ドイツ報告2014-24

毎年ドイツを訪れ、乳幼児教育の取り組みについて定点観測を行ってきています。しかし、ドイツの正式名称は「ドイツ連邦共和国(Bundesrepublik Deutschland)」というように、様々な州の集まりであり、定点であるミュンヘンは、バイエルン州の州都です。第二次世界大戦に敗北したドイツは、アメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦の四カ国に分割占領され(連合軍軍政期)、1949年、ボンを暫定的な首都とするドイツ連邦共和国(西ドイツ)とベルリンの東部地区(東ベルリン)を首都とするドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂してしまいました。この分裂は、冷戦の時代を通じて東西ドイツを資本主義と共産主義が対立する構造を作ってしまいました。
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そして、1989年ソビエト連邦のペレストロイカに端を発した東ドイツの民主化運動(東欧革命)をきっかけにベルリンの壁が崩壊し、翌1990年、再統一を達成しました。再びベルリンを首都と定め、ベルリンの再開発・インフラ整備と、ボンからベルリンへの連邦政府機関移転による実質的な首都機能移転が順次進められ、2001年5月2日にベルリンへの首都機能移転が完了しています。

現在、ドイツは東西が統一されていますが、長い間分裂をしていたため、東西の経済格差や統一税がいろいろな課題をもたらしているようです。この分裂は、教育・保育分野にも影響しています。しかし、2000年代に入って、州ごとに、カリキュラム大綱の整備が進んでいます。また、新連邦州、当時の東ドイツの学校教育体系は西ドイツとは異なっており、そこでは就学前教育は、学校教育体系の一環として位置づけられていたところ、当然ながら、カリキュラム大綱もまた整備されています。

このような事情から、バイエルン州での取り組みは、ドイツの中でも先駆的であり、特に陶冶プログラムである「バイエルン」は、他の州にはあまり見られないほどかなり丁寧に書き込まれています。また、他の州では、日本の幼稚園教育要領ほどの薄い物もあるそうです。ですから、ドイツは進んでいるとか、ドイツは素晴らしいということではなく、そこから学んだことを日本の保育にどのように取り入れていくべきかを考えなければならないのです。

 保育、教育は、その国の事情が影響します。移民が多いことにより、国語教育が重視され、少子化により異年齢保育が行われます。しかし、幼児期において、認知的なものよりも、非認知能力を身につけることが優先課題になること、子どもたちの社会的関わりを学ぶこと、自発的に遊ぼうとする子どもを作ることなど、どの国でも乳幼児期に必要なことがあります。これら不易は、定点観察することで見えてきます。それは、定点で見ることによって、変化がよく見えるからです。
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 そのような意味から、今年のドイツツアーからも多くの学びを得ることができました。また、私は、毎年訪れることで、見方の深まりを感じることができます。それを見た後、その奥にあるものを、少しでも参考になる取り組みを、具体的に私たちの保育に取り入れられるようにドイツ報告を書いています。ただし、それは、ドイツ研究のためではなく、ドイツの保育をそのまま真似をするためではなく、私たちの保育が少しでも厚くなるように、また、これからの保育に対して予測が立てられるようにと願っています。また、来年がどのように変わっているか、来年は、どのような観点から保育が行われているかという変化を楽しみにしていてください。
 
そして、いつかは皆さんも一緒に参加して、一緒に共感できることも楽しみにしています。