成功の要素

 人の才能を見るためのテストが様々あります。全般的にどんな職業でも、経験と理論をベースにした2種類のアンケートでその人の可能性が予測できると言います。経験をベースにしたテストでは、実際にその仕事で成功した人と失敗した人の特徴をもとに、人生のあらゆる面に関する質問を無作為にします。その結果から、その仕事に成功している人たちと同じプロフィールを持っている人が、その仕事に向いていると判断するものです。

 しかし、経験をベースにしたテストは、なぜその人がその職業で成功したのかは完全な謎であることを最初から認めていることになります。たまたま優秀な人材とそうでない人材を分けるのに役に立った質問を使っているにすぎず、理論は全く介在しないとセリグマンは言います。

 それに対して、IQテスト、SATテストは理論をベースにしていますが、能力を図るための質問でしかありません。SATのもとになっている理論は、知能は言語能力と数学的分析力からなるというもので、これらは学業の基礎であるから、このテストで高得点を得た者は大学でもよい成績を上げるはずだというものです。この予測はかなり正確ではあります。

しかし、経験ベースのテストでも理論ベースのテストでも多くの間違いを犯すことが知られていると言います。SATの点が悪くても大学で優秀な成績を上げるものもたくさんいますし、SATの点が良くでも落第するものもかなりいます。また、キャリアプロフィールの高得点者でも業績の伸びない者が多数います。

これまでの考え方は、成功には二つの要素があり、その両方がなければ成功しないというものです。その一つが能力または適正で、これはIQテストやSATによってはなることができます。もう一つは、意欲、または動機です。どれほど適性があろうとも、意欲がなければ失敗すると以前から言われてきました。意欲が十分であれば、乏しい才能を補うことができるという考え方です。それに対して、今までの考え方を修正したASQとい理論ベースのテストがあります。このテストは、従来の成功の概念とはかなり違った理論に基づくものです。

セリグマンはこう考えます。モーツァルトのような才能と成功への熱い意欲を持った作曲家も、自分にはうまく作曲できないと思い込んでいれば、結局成功しません。思うようなメロディが浮かばないとき、簡単にあきらめてしまうからです。成功には、失敗してもあきらめないでいられる粘り強さが必要だとセリグマンは考えます。すなわち、楽観的スタイルが粘り強さの鍵になると考えるのです。セリグマンが考える説明スタイル理論では、次の三つの特性をもとに成功する人材を選ぶことであると提案します。「適性」「動機」「楽観主義」の三つです。今度、保育者を採用しようとするときに、この三つの特性から選んでいてはどうでしょうか?離職率はかなり減るかもしれませんし、ある業績を上げる可能性があるかもしれません。

そんな取り組みの中で、セリグマンは、どうして悲観主義は生き残ってきたかを考えます。なぜ、悲観主義とうつ状態は、人間の進化の過程で消滅しなかったのだろうか?もし悲観主義がうつ病と自殺の根底にあり、その人の業績や免疫機能を低く抑え、さらに健康さえ損なうとすれば、なぜ、とっくの昔に死に絶えなかったのだろう?悲観主義には人類に役立つような働きがあるのだろうか?そんなことをセリグマンは考えます。

成功の要素” への12件のコメント

  1. 今あることの全ては、何らかの意味があって今に存在している、と思っていますから、「どうして悲観主義は生き残ってきたか、・・・なぜ、悲観主義とうつ状態は、人間の進化の過程で消滅しなかったのだろうか?」というセリグマン氏の問題提起には殊更関心があります。人類の生存戦略にとって「悲観主義とうつ状態」は無用と思われるのですが、今もって、というよりますます蔓延しているかにみえる「悲観主義とうつ状態」の存在にも何かの意味があるのでしょうね。さて、その前に、職員採用面接で確認したいのが「楽観主義」ということでした。確かに、離職率の低下につながるような気がします。私たちの職場の職員さんたちには楽観主義者が多いかもしれませんね。というより、楽観主義者になった、というほうが正解でしょう。それは頼れるリーダーが存在するからです。そして、そのリーダーによって職員一人ひとりの人格が尊重されている、と職員さんたちが確信できるからですね。楽観も悲観も先天的ではないのです。置かれた状況、環境如何によってどちらにもなり得るのだろうと思います。

  2. 学業の基礎である適性を見て、意欲によって乏しい才能を補い、楽観的なスタイルを持つことでぐっと成功に近づけるという具体的な提示は、ある種、人が目指す“幸福”といった要素にも近い気がしました。ある程度の適性を身につけ、意欲や動機が持てるものを生み出し、楽観主義で行きていけば、例えどんな道であろうともそれぞれの“幸福”へと導いていってくれそうです。また、そのような中「なぜ、悲観主義とうつ状態は、人間の進化の過程で消滅しなかったのだろうか?」といった問題提起には晴天の霹靂といった感じですし、非常に気になるところですね。“残ってきた=それが必要”ということであれば、悲観主義が人類存続に欠かせなかったということになるのでしょうか。これまで、楽観主義がいかに重要かを理解してきたので、悲観主義に対してよいイメージはなかったですし、ましてやその思考が人類を苦しめているかのような理解をしてしまっていました。悲観主義がもたらす人類に必要な要素は何なのでしょう。なんだか、この感じは“多様性”の考えに似ているような気もします。

  3. セリグマンの問いはどこまでも深くなっていくんですね。楽観主義が必要だと分かった時点で終わると思いきや「どうして悲観主義は生き残ってきたか」と問い続けていくスタイルを見ていると、学ぶことにおいて問いを立てることがいかに大事かが分かるような気がします。楽観主義について考える日々が続きますが、根拠のない自信を持ちやすいことは楽観的であるとも言えるのではないかと、今まで考えなかったことを思いました。気づいたら根拠のない自信を持っていて、そのおかげで諦めずに進んでくることができた経験は何度もあります。このことについては自分の問いとして考えてみることにします。そして「適性」「動機」「楽観主義」の点から採用を考えることは、ぜひやってみたいと思います。

  4. toshi123さんの「というより、楽観主義者になった、というほうが正解でしょう。それは頼れるリーダーが存在するからです」というコメントになんだかじわ〜と感動してしまいました。楽観的な部分をどんどん伸ばしていける雰囲気はきっと存在しますね。人の可能性をどんどん広げていくチームがどんどん増えていけばいいなと思います。「適正」、「動機」、「楽観主義」でぱっと浮かんできたのはイチロー選手のことでした。適正はもちろん、もっともっと高い所(人間的にも野球に関しても)の風景を見てみたいという動機を持っていて、そして楽観主義な部分も持ち合わせている人だと思います。「苦しいことの先に、新しいなにかが見つかると信じています」ということも言っておられますが、イチロー選手の姿からは生きる上で大切なことを教えてもらえるようであります。「適正、動機、楽観主義」は自分の現状を確認し、補うためにも覚えておきたい言葉です。悲観主義とうつ病がなぜ消滅しなかったのかとありました。続きがとても気になります。大昔、暗闇で何かが動いたら、一体今のはなんなのだろう?獣かな?と人は想像し、不安になりながらも行動していたように思います。そんなふうに考えることで生き残れたということもあるのかもしれません。そんなことと繋がっていたりするのでしょうか。気になります。

  5. どうして悲観主義は生き残ってきたか。それは、悲観主義は、主義者として分別されるような人間としての分類のことではなく、本来持ち合わせた絶対的な性格として分けられるものでもなく、“誰もが持ち得る思考”であるからだと思います。
    それは、オプティミストが悲観的なことを考えないかと言うとそうではないと思うからです。オプティミストも心配をするし、不安にもなります。オプティミストは、その心配の一つ一つを、不安の一つ一つを、課題や達成すべき現象として捉え、前を向いて前進するが故にオプティミストであると思うのです。
    悲観主義という言葉は、心配や不安と同じ意味をもっていると考えます。その悲観さがなければ、人は先々の事に対して予想が立てられず、また、悲観差がない為に、立てた予想に精密さがなく、失敗に対しての周到な準備が思い付かないかもしれません。
    石橋を叩いて渡った人が、石橋を叩いたのは、安全に渡る為だと思います。その人にとっては石橋が割れないか、落ちないか、果たして頑丈なのかが心配だったのかもしれません。そして、予想をしたのです。石橋程の頑丈な橋を用心して叩く行動を皮肉に捉えた言葉ではなく、確実に渡れるよう安心する為の安心材料を集めた人の行動を表している言葉であると考えます。そして安心して渡るのです。不安や心配、悲観が、解決すべき課題や問題を浮かび上がらせ、より強固な安心、強固な確信をもった行動へと繋げるのだと思います。その為にも、人間にとって“心配すること”、すなわち、“悲観的になること”はとても大切なことで、その感情は必要性が高い為に、なくならずに今日まで生き残ってきたのだと考えました。
    セリグマンの導き出した答えがとても気になります。更新がとても楽しみです。

  6. 今までのブログを読んでいて、悲観主義的な考え方を持っている人はどうすればいいのでだろう。もし、自分が悲観主義的な考え方をしていたらどうしよう。と思っていました。しかし、「セリグマンは、どうして悲観主義は生き残ってきたかを考える」ということで、次回のブログが楽しみになったと同時に、私の疑問も解決できそうです。

  7. 成功には、失敗してもあきらめないでいられる粘り強さが必要だとありました。これは非認知スキルと同じですね。要するに楽観的説明スタイルを用いる人には非認知スキルも伴っていくということでしょうか。そして「適性」「動機」「楽観主義」の三つの特性をもとに成功する人材を選ぶことが求められてくるのですね。そうすることで人は求められる特性に順応しようとすることでしょう。そうなれば離職率もうつ病のような精神疾患も自殺者も減っていくのかもしれませんね。
    セリグマンの「どうして悲観主義は生き残ってきたか」という観点は私にはありませんでした。悲観主義をどう楽観主義に変えるかのみにあらず、悲観主義がなぜ生き残ってこれたのかにまで観点が向くとは驚きです。今日のブログを読んでいて悲観主義が生き残ってきたからには何か役立つものが必ずあると思えてきます。それが追い追い知れるかもしれないと思うと楽しみが倍増です。

  8. 楽観的スタイルが粘り強さの鍵になるというのはなんだかとても納得がいきます。悲観的に考えていては確実に長続きはしません。自分の中の説明スタイルが楽観的であれば何事の見方が変わり、前を向くようになるのでしょうね。自然と心は折れず自分でも気づかないほどの粘り強さを身につけていきそうです。そして人材選び。採用する側ではありませんが、「適性」「動機」「楽観主義」は頭に入れておく必要があります。実際にこういったことから選ぶことで会社にとっての影響は大きいのでしょうね。自分もこれを意識していく必要があると感じます。ここは楽観的なことだけでいくのかと思っていたのですがそうではなく、なぜ悲観主義は生き残ったのかと移ります。その奥深さには驚きました。どんなに楽観主義でも少しは悲観的なる部分があるよでは?と少し感じますが、人類の中で長い間存在しているのであればなにか意味があるのでしょうか。非常に気になります。

  9. 以前、就職希望の面接に立ち会わせていただいたことがあります。
    雇用者はいったい何を見て、どんな質問で、その人を判断するのか。私には、まだまだ難しい世界で「聞いてみたいことはある?」と聞かれ、正直何を聞いていいのかさっぱりでした。ただどんな人が来るかというのは、チームワークを形成するうえでとても大切で、その判断はとても難しいものというのがわかりました。
    もし、またそういった機会があったときには「適性」「動機」「楽観主義」の3つのポイントに着目してみたいと思います。

  10. 悲観主義が人類の役に立つ・・・正直、想像ができませんが、おそらく生き残ってきたのには、なにかしらの役割があるからこそ生き残ってきたのかもしれません。それが、どういう役割を担っているのか今後のブログが楽しみです。
    「適正」「動機」「楽観主義」この三つを元に社員や職員の採用を考えることで離職率も減り、業績も上がる。確かにそうかもしれませんが、だから言ってその三つを簡単に見極めるのは難しそうです。それこそ、この三つを簡単に見極めることができるテストがあれば簡単ですが、結局は実際に現場で働いてみないと分からない部分が多くあると思います。以前、藤森先生の話で職員に新たな道を示すのも管理職の役目と話されていました。そうは言っても仕事には「適正」に合わない人がいます。その人にとっては一生懸命に仕事をしているのに上手くいかず、それこそ悲観主義的な考えの時は、その人の良い所を見つけ、それに適正した新たな道を示すことも大切と言われたのを思い出しました。少し話がずれてしまいましたが、モーツァルトのように失敗しても諦めない粘り強さが必要なのは十分に分かりますが、おそらくそれは作曲が好きだからかもしれません。もし、それが嫌いなことだと簡単に諦めていると思います。そういう意味でセリグマンの人材を選ぶ3つの項目は重要ですね。

  11. 確かに考えてみれば、「悲観主義者」と「うつ病患者」がなぜ人類の進化の過程で滅びなかったか気になるところです。藤森先生からのお話しでは、人類にとって必要なモノが進化をすることで生き延びてきました。人類の多様性の一つとして「悲観主義」や「うつ状態」の人たちがどのように必要となっていったのでしょうか。

  12. 「適性」「動機」「楽観主義」は確かに成功する人の条件に入りますね。しかし、それを見通すことは非常に困難なように思います。採用試験などではっきりすれば良いのですが、そうもいかないんでしょうね。だからこそ、各企業も面接を重視するのが今の社会で、少しでも人となりや意欲を見通すように面接をしているのだと思います。一つの答えが出た中でセリグマンが疑問点が出てきたのが進化の中での「悲観主義」のあり方だったんですね。確かに考えてみると今の話だと「楽観主義」の人が多くなれば成功があるように捉えられます。しかし、「悲観主義」の思考を持っている人は必ず社会の中にいますね。きっと何かそこには理由があるのだと思います。もしかしたら、「多様性」が一つのキーワードなのかもと自分なりに推測しているのですが、実際はどうなのか気になりますね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です