ドイツ報告2014-18

日本の保育所保育指針には、「子ども自ら環境に働きかけ、環境との相互作用により発達する」と書かれてありますが。ドイツでも「子どもの発達は、子どもと大人の相互作用の帰結として、また、子どもも、また大人の側もともに能動的にこのプロセスに関わり、学習はそのような双方の能動的な関与によって構成されていく」と考えます。
例えば、かつて、移民や貧困や戦争などのために、家族システムが変容することによって子どもの生活世界そのものが大きく変化してしまうと考えられてきました。それは、幼児は、自分からは何もできないために、大人が守ってやらなければならない、大人が子どものを庇護してやらなければいけないという考え方が、伝統的な幼児教育の基盤にあったからです。しかし、そのような子どもが受動的な存在として捉える幼児教育観は、もはや機能しないと指摘されているのです。それは、私は現場にいても常に感じることです。しかも、赤ちゃんこそ能動的な存在であるということは確かです。

伝統的幼児教育観ではなく、子どもは社会的生活に参加しそれを形成していくことのできる、有能な存在として捉え直されなければならないとドイツでは考えました。すなわち、子どもは発達と学習の共同構成者として捉えられなければならないというのです。また、それまでは、欧米圏を中心に諸外国の幼児教育改革から得た知見をもとに、社会構成主義的な考え方を、幼児教育の基本にすることを提案していました。それに対して、レーヴェンらは、発達や学習といった、心理学的な概念にではなく、陶冶、Bildungという教育学的な、それもドイツに固有の概念に着眼したのです。彼らは、諸外国の幼児教育改革の現状にではなく、ドイツの教育学の歴史を渉猟し、そこから掘り起こしてきたフンボルトの陶冶概念を、現代ドイツの幼児教育の基礎概念として蘇らせようと試みたのです。

このように、最近の改革、最近の知見を基にするのではなく、過去の理論、伝統的育児を掘り起こそうとするのは、ニュージーランドのテ・ファリキにもみられます。温故知新というわけです。

 ドイツでは、様々と試行錯誤した結果、14世紀にフンボルトが教育学の概念へと洗練させた「Bildung」という語を掘り起こしたのです。そのもともとの意味は、神の像、Bildを模倣することを通して神によって形成されるとの意味で、宗教的な概念として理解されていたのです。それをフンボルトは、教育学で「人は自らの中にあるさまざまな力を発達させることで、人として形成されていく。」というような意味に洗練していきます。そして、そのような諸力の発達を刺激する契機としてフンボルトが強調するのは、「世界の習得」であるとしました。自分の外にある客観的な世界について知り、それを学ぶことをとおして人は、自分の中にあるさまざまな力を発達させることができる、ということを説いたのです。そこで、フンボルトは、諸力の「調和的」発達を強調します。諸力がそれぞれに発達するだけではなく、それらが均衡して調和的に発達することが重要なのであり、そのような発達をとおして、人はいわば、より高い段階の自己へと形成されるということで、このような自己形成のダイナミックな過程を、フンボルトは「Bildung」とし、日本語に訳す時に当時「陶冶」と呼んだのです。

 しかし、いくらフンボルトに戻ると言っても、この陶冶の概念は、「世界の習得」だと言っても抽象的で茫漠としています。この言葉を現代によみがえらせようとするなら、いくらかの修正なり、追加説明が必要になります。それを、レーベンが行ったのです。