暖簾

 そろそろ梅雨が終わり、夏本番になり、日差しが強くなります。強い日差しをよけるために、「すだれ」をさすだれをさげます。最近は、プラスチックのものなども増えましたが、もともとは、竹や葦(よし)などを編んでつくったものでした。漢字ですだれを「簀垂れ」とか「簾」と書きます。そして、竹や葦を横方向に垂らすような形で用いるものを「掛け簾」といいます、また、縦方向に立て掛ける形で用いるものを「立て簾(たてす)」言います。その中で、葦を素材として編まれたものを「よしず(葦簀、葭簀)」といい、夏の風物です。このすだれは、日よけのために用いるだけでなく、室内に置いても部屋の仕切りに使われます。大名や公家などが部屋の中や外を分けるのに使われていたもので、特に緑色の布の縁取りなどをした簾のこと御簾(みす)と言います。

 強い日差しや、熱い風を防ぐのがすだれだとしたら、逆に冷たい風や、寒さを防いで温かくしようとしたのが「のれん(暖簾)」だったのかもしれません。ですから、暖簾も、室内で風を防いだり、しきりに使うのれんと、家の前に吊る暖簾があります。家の前に吊るす暖簾は、風を遮るだけでなく、視線を遮る役目をしました。また、その店の看板のような役目もするようになりました。そこで、店を閉める時にそれをしまったので、暖簾が出ているときには営業中であるというしるしになりました。
noren
その店の看板として使われると、その店が代々続くようになると、次第に暖簾が服るなっていきますが、それはその店が老舗であるという証拠にもなります。したがって、店の暖簾を代々大切に引き継いでいくことを「のれんを守る」と言うのでしょう。また、戦前戦後の屋台・飯屋などの店では、客が出て行く時に食事をつまんで汚れた手先を暖簾で拭いていくという事もあり、「暖簾が汚れているほど繁盛している店」という目安にもなっていたとも書かれてあります。

 鹿児島に行った時に、古い暖簾を下げた店に入りました。その店は、以前、鹿児島の方に連れて行ってもらい、とてもおいしかったので、ぜひもう一度行きたいと思ったからです。その店の暖簾には、「ぢゃんぼ餅」と書かれてあります。ぢゃんぼと言うと、大きいというジャンボを思い浮かべますが、実は漢字では「両棒餅」と書きます。鹿児島市で古くから親しまれている郷土菓子なのです。
dyanbonoren
ぢゃんぼ(両棒)とは、鹿児島弁で武士の大小の刀のことをいいます。その大小二本の刀になぞらえて、2本の竹串を餅に刺し、砂糖醤油とでんぷんでつくったタレをからめて焼いた磯の名物です。

このぢゃんぼ餅は、柔らかい焼き餅に、基本的には醤油と砂糖で作った甘ーぃ餡がたっぷりかかり、一皿に12個ついてきます。この味付けは、「みたらし団子」に似ています。よく、子どものころに「御手洗さん」がいて、「おてあらい」と同じ字だと気の毒に持ったものでした。しかし、御手洗とはもともと、神社詣でのさいの浄めの泉水のことです。その昔、後醍醐天皇が下鴨の御手洗川で水をすくったところ、泡がひとつ浮き、やや間をおいて四つの泡が浮き上りました。その泡にちなんで指頭大の団子を竹串の先にひとつ、やや間をおいて四つつづけて団子をさしたのが御手洗団子の起源とあります。
dyanbomti
また、神社の近くを流れていて、参拝人が手を洗ったり口をすすいだりする川のことを御手洗川といい、とくに下鴨神社の本殿東側を流れる御手洗川が有名で、そこには御手洗社があり、参詣人がこの神池に足をつけ、燈明をお供えし、御神水を戴くと諸病にかからず、延命長寿の霊験あらたかと言い伝えられています。この御手洗詣での日には、いつしか神社の境内に串団子を売る店が登場し、御手洗詣での名物となり、ついには「御手洗団子(みたらしだんご)」と呼ばれるようになったという説もあります。