個人の生き方

ドラッカーは、「プロフェッショナルの条件」という書籍の中で、「あらゆる組織が、『人が宝』と言う。ところが、それを行動で示している組織はほとんどない。本気でそう考えている組織はさらにない。ほとんどの組織が、無意識にではあろうが、19世紀の雇用主と同じように、組織が社員を必要としている以上に社員が組織を必要としていると信じ込んでいる」と述べ、社員をいつでも替えのきく存在と捉えることに警鐘を鳴らしています。これは、以前のブログでユニクロの柳井さんの見直したことと同じです。

たしかに、これまでも「人は宝」と言っている会社はたくさんありましたし、たとえば保育園、幼稚園にしても「職員は宝だ」と言う園長は多くいました。しかし、実際には、本当にそう思っているのかと疑いたくなるような職員に対する愚痴を聞くことがあります。しかし、最近の人手不足に対して、キャッチフレーズとして「人は宝だ」言うだけでは済まない時代がやってきたと言われています。ドラッカーは、さらに「事実上、既に組織は、製品やサービスについてと同じように、組織への勧誘についてのマーケティングを行わなければならなくなっている。組織は、人を惹きつけ、引き止められなければならない。彼らを認め、報い、動機づけられなければならない。彼らに仕え、満足させられなければならない」と述べています。

人を募集するのではなく、その組織が人を引き寄せる力がなければならないのです。また、そこで働いている人に対しては、その組織がそこに引き留めるだけのものがなければならないのです。それは、組織として、職員を認め、報い、動機づけが必要であると言っているのです。

ドラッカーは、『明日を支配するもの』と言う書籍の中で、「資産の保全こそマネジメントの責務である」と述べています。では、保育園、幼稚園における資産とは何かです。それは、保育の質であり、その質を支える職員などです。コンピューターがますます機能が充実し、様々なことがやれるようになってきました。そのような時代である21世紀の今、保育園、幼稚園のような世界だけでなく、知識労働者は間違いなく会社の資産となってきているのです。ですから、「流動化する資産の維持が、明日を迎えるために不可欠なのだ」と言われてきているのです。ドラッカーは、すでに30年も前から、現代は知識社会への転換期を迎えており、そこで働く知識労働者は、自分の仕事に責任を持ち、自らをマネジメントすべき存在であると予言しています。

 では、それをどのように守ればいいのでしょうか?意外と管理職は、現場を知らない気がします。現場をよく見て歩く、現場から話をよく聞いているという管理職がいますが、実は、そこで働く人たちへ耳を傾けていない人をよく見かけます。それは、子どもと同じで、具体的に口に出しては言いませんし、直接的な不満としても現れないことが多いのですが、何となく、その職場に居続けることが不安になったり、突然とやめると言ったりすることが多いような気がします。

 ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」という本は、3部作の中の1部で、「個人の生き方と働き方」をテーマとしています。我々一人ひとりがどう成果をあげ、貢献し、自己実現を図っていくかについて述べた部分を抜き出して1冊の本にまとめたものです。ドラッカーの著作というと、マネジメント、社会論に関するものという印象が強いのですが、実は多くの著作の中でドラッカーは、個々の人間がどう働き、どう生きたらいいかについてもくり返し言及しています。

個人の生き方” への11件のコメント

  1. 藤森先生が唱えてこられた「(保育園や幼稚園の)経営強化は、保育の質から」、このことがドラッカー氏の「資産の保全こそマネジメントの責務である」によって裏付けられました。つまり、藤森先生の提唱は、ドラッカーの唱えるマネジメントに関する考察と本質一致していることがわかります。そして、この「保育の質」を担保するためには、保育環境のデザイナー兼プロデューサーである職員さんたちの働きが重要になってくるのです。その前提としては、園長さんは「職員の存在を丸ごと信じる」という心情態度がさらに重要となる気がします。その職員の存在を丸ごと信じるなら、その職員さんが壁にぶつかった時、素直に園長さんにヘルプを求めます。園長さんは、丸ごと信じていますから、「こんなふうにやってみたら」と少しアドバイスをして、あとは信じて任せると思います。日々、その積み重ねによってより良い園になっていくのでしょう。ドラッカー氏の言うとおり、「個々の人間がどう働き、どう生きたらいいか」に実は尽きるのかなと思います。まじめさ、性格の良さ、相手のことを考えられる度量の広さ、等々認知能力ではカバーしきれない部分が大いにものを言ってくるのでしょう。

  2. 保育園、幼稚園における資産が保育の質であり、その質を支えるのは職員であると思ってもらいながら組織に属することができるならばとても幸せなことですね。また「組織として、職員を認め、報い、動機づけが必要」とあるようにそれぞれの職員の様子を気にかけ、あなたのことを見ていますよというサインが大切なのかもしれません。またチームとしてもマイナスな部分を見つけあったり、できていない部分を批判し合うのではなく、良い所を見つけたり、認めたりしていくことで全体の雰囲気も変わっていくのかもしれません。組織の上の人が全体の雰囲気を作っていくとは思うのですが、それに抗うといいますか、それに潰れることなく、自分がしっかりすることで周りを巻きこんでいけるくらいの気持ちも大切なのかもしれません。文句や不満ばかりではなく、争わずに、自分は何をすることができるのかということを考えながら解決していく姿勢がチームに広がるといいのかもしれません。自分もそうありたいと思いますし、課題でもあります。

  3. 子どもと子どもや、子どもと大人との関係性のように、どちらかが主体でどちらかが客体であるのではなく、どちらもが“主体”であるといったことが、組織と個人の関係性と似たような印象を抱きました。「組織は、人を惹きつけ、引き止められなければならない。彼らを認め、報い、動機づけられなければならない。彼らに仕え、満足させられなければならない。」という言葉だけを見たら、変な勘違いをしてしまいそうですが、「そこで働く知識労働者は、自分の仕事に責任を持ち、自らをマネジメントすべき存在」になる必要があるということをして、組織に貢献していくことで、両者の関係性がうまく成り立っていくのだと感じました。会社におけるマネジメントだけでなく、社会に貢献し、自己実現に向けて自分をどうマネジメントしていくかを説いたドラッカーの著書には、魅力を感じます。何事にも受動的になり、組織に頼りっぱなしでも、自分中心で組織に対しての責任を感じず、無関心になってもいけないといった、まさに組織と自分との「距離感」の重要性を感じました。

  4. 保育園の人手不足の話から個人の生き方へとつながってきました。こういう展開を「そんなことを考えてどうするんだ」と捉える人が少なくないことに驚いたことを思い出します。いかに生きるかを考えることは保育にもつながっていくことだと思っているので、深く深く考えていきたいと思っているのですが。また、園長が捉えている保育士さんのことと、保育士さんの考えていることとでは、ずいぶん違っていることを話をする中で気づかされもしました。その違いを明確にしていくことも必要だと感じています。そのためのヒントは今回のシリーズでも、ここまでの内容でもたくさん教わっています。生かしていかなければいけませんね。

  5. 以前いた保育園の園長先生も、「私はここの職員と働けるだけで幸せ」と言っていましたが、言葉とは裏腹に、職員への扱いや待遇、職場環境は酷いものでした。言葉ではいくらきれいなことを言っても、取り繕えないものがあります。職員は意志をもった人間であるということをどこかで忘れてしまい、まるで自分達の所有物であるかのような錯覚に陥ってしまっているかのようでした。ブラック企業とされる会社の社長、国民の税金を私利私欲に使う政治家など、同じ類の人達と言えそうです。
    ドラッカーの残した言葉達は、見世物ではなく、きれいごとでもなく、真理であると思います。30年経った今も色褪せることなく、むしろ時代に必要とされるかのように、向上していく人達を勇気づけるように、多くの人達に読まれ続けています。
    経営者が学ぶことをやめた時、人の話に耳を傾けられなくなった時、従業員のことをぞんざいに扱うようになった時、その企業は破滅へと向かいます。自分達で利益を生み出していく会社や企業とは違い、福祉機関はゆっくりゆっくりと破滅へ向かっていくのですが、一番辛いのはその過程にいる保育園で過ごす子ども達です。
    どうか、保育、教育に従事するトップの人達は、学ぶことをとめないでいただきたいです。

  6. 今回のブログは組織のあるべき姿、そしてその中で個人としてどう組織に貢献し、自己実現を図っていくかが大切であることが伝わってきます。「人(職員)は宝」や「保育園、幼稚園における資産とは保育の質である」とありましたが、この宝を惹きつけるのは理念の基に生まれた資産(保育の質)なのですね。そして「人を募集するのではなく、その組織が人を引き寄せる力がなければならないのです。」とあるように、実際に私自身もこの感覚を覚えて、働かせていただき、今に至ります。これは組織に限らず個人として言えることであるように思えました。一個人としても人を惹きつける魅力を持った人がいます。その人の周りには常に人が居て、どんな人とも常に目線を揃えることができる能力を備えている印象があります。「持ちつ持たれつ」という言葉があるように人は助け合いの精神が人を惹きつける最も優れた能力であるように思えました。そして組織ではそれが理念の中に組み込まれ、資産(保育の質)として生まれ、多くの人(宝)を惹きつけることができるのだと思いました。

  7. 「組織は人を惹きつけ、引きとめなければならない。彼らを認め、報い、満足させなければならない。」とあります。組織の質が本当に問われる時代になってきたということでしょうか。職員は宝と口先だけでは働き手は離れていってしまう。小手先だけでやってもなにも生まれないと同じようなことだと思います。それは今の自分にも言えることで、すぐに考えずにやり、深く物事を考えることを怠る部分とリンクして考えていました。今の自分を見直すいい機会です。話がそれました、組織側が冒頭にあるような姿勢であることで働き手側は非常に信頼し、働くことができるのでないかと感じます。働き手を大事にしていることが伝わるだけでもこの会社のために力になれることはないかと考えます。そこで初めて信頼関係というのが築かれていくのでしょうね。

  8. 私もちょうど「ドラッガー」の本(もしドラですが・・・)を読み返しているところで、なんだかテンションが上がりました。「人は最大の資産である」と「もしドラ」の中でドラッガーは言っています。冷静に考えて、人がいないと何も動き出しません。とくに保育園、幼稚園は尚更です。しかし「質」に問題があると意味がありません。藤森先生が言われるように「質」があってこその「人」が活かされるのかもしれません。また先生の講演の中で「人間にしか出来ないことを大切にする」と言われたのを思い出しました。コンピューターの存在で色々な事が簡略化になり、便利な世の中になってきました。だからこそ「人」という存在が重要なのかもしれません。

  9. ドラッカーの「資産の保全こそマネジメントの責務である」。企業や会社においては、システムやコンピューターという社長もいるのかもしれませんが、保育園や幼稚園においては、間違いなく職員だと思います。
    特に人、子どもと関わる仕事だからこそよりよいものを生み出そうとすると1人では限界があり、より大きな目標があればあるほどたくさんの協力が必要になると思います。コンピューターにより様々なことが、便利になったとしてもいざというときは人の力が大切になる。そのことがわからないと子どもに何を伝えているのだろうと感じてしまいます。
    うわべだけではない現場の気持ちを理解すること、そのことを忘れないようにしたいと思います。

  10. まだ社会の景気がそこまで悪くなっていなかった頃は、自分と合わないと辞めてもすぐに次の職場が見つかって働き、また次から次へというイメージがあります。現代はというと、就職したら以前とは違いどちらかというと働き続けるという感じですが、それはやはり就職難がまだ続いているからだと思います。たまに友人と会うと職場の話をしたりしますが、今も昔も本当意味での会社と社員間での信頼関係はまだまだ薄いように思います。「資産の保全こそマネジメントの責務である」とありましたが、そうなって行く事でお互いがいい関係になるのだと思います。藤森先生が講演で「人類しかやらないことが大切」とお話しされていましたが、コンピューターが発展していく中でますますそれが重要になってくると思います。

  11. 藤森先生の講演を聴いていると働いている職員の様子を取り出して話をされています。もちろん、そこに至るまではいろんなことが合ったとは思いますが、それほど信じられて働いている先生方は実に自信をもって、自分の仕事をしていますね。根底には職員の方々を信じているからなのだと思います。人を認め、報い、動機づける。人を動かしていくということはとても難しいことです。とはいえ、組織は人がいなければ、機能することができません。その中で「個々の生き方」を意識して、組織作りをすることはとても大切なことですね。

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