ドイツ報告2014-21

ドイツミュンヘンでの取り組みで有名になったものに「ミニ・ミュンヘン」というものがあります。その取り組みはこのブログでも何回か取り上げましたし、その内容も紹介しましたので改めて説明しませんが、子どもたちの自治で町を運営していくというものです。そして、ドイツ研修でのここ数年訪れる園で、ドイツを代表する取り組みに「森の幼稚園」と呼ばれる屋外での幼児施設です。それは、きちんと認可を受け、幼児教育バイブルである「バイエルン」に沿った保育を森の中で展開する取り組みです。昨年は、ドイツでも初めての取り組みである「森の学童」を見学させてもらいました。

 もう一つ、ドイツの取り組みで特徴があるのが、冒険広場です。ミュンヘンには東西南北に四つの冒険広場があり、その冒険広場は、「モグラの家」と「ABIX(アビックス)」と呼ばれる取り組みを今まで見学させてもらいました。今年は、もう一つのアドベンチャーゲーム「ノイハウゼン」という施設を見学しました。
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 日本では、子どもの「体力」「知力」「気力」が年々衰えています。日本スポーツ振興センターの調査によると、幼稚園、保育園での子どもの負傷で最も多いのが顔と頭で、6割を占めており、これは子どもがすぐつまずいて顔から転ぶためだそうです。その対策として、施設から危険個所を排除し、すべてを平らにし、つまずく段差をなくし、安全対策をより強化していますが、一向に減る様子がありません。また、体にも変化が起きています。身長や体重は確実に増えていても、1日に歩く歩数は20年前より4割減り、背筋力はこの30年で一貫して低下しています。その結果、すぐに「疲れた」と座り込み、遠足も完歩できない。また朝礼中に倒れたり、少しのことで骨折する子どもたちが増えています。

 このような体力の変化は、脳にも異変が生じてきているようです。こんなことも考えられるようです。最近のOECDの国際的学習到達度調査(対象57カ国・地域)いわゆるPISAでも、科学的リテラシー、数学的リテラシー、読解力すべてにわたって、この6年間順位を下げているのは、もしかしたら、歩かなくなって、大脳の健全な発達も進まないのかということも言われています。それは、PISAが重視しているのは基礎的学力よりも、むしろ日常生活に直結する熟考・評価型の「考える力」で、それが年々劣ってきているからです。

このPISA調査を行ったOECDの調査では、学力の低下以上に日本における問題が浮かび上がりました。それは、15歳の子どもを対象にしたOECD加盟25カ国の孤独度調査で、日本がトップで29.8%と、2位のアイスランド10.3%を大きく引き離しており、「30歳になったときに、非熟練労働に従事していると思うか」という調査に対しても、日本がトップで50.3%という高い数字で、日本の子どもが将来に対する不安や孤独感を諸外国以上に持っていることが明らかになったという結果です。

このような結果を生んでいるのは、何が原因なのでしょうか?それに対してどんな対策が必要なのでしょうか。それは、単に体力をつけるとか、運動能力をつけるといった問題ではなく、子どもが人間として本来持っている能力と子どもの権利を明らかにし、それを阻害してきた要因を十分に精査し、新たな社会的システムを構築していく必要があるのです。それが、引き出すという意味のエデュケーションという「教育」なのです。

そして、この社会的システムを考えるのが、ミニ・ミュンヘンであり、ドイツにおける冒険広場運動なのです。

ドイツ報告2014-21” への10件のコメント

  1. ドイツの森の幼稚園がバイエルンに沿った幼児教育を展開しているというのが素晴らしいですね。自然の中での活動となると、自由に子どもたちが好き勝手に遊べんでいるというイメージが日本では先行してしまう部分もあるのかもしれませんが、大切なのは場所が全てではなく、その場所をつかってどのように将来を見据えた保育を展開することができるのかということだと思います。それがしっかりしていればあまり場所にこだわる必要もないのかもしれませんね。ですが、その部分がしっかりしていれば森や自然といった場所も有効に使うことができるのかもしれません。子どもの体力が衰えているという話は聞きます。それも子どもが本来持っている能力を十分に引き出せる環境を用意することが大切なのですね。何をまず大切に考えるのかということは全ての行動において丁寧に考えていきたいと思います。私の課題はまさにそれでもあります。

  2. 幼い頃、家族で出かけてデパートを歩いていると、よく足が棒になりました。「もう疲れた〜」と言っていたと思いますし、それは本当に足や腰に疲労が感じられたのです。しかし、一方で野球の練習で走り回ったり、友だちと広い空き地でゴルフをしたり、茂みの中を探検したりしていた時は、デパートを歩いていた時とは全く異なり、デパートで感じた疲労感のようなものを感じたことがありませんでした。疲労感を感じることには、自分の意志や意欲で動いているかいないか、また、普段から自分の欲求が満たされているかいなかが、大きく影響しているのはないかと思います。日本において、「体力」「知力」「気力」が年々衰退していっている背景には、自分の望む運動、自分が望む学び、自分が望む我慢が行えていないということがあるようにも感じます。そのような、子どもが自ら行動できる環境を用意し、もともと存在する能力を活用できるような「引き出し」方が、社会的システムの根底になければいけないのだと思いました。

  3. 東京にも「羽根木プレイパーク」という広場があります。しかし、これはアスレチックや秘密基地のような小屋で遊ぶ、というものですね。私の子ども頃、そういったパークは存在しませんでしたが、普通の野山は私たちの最大の学習の場であった、と今振り返って思えます。東京とはことなる鄙びた小村でしたが、今と違って大人たちの制約もほぼなく、結構、自由自在に遊んでいました。時に、危険と隣り合わせの遊びも平気でしていました。今の子たちには許されないことでしょう。ドイツのミュンヘンの冒険広場には単なる遊びではない、その広場から子どもたちがおそらく十分に学べる仕掛けがしてあるのだろうと推察できます。そうした中から、自分は一体何が得意なのか見出し、その後の学習の動機づけとなったり、あるいは未来への夢や希望を抱くことを可能にする原体験となったりするのでしょう。我が国の若者たちが「不安や孤独」を感じてしまうのは、自分の将来の姿を親をはじめとする大人たちにみてしまうからでしょうね。また、大人たちが将来に対して二言目には不安・心配を平気でくちにしてしまう、それを耳にするからでしょうね。学校の教師たちや関係する大人たちは「世間はそんなに甘いものじゃない!」と言います。こんなことを言われて、将来に夢や希望を持てますか?今回のブログで紹介されている我が国の若者の意識調査はとりもなおさず大人たちの意識や厳しさばかりを主張することの反映と捉えるべきでしょう。

  4. ミニ・ミュンヘンに興味をもち、また森の幼稚園にも興味をもち、それらの活動や考え方に対する関心が強くなって自園でも森に出かける活動を始めました。それが続けている内に疑問を感じるところも多くなり、今では地域全体と使った保育という形になってきています。目指すべき保育を地域全体で展開するためにはどうすればいいかを考える日々が続いています。その活動を振り返る機会があったんですが、歩くことに関していえば、以前よりも圧倒的に長く歩けるようになりました。もちろんただ歩くのではなく、子どもたちが興味のあるものを追い続けることで結果的に長い距離を歩いているという形です。場所や時間の制約を取り払うことはできませんが、緩くすることによってより自発的に活動できる面も見えてきています。まだまだ満足のいく状態ではありませんが、検証を重ねながら見守る保育の地域版とも言えるものを作っていきたいと思っています。冒険広場の情報はあまり持っていないので、またまた興味が沸いてきました。

  5. ミニ・ミュンヘンという取り組みは本当に素晴らしいです。藤森先生の過去のブログから検索して読むことが出来ますが、子ども達が形成した社会があり、仕事があり、選挙があります。選挙候補者の演説は、大人顔負けです。
    そして森の幼稚園。この言葉を聞いて、東京都西多摩郡日の出町にあります、「大久野幼児園・森の教室」という園にボランティアに行ったことがあり、勝手ながらとても縁を感じています。園長先生が、ドイツの森の幼稚園のことが写真で掲載されている絵本に感銘を受け、元々経営されていた幼稚園を潰して、日本で森の幼稚園ができないかと、実践をされている園でした。『シューイチ』という情報番組で取り上げられ、それを見てどうしても行ってみたくなり、訪ねました。3歳以上からなる異年齢児保育が展開され、園舎もあるのですが、そこは主に昼寝で使われるスペースです。基本的に雨の日も雪の日も外で過ごします。カッパを着たり、傘をさしたりしてあそびます。神社の下の広い土地を園庭とし、保護者との共同製作でつくった遊具が並んでいます。そこでは一輪車が子どもの発達によいということで、3歳以上の子は皆一輪車に乗っていました。その日は運動会が近く、7人で手をつないで園庭を一輪車で何周もするという練習を皆とても楽しそうに行っていました。週に一度10km程離れた山まで行き、山登りを行います。神社の下には川が流れ、そこであそびます。山育ちの園長先生の知識が子ども達に体ごと伝えられているような印象でした。
    木登りをしている子がいて、僕に教えてくれました。「あの木は腐っているから掴んだら危ないよ」。あそぶ中で教わったり、自然と身についたりした感覚なのでしょう。とにかく一日中外で思いっきりあそび、走り、虫を探し、見つけた虫を図鑑で調べていました。屋根の下で好きに絵を描いて見せ合っていました。保育者はというと少し離れたところで、子ども達の様子を見たり、時に鉄棒の練習をしている子の傍に行って手を貸してあげたり、としていました。園長先生からは「あんまり子どもに手を出しちゃダメ。なんでも自分でやれるから」と教えていただきました。
    園長先生は70歳代後半の女性の先生でしたが、会話力が凄く、僕の言うことにとても興味をもって、話をたくさん聞いてくれました。僕が話していることの方が多かったくらいでした。無認可で経営され、外にある遊具も屋根も保護者と共同して行ったバザーなどの収益金から建てたことや、立ち上げるまでの苦労など、何の質問にも答えて下さいました。その間にも、TVで報道された直後でもあったからでしょうが、取材の依頼の電話や、近くに引っ越してこちらの園に通わせたいという保護者からの電話が多く鳴っていました。
    その時にドイツの森の幼稚園はどんなものなのだろう、と興味を新たにした記憶があります。それ以降、保育士の友だちと話す時に話題には挙がるものの、そこまでしっかりと調べたり、考えたりしたことはありませんでした。
    その園に子どもを通わせる保護者から、運動会での子どもの姿を見て感動したという話がとても印象に残っています。「うちの子は足が速いんです。1位で走っていたのですが、最初のカーブを曲がった時に、転んだ子が目に入ったようでした。そのまま走れば1位だったのですが、走るのをやめて、その子の所へ行き、起こして一緒にゴールをした時に、自分の子どもの成長をとても感じました」。
    子どもが人間として本来持っている能力と子どもの権利を明らかにし、それを阻害してきた要因を十分に精査し、新たな社会的システムを構築していく必要があります。何も阻害するものがなければ、子どもはどれだけ成長していけるのだろうかと、思います。本場、森の幼稚園の取り組みに、改めて興味が強く湧き出てくる思いです。

  6. この「ノイハウゼン」という冒険広場を視察して最初に思ったのが危険な箇所が多くあるということです。今回のブログに日本では子どものケガの対策として「施設から危険個所を排除し、すべてを平らにし、つまずく段差をなくし、安全対策をより強化しています」とありましたが、これと逆のことを行って行くべきではないかと思えてなりません。と言っても危険箇所を単に設置するのではなく、子どもたちの危険察知能力を存分に育めるように意図して設置することが大切ですね。以前のブログに写真付きで園庭に街のいたるところにある多少の段差のある歩道をイメージしたものがありましたが、それらを子どもたちが遊びの中で何気なくこなせるような環境構成が大事に思えました。このように子どもたちが普段の生活で直面する様々な障害に対処する能力を日々の保育に意図して取り入れることの大切さを学ばせていただいた冒険広場でした。また、日本にも冒険広場があることを知ることができたので今度見学しに行ってみたいと思います。

  7. 幼い頃親に連れて行ってもらった、「羽根木プレイパーク」というところを思い出しました。焚き火を普通にしていたり、ベッドのクッションを下に敷いて屋根から飛び降りるなど、普段では出来ないことが多すぎて衝撃を受け、何度も足を運んでいました。こういった場所は子どもにとって非常に大事な場所であるように感じます。コンクリートとのみならず土や芝生、木くずなど様々な味わったことない環境があるため、いい経験にもなると思います。しかし、怪我をするからといって危険箇所を減らすという考えは大人の固定概念が邪魔をしているような印象を受けます。どんどん、子どもたちが受ける刺激が少なくなっていきますね。そんな動きを知ることでもっと現場で出来ることを考える必要があるように感じました。

  8. 以前、私もドイツ研修に参加した際には「もぐらの家」を見学しました。入った瞬間に危険箇所が数え切れないほどあるなかで、子ども達は自由に遊んでいました。日本の子ども達の運動能力の低下は以前から問題になっていますが、確かに単に体力作りに励めばいいという感じではなさそうですね。実際に歩く距離も4割も減り、背筋力も低下しているというデータは本当に驚きます。それらの体力の変化は脳にも大きな影響を与えているとなると、ますます大きな問題ですね。確かに「冒険広場」で遊ぶことにより、自分で危険を回避する能力や体力の向上にもつながりますが、実際に見て感じたことは、PISAが重視している「考える力」が身につくと思いました。木材を使って何かを作るときには、自分の頭で想像したり、計画を立てて作る必要があります。藤森先生が言われるように子どもが本来人間として持っている能力と権利を明らかにすることが、エデュケーションという「教育」それを具体化したのがドイツの「冒険広場」ただ子どもが自由に遊べる環境を用意するのでなく、子ども達の成長を見据えた環境を用意することが大切ですね。

  9. 日本の子どもの「体力」「知力」「気力」が年々衰え、また15歳の子どもを対象にしたOECD加盟25カ国の孤独度調査では日本が断トツのトップになっているという事実。いかに子ども自身が本来持っている力を発揮できないか、そしてそういった環境を周りが作り出してしまっているということを考えさせられてしまいます。
    「ケガ」が増えれば、施設から危険個所を排除し、すべてを平らにし、つまずく段差をなくすといった、対策ではなく、ケガや困難をいかに自らの力で乗り越えられるか、それを引き出すエデュケーションという「教育」を意識して、子ども達と関わっていきたいと思います。

  10. OECDの調査において、たくさんの調査がされているんですね。孤独度や運動機能など、おそらく悪いのではと思っていましたが、それほどまでにはっきりした数字が出ていることに驚きました。また、その数字に対して、そこだけ見るのではなく、そこから見えてくるほかの数値や複合性のあるものとして捉えていかなければならないように思います。今の話を聞いていると日本の子どもたちは全体的に能力が少なくなっているように思います。「学力が下がった!」「体力が下がった!」というだけでなく、もっと大きな視野で見ていくことが需要になってきます。「子どもが人間として本来持っている能力と子どもの権利を明らかにし、それを阻害してきた要因を十分に精査し、新たな社会的システムを構築する」と最後に書いてあった文はまさに今、社会が変わっていかなければいけないことを示唆していますね。

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