の子どもたちが『米離れ』している背景にはこのようなことが関係してるのかもしれないと思いました。

  9. 給食の目的をしっかり見直すと様々なことが問題になりますが、残菜のことは忘れていました。それはセミバイキングに変更したことで、残菜がゼロになったからかもしれません。もっというと、嫌々食べる子も減ったからかも知れません。当時、3歳だから5歳だからと平等に配膳することによる弊害は考えてもいませんでした。健康になるから、元気になるからと無理やり食べさせることの影響はどんなものがあるのでしょうか。とても興味がります。

  10. 前職でお客さんに料理を作る仕事をしていましたが、その時にふと思ったのは、「おふくろの味には勝てないのでは・・・」と感じたことがありました。それは、小さいころから食べ続けてきた母親の料理というのは、その人自身の味覚や家族揃って食事をする楽しい経験というのが合わさることによって「おふくろの味」というものができあがると思ったことがありました。つまり、子どものころの食事というのは、家庭で食べる食事や保育園、学校で食べる給食によって大きくその後が変化してくるのではないかということを感じました。「いやいや食べさせられた経験は、大人になってどう影響するのか」とても気になります。

  11. 学校給食はその子の生涯の食べ物の好き嫌い等の土台を担う重要な役割を担っているということが伺えます。それにしても残菜に関しては悩ましいですね。残菜を減らす=子どもの好きなラーメンやカレーとなって、栄養価に問題が生じてしまう。しかし、残菜を気にしないで、となると食への有り難みが薄れてしまうと思ってしまいます。共食というのは難しいものですね。最善の策は家庭での食と学校給食での食の在り方自体の差を埋めることと思いました。そのためにも給食を支給する学校側、そして保育園も保護者の方々へ正しい食育の在り方を発信していく必要性を強く感じました。
    私は小さい頃から食べ物の好き嫌いが少なかったそうで、しかも量も人並み以上に食べていたため、いやいや食べさせられた経験はほとんどありません。そのためいやいや食べさせられた経験が大人になってどう影響するのか、実体験がないため推測しかできませんが、いやいや食べさせられた食べ物を好んで食べようとは思わないということぐらいはわかります。その子のためと思って、いやいやでも食べさせようとすることは返って食事に対する意欲の低下を招きかねないということでしょうか。

  12. 給食時代の好きな献立は洋風あるいは中華風の料理で、魚や野菜の煮付けや酢の物など和風のものを敬遠する傾向がなるとあります。具体的になってしまいますが、保育園の給食で出る酢の物は割と人気が高い方だと思います。そう考えると少しは和食に関してスタンダードなものになってきているということでしょうか。ただ酢の物一品の話なのでなんともいえませんが。私は家のカレーがあまり好きではありませんでした。なぜかというと親が夜バレーボールをしに出掛けて行く祭、作っておいたカレーを食べてねということがあり、兄弟でカレーを食べていました。そのいつもと違うちょっとした寂しさでカレーを食べることからあまり好きではなくなったように思います。その経験からやはり食べる時の雰囲気もかなり影響してくるように感じます。残菜に関してはなくすことに意識が傾いていると頭が固くなりそうです。いやいや食べさせられるのも嫌ですし、いやいや食べさせられているのを見るのもあまりいい気はしませんね。

  13. 残菜についてアンケートをとった際、味については色々な意見が出ています。これは先生も書かれていますが、味は好みによるもので、それぞれ育った環境が違うので難しいものがあります。なので、普段から私は「不味い」「美味しくない」と言う表現に疑問を持っていました。その人が美味しくないと思っても、別の人には美味しく感じることがあるかもしれません。例えば、日本人の中にも嫌いな人は多いですが、納豆を海外の人に食べさせると、よくこんなものが食べられるなと驚かれることがあります。このように育った環境によって美味しく感じるものは違うため、不味いという表現よりは、口に合わないという表現の方が適切だと思います。
    話が少し逸れましたが、給食の残菜についてですが、やはり今の時代、残すのはもったいないという見方が強く、エコなどのこともあり、残菜をなくすことが優先されるのではないでしょうか。

  14. 時々、調理にヘルプで入ることがあるので、調理員の気持ちが少し分かる気がします。自分が一生懸命に作った給食が大量に残って調理室に返ってきたときは確かにショックかもしれません。その時の調理員の話しを聞いていると、次回は発注量を減らそうという考えです。間違ってはいないと思いますが、素人の目線からだと量の問題よりも味付けがどうだったか?子どもの感想がどうだったのか?と率直に聞いて、改善していくべきだと思います。ブログにも書いてあるように給食での味付けが、その後の好みに左右するほど給食の存在が大きいのであれば、尚更です。残った理由が味が濃かったならば、次回は少し薄めの味付けが必要ですし。逆のパターンもありえます。残債をゼロにすることが給食の目的でなく、子ども達が食事に対して意欲的になり、楽しく食事ができるようにすることが給食の目的ではないかと思いました。

  15. 給食がその後の食に大きく影響するのは以前のブログで学ばさせていただきましたが、残菜についてまでは考えたことがありませんでした。
    恥ずかしながら、個人的に給食がカレーの日はうれしく、純粋にカレーの日をもっと増やしてもらえればと思っていたのですが、それは間違いだったのですね。子どもたちが食べ残すの考えつつ、新しい味に対する学習の機会を考えていく、その難しさに向き合っている調理さんにには頭が下がります。そんな多くの苦労の中、出される給食。現場としてはいやいや食べさせることなく、大切に感じ、楽しく食べられるよう子どもたちに伝えたいですね。

  16. 「残食をなくす」ということに重きを置きすぎる傾向は確かにありますね。これは日本の悪いところなのかもしれませんが、子どもたちの残食や食事に対して、食べようとする意欲や楽しんで食べるといったことよりも、味付けの問題であったり、食べさせ方の問題であったりと自発的なものではなく、他の干渉により食べることができるような改善を優先的に考えているように思います。その結果、子どもたちの好き嫌いは多くなり、食事に対する考えが希薄になっているのではないでしょうか。確かに考えてみれば給食というものは人の食の嗜好に大きく関係してきますね。分かっているようであまり意識していない内容かもしれません。カレーやラーメンといったものが今や日本の国民食だといわれていますが、それは給食というものが大きく関わっているのだと思います。そう考えると今保育園で行われている給食のあり方はとても考えさせられるものですね。

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