我々がなすべきこと

 「性格の強み」に関する最近の研究では、科学によって示されるのは、典型的な保守派の議論とも、リベラルな人々とも全く異なった現実です。若い人々の成功にとって極めて重要な役割を果たす性格の強みは、生まれながらのものではないのです。幸運や良質な遺伝子の結果として魔法のように現れるものではないのです。また、単純な選択の結果でもないのです。脳内の化学反応に根差し、子どもが育つ環境によってかたちづくられるため、ある程度は計測、予測が可能なのです。

 つまり、社会全体としての私たちにも多大な影響力があるのです。誕生から大学を出るまでのあいだ、どういう種類の支援策が強みやスキルを伸ばすかについては、いまやたくさんのことがわかっているのです。親は格好の媒体ですが、唯一の媒体ではないと言います。私も常々、「親は子どもにとって最も大切な存在だが、それは親だけでいいということとは違う」ということを主張しています。ポールも、強みの形成を助ける力は、ソーシャルワーカーからも、教員からも、聖職者からも、小児科医からも、近隣の住人からも発することができると言います。

 助けとなる支援者は、どこから提供されるべきか、政府からか、非営利団体からか、キリスト教団体からか、あるいはこの三つの組み合わせかを議論することもできます。しかし、われわれに出来ることは何もないとは、もう言えないとしています。

 子どもと不利な状況について新しい考え方を提唱している人々が自説を主張する時、経済の話をすることがよくあります。私たちは国家的な規模で子どもの発達へのアプローチを変えていくべきだとポールは提案します。なぜなら、それが資金の節約にも経済の改善にもつながるからです。ハーバード大学内の児童発達研究センターの所長であるジャック・ションコフは、低所得層の親への効果的な支援プログラムを子どもが小さいうちに実施すれば、あとになってからの治療教育や職業訓練をする現行のアプローチよりは、はるかに費用が掛からない上に効果もずっと高いと主張しているそうです。ジェームズ・ヘックマンはもう一歩計算を進め、ペリー・プレスクールは1ドルの投資に対して7ドルから12ドル分の利益を確実にアメリカ経済にもたらしたとしています。

 このことは、ぜひ日本でも参考にしてほしいですね。現在の対策、支援策は、後手後手に回り、多額な費用をかける割にはたいして効果が上がりません。それどころか、鬱患者、引きこもり支援などの行き詰まり感がある中、できるだけ、乳幼児期に対しての取り組みを見直し、そこに費用をかけることは、結局は全体で費用の節約になるのです。

しかし、このような経済の話は確かに説得力があるかもしれませんが、保育、教育は経済的効率だけを考えて行うものではないのです。私の園でソーラーによる電気を起こすシステムを作った時に、「採算は合いますか?」と聞かれました。その時私が答えたのは、「保育、教育は採算があうからするのではなく、子どもにとってどのような意味があるかを考えてするものです。」と答えたことがありました。

ポールは、本の最後にこんなことを書いています。「避けられない運命と見えたものに背を向けてより良い道に行くという、苦痛を伴うはずの困難な選択をする若い人々を見たとき、私が感じるのは賞賛と希望だ。真剣に勉強し、自分を作り直すために、自分の人生を好転させるために、そうやって毎日もう一段、さらには成功に満ちた未来へと向けて梯子をのぼる。まわりにいる私たちは、彼らの努力に拍手を送り、いつかはもっと多くの若者が彼らに続いてくれることを望むだけでは十分とは言えない。彼らだって、ひとりでその梯子に身を引き上げたわけではない。彼らがそこにいるのは、誰かが最初に一段をのぼるあと押しをしたからだ。」