ドイツ報告2014-20

レーヴェンの提案は、「大人が子どもに“何かをもたらす”ことができるという考え方には別れを告げなければならない」ということでした。教育という考え方からでは、子どもを粘土のように「形づくる」ことは、そもそも不可能なのです。ただし、世界の習得という陶冶の過程においては、教育によって初めて成立するのです。ですから、教育は、子どもが獲得する世界像の在り方に直接影響を与えることはできないし、陶冶過程に直接作用することはできないのです。

このように考え、定義することによって、教育をすれば子どもの自発性を損ねるのではないかという、根強い保育者たちの不安を解き放ったのです。日本では、幼児教育の原理原則として自発性がきちんと定義づけられていませんので、逆に教育をするという行為が自発性を損なうのではないかという議論がおきない気がします。しかし、レーヴェンがきちんと整理したおかげで、多くの保育者はインタビューで、陶冶と教育の関係を、レーヴェンを引き合いに出して、ダンスをするパートナー同士の関係にたとえて語っています。それは、陶冶と教育とは一方がその領域を広げれば、他方がひっこむような、相互に排除しあう関係にあるのではないということなのです。

しかし、レーヴェンらの陶冶の規定は、すべてをクリアにしたわけではないのです。それは、レーヴェン描くところの、世界の習得を通した自己形成のプロセスは、実践者に対する説明と示唆という点から考えると、ピアジェ派の構成主義的な子ども観とさして違わないものとなってしまうのです。

 当時のドイツでは、アメリカをはじめとして多くの国の問題と同じような問題を抱えていました。それは、貧富の差や移民問題など多くの社会的問題を抱えていたのです。そんな社会的問題に対して、どの地域においても陶冶と教育の概念が保育者に対する方向づけとして、ほんとうに機能するのだろうかという疑問が起きます。

このような議論が起き、また、試行錯誤が繰り返される頃、すでに日本では英米の心理学を研究し、取り入れ、それを参考に幼稚園教育要領が作成されています。日本では、それによって、カリキュラムが編成されていました。しかし、そこには、民間委員が倉橋惣三をはじめ東京周辺の当時一流と目される学者や実践家を集めて編集が行われた「保育要領」に代わって、「幼稚園教育の要領」が、民間委員は無名の若手のみで編集されたという事情がありました。ここには、どうも省庁の思惑があったような気がします。

その点、ドイツの場合、日本よりも遅れているかのように見えますが、保育施設の課題は「教育と陶冶と保護」を含むという、児童青少年福祉法の規定が成立した時点では、保育者の手助けとなるようなカリキュラム大綱がなかったからこそ、むしろ、陶冶とは何かと、その概念に立ち返って問うという試みもまた行われたのだと言うこともできるようです。

日本では、いまだに幼児教育が学校教育とは異なる独自性を持っているという子との認識が薄い気がします。幼小接続が大切ということを、早くから小学校教育の準備をすべきであるとして捉えたり、小学校教育がやりやすいような子ども像を求めたりと、いまだに伝統的な刷り込みから脱していません。幼児教育論を、原理に立ち返って問おうとするドイツの姿勢を、わが国でも見習ってほしいと思います。